全面支配(その2)


デイヴィッド・バルダッチという作者の名前をどこかで聞いたことがあると思って読んでいたら、後書きを見て判りました。クリント・イーストウッド主演の映画「目撃」の原作を書いた人物でしたね。映画は感心しなかったが、確かに原作は面白かった。ところで、この「全面支配」の面白さはなんといってもFBI特別捜査官、リー・ソーヤーに負うところが大きい。ミステリー中の探偵や警官として類型的にすぎるという批判もあるだろうが、魅力的なものは魅力的なのだ。
あまりに懸命に捜査に没頭するあまり、家族からは愛想を尽かされ、妻とは離婚、娘は口もきいてくれない。そんな自分を

「人はときに、これ以上はないという善意から、これ以上はないという愚かなことをしてしまう」

と振り返えりもする。また境遇を同僚にこぼしながらも、次のように語る。

「だが、こんなぼやきを誤解しないでくれ。自分をあわれんではいないし、だれにもあわれみなんか、間違ってもかけてもらいたくない。えらぶ道はいくつもあって、えらんだのはだれでもない、自分だ。その人生をしくじったとしたら、しくじったのはこれまた自分で、ほかのだれでもない」

ふつうの刑事が主人公の物語でFBIが登場する場合は、エリート意識の強い鼻持ちならない奴として描かれることが多いが、「全面支配」のリー・ソーヤーはむしろその逆である。現在は民間の警備会社を経営し裕福になっているかつての同僚にレストランに招待されるが、その雰囲気に反感を持った彼は次のように応対する。

「なにを飲むかね、リー」
ソーヤは大きなからだをブースに沈めた。「バーボンの唾割り(スピット)」顔も上げずに、低い声でいった。
ウェイトレスがきょとんと見返した。「は?」
ハーディが笑った。「バーボンのストレートという柄の悪い言葉だよ。わたしはマーティニのおかわり」

バーで格好よく注文をしたいとは思うが、これは私には使えないね、品がなさすぎる。たしかにストレートは考えようによっては唾割りにちがいないけれど。


書名 全面支配
作者 デイヴィッド・バルダッチ
翻訳 村上博基
出版社 徳間書店
ISBNコード 4-19-891199-1