ミステリとも思えぬ甘ったるいタイトルがついているし、カバーも青春小説のそれを思わせる。ジョン・ウェッセルの『あの夏の日に別れのキスを』のことだ。ライセンスを剥奪されたシカゴの私立探偵ハーディングを主人公とするシリーズ三作目。随所にそのスタイルを感じさせるものの、ミステリとしては不発かな?
半端仕事を引き受けながら探偵として食いつないでいるハーディングは恋人アリスンと一緒に、友人の結婚式に出席しようとしていた。ところが、その新郎が当日になって失踪し、結婚式は流れてしまう。新郎の行方を追うハーディング。しかし、その頃ハーディングの名刺を持ったトレイシーという見知らぬ女性が無惨な死体で発見されて・・・。
ハーディングの一人称による語り口には、ときにロバート・B・パーカーのスペンサーを思わせる軽快さがあって好ましい。しかし、骨格となる物語は、多くの登場人物と複雑な人間関係に寄りかかっており、もう少しうまく整理してくれると嬉しい。真犯人の動機もなんとなくぼんやりとしていて、読み終わってもすっきりしない。消化不良ですね。
ところで、次ぎに紹介するセリフはいかにもスペンサーを彷彿とさせる野球談義の一節だ。
「あんたにとっての最高の試合はどれなんだい、ハーディング?」とブーンが訊いた。さっき<フィールド・オブ・ジョイ>にいた客が、歩道のサンタクロースと野球議論を戦わせていた。
「ソックスの試合でか? 十五のときに、グロリア・サンダースと彼女の親父さんが招待してくれた開幕戦だろうな。それまで開幕戦を見に行ったことはなかったんだ。六イニングに親父さんが便所に行った隙に、グロリアはおれにキスをさせてくれた。おれは恋に落ちてたんだ」
「キスする度胸を奮い起こすのに、六イニングもかかったのかい?」
「親父さんが便所に行くまでに六イニングもかかったんだ」
こうした会話をみると、野球文化がどれだけ根付いているか日米の決定的な差を感じますね。青春の甘酸っぱい一ページとダブらせて野球が語られるということは、現実にそうした思い出があるかどうかはともかく、彼らがベースボールに抱く郷愁をよく示している。
(2004.08.30)
| 書名 | あの夏の日に別れのキスを |
| 作者 | ジョン・ウェッセル |
| 翻訳 | 矢口誠 |
| 出版社 | ソニー・マガジンズ |
| ISBNコード | 4-7897-2316-X |