凍土の牙


今週はロビン・ホワイトの『凍土の牙』です。ロビン・ホワイトは今までにもロビン・A・ホワイトやR・アラン・ホワイトといった名義でいくつか作品を発表している。『凍土の牙』の帯の謳い文句はなかなかツボを得ていて、「軍事スリラーの隆盛と反比例するように消えた正当冒険小説。復活を待ち望んでいたファンは多いのではと思います。この『凍土の牙』は、そんな方に是非、お試しいただきたい本です」とある。本当に9.11のテロ以降、似たような小説がたくさん並んでいて、いかにも便乗といったイメージがあって、そんな本は手にとる気がしないのだが、そのあたりのファン心理をうまく掴んでいる。

シベリアのイルクーツクの近くマルコヴォの町で有力者が惨殺される。現場で巻き込まれた民警二人も一緒に殺された。市長グリゴーリイ・ノーヴィクは人手不足から事件の捜査をまかされるが、折しも一人娘ガリーナも行方不明となる。殺人事件の真相と娘を探し求める市長ノーヴィクの前に、アメリカから進出している合弁石油会社の姿が浮かび上がってきた。民主化後、腐敗渦巻くロシアで一分の正義を求めるノーヴィクが暴いたのは・・・。

とのかく、前半と後半で相当にイメージが異なる。そもそも市長がこんな殺人事件の捜査をするというのがわたしたちの理解を超えているし、ロシアの複雑な権力構造が、誰がどういう立場にいるのか混乱させる。こんな小説を読んでいると、実にロシア人は政治的な国民だと思えてくる。いや、共産主義がそうさせたと言うべきか。登場人物がロシアの政治や体制に対して実に皮肉で辛辣な発言を繰り広げる。

「あんたが言おうとしていることを言ってやるよ」チューチンが吐きだした煙の輪が、くるくるまわって窓枠にぶつかった。「ロシア共産党が八十年かかってどうしてもできなかったことを、あの民主主義ってやつはたった三年でやってのけたのさ」
「分かってる。『ロシア人に共産主義を愛させる』ことだな」

この市長の運転手をつとめる収容所帰りの六十男チューチンやノーヴィクの盲目の父親などユニークなキャラクターの存在も忘れてはいけない。後半は冒険小説はかくあるべきとも思える一気呵成の、怒涛の展開をみせる。シベリアの雪原を舞台に、凶暴なシベリア・タイガーの恐怖、ヘリコプターも登場する銃撃戦など、なかなか読み応えがある。

事件の裏には意外な真相があり、米ソをまたぐ、とんでない企てが進行していることが判る。これはかなり奇想天外な発想で、面白いのだが、そもそもそんな陰謀によるメリット(特に米国側の)が説明されていないので、なんだか乱暴な設定に思えるのが難点か。


書名 凍土の牙
作者 ロビン・ホワイト
翻訳 鎌田三平
出版社 文藝春秋社
ISBNコード 4-16-766153-5

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