調査官というと何かしら探偵のような仕事を思い浮かべるが、この本の主人公の仕事はまったく違う。最高裁に九人いる判事にそれぞれ二人づつついている調査官は持ち込まれる訴訟を調査分析し、判決の草稿を書く。その役割の重要性から十人目の裁判官とも呼ばれるらしい。これがそのままこの小説の原題、The Tenth Justiceになっている。
そんな役割だから実際に判決がでる前に、その内容を知る立場にある。本編の主人公、ベン・アディスンはそれをうっかり漏らしてしまったことから窮地に追いこまれる。前任の調査官を装って彼に近付いてきた男に企業合併にまつわる判決を教えてしまったのだが、それがインサイダ ー取引に利用されてしまう。無論、そのことが露見すれば、アディスンの将来はない。そこからアディスンとその男との知恵くらべが始まる。
まあ、リーガル・サスペンスと銘打ってあるが、打々発止の法廷シーンがあるわけではないし、結末はありきたりでもっとコン・ゲームに徹したらおもしろかったように思う。ところでアディスンは三人の男友達と同居している。いい歳をした男が四人も一緒に住んでいるというのは理解しがたいところだが、彼らの会話はいきがいい。そのテンポのよさで読ませているようなものだ。後半彼らの関係にもひびが入りジョークも湿りがちなのは残念だが、アディスンの同僚で重要な役割を演じる女性調査官リサとの会話はなかなかきわどい。以下は18才未満禁止です。
「あなたの顎ひげって、情けないくらいちょぼちょぼねえ」
「そんなことないさ」ベンはうすい無精髭を片手でこすった。
「そんなことあるわよ。でも性格的欠陥じゃないから大丈夫。ただ、まだほんとうの男じゃないってことだから」
「そうか、おれがどれだけ男らしいか知りたいんだな」ベンはにたりとした。
ぎこちない沈黙が部屋を満たした。「あなた、わたしを誘惑しようとしたわね」リサがいった。
「何いってるんだよ」ベンは笑いとばした。
「そうよ、誘いをかけたのよ」
「かけないよ」
「じゃあ、『おれがどれだけ男らしいか知りたいんだな』ってのは、いったいなんなの?はっきりいえばいいじゃない、『おれの肉棒をためしてみな』って」
「そうだったのか、まいったなあ」ベンはわざとらしくいった。「ヘイ、リサ、ふざけるのはもうよそうぜ。おれの肉棒をためしてみな」
「本気なんだ」リサはにやにやしている。
そうかと思えばほかの男とデートしてきたリサをつかまえてベンはこんなことを言う。
「ほんとに妬いてなんかいないって。それより、どうだったか、早く話せよ」
「話すことなんてたいしてないわ。食事をして、それからワシントン記念塔のまわりを散歩しただけ」
「うーん、まいった」ベンは両手を上に投げだした。「そいつに完全にしてやられたな。食事をおごったあとに、あの巨大な勃起のまわりを連れて歩くとは。そんなみえみえの手は使うなっての」いずれにせよこの小説の中では会話として成立してますが、実生活の中でこんなことを喋った日には、セクシャル・ハラスメントでやり玉に挙げられるのがオチ。要注意ですぞ、ご同輩!
| 書名 | 最高裁調査官 |
| 作者 | ブラッド・メルツァー |
| 翻訳 | 中原裕子 |
| 出版社 | 早川書房 |
| ISBNコード | 4-15-040936-6 |