霊峰の血


エリオット・パティスンの『霊峰の血』です。元中国経済部主任監察官、単道雲(シャン・タオユン)を主人公に、チベットを舞台としたこのシリーズも『頭蓋骨のマントラ』以来いよいよ本編で三作目となった。まだ今年も四分の三以上を残しているが、今年の海外ミステリ・ベストワンと断言してよいでしょう。『霊峰の血』を超える作品が登場するとすれば今年は大豊作の一年ということになる。

このシリーズをご存じない方のために、単道雲について少し紹介をしておこう。
中国経済部の主任監察官として汚職の摘発を行っていた単道雲は、ある事件で上層部の逆鱗に触れ、政治犯として強制労働収容所に送られる。絶望の淵にあって自らを見失いそうな単を救ってくれたのは同じ収容所にいたチベットのラマ僧だった。中国政府がおこなったチベットへの弾圧の実態も知った単はチベットの人々と交流を持つことになる。前作『シルクロードの鬼神』のラストで、単は国外に脱出することができるチャンスがありながら、老いた親友ローケシュのためにチベットに残る決意をする。

そして本編で、単は巡礼の途中で奇妙な依頼を受ける。チベットの奥地にあるヤプチ村に”石の目”を安置して欲しいというのだ。神託によれば、それができるのは「徳に篤い中国人」で、単の力が必要だという。単はローケシュらと共にヤプチ村をめざすことになる。しかし、おりしも宗教事務局の副局長が何者かに殺されるという事件も発生し、一行の前に公安局や山岳戦闘旅団が立ちふさがることになる。しかもヤプチ村では、中国とアメリカとの合弁企業による油田開発も進んでいた。はたして単は”石の目”を安置すことができるのか、そもそも「徳に篤い中国人」とは彼のことなのか・・・。

殺人事件が発生してミステリ仕立てにはなっているものの、元来このシリーズの持ち味はミステリ部分にはない。むしろ、殺人事件に関する錯綜しすぎたプロットは欠点ともいえる。しかし、『霊峰の血』では地政学上の新たな発見というアイデアを持ち込むことによって、今までのシリーズとは一味違った、壮大なスペクタクルを描いている。エリオット・パティスンの作家としての成長もうかがえる。

しかし、それだけでは本書の魅力を説明したことにならないだろう。”石の目”を安置しに行く旅の中でおこるさまざまな出来事と、そこで垣間見ることのできるチベットの人々の気高い精神こそパティスンが描きたかったものだ。しかも、チベットが善、中国が悪という単純化を避け、あくまで武力による解決をめざすチベットの抵抗勢力、無知ゆえに中国の同化政策に協力するチベット僧、チベットに理解を示す中国人などさまざまな人々を登場させることによって、物語に厚みを加えている。なかでも山岳戦闘旅団の林(リン)大佐にまつわるエピソードは胸に響くものがある。チベット人を憎悪し、弾圧する林大佐だが、落石のため重傷を負うことになる。その林大佐をチベットの人々は懸命に助けようとする。かたくなな林大佐とチベットの少女アニャとの交流、そしてチベットと中国双方の犠牲者をともに弔うシーンは読者の涙を誘うにちがいない。

二十一世紀になっても私たちの世界は、イラク問題に象徴されるように暴力と憎悪の連鎖に囚われている。本編のラストシーンで、単は足を負傷したローケシュを肩に背負い、再び巡礼の旅に出ていくが、その単とローケシュの背中が私たちに何かを教えてくれているように思える。ミステリファン以外にもお薦めできる一冊だ。

こんな物語だから、紹介したい言葉もたくさんあるのだが、その中から二つだけ取り上げておこう。

「癒しを行なう者の魂の均衡が保たれていなければ、病んだ者の体の均衡を取り戻してやることはできないと言われていた」

これは林大佐を助けるのに力不足だと自らを責めるローケシュの言葉。最近ではどう考えても魂の均衡を欠いた医者が多いようですね。もう一つははアメリカとアルカイダの双方にぜひとも読ませたい言葉だ。

邪魔者。これもまた強制収容所特有の言葉遣いだった。単たちの宿舎にいた老ラマ僧が、収容された二十五年目の年、亡くなる直前にした講話から発したものだ。銃は邪魔者だと彼は諭した。爆弾も戦車も大砲も同じだ。それらを使うと敵と話をする邪魔をされてしまう。その結果、人殺しのための強力な道具をたくさん持っているから、自分たちのほうが正しいと思いこんでしまうことになる。だが、敵と話をすることができない者は、最後には負ける。なぜなら、そのような者は敵と話す能力を失うばかりでなく、みずからの内なる神と対話することもできなくなってしまうからだ。そして内なる神を失うことは、罪の中でも最悪のものだ。

書名 霊峰の血
作者 エリオット・パティスン
翻訳 三川基好
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-172355-2
4-15-172356-0

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