ジェイムズ・グリッパンドの「誘拐」はアメリカ大統領選に誘拐事件をからめた大胆な設定だが、なかなか良く構成されたストーリーで読者を楽しませてくれる。作者グリッパンドは近頃よくあるパターンだが元弁護士。ふむ、アメリアの弁護士ってよほど時間があるらしい。作品が日本で紹介されるのは本書が初めてだが、これからも楽しみな人だ。
女性司法長官アリスン・レイヒーは民主党の大統領候補として熾烈な選挙を闘っていた。相手は共和党の推すリンカーン・ハウ元陸軍大将。ハウは黒人で、どちらが勝っても米国史上初の大統領となる。世論調査ではわずかにアリスンがリードしたまま選挙戦の終盤に突入したが、そんな折ハウの孫娘クリステンが何者かに誘拐される。司法長官として陣頭指揮にあたるアリスンだったが、捜査は犯人に翻弄され彼女の立場もまずくなる。実はアリスン自身8年前に娘エミリーを誘拐され、行方不明になったままという過去をもっていた。そして、その過去の誘拐事件と今回の事件とに関係あることが浮きぼりになり・・・。
とにかく面白い。大統領選の内幕、政治の駆け引きをたっぷり描きながら、選挙の行方と誘拐事件の真相という興味が読者をひきつける。そして誘拐事件と選挙戦の関係が取りざたされるなか、意外な真犯人が・・・。その真犯人に結びつくヒントもなかなかこっている。ただ、あえて欠点を言うとスッキリしない読後感にある。今のブッシュ大統領が選ばれた選挙のゴタゴタや、それでも一度権力を握ってしまえば戦争を仕掛けることも思いのままといった現実の政治と二重写しになってしまい、楽しい気分になれないところだ。
随所に政治的論理が披露され、なるほどそういうものかと感心したり、呆れたりする箇所が多いのだが、本編の敵役の一人、ハウの選挙参謀バック・ラベルのセリフを紹介しておこう。
「おいおい、おれはいまでもあんたが大好きだよ」レッドはウインクをしながら、ドアの外に出た。「でもあんたも、恋と戦争の共通点をいった例の言葉はしっているだろう?」
「ああーー恋と戦争では、あらゆる手段が許される、だな」そういってドアを閉めたとたん、ラベルの顔から笑みがかき消えた。《もうひとつ共通点があるーーどちらにも犠牲者がつきものだ、という共通点がね》
また大統領候補ハウに向かってこんな説教もする。
「(前略)もしあなたが大統領として成功をおさめたいのであれば、猪突猛進タイプの兵士のように考えることをやめ、駆け引きにすぐれた水夫のように行動なさることをお勧めします。優秀な水夫ならば、ある湾を横断するときにも、まっすぐ最短距離を横断してはいけないことを知っています。まず風向きを確かめないといけません。そのあともジグザグの航路で船を進ませ、前進と後退をくりかえしながら、目的地に達するのです。政治もおなじことです。風は世論です。ただ帆をあげて、風に行き先をまかせるわけにはいきません。同時に風にさからうのも禁物ですーーそんなことをすれば、岩に激突するのがおちですから。風の向きを観察し、適切に進路変えること。そうすれば、いずれは目ざしていた地点にまちがいなく到達できます」
小泉さんにも教えてあげたいぐらいだ。それとも最近の小泉さんのはっきりしない態度はこの水夫を意識したものかな?
| 書名 | 誘拐 |
| 作者 | ジェイムズ・グリッパンド |
| 翻訳 | 白石朗 |
| 出版社 | 小学館 |
| ISBNコード | 4-09-356451-5 |