ダンテ・クラブ


マシュー・パールの『ダンテ・クラブ』の舞台は1865年のボストン。この時代背景を知っておく必要があるだろう。アメリカでは、この年の4月9日に4年もつづいた南北戦争が終結。それから僅か5日後にリンカーン大統領が暗殺される。それからまだ半年、復員軍人もまだ多く、南北戦争の大義と戦争の現実のギャップがこの事件の大きな背景となっている。ちなみに、日本では新撰組が名を挙げた池田屋事件の翌年、第二次長州征伐の年で、まさに幕末まっただ中ですね。

連続して発生する猟奇的な殺人事件。しかし、その殺人方法が、ダンテの『神曲』は『地獄編』で描かれている劫罰を模したものであることに気付いたのは、詩人ヘンリー・ロングフェローを筆頭にしたダンテ・クラブの面々だった。彼らは『神曲』を研究し、アメリカ初の翻訳版を出版しようとしていた。まだ、ダンテ・クラブに属する数人しか知るはずのない、『地獄編』の劫罰をいったい誰が、何の目的で模倣しているのか。クラブの面々は捜査に乗り出すが・・・。

本書『ダンテ・クラブ』の帯には「ダン・ブラウン、脱帽!」というコピーが書いてあるが、当然ながらこれは疑わしい。確かに、かたやダ・ヴィンチ、かたやダンテと、古典をテーマにしてる点は共通だが、作品のタッチはかなり異なる。ダン・ブラウンはひたすらエンターテイメントを追求、これでもかという場面展開で一気に読ませる。一方、本書の著者マシュー・パールはじっくり登場人物や背景を描きこむスタイルをとっている。

従って、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』のような目くるめく展開を予想すると期待はずれとなるが、かと言って面白くないという訳ではない。『地獄編』の内容を知りうる人物を求めて、物語は二転三転し、後半はなかなか面白い。そして、ニューイングランド地方で初の混血巡査ニコライ・レイを登場させることによって、南北戦争に勝利しながら、依然として残る人種差別の問題にも触れ、物語に厚みをもたせている。

ただし、登場する著名な作家たちを入念に描くことにも頁を割いていて、それなりに興味深いのだが、十九世紀後半のアメリカの文学および作家に関して知識のないわたしには、それもいま一つといったところだ。また、この状況なら本来読者はダンテ・クラブの中に真犯人がいるのではと、疑心暗鬼になるところなのだが、主人公たちにロングフェロー、ウェンデル・ホームズといった実在の著名人を配したため、彼らが犯人であるはずがないという前提が発生してしまった。さしずめ、構造的な欠陥とでも言えようか。

さて、登場人物が文学者だけに、セリフもきまっている。次ぎに紹介するのは、犯人を自分の手で逮捕しようと血気にはやるジェームズ・ラッセル・ローウェルに対するロングフェローの言葉だ。

ロングフェローがにっこりした。「人生の幸福の大部分は、戦いを遂行することにではなく、避けることにあるんだ、ローウェル。みごとな撤退はそれ自体ひとつの勝利だよ」

ちなみに、ヘンリー・ロングフェローの息子チャーリーは、明治4年から6年にかけて蝦夷から長崎まで旅をしたことがあり、日本にも縁がある人物です。

(2004.10.11)


書名 ダンテ・クラブ
作者 マシュー・パール
翻訳 鈴木恵
出版社 新潮社
ISBNコード 4-10-544701-7

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