今週はジョン・カッツェンバックの『精神分析医』です。『真夏の処刑人』でデビューして以来、エンターテイメント性の高い作品を発表しているジョン・カッツェンバックだが、この『精神分析医』も懲りに懲った設定で読者を楽しませてくれる。
精神分析医のリッキー・スタークスはクリニックの待合室に奇妙な手紙がおいてあることに気がつく。ルンペルシュティルツキンと名のる謎の人物からの手紙で、今から15日間のあいだに自分の正体を突きとめられなければ自殺しろ、さもなければ親戚の誰かを破滅させる、というものだった。そして親戚の少女にいかがわしいポルノ写真が送りつけられてきた。何かの嫌がらせかと思ったリッキーだったが、謎の人物からの使いという美女が現れたかとおもうと、彼の患者の一人が不可解な自殺をしてしまう。さらに続く謎の人物からの攻撃に耐えかねたリッキーが決意したことは・・・。
当然ながら謎の人物に追い込まれたリッキーが、いかに反撃に転じるかが物語の興味となっている。とてもゲーム性が高い展開で、リッキーと謎の人物との騙し騙されの知恵比べで読者を引きつける力量はさすがにジョン・カッツェンバックです。また、精神分析医としてある程度の成功をおさめていたリッキーが、姿をくらましごく平凡な市井の人として生活をはじめるのだが、危険を冒して謎の人物へ反撃をするより、そのままの生活に安住しようかと心がゆれるあたりは、さすがに人間というものへのするどい洞察力をうかがわせる。
そんなに簡単に別人の身分を手に入れられのか、謎の人物がリッキーを憎む根拠が薄いなど、細部で気になる点もあるものの、終盤で明かされる謎の人物の正体、そして結末のつけ方など、最後までたっぷりと楽しめる一作だ。
ところで、謎の人物に追い込まれたリッキーは恩師である精神分析医ルイスに助けを求める。
「きわめて興味深い」ドクター・ルイスはようやく言い、椅子にもたれて、長い吐息をもらした。「そのルンペルシュティルツキンとやらは哲学者なのかな。いかなる人間も人生でできるただ一つの真の選択は、自殺をするか否かだと論じたのはカミュではなかったかね。究極の実存主義的な問いだ」
カミュや実存主義なんて難しい話は判らないが、助けを求めている人間に対して、助けになっていないことは判ります。そして、この点が物語の根底にあり、発端になっているのですが・・・。
| 書名 | 精神分析医 |
| 作者 | ジョン・カッツェンバック |
| 翻訳 | 堀内静子 |
| 出版社 | 新潮社 |
| ISBNコード | 4-10-202211-2 4-10-202212-0 |