最近の小説では颯爽とした刑事など登場しないことになっている。おびただしい数の犯罪とその犯罪の陰にある人間の心の暗部が刑事自身の精神を犯す、そんなシチュエーションが多い。
「マック、ほとんどの人間には善人の部分があるんだ。おれたちの問題は、それを目にする機会がめったにないせいで、自分のなかの善人まで見失ってしまうことなのさ。ありとあらゆるものを斜めに見ちゃいけない。そういう不健全なマイナス思考におちいると、ぼろぼろになっちまうんだ。嘘じゃない。なにしろ体験者がここにいるんだからな」
ディラン・ジョーンズの「魔笛」に登場するシカゴ市警のルー・ベック刑事が同僚の若い女性刑事スーザン・マッキーに語るセリフだ。
学会のためにシカゴを訪問中の英国人女性医師が猟奇的な殺され方をする。この二人のシカゴ市警の刑事が主人公で犯人を追いつめると思って読んでいくが、ベック刑事は一向に活躍しない。それというのも彼には精神障害の弟がおり、その弟の犯行ではないかと悩んでいるからなのだ。
そこに登場するのが被害者の弟で、事件解決に意欲を見せない警察を尻目に活躍を見せるのだが、彼自身が犯人の標的になり窮地に陥る。そんな展開だから、かのベック刑事は
「アドラー殺人事件の捜査についての報告書をタイプしたら、バーに行って、スツールからずり落ちるまで飲みつづけるさ」
などと言いながらダメ刑事ぶりを披露しているが、最後の最後になっていいところを見せてくれる。
サイコ・ミステリー調の犯行が描かれているが、そんな側面に寄りかからずに、しっかりした物語になっている。特に後半の犯人に迫る展開は読み応えがある。
| 書名 | 魔笛 |
| 作者 | ディラン・ジョーンズ |
| 翻訳 | 金子浩 |
| 出版社 | 角川書店 |
| ISBNコード | 4-06-264568-8/C0197 |