ワンダーランドで人が死ぬ


ケント・ブレイスウェイトの「ワンダーランドで人が死ぬ」は、主人公ジェシー・アセンシオが自ら「スタンフォード出のメキシカンがハードボイルドを真似ると、どうもいまいち不自然だ」と、語っているようにメキシコ系アメリカ人が主人公を演じる異色のハードボイルド小説だ。文庫の帯に「詩人探偵の名台詞が随所で炸裂!」なんて書いたあると、わたしとしては読まないわけにはいかない。

詩人にしてかつ私立探偵のジェシー・アセンシオ。かれの妻ヘザーの実家、ワンダー家はテーマパーク「ワンダーランド」を経営している。ところが、そのワンダーランドで殺人事件が発生する。日系人娼婦の死体が食品倉庫の一角で発見されたのだ。私立探偵として捜査に協力するジェシーだったが、パーク内で第二、第三の殺人事件が立て続けにおき、彼の一家も銃撃される。しかし捜査の進展に伴ってワンダー家の秘密が白日にさらされることとなるのだった。

全体はこんな調子なのだが、このてのミステリの常として事件のほうにはあまり力が入ってない。主人公ジェシー・アセンシオのスタイルこそが中心だ。スタンフォード大学を出て、一時FBIの捜査官、その後下院議員を務めるという変わった経歴だ。FBIを辞めるにあたって事件があったらしいのだが、詳しくは語られていない。妻や子どもを愛し、いまだに月一回は父親の理髪店で散髪をしてもらう、そんな家族を大切にする姿が印象的で、ハードボイルドに憧れているけれど、ハードボイルドではないというのが、正確な表現かもしれない。

そんな具合だから、「詩人探偵の名台詞が随所で炸裂!」なんてあっても、いまいち調子がでない。ところが、おきまりの謎の美女が依頼人として登場すると、とたんに快調となる。

「わかりました」アリス・キャロルは目を上げ、用心深い眼差しでまっすぐに見返した。ハシバミ色のひとみに、もの問いたげな表情が見える。「キャッシュでよろしい?」
(中略)
「できれば支払いは純金の『マルタの鷹』でお願いしたいが、まあ、キャッシュでもかまいませんよ」

これ以外にもさまざまなジャンルの小説の一部を埋め込んだセリフがたくさんあるそうなのだが、わたしに理解できたのは極一部です。ハードボイルド・ファンは一読あれ。


書名 ワンダーランドで人が死ぬ
作者 ケント・ブレイスウェイト
翻訳 渋谷比佐子
出版社 扶桑社
ISBNコード 4-594-03633-3