ホラーからSFまで幅広く活躍するダン・シモンズの「ダーウィンの剃刀」です。主人公は事故調査という緻密な職業だが、内容のほうはグライダーとヘリコプターの空中戦や狙撃手のプライドを賭けた一騎討ちなど、スティーヴン・ハンターを彷佛とさせる冒険小説といった趣だ。
ダーウィン・マイナーは交通事故などの状況を調査再現する優秀な事故調査員だ。しかし、彼が調査した事故の背後に大規模な保険金詐欺組織がいたことから彼は命を狙われることになる。組織はかつてソ連軍の狙撃兵だったというロシアン・マフィアの殺し屋を雇い、ダーウィンを襲うが、それは自らも海兵隊の狙撃手としてベトナムに従軍したダーウィンの心に火をつけた・・・。
主人公ダーウィンは事故調査で物理学の知識を駆使する一方で、凄いドライビング・テクニックを持ち、グライダーも操縦するし、優秀な狙撃手でもあるなんて、とんてもないスーパーマンなのだが、こうした冒険活劇でそれを咎めるのは不粋というものだろう。また、最近流行のジェットコースター・サスペンスのように次から次へと冒険シーンという展開ではなく、ダーウィンと検事局の女性捜査官シド・オルスンの恋愛模様などバランス良く織りまぜた仕上がりになってる。特に、作中で紹介される逸話がなかなかおもしろい。ダーウィンが職業柄たずさわったチャレンジャーの爆発事故やダイアナ妃の交通事故の真相(あくまで小説のなかで語られるのでどこまで真実かは別にして)は興味深い。また、たくさんの蔵書を持つダーウィンの本棚が合衆国の地図になっている(それぞれの小説の舞台によって整理されている)点も、本棚の整理法として注目だ。
ところで、「オッカムの剃刀」とは欧米のミステリには時折登場するが(ヴァル・マクダーミドの「殺しの四重奏」にも出てました)、十四世紀の神学者オッカムのウィリアムの唱えた原理で「通常、他のすべての条件が同じなら、もっとも単純な解決法が正しい解決法である」というものだそうだ。そして、題名の「ダーウィンの剃刀」はそれをもじったもので、主人公ダーウィンの持論のことだが、その内容は本書で読んでいただきたい。ここでは、もう一つの彼の持論を紹介しておこう。保険金詐欺組織を掃討するため、検事局や州警察、FBIまで乗り出してきた体制について、彼は捜査官シドとこんな会話をかわす。
彼女の笑みは一瞬にして消え去った。「そうよ。その種の委員会や機動部隊に関して、きっとあなたとわたしは同じ意見を持っていると思うんだけど」
「ダーウィンの第五法則だ」
シドの片眉が上がった。
「有機組織体の知能は、その頭の数に比例して低下する」
よくあることではあるけれど、こんあふうになんとかの法則と名付けると一層立派にきこえる。わたしもエンドルフィンの第二法則なんて考えようか。とにかく、こんなふうに触発されることが多い本といえる。
| 書名 | ダーウィンの剃刀 |
| 作者 | ダン・シモンズ |
| 翻訳 | 嶋田洋一・渡辺庸子 |
| 出版社 | 早川書房 |
| ISBNコード | 4-15-208391-3 |