もうひとつの「カサブランカ」


『「もう一つのカサブランカ」』とは実に判りやすいタイトルだ。あの名作映画「カサブランカ」のその後を大胆不敵にも小説化したものだ。原題は映画の中でつかわれた名曲と同じく”As Time Goes By”である。

本家の映画のほうはカサブランカの飛行場で、「ルイ、これが美しき友情のはじまりだな」というセリフで幕をとじるのだが、本書はまさにその直後から物語が始まり、あのリックとイルザ(つまりボガードとバーグマン)がナチス高官ハイドリッヒの暗殺事件に巻き込まれるというものだ。

映画におけるボガードの行為はまさに騎士道精神を体現したものだが、同時に大いなるやせ我慢でもあって、彼は小さな自己満足を心にひめて残りの人生をいきる。それで物語としては十分完結しており、後日談など余計なお世話だと思うのだが、いるんですね、続きを書いてみたいと思う人間が。

ところで本書の正しい楽しみ方は、あれこれ映画のことを思い出して懐かしむところにある。作者のマイクル・ウォルシュもその点は心得たもので、映画ファンの読者が喜ぶ、小道具、小ネタをふんだんに盛り込んでいる。サムは当然のことながらリックと行動をともにするし、「そんな昔のことは忘れてしまった」「そんなに先のことは分からない」とボガードに言わせるフランス女イヴォンヌも名前だけは登場してくる。そのイヴォンヌに気のあったバーテンダー、サーシャ、そしてリックが若い新婚夫婦を助けたときに嬉しそうにしていたウェイターのカール、おなじみの好脇役が総登場なのだ。そしてこんな会話も用意している。

「パリをおぼえているかしら、十年前はどこにいたのかってわたしに聞いたときを?」
「ああ。歯の矯正器をつけていたと言ったな」

ファンならば、あのシーンだと嬉しくなりますね。そこまでくれば、当然の事ながら皆さんご存じのあのセリフだって出てくる。

「わたしたちにはいつだってパリがあるわ」イルザはリックの首に腕をからめ、息がつまるまでキスをした。
「乾杯」リックはグラスをかかげた。
「あなたの瞳に乾杯」とイルザ・ブレインは言った。

事の成り行きはアメリカの立場からものを見ていると言おうか、好きになれない点があるが、こうした小説だから、物語や結末に注文をつけるのはお門違いと言うものだろう。いずれにせよ、賛否両論含め映画ファンならば本書をネタに何時間でも語り合えそうだ。


書名 もうひとつの「カサブランカ」
作者 マイケル・ウォルシュ
翻訳 汀一弘
出版社 扶桑社
ISBNコード 4-594-03611-2