覇者


今回紹介するのはポール・リンゼイの「覇者」だ。ポール・リンゼイは過去にFBI捜査官マイク・デヴリンを主人公にしたシリーズを三作上梓している。本書も同じくFBI捜査官の活躍を描いているが、主人公はタズ・ファロン。そして物語はナチスが集めた、というより略奪したまま行方不明になった名画の数々をめぐって展開する。これはミステリの格好のネタで、最近ではアーロン・エルキンズの「略奪」がやはり同じテーマを扱ったものだった。この二つには翻訳者が笹野洋子さんという共通点もある。

第二次大戦中にナチスによって接収され「総統のたくわえ」と呼ばれ、そのまま行方不明になった多くの美術品。FBI捜査官タズ・ファロンはその中の一つ、シスレーの絵画が極秘に開催されるオークションに出品されたとの情報を得て調査にあたる。しかし、総額五億ドルにもなる「総統のたくわえ」の残りの名画を狙って、ネオナチの一党が動き出した。そして、名画を預けられたと思われる老ドイツ人ばかりが相次いで殺害される。国際美術研究財団のシヴィア・ロスと協力して名画の行方を追うファロンと狡猾な犯人たちとの知恵比べが始まった。

前三作も含めて、ポール・リンゼイの作品の魅力は展開のスピードと実際のFBIの捜査もそうだろうと思わせる緻密さにある。犯人の乗り捨てた盗難車を発見する。盗難車が乗り捨てられた近辺のモーテルを徹底的にあらう。犯人達の泊まった部屋をつきとめ、そこからかけられた電話番号をつきとめる。その持ち主を突き止め、監視する。といった具合で、実際にFBI捜査官であったという経歴が活きている。本書では加えて、名画の隠し場所を示す暗号解読という要素も盛り込んでおり、サービス満点といったところだ。ただし、ポール・リンゼイの責任ではないが、「覇者」という邦題はちょっといただけない。原題は直訳すればまさに「総統のたくわえ」なのだが、ここは工夫が必要だったろう。

これほど、面白い作家なのになぜか日本では人気が今一つで、ジェフリー・ディーヴァーのようにブレイクしない。この点について本書の解説の児玉清さんはリンゼイの作品はプロットも手がこんでいて、登場人物もひねりが効いており、単純さや判りやすさを求める読者に敬遠されるのだろうという考えを述べている。しかし、わたしの見方は少し違う。エンターテイメントに過ぎるのだ。日本ではミステリに限らず、なにかしら人間心理の裏側や社会性のあるテーマを取り上げた重厚なものが、一段高尚なものとして評価される傾向がある。その点リンゼイはエンターテイメントに徹するあまり、軽く見られて損をしているように思える。そんなタイプの作家として、他にアラン・フォルサムやデイヴット・バルダッチがいるが、彼等はもっと評価されて良いだろう。

ところでは父親との間にいろいろあって複雑な感情を抱いているのだが、その父親に関して面白い表現が出てきたので紹介しておきましょう。

「お父様は?」
「アイリッシュ式自殺をした」
「アイリッシュ式自殺?」
「飲みすぎで死んだんだよ」


書名 覇者
作者 ポール・リンゼイ
翻訳 笹野陽子
出版社 講談社
ISBNコード 4-06-273756-6
4-06-273783-3