死せるものすべてに


ジョン・コナリーの『死せるものすべてに』です。主人公の名前がなんとチャーリー・パーカー。登場する女性に「あなたの両親はジャズ・ファンだったんでしょうね」と言われるのも当然だ。主人公の名前は陳腐(?)だが、物語のほうは恐ろしく血なまぐさい。

チャーリー・パーカーはニューヨーク市警の刑事だったが、妻子を残忍な方法で殺されて以来、私立探偵を営みながら犯人を捜し求める毎日だった。とある霊感のある女性は犯人をトラヴェリング・マンとい呼び、同様の被害にあった女性の存在を感じると語った。しかし、その霊感のある女性も無惨にも殺され、再びパーカーの周りでトラヴェリング・マンの影が動き出した・・・。

物語の中心は、パーカーの妻子も被害者である連続殺人事件だが、行方不明の女性を捜索したり、マフィアの抗争にかかわったりと盛りだくさんの展開だ。この猟奇殺人の真犯人が誰か興味津々で最後まで一気に読んだが、結末はいささかあっけない。真犯人が解るくだりもゾクゾクするような興奮はなく、流された血の多さの割には物足りない。犯人が猟奇的な殺人を行う背景についても説得力に欠けるように思える。

サイコ・ミステリとして読むと上で述べたように、いささか粗が目立つ『死せるものすべてに』だが、全編を通して感じるのは、ハードボイルドのタッチだ。主人公パーカーの父親が引き起こした過去の事件、そして妻子が惨殺されたことによってパーカー自身が背負ったもの、まさにハードボイルドの雰囲気だ。なかでも印象的なのは作者ジョン・コナリーがそうとうロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズを意識していると思われる点だ。スペンサー・シリーズでは主人公スペンサーに加えて、彼の恋人スーザン、彼を助けるホークの三人組がおなじみだが、本編でも主人公パーカーを助ける二人組エンジェルとルイス、彼の恋人(本編ではそこまで進展はしていないが)のレイチェル・ウルフといった構図ができあがっている。この三組四人の会話を読んでいるとまさにスペンサー・シリーズそのものと言ってよい。そもそもパーカーの妻の名前がスーザンだったりするのも思わせぶりだ。またレイチェル・ウルフという名前を聞いてスペンサー・シリーズのファンならレイチェル・ウォレスというTVキャスターが登場していたことを思い出すでしょう。これは相当意識していると思いますよ。

ところで、遺体を探してアリゲーターのいる湖沼地帯に潜るシーンがある。

まだドライ・スーツを着ていたので、わたしは潜るといった。
「おれに臆病者じゃないことを証明してみせるのか?」モーフィはにやっと笑った。
「いや」といって、わたしはボートのロープをほどいた。「自分自身に証明するのさ」

こんなセリフもまさにスペンサー・シリーズです。


書名 死せるものすべてに
作者 ジョン・コナリー
翻訳 北澤和彦
出版社 講談社
ISBNコード 4-06-273842-2
4-06-273843-0

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