海外ミステリ専門と看板を掲げながら、今回は国産ミステリを取り上げます。わたしの節を曲げさせた(?)のは、原りょうの『愚か者死すべし』だ。あの私立探偵沢崎(サワザキと読むのが正しい)のシリーズなのだが、実に前作から9年も待たされた勘定になる。もともと筆の速い人ではなさそうだったが、さすがにもう書けなくなったのかとあきらめていたのですが、突然の復帰だ。
沢崎は事務所を訊ねてきた学生、伊吹啓子から銀行強盗事件で警察に自首した父親伊吹哲哉のことで相談をうけたことから事件に巻き込まれる。護送のため新宿署を出た伊吹は何者かに銃撃される。偶然その場に居あわせた沢崎の機転で、伊吹は軽傷ですむが、一人の刑事が殉職する。銃撃に使われた車を探し当てた沢崎は銀行強盗事件と同じ日に発生した誘拐事件にも首をつっこむことになり、彼の身辺は急に騒がしくなっていった・・・。
さしずめ、マッカランの18年物を舐めるときのように、わくわくしながらページをめくりました。こんな気持ちは久しぶりですね。ページの合間からハードボイルドの香りが匂いたつ。やはりハードボイルド小説というのはこういう展開でなくではいけない。最近、むやみにひねった作品が多いなかで、こんな正統派のハードボイルドに出会えるのは嬉しいかぎりです。無論、『愚か者死すべし』を新鮮味がないと批判することはできるが、本格的なハードボイルドとはこうしたものだろう。
ただし、懐かしさのあまり目が曇ってはならないでしょう。本作品への注文も述べておこう。この作品の沢崎はクールな傍観者の立場として描かれている。前作までは(と言ってもうろ覚えの点もあるけれど)彼自身も事件に深くかかわり、鎧の下の彼の心もまた傷ついていた。それが読後の深く、そして苦い余韻となっていたが、そうしたものが『愚か者死すべし』には欠けている。惜しまれる。
本書の著者後記には、面白い作品を短時間で書くための執筆方法と執筆能力の獲得に苦心を重ねていた、と書いてある。そんな方法があるのならば教えて欲しいものですが、新シリーズにおいては次回作に早い時期にお目にかかることができそうだで、楽しみだ。いずれにせよ、原と沢崎が復活した記念すべき一作と言えるでしょう。
さて、本格的ハードボイルドの伝統に従って、登場人物は訳知りのセリフをいうのだが、ここでは沢崎につきまとう正体不明の男のセリフを紹介しておきましょう。
「選挙事務所というところは基本的に”来るものは拒まず”で、使い道はないのに使ってほしい金が大手をひろげて待っているところだからね」
(2004.12.26)
| 書名 | 愚か者死すべし |
| 作者 | 原りょう |
| 翻訳 | |
| 出版社 | 早川書房 |
| ISBNコード | 4-15-208606-8 |