ダ・ヴィンチ・コード


前作『天使と悪魔』を読んで以来、楽しみに待っていたダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』がとうとう翻訳された。角川書店のプロモーションも功を奏して国内でも良い売り上げのようだが、期待にたがわぬエンターテイメント作品に仕上がっている。

あのルーブル美術館で館長をつとめるジャック・ソニエールが館内で何者かに殺害された。しかも、遺体のそばにはソニエールが残したと思える不可解な暗号とともに「ロバート・ラングドンを探せ」と記されていた。おりしも、講演のためにパリを訪れていたハーヴァード大学宗教象徴学教授であるロバート・ラングドンは、その日ソニエールと面会の予定があったため、第一容疑者として警察に追われる。しかし、ソニエールの孫娘で、フランス司法警察の暗号解読官であるソフィー・ヌヴーは、その暗号は祖父が自分だけに残した重要なメッセージであることに気づき、ラングドンの窮地を救い、二人でその謎を追う。そして、キリスト教の歴史をくつがえす真実が明らかになってくる・・・。

映画『インディ・ジョーンズ』でも取り上げられていたように、キリスト教の聖杯伝説はおなじみのものだ。しかし『ダ・ヴィンチ・コード』では、従来の概念を塗りかえて、まったく新しい聖杯伝説が語られている。ただし、正直に白状すれば異教徒であるわたしには、それがどのぐらい衝撃的なのかピンとこない点もありますね。本書の解説を書いている荒俣宏さんによれば、この新説はダン・ブラウンのまったくの創作ということでもなく、二十世紀の後半に発見された新事実を下書きにしたもののようだ。それを実在する名画や名跡と、はめ絵パズルのように組み立てて、緻密な物語にしている。その構成力はみごとだ。フィボナッチ数列、黄金比、シオン修道会そしてダ・ヴィンチの<ウィトルウィウス的人体図>、<モナ・リザ>、<最後の晩餐>といったネタをちりばめた絢爛さに多くの読者は圧倒されるだろう。

しかし、ダン・ブラウンの最大の魅力は、実は”ほど”の良さにある。この種の小説では下手とすると、作者が自分の知識の披瀝したいがために、必要以上に学術的になりすぎて、読者が辟易してしまうことが多いのだが、『天使と悪魔』や『ダ・ヴィンチ・コード』ではそうしたことがない。素人にもわかりやすく、さらりとした薄味が欧米で驚異的な売り上げを記録している本当の理由というべきだろう。

こうした物語だけに、個々の登場人物の役割などいささか説明不足で、読後に釈然としない点も残るのだが、これは欲張りすぎというものだろう。それに、キリスト教にまつわる驚愕の真実の矛先をどのように収めるか難しかったのでしょうね。結末はかなり苦労している。そんな点を加味すると、小生はわずかの差ながら、前作『天使と悪魔』に軍配をあげたい。もっとも『ダ・ヴィンチ・コード』も読んで損はない一級品ですよ。

今、我々が知っているキリストの物語は真実ではないことになるのだが、それについてこんな会話が描かれている。ちなみに、この部分は角川書店のコピーにも使われていますね。

「歴史はつねに勝者によって記されるということだ。ふたつの文化が衝突して、一方が敗れ去ると、勝った側は歴史書を書き著す。みずからの大義を強調し、征服した相手を貶める内容のものを。ナポレオンはこう言っている。”歴史とは、合意の上に成り立つ作り話にほかならない”と」ティービングが笑った。「本来、歴史は一方的にしか記述できない」

さて、ダン・ブラウンはすでにラングドン・シリーズの三作目を執筆中のようだが、ここ二作が同じパターンだっただけに、三作目は新しい工夫が必要だろう。期待をして待つことにしよう。

(2004.06.20)


書名 ダ・ヴィンチ・コード
作者 ダン・ブラウン
翻訳 越前敏弥
出版社 角川書店
ISBNコード 4-04-791474-6
4-04-791475-4

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