ヒデリノトキハナミダヲナガシ
たわごと目次に戻る
総合目次

 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」と言えば、国語の教科書にも登場するくらいに、有名な詩である。数年前にテレビで面白い話を聞いた。宮沢賢治の研究をしている大学教授かだれかの話であったが、その話によれば、中に登場する一節の「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」の部分は賢治の元原稿では「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」であったというのだ。これは、賢治が出版時に出版社の編集者の指摘により最終的には「ヒデリ=日照り」に変えた物だそうである。
 この研究者(先生)は元の「ヒドリ」は、出版社が指摘したような「ヒデリ」の書き間違いではなく「ヒドリ=日取り=日雇い労働」のことだと推定している。すなわち、農家が不作によって、日雇い労働をしなければならない状況を見て涙を流すということで、当時農業試験場からの農業指導が本業であった賢治にはぴったりの情景だというのである。
 しかし私は、最近ふと、別の第3の解釈もあり得ることに気づいた。「ヒドリ」は「ヒトリ」が東北地方流になまったものではないのか?……というのが、私の考えである。
雨ニモマケズの出版された全文は次の通りである。(発表後50年以上経過してるから著作権は切れてるはずなのでここに掲載)

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチテ
慾ハナク
決シテイカラズ
イツモシズカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

 以上である。これは、問題の箇所が「ヒドリ」でも「ヒデリ」でも、「身体が丈夫で冷静沈着に他人のために東奔西走するようなスーパーマンで、しかも、農民の不幸には涙したり困ったりするような思いやりある人、ではあるが、他人には存在を認められいような存在になりたい」まあ、今よくある変身型スーパーヒーローのパターンになりたいというものである。
 その場合、この詩は「ソシテワスレズ」まで、基本人格を表現し、次に「東奔西走」を示し、「ヒデリノ」から、2行が農民への同情をしめし、最後の「デクノボウ」から、目立たない存在を示していると解釈される。
 一方、「ヒドリ=一人」とすると、最初の人格表現までは同じだが、次の東奔西走は「客観的に感情を殺して他人にアドバイスし」となり、問題の一行は「それでも他人の目のないときは涙する」と解釈し、併せて「他人には冷静沈着なところだけ見せておいて、実は内面は弱い」すなわち「他人に弱みを見せない」ということになる。そして「サムサノナツ……」からは自然の前には無力であり、皆に馬鹿にされるが他人の迷惑にはならないということになるわけである。
 つまり、「ヒドリ」や「ヒデリ」の解釈では「常に人に優しいスーパーマンになりたい」であり「一人」では「他人の前では感情を出すのは恥ずかしいから、感情は内に秘めておきたい」ということになるのではなかろうか?
 前者は「聖人君子だけど、皆に馬鹿にされる者になりたい」という意味であり、後者は「他人には弱みを見せずに粋がってるつもりだが、結局弱い本性がバレて馬鹿にされる」という意味になる
 私には後者の方がより愛すべき存在という感じがするのだが。

「雨ニモマケズ(珍解釈版)」

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチテ
慾ハナク
決シテイカラズ
イツモシズカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
一人ノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

Hさん、
NHKで嵐山光三郎が、確か「追悼も文学」?という番組のなかで、「ヒデリ(ヒドリ)」のことと、「玄米4合」を戦時中?多すぎるから、書き換えたとか。あと、「サムサノナツ」は、本当に「寒さの夏」なのか、なぜ、「寒い夏」にしなかったのか、「サムサ」って、何かほかの意味があるのか、と。言っていた気がしたけど。興味あるけど・・・。永遠に解らないんでしょうね。
確かに本人がすでにあの世ですから、永遠に謎ですね。(KEI)
ズラーさん
東北地方のものですが,「ヒトリ」は「ヒドリ」とは訛りませんよ。
私自身東北出身ですが、私自身はケースによってそう訛ってましたけど。(KEI)
四辻の狸さん
賢治自身には、親族で唯一人同じ法華経を信じていた最愛の妹トシを亡くし独りぽっちになってしまった悲しみもあり、同時に、此の世の中で諸々の事に悩んだり悲しんだりして居る人々を思いひっそりと涙を流したのではないでしょうか?その表現がヒトリノトキハ以下になったのでは?
正統的な解釈だとそうなりますか。(KEI)


ご意見は以下に必要事項を記入の上、送信ボタンを押して下さい。
頂いたご意見はホームページに転載します。
お名前:(半角カナでの記入はできません)

E-mailアドレス:

性 別: 男性 女性

掲載の可否: 必ず 不可

ご意見:(半角カナでの記入はできません)



たわごと目次に戻る
総合目次