それなりに楽しい障害者生活
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 別に書いておくほどのことでもないのだが、自分の覚え書きくらいのつもりで、私の病気のことを書いておこう。もしかしたら、同じ病気をこれからする人の参考にいくばくかでもなるのではと思う。
 それにしても、発病した直後は自分の身に何が起きたのか理解不能で相当混乱して不安ではあった。
 しかし、主治医に「脳梗塞です」と告げられたときに、ようやく、自分に起きている現象が理解できて、なぜか安心してしまったのである。
 それで、ふと、今後のことを思ってみるに、ずいぶんとできなくなってしまったことがあるもんだとは思ったが、すぐに、「ま、片手でやれることもいろいろあるから、なんとかなるっしょ」ということに気づいたのである。それに、脳梗塞なんて経験、そうそうできるもんでもないから、この経験を楽しんでしまおうと思ったわけである。
 で、実のところ、その発想の転換が正解だったようで、私は特にひどく落ち込んだりすることなく、自分の状況をじっくりと観察しながらすごすこととした。
 当初は、左半身が完全に麻痺していたのだが、日にちの経過とともに、徐々に動きが出るようになって来た。まあ、場所によってその状況は違うのだが、1ヶ月もたつと、だいたいのところに、わずかでも動きが出始めた。指だけは、一番遅れて、かすかに、自分の意志で握れるようになったのは、発症から2ヶ月くらい経過した頃であった。
 そして、動くようになった機能を使って、少しずつ徐々に自分のできることを増やして行く作業が、6年経過した今も続いているのである。ま、ほとんど子供の成長に似ている。
 私が最終的な目標においているのは、障害をもってからAT限定に変更した車の運転免許を限定無しにすることである。やっぱり車はMTに限る。しかし、これまた何年かかることやら。
 よく、私のことを努力して立派だとかなんだとか誉めてくれる人もいるが、私は特に立派なことをしたり努力したりしてるわけではなく、適当にいい加減におもしろおかしく生きているだけである。障害を持ったおかげで、新しい経験もいろいろしたし、面白い発見もあった。というわけで、障害を持って良かったこともいろいろあるかな、とは思う。
上袴田 弘さん

私は20代で原因不明の脳梗塞(脳塞栓らしいが、どこで血のかたまりどうしてできたのかが不明)で右半身が麻痺しました。年齢的にも非常にショックですが、もう一つ右に麻痺がでたこともショックです。こんなうらやましがりかたも変ですが、リハビリしてても年をとられてる方や左麻痺の方がすごくうらやましいです
麻痺が右に出たか左に出たかで(同じ麻痺の程度であれば)その後の人生の困難さがまったく違います
右足はそれこそ車の運転ができなくなりますし(改造すればよいと言うのはなぐさめになりません。なぜならレンタカーで左アクセルというのはないからです)
右手と左手ではそれこそ地獄と天国です
KEIさんは左というこで、右のわたしから見れば(年齢的にも)すごくうらやましいです

 それにしても、20代で右麻痺ですか?そういえばうちのリンク集にあるchamさんも、20代で右麻痺だったそうですが。上袴田さんも一度訪ねてみられては?
 そもそも右麻痺は利き手交換しなけりゃいけないですからリハビリの最初からして困難さがだいぶ違いますね。しかも、社会インフラは、右利きを前提にできているようなものも多いですしね。左利きの人が感じる不便さが右麻痺の障害者に如実に現れた例ですね。左麻痺は、それに比較するとかなり気が楽ではあります。
 というわけで、この面では私はかなり、幸運でした。ただ、年齢的には私も発症がちょうど30歳でしたから、あんまり違わないような気もします。それに、まあ、リハビリによる回復は若い方が早いみたいですから、年齢的にはいちがいに若ければいけないかどうかということは、言えないような気もします。
 とりあえず、まだまだ、人生長いですから、自分の現状で何ができるかに注目しないことには、どうしようもないですよね。ただの型どおりのリハビリってんじゃ、面白くもないですから、自分のできる遊びでも見つけて残存機能をせっせと使ってると、勝手に作業療法ができるみたいですし。(KEI)
上袴田 弘さん

私は20代で青天の霹靂みたいに脳梗塞になったためかなり自分本位な精神状態になっております。そのあたりの事情をご考慮くださってこの記事をお読みください。

私が悔しいのはまず年齢のことです。
リハビリをやってても回りは年寄りばかり。。。そのなかで非常に若い私が混じってそこにいるととても惨めで情けない気持ちが起こり、つい死のうかな。。。なんて思ったりします。
年寄りですとまあ今まで人生上の経験はたいていしてきたと思いますし、後の余生は花鳥風月を愛でてればいいだけなのでちょっとくらい体が不自由になってもそんなに残念ではないと思います
でも私の場合この先結婚もしたいし、スポーツだって思いっきりやりたい、海外放浪の旅だってもっと行きたいし、女の子をナンパしてデートをしてセックスだってしたい。だけどいったい何人の女の子が私のようなかたわとデートをしてくれるでしょうか!?セックスをさせてくれるでしょうか!?ましてや結婚なんて。。。。。。
スポーツだってちんばじゃほとんどできません
年寄りならば今更ナンパもくそもあるまいし、結婚して子供も大きくなってたいていのことはやってあるし、スポーツだってせいぜいゲートボールが関の山だし。。。。。
リハビリの方も基本的に年寄りを中心に考えているので、日常生活がなんとかできるまでの状態までいけば、打ち切られるし。年寄りだったらそれでいいのかもしれないけれど私の年齢だととてもじゃないけど満足できません!!!
今の私の心の慰めは自分より症状が深刻な人をみたり読んだりすることです。おかげでネットサーフィンでもつい神経難病とか頚椎損傷のページをさがしたり、末期癌のドキュメントを読んだり、神経難病煉を尋ねたりしてしまいます。
逆に外出の際青春を謳歌している若者や年寄りでも普通にすっすと歩いている人を見るとくやしくなります。
私はたばこをぜんぜん吸わないのにこんな風になったので、たばこを吸っている人を見ると、(脳卒中になれ!)なんて祈ったりもしてしまいます。
改造車で横をすっ飛ばしていく車なんかを見ると、(大きな事故でもおこせ!そして首の骨でも折ってくれ!)と思ったりしてしまいます
病院の病室での唯一の慰めは自分より症状の重い人を見ることです。無意識にその人の後を追ったりもしてしまいます。リハビリでも大の大人が、積み木とかなげ輪なんかやっているのを見ると(かわいそうだな〜)と思うと同時にそれを見て心を和ませている自分がいます。
年寄りですと年金生活ですのでお金の心配もは働かなくてはいけないというプレッシャーもないので、

 確かに年寄りで、障害を持つ人たちは、人生をさんざん楽しんだあとで、あとは死ぬだけというか、死にかけたけど死ななかった人たちですからねぇ。
 まあ、私の場合は幸い結婚して子供も産まれた後でしたけど、障害を持った状態でこれらを養わなければいけないという責任を痛感せずにはいられませんでしたね。
 あと、私も、男の30代は、金もあって、体力もまだ十分あるから、人生を楽しむ最大の時期なのに、と悔しく思ったときもあったのは確かです。
 ところで、結婚はできるんじゃないですか?ただし、身体にハンデがあるのは事実ですから、相当自分の内面を鍛えて、身体のハンデを補わなければいけないでしょうねぇ。もし、そうやって、内面を鍛えてハンデを補うことができても、それを理解できないような相手とは結婚する価値も無いですよ。で、逆にそれを理解できる女性と巡り会うことができれば、それこそ、充実した結婚生活が送ることができるでしょう。
 極端な例、あのホーキング博士は、あんな、身体の状態で、愛人を作ってる(その後奥さんと離婚して愛人と再婚したというような話もあったような。記憶違いかな?)わけでしてね。
 私は自分が障害を持っちゃったら、自分のできなくなったことに注目するんではなく、自分のできることに注目しないとどうしようもないと思いますね。
 あと、リハビリは、日常生活ができるようになったら、その先は自分が自分の使える機能を使っていろいろなことに使って機能向上させていくもんだと思います。私がいろんな趣味で遊んでるのも、リハビリを考慮してのことなんですよね。で、何をするのがよいかを考えるのは、自分自身ですよ。自分の身体のどこが使えるかを解ってるのは自分自身ですからね。そうそう、麻痺側の脚が膝関節と腰関節がある程度力がはいるようになれば、スキーの初心者コースくらいは安全に滑ることができますよ。私がこけてアバラを折ったのは無理して中級者コースに行ったからでして。(^^ゞ
 ところで、上袴田さんは、障害基礎年金の申請をしました?私の場合、子供がいることによる付加金を併せて年間約百万円もらってますが。公的年金をまじめに払ってればもらえるはずです。(KEI)
recoさん

KEIさんの此のページみて 何度も何度も読み返す事が 有ります
私も38歳の時 突然、脳梗塞と診断され 自分では、「何で私が?」と 受け入れる事が出来ませんでした。
何時もと同じ朝が来て ゴミ出しを仕様と・・・まるで酔っぱらいの様にフラフラ「何、これ・・?」40日の入院、10日の温泉病院でのリハビリー 詰まった血管は、心臓に酸素を送る所に、平行感覚が無い、右半身の末梢神経が無くなった為、痛い、熱いが分からず 主婦として家事がしづらく 良く火傷をしてしまい、歯がゆいだけでした。
外も一人で出ることが出来ず 子供や主人がいつもついて歩くのは、時折イライラしました。
元々が 学生時代 体操の選手で 子供とテニスに励み 何かカベにぶつかると6q位走るとサッパリとして いたのが今は、走る事もできずに「私から スポーツ取って何が有るの・・・?」
イライラしながら 2年半がたちいつの間にか こんな体になれ気が つくとスポーツをしていた時の 気持ちに成り 私にも出来るはず、あの人に出来るんだ 私だって・・・自分の限界を良くわかっていません。
限界ギリギリになり疲れがたまり 心臓に負担が罹り医者に言わせると「家事の手ぬきしても家族は、死なない でもこのままでは、君もって2年から3年だろう・・・心臓を甘く見ないでください」
主人が呼ばれ何を その後言われたのか????
何でも悪い方にしか考えられず 又、落ち込んでいました。
今年の春の事です。
普段、旅行など学校を休んでまで付いて来るはずが無い子供が付いてきたり ・・・
優しいから余計に考えました。
そんな時、星を見ているのが好きな私に主人が 天体望遠鏡を買ってくれ 全然、興味が無いのにふらつく私の為にセットしてくれ・・・
「あ〜私ダメかな・・?」って思っていた時、此のページに遭い・・・私なんって気を付ければ良いんだ・・・なのにもっと大変でも頑張っている人 沢山いるんだと知り 家族の優しさにもう一度 甘えてみようと 感じ言葉で云い表せない位 感動しました。
右半分馬鹿なら馬鹿なりの生活を・・・心臓が悪いなら悪いなりに・・・家族に恵まれている事を誇りに思いながら頑張って見よう。
きっと又、いつか走れるって信じています。
KEIさん私このHP大好きです。
落ち込んでる時、勇気をくれます。
主人は、インターネット系は、全然、出来ませんが此のページの事、話たら 「何かの,縁だね」と云ってくれ「そうなんだ!!逢った事、無くても・・・何かつながっているんだ!!」
人と人ってすごいな〜何って勝手に思っています。
KEIさん 時々勇気を下さい。
何時も 星の事でお世話になっていますが イライラした時、又メールするかもしれません 迷惑でしょうが宜しくお願いします

P・S

私もHP挑戦中です。
出来たら、お知らせします 見てください。
勇気を有り難う・・・・・

 なるほど、脳梗塞が右半身の感覚麻痺と心臓の制御系の異状の後遺症を残したわけですね。
 おっしゃる通り、中途障害は、なった当初は、自分の状態を受容することができずに、大分、精神的に苦しむことが多いと聞きます。
 たぶん、気持ちだけは、病気以前の状態と同じことができると思いこんでいて、ついつい無理をしたりすることがあるでしょう。
 でもまあ、障害があること自体は事実だから、その自分の障害の状態での残存機能で何ができるかを把握して、その範囲でせいいっぱいできることを考えればいいんでしょうね。あと、家族等の手を借りることは恥でもなんでもないですよね。
 これは、他人に対してもそうですが、自分のできないことは、遠慮せずに手を借りるべきなんでしょう。もちろん、その変わり、自分のできることは、できる範囲できっちりこなすことが必要なんでしょうが。
 HPできるの楽しみです。技術的に困ったことがあったら、ご相談下さい。メールも遠慮なくどうぞ。(KEI)
上袴田 弘さん

かなり以前に投稿させていただいた上袴田と申します
久しぶりにこのページを再度読まさせていただいて私に対するコメントでふと気がついたことがあります。
それは
>そうそう、麻痺側の脚が膝関節と腰関節がある程度力がはいるようになれば、スキーの初心者コースくらいは安全に滑ることができますよ。
というものですが、申し訳ないですがこれはまったくの間違いです。
私は現在股関節と膝関節は中程度の障害ですが、特にひどいのが足関節(足首)と足指なんです。この前室内スキー練習場へ行って来たのですが、結果は散々でした。
スノボはおろかスキーのボーゲンさえできません。(斜度5度程度)
そこでわかったことはこの二つのスポーツは足首のスポーツなんだ、足首が生命線のスポーツなんだということです。(特にスノボは足首の背屈、底屈でエッジの返しをするわけですから)
この日を境にウィンタースポーツからはきっぱりと足を洗うことにしました。(ToT)冬暇だぁ!
コンパなんかで友人がスノボに行こっ!とか言って口説いているのを見るととても悔しくてたまりません。

 実はスキーの件は私自身の体験なんですよね。私の場合、脳梗塞になった冬の1年後のシーズン(足首と足指は完全麻痺。脚部にも中程度の麻痺。普通の歩行では杖が必要な状態)に、丸沼高原スキー場の中級者バーンの下半分で滑ることが出来ました。上半分はコブもあるので、さすがにあきらめましたが。
 確かにスノーボードは、足首が重要でしょうが、スキーの場合は、足首はスキー靴で固めてしまうので、割とまともに滑れます。
 ただし、上袴田さんもご経験のように、ボーゲンは、無理です。これは、足首や足指の麻痺の影響ではなく、むしろ、股関節部の、太股を軸にしたねじり運動の麻痺の影響と思われます。この運動は日常ではほとんど使うことはなく、自然とリハビリされることは期待薄で、私は未だにこの麻痺は残っています。ここに麻痺がある状態では、ボーゲンは、スキーの角度を保っていられないために、つらいものがあります。私の経験では、緩斜面をプルークボーゲンするよりむしろ、少し斜度のある(10度くらい?)ところでパラレルターンで攻めた方が楽だし安定して滑れました。
 もっとも、私の場合は、リフトの待ち行列に並ぶときにバランスをくずして転けて肋骨にヒビをいれたこと、お楽しみのコブ斜面が無理そうだったこと、花粉症を発症したこともあり、(杉林にに近づく)スキーは隠居しましたが。(^^ゞ
 というわけで、スキーを隠居するのはちょっと早いかも。もちろん、いろいろ試したうえで、それでやっぱり危険だと判断したというのであればあえて勧めはしませんが。
 ところで、スノボで女性を誘えないなら、自分は別の技を磨くことも必要かと。障害を持つ楽しみの一つが自分の残存能力でいったいなにができるかチャレンジすることにあるわけですから。ものは考えようで障害を持ったことでパラリンピックの出場資格が得られるという側面も。スノボより、金メダルの方が女性受けはいいかも。(KEI)


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