レスリー・フォーブスの『ボンベイ・アイス』を紹介しよう。タイトルから想像できるようにインドを舞台にしたミステリだが、かなりの難物で、相当の覚悟が必要であることをお断りしておく。ちなみに本書の中で次のような会話が出てくるが、
「シブ・セナ(政党の名前)は、この街の正称を”良い港”という意味のポルトガル語ボン・バヒアに由来するボンベイから、旧名のムンバイに戻す運動を展開しています。外来語を含めて、植民地時代の名残をすべて拭い去ろうというのが狙いです。実は興味深い事実がありましてね、ムンバイというのは口を持たない女神の名なんですよ」
すでにボンベイは1995年にムンバイと名称が変更になっており、『ボンベイ・アイス』はその2年前という設定になっている。
フリーのジャーナリストをしているロズ・ベンガルはインドを訪れる。異母妹ミランダからの手紙がきっかけだった。その手紙にはミランダの夫でインド映画界の有名監督であるプロスパー・シャルマに前妻を殺害した噂があることや、ヒジュラ(去勢男子)に尾行されていることが書かれていたのだ。しかし、ロズがボンベイに着くと、そのヒジュラは何者かに殺されており、ほかにも不可解な事件が起きていることを知る。ロズは事件の真相を求め調査を開始するが・・・。
インドの政治、宗教、はては気象学に関するペダンチックなやりとりが頻繁に交わされる。最近日本でも話題のインド映画界が物語の舞台であり、新たなIT大国としての片鱗など、興味深く読んでいたのだが、あまりのこだわりように最後は私のほうが息切れしてしまった。なんだが、料理を味わうのに、立派な器の来歴などさんざん能書きを聞かされてしまったような気持ちですね。肝心の料理のほうを味わう余裕がなかった、と言ってよいでしょう。白状すれば、後半はかなり流し読みになっているので、結局こういう話だったのだろうと思うものの、人様に話せるほどには確信が無い。
主人公ロズ・ベンガルは半分はインド人、八分の一はチトラール人、残りはスコットランド人という設定だ。その他の登場人物も多彩なのだが、読んでいて気になったのはその人物の人種がすんなりと分からないという点だ。物語の性質上、その人物の言葉がどんな立場から(イギリス人なのか、インド人なのか、それとも混血か)発せられているのか知りたいのだが、それが明示されていない。そんなところもスッと物語にはいっていけない理由になっていうように思える。とにかく、わたしには荷が重すぎたが、ひょっとしてウンベルト・エーコの『薔薇の名前』が大好きだという方には向いているかもしれない、自信はないけど。
こんな具合で本編のほうは感心しなかったのだが、登場人物の発言はヒンドゥー教の影響を受けているせいか(?)、なかなか含蓄に飛んでいる。
「事実と言うのは蝶のようなものでしてね、マダム。なかなか捕まりません。ところがいざ捕まえてピンで留めてみると、大して美しくないことが多い」
「決めつけるのはまだ早いよ、ロズ。世間では何と言うか知ってるだろう? けつの穴と個人的見解は万人にある」
| 書名 | ボンベイ・アイス |
| 作者 | レスリー・フォーブス |
| 翻訳 | 池田真紀子 |
| 出版社 | 角川書店 |
| ISBNコード | 4-04-791450-9 |