天使と悪魔


今回紹介するダン・ブラウン『天使と悪魔』は文句なく一級のエンタテイメントだ。つい、先日もNASAが新型ジェットエンジンを搭載した無人小型機X43Aの飛行実験をし、マッハ7を突破したというニュースがあった。『天使と悪魔』で登場するX−33は気化燃料による高エネルギー密度物質エンジン(?)を搭載しマッハ15で飛んでみせる。そうした近未来のSF的要素と17世紀のガリレオに端を発する伝説とをミックスし、ヴァチカンとローマを舞台に物語は進行する。

ハーヴァード大学教授で宗教象徴学を専門とするロバート・ラングドンは欧州原子核研究機構のコーラー所長からある紋章について説明を求められる。送られてきたFAXを見たラングドンはわが目を疑った。それはあのガリレオが創設したと言われる秘密結社イルミナティのものだった。そして、ジュネーヴに飛んだラングドンは驚くべき事実を知らさせる。コーラー所長によれば研究所内で殺された研究者の胸にその紋章が押されていたのだ。しかも、その研究者が開発していた膨大なエネルギーを放出する反物質が盗まれたというのだ。その頃、新しい教皇を選ぶ選挙を実施しようとしていたヴァチカンでは有力な四人の枢機卿が行方不明となり、イルミナティを名乗る男から脅迫を受けていた。カトリック教会に復讐するため一時間に一人ずつ枢機卿を殺し、最後に反物質を爆発されるというものだった。ラングドンは殺された研究者の娘ヴィットリア・ヴェトラとともに反物質の奪還をめざしてヴァチカンに乗り込むが・・・。

作品の中で前教皇の侍従(これをカメルレンゴと呼ぶ)がイルミナティに呼びかける。

「科学は人間を救う、とあなたがたは言う。しかしわたくしに言わせれば、科学は人間を破滅させてきたのですよ。ガリレオの時代から、教会は科学の飽くなき行軍を減速させようとつとめてきました。ときには誤った方法もとりましたが、つねに善意をもって臨みました。それでも、誘惑はあまりに大きく、人はそれに抵抗することができない。まわりをご覧なさい。科学が約束したことはまったく守られていない。効率化と簡素化は、汚染と混沌を生み出したにすぎません。わたくしたち人間は、分裂と混乱のただなかにある種であり・・・破滅への道を突き進んでいるのです」

なかなか的を射た発言だが、進化論を学校で教えることの是非が議論される欧米では、宗教と科学の問題は根深いものがある。しかし、宗教と科学という一見深遠なテーマを扱っているものの、本書におけるダン・ブラウンの指向はひたすらエンターテイメントである。イルミナティという秘密結社にまつわる陰謀を軸にしたストーリーに、雑学がさながら、ちらし寿司のようにちりばめてあるのだ。しかし、エンターテイメントを指向するだけあって、ぺダンチックとまではいかない、そのさじ加減が巧みだ。マドンナの苗字がチッコーネだという小ネタから、教皇の選挙(コンクラーベ)のやり方まで雑学がつまっている。そう、最近の流行り言葉で言えば、トリビアの泉というところか。

反物質に始まって前法王に関する驚愕の事実まで、大胆な設定で読ませる。長い間秘匿されていたイルミナティの謎をわずか24時間で解いてみせるなど、強引過ぎる点もあるものの、あまりの急展開に目がくらんで気にならないといったところだ。おおいに楽しめる700ページだ。

なお、ダン・ブラウンの公式サイトは必見だ。本書を読みながらサイトを参考にされることをお薦めする。ヴァチカンの衛兵の制服や、謎解きのヒントとなるベルニーニの彫刻の写真や本書で登場するマッハ15の飛行機(これは無論コンピュータ・グラフィック)まである。ラングドン・シリーズの二作目で本国ではすでに発売されている"The Da Vinci Code"に関係した暗号解読の問題まで用意してある。非常に新しい試みとして注目される。是非、ご覧頂きたい。

(2004.04.11)


書名 天使と悪魔
作者 ダン・ブラウン
翻訳 越前敏弥
出版社 角川書店
ISBNコード 4-04-791456-8
4-04-791457-6

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