地球環境対策ねぇ
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 何でもうちの職場が環境管理国際規格ISO14001取得を目指すそうだ。というわけで、先日、それ関係の講習会があった。
 環境問題コンサルタント会社からの講師の講演の前半は、なぜ、環境管理の国際規格が作られるに至ったかという背景の説明であった。
 私も、ここまで、いくつか、地球環境問題について書いてきたが、今回は、それらに対して、思わず疑問を持ってしまったのである。
 なぜ、地球環境対策をしなくてはいけないか?それは、このままの人類の活動を続けていくと、地球が、人類の活動をささえきれなくなり、食糧危機、エネルギー等の資源の枯渇を招き、やがて世界人口の減少となる、という予想がたつからである。
 しかし、どうも、国際会議などが、環境対策をほどこそうという背景は、この問題を避けつつ、持続的な発展を目指すのだそうだ。
 そこで、ふと、疑問に至ったわけである。持続的に発展するのであれば、時期が変わりこそすれ、確実に限界に向かって進むことになる。ようするに問題を先送りするだけのようである。
 しかも、現在考えられている環境対策は、効率を上げて生活の質を落とさずに、地球環境への負荷を減らそうというものだが、これまでの人類の歴史を見れば明らかなように、効率化によってできた余裕は、すぐに消費してしまうのである。
 つまり、どっちにしても、破局は避けられないということである。その時期が、21世紀半ばから22世紀になるかどうかという程度のものでしかなかろう。
 ところで、何も対策せずに21世紀半ばに破局(人口の減少開始)に至ったとしても、22世紀初頭には、地球人口20億人程度でバランスするらしい。たぶんこのバランスする人口はどの時点で破局してもいっしょだろう。
 それならば、ここで発想を変えることもできる。
 すなわち、さっさと破局させてしまって、悪化した地球環境で生き残った、すなわち、そこに適応したいわば新人類に未来を託すということもありではなかろうか?
 その発想の原点は、たとえ人類といえども、地球環境からの淘汰圧力に逆らうことはできないのではないか?人類も所詮動物の一種にすぎないということである。
 たぶんその地球からの淘汰圧力はかなり厳しいものになることであろう。
 もし、それによって抹殺されるのを避けたいのならば、自らを地球周辺環境とうまく調和させていくしかあるまい。それをできた者だけが淘汰圧力の中生き残ることができるのである。


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