ジョン・サンドフォードの「一瞬の死角」である。本作から文庫オリジナルとなったのはありがたい。初期の作品を除き、いままで題名には必ず「獲物」という言葉が付けられていたが、この作品から邦題のつけかたが変わったのは残念。原題は従来と変更なくPreyという単語が使われているのに、である。さて、この一連の作品はルーカス・ダヴンポートを主人公とするシリーズだ。シリーズ物の主人公にどんなキャラクターを与えるかは作者が頭をつかう部分だが、このダヴンポートは余技でゲーム作家をこなし、それが成功し会社まで持っている。ミステリー中の多くの主人公たちの中でも異彩をはなっている。今回はこんなストーリーだ。
銀行強盗をした家族が警察に射殺されたことを逆恨みした男が仲間とともに復讐のために刑事やその家族を襲う。影で汚職警官が犯人一味に協力していることもあって警察側はかなり翻弄される。 犯人たちの魔手はダヴンポートの恋人であり、女性外科医のウェザー・カーキネンにまで及ぶ。最後に追いこまれた犯人達は自暴自棄になり、カーキネンを人質にとりクライマックスに至るのだが、ここらは息をもつかせぬ展開だ。「一瞬の死角」の犯人も刑事に復讐しようという異様なまでの執念をみせ、こうした狂気の描いた点では、今までのこのシリーズの犯人像と同じでる。ただ、従来このシリーズの犯人が見せていたのは隠された狂気だと思うのだが、この作品の犯人は剥き出しの暴力といった印象がある。相手がそんなだから、もっと内省的なイメージのあるダヴンポートだが、いつもと調子が違う。好みの問題とは思うがダヴンポートらしさが影をひそめており、少し残念だ。
うろ覚えの記憶ではダヴンポートの恋人のウェザー・カーキネンは、シリーズ途中「冬の獲物」からの登場だと思う。犯人はカーキネンを殺害しようと病院に乗り込み、手術中の彼女に銃をつきつける。だが彼女の毅然とした態度にむしろ気後れしてしまう。ダヴンポートが犯人達に狙われているから、おとなしく隠れていろと言うのに、このカーキネン先生一向にきこうとはせずに病院で仕事を続けるなど、素直ではないところがあるが、こういうところはさすがです、頼もしいかぎりだ。このカーキネンにダヴンポートの別れた妻ジェニファーが言う。
ジェニファーは答えた。「怖いわ。怪物と対峙するとき、ルーカスは自分自身をより大きな怪物にすることで問題を解決するの。そして、勝ったあと、また元の優しいルーカスに戻る、そんな感じね」
ダヴンポートをもっともよく知る二人の女性の会話は面白いものがある。
少しネタばれになるかもしれないが、カーキネンを人質にとった犯人は最後に若い狙撃兵の銃弾で倒される。事件直後のその狙撃兵の態度を見ていて、女性警察署長は
「怖いわ、あの子。今回の出来事が面白くてたまらないように見えるから。同僚に言いたくて仕方がないみたい。しかも、実際に人を殺したことに対しては何も感じていないように見えるわ」
と語る。このシリーズは暴力や狂気を描いてはいるが、一方でこうした言葉に代表されるような普通の感覚によってバランスが保たれているともいえそうだ。
| 書名 | 一瞬の死角 |
| 作者 | ジョン・サンドフォード |
| 翻訳 | 真崎義博 |
| 出版社 | 早川書房 |
| ISBNコード | 4-15-170352-7 |