この季節になると気になるのが各社がおこなうミステリのランキング評価だ。宝島社の「このミステリーがすごい!」の海外編ではジェレミー・ドロンフィールドの「飛蝗の農場」が抜擢されている。実のところ「このミステリーがすごい!」はわたしと趣味が合わないのが判っているので、一位にランキングされているからといって必ずしも読まないのだが、今年の「飛蝗の農場」には少し気になるところもあって、遅ればせながら手にとってみました。
ヨークシャーで農場を営むキャロルのまえに一夜の宿を請う不審な男が現れるが、ちょっとした行き違いからショットガンで撃ってしまう。肩に傷をおった男は看護婦の経験のあるキャロルの応急処置によって意識を取り戻すが、銃撃のショックからか記憶喪失におちいっており、過去のことは何も覚えていないという。衣服に残っていた名前からスティーヴン・ゴールドクリフと思われるその男は、キャロルの手助けもあって少しづつ記憶を呼び戻していくが、やがて過去の「姿なき男」と呼ばれる連続殺人犯との関係が浮かび上がってきた。
中心となるストーリーがこうなのだが、その合間にナイジェル、ポール、マイケルといった男性の物語と彼等に送られてくる「汚水溝の渉猟者」と名乗る人物からの脅迫状が入り乱れて、複雑な展開を示す。時間と空間を飛びこえて語られる物語に戸惑う面もあるが、それでも興味をもって最後まで読ませるのは筆者の力量だろう。
大変面白いストーリーなのだが実はホラー的な要素が含まれている。このあたりが評価の分かれ目になるだろう。題名の「飛蝗の農場」にその鍵がある。かなり趣は異なるのだが、西村寿行の「蒼茫の大地、滅ぶ」を思い出しました。途中はどうであれ、最後はきっちり理屈ですべての説明がつかないと納得できないわたしのような読者にとっては、最後の帳尻合わせをすべて読者に委ねたような結末のつけ方は疑問が残るところだ。従って、2002年の一押しとは言いかねるが、ミステリの面白さを十二分に堪能できる作品であることに間違いはない。
ところで今回紹介するセリフは物語とはまったく関係ありません。登場人物がウォリスという画家に関して述べる芸術論です。
「素朴で、かつ芸術(アート)であるなんてことがありうると思う? ”芸術”ということばは、料理とかサッカーとか話しぶりとか、あらゆるものに使えるけど、どれにしたって、みごとに磨き抜かれた技術が備わっている場合にそう呼ぶのよ。となると、その点でウォリスは失格。つまるところ、へたくそな絵なんだから。美術作品について言えば、大事なのは含意の深さと独創性であるはずよ。ウォリスの作品には、船とコーンウェルの海岸が好きだという含意しかない。絵を描いたのは、自分の心の空白を満たすためだった。独創性に関しては、あなた自身がさっき、子どもが描いたような絵だと言った。それはそのとおりで、程度の差こそあれ、子供はだいたいこんなふうな絵を描くわ。もしウォリスが実験として、世界を観察するひとつの自覚的な手法としてこのように描いたのなら、その手法を意識的に模倣したニコルソンと同様、芸術と呼んでかまわないと思う。そうでないかぎり、ただのお絵描きよ」
「へたくそな絵は、わざとへたくそに描いていれば真の芸術だってこと?」
ロザリンドは微笑んだ。「呑こみが速いわね。いずれ批評家になれるわ」
| 書名 | 飛蝗の農場 |
| 作者 | ジェレミー・ドロンフィールド |
| 翻訳 | 越前敏弥 |
| 出版社 | 東京創元社 |
| ISBNコード | 4-488-23506-9 |