魔術師


さて、ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ5作目となる『魔術師』です。これほど定評のあるシリーズの評は難しいですね。相変わらず読ませるし、充分に面白い。その力量はたいしたものだけれど、一方でディーヴァーにしては物足りないという印象も残る。いや、むしろこのシリーズに最初に接したときの驚きがもう得られなくなったと言うべきで、それはディーヴァーの責任ではないだろう。シリーズ物のつらさですね。

本編では警官に包囲された部屋から忽然と消え、また手錠を掛けられながら簡単に逃走をする、そんな類いまれな魔術師としての才能をもった犯人とリンカーン・ライムが知力をしぼって戦いを繰り広げる。

ミステリのトリックの真髄は誤導(ミスディレクション)にあるが、魔術の極意もそれだ。ライムを助ける魔術師見習いの女性カーラの言葉を通してイリュージョニストが使う誤導について解説させることは、とりもなおさずミステリのトリックについて説明するようなものだが、大胆にもそれをディーヴァーはやってのける。しかもその上で、読者に二重三重に仕掛けられた罠を用意している。ただ書籍の場合、読者は残りのページ数を知っており、「まだもう一回どんでん返しがあるな」なんて考えながら読んでしまうので、驚きが少ない。こうした本こそ、ネットで一ページづつダウンロードしながら読めば、もっと面白いかもしれない。

それに、誤導に誤導を重ねることによって、犯人はかえって破綻をきたしている。この犯人のように才能があれば、シンプルにその目的を達成しようとしたら、かえって防ぎようがないだろう。もっとも、それだとミステリにならないのだけれど。

さて、カーラがライムに語る言葉を紹介しておきましょう。

「人生って、大部分が幻想(イリュージョン)なのではないかしら」
「どういうことかね」
「だって、過去の出来事はすべて記憶でしょう?」
「確かに」
「そして未来は想像だわ。どちらも幻想よー記憶は信用できないし、未来については、推測するしかできない。絶対に現実であると言い切れるのは、いまこの瞬間だけーーしかしそれだって、想像から記憶へ刻一刻と変化し続けているわ。ね? 人生の大部分は幻想なのよ」

それにしても、このカーラに対するライムの言動をみていると、ライムも随分まるくなったという印象がある。前作で、東洋の精神にふれたせいかも知れないが、もう少しとんがっていた方がライムらしいと思うのはわたしだけだろうか。

(2004.10.31)


書名 魔術師
作者 ジェフリー・ディーヴァー
翻訳 池田真紀子
出版社 文藝春秋社
ISBNコード 4-16-323440-3

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