ゼルプの欺瞞


日本では紹介されることが少ないドイツ・ミステリの異色作ベルンハルト・シュリンクの「ゼルプの欺瞞」だ。シリーズ化されており、本書は二作目にあたる。主人公はナチ時代の検事という経歴を持つ私立探偵ゲーアハルト・ゼルプ、69歳である。昔風に数えで年齢をいうと70歳、つまり古稀ですね。それだけでも驚きではあるけれど、ハードボイルド小説ばりに、この主人公が悪役に殴られたりするのだから凄い。

私立探偵ゼルプは行方不明の娘レオを探して欲しいとの依頼をうける。しかし、父と名のる依頼人は電話でゼルプに連絡をとるだけで、その正体も怪しい。やがてゼルプは行方不明のレオの居場所をつかむが、依頼人に明かすのをためらう。しかし、レオの友人である精神科医が何者かに殺され、警察も乗り出してきた。そして、事件の背景に米軍基地を襲撃したテロ事件が浮かび上がり・・・。

物語はこんな展開なのだが、とにかく読みにくいのが難点。文章が素直に頭に入ってこずに、読み返すことが幾度もあった。初めて電話をした家で電話をとった女性について、やおら○○は、と女性の名前が出てくる。どうやら前段の情報からゼルプがそう推測したということらしいが、読者としてはとまどう。こんな調子なのだ。そして、なによりもゼルプのユニークな経歴が充分に活きていないと感じる。その点では、第一作「ゼルプの裁き」の方が、ゼルプのキャラクターを活かしたストーリーになっていると思われる。

悪口を先に書いてしまったが、興味深いのは食べ物について、こと細かに書かれている点だ。無論、ドイツ料理なので詳しいことは判らないのだが、結構おいしそうで池波正太郎さんの小説を思い出してしまった。

日陰のテラスで飲むビールは不老長寿の美酒の味がする。この国ではどうして午後はいつもケーキとコーヒーときまっているんだ? ビールとウィーン風カツレツ、瓶詰めでないドレッシングのサラダを食べ、降りそそぐ木もれ陽に私は眼を細めた。

そして、主人公やその友人たちはなにしろ人生経験豊富だから、物事の見方にもそれが表れている。次に紹介するのはゼルプの友人のセリフだ。

「今じゃ、誰かが親切にしてくれておれに色目を遣っても、おれに見えるのは目の前の若い女じゃなくて、その女がばあさんになったときの姿なんだ」

ふむ、そういうものですか。それは面白くないなぁ、歳をとるのも考えものだ。でも、高齢化社会をむかえて、古稀の私立探偵で驚いていてはいけない。いまに米寿の私立探偵が活躍するミステリが登場するかもしれない。


書名 ゼルプの欺瞞
作者 ベルンハルト・シュリンク
翻訳 平野卿子
出版社 小学館
ISBNコード 4-09-356332-2