さよならの接吻


さて、ジェフ・アボットの『さよならの接吻』です。<図書館シリーズ>で名をあげたジェフ・アボットだが、シリーズの途中から読むのもどうかと思い、そのまま放置していた。若い判事ホイット・モーズリーを主人公としたこの新しいシリーズで初めて手に取ったのだが、さすがに人気の出た作家らしく、その魅力がよく詰まった作品に仕上がっている。

ホイット・モーズリーはテキサス州の小さな町ポートレオで判事をつとめている。普段は大きな問題など起きない、のんびりした避寒地で事件が発生する。テキサス州選出の上院議員ルシンダ・ハッブルの息子ピートが死体で発見されたのだ。一見自殺に見える状況だったが、不可解な点もあった。しかも、ピートがアダルト・ビデオの男優をしていたことも判り、周囲から自殺と認定するように有形無形の圧力がホイットにかかる。ホイットは慎重に捜査を進めるが、ピートが何年も前に行方不明になった弟について調べていたことが判り、やがて過去の事件の真相が明るみに・・・。

中心となる事件以外にも、連続殺人鬼、いかがわしい宗教家やマフィアといった多彩な登場人物が物語をにぎやかにしている。本書の解説によれば、ジェフ・アボットはサスペンス色の強い作品を書きたくて、新シリーズに挑戦したようだ。この『さよならの接吻』でも、連続殺人鬼を登場させサイコ・サスペンスの要素を盛り込んでいる。とは言っても、サイコ色を全面に打ち出したものではなく、かくし味程度につかった、オーソドックスなミステリといっていいでしょう。全体としてはジェフ・アボットらしい(初めて読むのに変な言い方ですが)軽快で朗らかな、さらりとしたタッチが特徴だ。

それは、主人公ホイット・モーズリーのキャラクターによるところが大きい。<お尻ふりふり>というお気楽な名前のアイスクリーム店の経営など、いろいろな職を転々とし、父親のコネで治安判事におさまって6ヶ月という設定だ。おごそかな法服のしたはポロシャツ、殺人現場にサンダルで出かけ、おまけに人妻とよろしくやっていたりという軽さだ。しかし、一方で周囲の圧力に簡単に屈しない、情実に流されないところもあって、肩の力を抜いたハードボイルドの一面もある。
ロシアの血をひく25歳の女性と再婚している父親やホイットを助ける釣りガイドのグーチ(質問御免という意味のドンドアスク号なんて船に乗っている)の存在など、シリーズ物として魅力的な脇役も多く、今後が楽しみな魅力的なシリーズの登場だ。

ところでホイットが判事として裁く日常の事件も描かれていて、そのなかに面白いものがありました。自家製のバーベキューグリルの所有権をめぐってあらそう兄弟の話。お互いに譲らぬ兄弟に対しホイットは、そのグリルを等分して真ん中で分けるように命じて、結局和解させるのだが、これは日本人にはおなじみの大岡裁き。この種の話はアメリカにもあるのですね。

さて、今回紹介するセリフも万国共通でしょうか。

「いずれバディの耳に入るさ。この国では、どんな秘密もいつかは漏れるんだ」グーチが言う。「おしゃべり、詮索好き、飲んべえにはこと欠かないからな」

(2004.05.23)


書名 さよならの接吻
作者 ジェフ・アボット
翻訳 吉澤康子
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-174551-3

ホームへ戻る酒とミステリの日々へ戻る