のこんなもの(地理公共施設)


柏の坂

柏に引っ越してきて驚いたのは坂の多さ。東京外縁部ということで,なんとなく小平あたりのようにずっと広がった場所なのだろうと思い込んでいたのに(ちなみに,小平は地元の有志が募って築山をこさえたくらいデコボコがない。大平や真平と名乗っても良いほど)。

普通の路面では急すぎて階段が切ってある坂があるところなぞ,都内神田お茶の水,あるいは世田谷から多摩川あたり(都心からの距離から言うとこっちが近いですね,イメージは大分違うけど)のようである。ただ,都心だと坂にいちいち江戸時代由来の名前があって,坂の上下に由来を書いた案内が立っていたりする(暗闇坂とか一口坂とか)。そこは柏,新出来でこざる。かなりの急坂長い坂でもほとんど名前がなく単に坂。これだけ坂が多いのは,地面の自然な起伏が残っているだけでなく,山だったのを切り崩したり沼だったのを干したりしたところもあるらしく,柏に住まう際には地面の素性も大事らしい。と,言いながら我が家は前後左右全て坂の下である。

柏の湖沼

その1 いやな日本一

柏には日本一記録を更新し続けた沼がある,といってもぜーんぜん誇らしくない。環境庁の全国湖沼の水質調査で,2001年も手賀沼が最も汚染がひどかった湖沼になってしまいました。年平均のCOD(化学的酸素要求量)が水1リットルあたり14ミリグラム。昨年の18ミリグラムからはちょびっと改善したものの,堂々27年連続のワーストワン。
注記とお詫び:以前,汚れの尺度をBOD(生物的酸素要求量)と記していましたが,同じ管轄調査でも河川はBOD,湖沼はCODのようです。河川の方がドジョッコだのフナッコだのが多く住むべしと見なされているんでしょうか。

手賀沼の汚染が進んだのは,沼の面積が減り流出水路がなくなって自浄能力が落ちたのが大きいらしい(ここの汚染は有害物質や大腸菌などの有無ではなく,水をきれいにするのにどれくらい酸素がいるかという尺度で見たもの。要は夏場にアオコが大発生するからねというような話であるらしい)。沼自体は我孫子に掛かっている部分も広いが,主な汚濁理由である生活廃水の元は人口からいって柏も大であろう。
しかし,27年前に手賀沼に首位を譲り渡したのはどの湖沼か,いっそ気になる。1973年というと,水質保持尾条例制定前の琵琶湖か順当に印幡沼あたりなのか。

2001年度の統計で,記録更新中だった手賀沼が終にその座を明け渡した。新たにいやな日本一になったのは,静岡県の佐鳴湖。年平均のCOD(化学的酸素要求量)が水1リットルあたり12ミリグラムで,11ミリグラムだった手賀沼をわずかに上回ってしまった。
汚濁日本一のお荷物を肩代わりしてくれた佐鳴湖とは如何なる湖なのかと思ったら,浜松市街の中心から4kmばかりの近さ。湖畔には博物館や遺跡なんかもあって,春は新緑冬は湖に来る鳥を見る市民で賑わうんだそうな。手賀沼と芸風似ているような。多分水質汚濁の原因もご同様で,自浄能力を超える生活廃水の流入があるのでは。
不名誉なNO1の到来に,静岡県も2002年7月に浄化対策専門委員会を立ち上げ。汚濁発生や改善が進まない原因を探り,効果的な対策の検討を目指しているが,2006年まで1位の座を明け渡していない模様。

手賀沼のCODの数値そのものは,北部導水路から利根川の水を流し込んだのが決め手になって,徐々に改善しているらしい。確か都内の目黒川でも同様の手法で一気に水質を上げた実績があったような。2006年には,8月に手賀沼1500mスイムを含むトライアスロン大会開催,秋には沼につながる大堀川に鮭が遡ってきたなどの話題もありました。

その2 天然記念物?

手賀沼ほどではないにしても柏には沼や池があちこちにあったようだが,多くは同様に干したり埋めたりして開発されている。その中で残っている大物が柏の葉にあるこんぶくろ池。湧き水もあり,大堀川を経て問題の手賀沼への数少ない水源の1つになっている。

そう言えば,以前市内を歩いていたら柏市天然記念物ヒカリモという看板を見掛けたことがある。これはてっきり光る藻の生えた幽玄な池でもあるのかと見に行ったら,別に普通の家が並んでいるだけで訳が分からず引き返してきた。後で聞いたら,どうやら庭先の水甕の中に湧く鞭毛藻類の1種(ミドリムシの親類)で光るらしい。このヒカリモ,房総竹岡では同じ種類でも池というか井戸一面が金色に光るように群生し,国の天然記念物になっているそうです。

その3 花火大会

柏をはじめ手賀沼周辺市町の夏のイベント花火大会。2市1町による花火大会は2004年がラスト。柏市と沼南町の合併で,各自治体が持っていた打ち上げ会場も2つに集約されてしまうのでしょうか。いろいろ節約できることが合併のメリットではありますが,夜空にポンと開いて消える一瞬の花火だから逆に惜しむなという気も。
と,心配していましたが,我孫子会場に加え柏会場の第1本部と第2本部と計3箇所の打ち上げを,2005〜2007年と継続。無事14000発の花火が夜空を彩ったのでありました。ついでに柏側の会場位置が少しずれたらしく,駅近辺に増えた高層マンション群からも良く見えたのでは。

ちなみに会場となる手賀沼の水質を守るキャンペーン活動のため,我孫子市と沼南町にはそれぞれテガレンジャーとテガヌマンがいます。柏市には何もないようなので,こちらは合併後是非テガヌマンを沼南町からお迎えしてと共に守り立てたいものであります。

柏の地名

その1 分かりにくい

比較的短期間に開けたところが多いせいか,頭に添え字の着いている地名が多い。柏自体にしてから東柏,西柏(台),南柏,北柏,新柏が全部ある。また,隣の地名の後に添え字を追加して作ったらしい地名も多い。中央と中央町,豊四季と豊四季台,増尾と増尾台などなど。柏に来訪される場合は,地名を全部正しくメモしてから来ないと迷いかねない。
付け足し系も柏堀之内新田や青田新田飛地とかになると,見るからに末の末っ子状態で気の毒。そんな中で,柏の葉は最も近々できた町名らしく少し垢抜け感がある。いっそ,柏の木,柏の枝,柏の実,柏の根,柏の幹,柏の餅と一式取り揃えて設けちゃったらどうでしょう。
この状況に更に拍車を掛けたのが,沼南町との合併。柏市に泉町,みどり台,布施あれば,沼南町に泉,緑台,布瀬あり。緑泉辺りは如何にも新しく宅地を開く際に選びそうな語ではあるけれど,まぁ良くカブりましたねぇという感じ。お互い馴染みのある町名ゆえ,結局変更せずにそのままの地名を残している由。ご来訪ご来信の際はくれぐれも正確な記述をお心掛けて。

これらの地名がさしたる法則性もなく混在しているうえ,飛び地や番地の飛びも多い(はなはだしきは無番地とか地番整備中とかいうのも地図を広げると見つかる)。なかなかに来訪者泣かせ。地名だけ見てすぐそばだろうと思うと,とんでもなく遠い。地名だけでなく地番もちゃんとメモしておかなければ,やはり迷ってしまう。十余二など地番が市内3個所に分かれているうえ,ご丁寧に中十余二,新十余二というのも別のところに存在する。また,北部の大青田と船戸山高野は,ただの飛び地ではなくABABと2つずつ入れ子状に並んでいる。なんでまたこういう地名の混ざり方になってしまったのか謎。市役所もその辺り心得ているのか,建物や電柱の地番表示が東葛区域の中では比較的整備されているのがまだしも助けになっている。

その2 読みにくい

柏のみならず,常磐線沿線は結構さりげない難読奇地名が多い。柏に新宿,松戸に横須賀が存在するが,それぞれニイジュク,ヨコスガと読む。訛ってんのである(我孫子には青山があるが,これはさすがにアオヤマと読むらしい)。常磐線のずっと先へ行って,木下は見たところシンプルだがキオロシなどと読む。大甕も知ってないとオオミカとは読めない,ここも市役所は承知らしく地番表示はひらがなで書いてある。
隣の流山市には,北,南,中など1字攻め地名がある。読みも加,木,久,カキクケコと1字音揃えがあったりする。同じく隣の松戸市にはきよしが丘という地名があり,あのマツモトキヨシの本社がある(この前見ていたら,松戸清志町というのも別途あるようだ,これまたややこしい)。マツモトキヨシ創業者の松本清氏はかっての松戸市長で,すぐやる課の創設は全国的にも有名(ちなみにご子息和那氏に続きそのまたご子息和也氏もは千葉衆院選に出ていたが,いっそ3代目マツモトキヨシと襲名していたら知名度バツグンにアップしていたであろう)。松戸市には20世紀が丘という町名もあり,こちらは20世紀梨がもともと突然変異で発見された故地だそうな。

その3 13人兄弟

前述の十余二(ちなみにトヨフタと読む,hex Bではない)は字面が変な上に難読で飛び地と何でもあり状態だが,明治以降に旧武士の殖産計画として幕府の牧場を開墾した一部であるそうな。このとき開墾順にできた番号由来の兄弟地名とでも言ったものが,現在でも柏市と近隣の市町に残っている。1番から順に,初富(鎌ヶ谷市),二和(船橋市),三咲(船橋市),豊四季(柏市),五香(松戸市),六実(松戸市),七栄(富里町),八街(八街町),九美上(佐倉市),十倉(富里町),十余一(白井町),十余二(柏市),十余三(成田市)。お目出度い字面を考えてあるが,2桁を超えた途端に命名が手抜き力抜けしたようなのがおかしい(これまた末っ子状態ですね)。

柏の順列組み合わせ

市町村合併法の特例措置による平成の大合併ではあちこちで合従連衡が行われたが,柏市もその例外ではなかった。

もともと千葉県の行政区分では,東葛飾支庁が管轄しているのは,市川,船橋,浦安,松戸,野田,柏,流山,我孫子,鎌ヶ谷,関宿,沼南の9市2町。
一番豪華版は,上記支庁内みんなで合併。何と人口250万近く,多分大阪を僅差で交わし横浜の330万に注ぐ全国第2の大きな市が誕生する。広過ぎ人多過ぎで南北(東西)に割れそう。実際,近隣の人々にとって東葛と言われて感覚的にパっと肯けるのは,松戸以降の東北側半分であろう。
スケール上これに次ぐのが,JTネットワーク連絡協議会などが唱えた柏,松戸,流山,我孫子,野田,鎌ヶ谷,沼南,関宿町の6市2町。人口130万人面積380km2弱と,堂々たる政令指定都市にリーチ。でも新市名が大東葛市になったりしたら,さいたま市よりまだダサイと言われるのは必至。提言では平仮名でとうかつ市なので,ますますさいたま市くさい。ちなみに漢字の東葛市の方は,柏町が市になったときの最初の名称で使用済。
千葉銀のシンクタンクが唱えたのは,松戸,柏,流山,我孫子,沼南の4市1町。これでも人口100万越え都市ができ,政令指定都市を狙える。
東葛中部地区綜合開発協議会は,柏,流山,我孫子,沼南の3市1町。65万人で政令指定都市を視野に入れた中核市と言ったところだが,流山がこの4市町の組み合わせでは合併できないと脱退してオジャン。残りの2市1町がまちづくり研究会を作っていた。
と,そこからさらに我孫子が抜けてしまった。ぐっと小じんまりしたのが柏と沼南の1市1町。もともと,千葉県の要綱でも,東葛飾地域についての具体例の明言を避けていた中で,珍しく名前が挙げられていた組み合わせなのでまぁ順当だったのかな(もう1例述べられていたのは野田と関宿,要は町の隣市への吸収)。

かように各種の組み合わせが出て来たのは,大きな市がそれぞれ東京都の方を向いていて隣同士の連携が悪いとか,北部は埼玉県ともつながりがあるとか,いろいろ原因はある。しかしこと柏がらみの要因として大きいのは,松戸との睨み合い。老舗松戸に対し新出来柏と言ったところなのか。両市が入った組み合わせ案が主に民間から出ているのも暗示的。昭和の大合併でも小金村を取り合い,新しい自動車のナンバープレートは漁夫の利で野田に落ち着き,何かと宿縁が存在しているようである。
ちなみにナンバープレートに関しては,いわゆるご当地ナンバーとして2006年10月に柏ナンバーが登場(全部で18地域。近くでは成田やつくばも独自ナンバーになった)。一矢酬いた格好になっている。登場後しばらくは,いかにも新車やいかにもクルマ好きらしい車両が集中的に柏ナンバー背負って走ってました。

上記の東葛飾支庁内でも,南西半分の市川,船橋,浦安は総武線(東京メトロ東西線)沿線でむしろ千葉市エリアに近い感じ。特に船橋が注目。松戸柏の睨み合いを尻目に2003年4月に中核市昇格,さらに近隣市と合併して政令指定都市も狙っている。この場合習志野や八千代はスンナリ決まりそうだが,鎌ヶ谷あたりは松戸柏とまたしても引っ張り合いになりそう。

紆余曲折はありましたが,平成の大合併の一環として2005年春に柏市とお隣の沼南町が合併。JR柏駅前の商店街にはお祝いのバナーも掛かっています。個人的には沼南町は地番表示が少なく自転車で走り回るときなどかなり苦労していたので,現在の柏市内位に表示が付くとウレしい(そう言う意味では流山も仲間になって欲しかった)。
そう言えば,同じ名前の縁で姉妹都市(村?)になっていた青森県柏村,矢張平成の大合併でつがる市(青森県9番目の市だそうだが,ひらがなは今更どうかな)に加わり,村名が消える由。柏市内で青森県からの参加者を迎えて,お別れの会が催されたそうです。

同じタイミングで変わったのがゴミ出し袋。当初はてっきり合併に合わせて変えたのかと思っていたら,旧沼南町地域はまた独自のゴミ袋があるみたいですねぇ。可燃ゴミが紙袋からポリエチレン(?)袋に変更。確か昔1回戻った記憶があるので,再変更が正しいのかも。紙袋はちょっと変な詰め方すると破けるし重くなると持ちにくいし,正直使い難かったので内心歓迎。でも不燃ゴミも同時に有料化され,色違いで2種類揃えなくてはいけないのは結構面倒(しかもプラスチックごみの再生のため,ランニングコストが響いて割高なのである)。そのためか在庫を使い切ろうとしていたのか,変更後かなりの期間は,駅までの道すがら見た収集所は全て旧来の紙袋が続いたのであった。

柏の選挙

2004年3月13日に行われた千葉県知事選挙。5人の候補で争われた前回に比べ,現職強力との見通しから投票率が下がるのではと危惧されていました。が,開けてみれば6000票差と選挙戦終盤の追い上げで盛り上がり,久々に投票率も40%を超した模様。
ちなみに森田健作候補の街頭演説には首都圏3都県の知事も参加したらしいのですが,埼玉県の上田知事は,森田候補が埼玉県知事選に意欲を示しつつ立候補できずにいわば不戦敗を喫した相手。その来援を仰いでしまうのは,俺は男だ的にはどうだったのかしらん。
ちなみに前回の県知事選挙のときはなかなかネットにデータが上がらなかった柏市の選挙管理委員会(正確には委員会事務局のページらしい)。今回もまだ上がっていません。最新のデータが去年の市議選だから,当分無理かも知れない。今回,不在者投票は駅前VATのインフォメーションセンター横でもずっと受け付けていて頑張っていたのだけれど,おウチに帰るまでが選挙です。選挙管理委員会も柏市役所各課ディレクトリ経由でなくて直にジャンプできるようにして,せんきょ君やめいすい君がお迎えして欲しいなぁ。

柏のスポーツその1

その1 芝生でサッカー

まずはサッカー,レイソルでしょう。ちなみに,柏の小学生サッカー団もあの黄色ユニフォームを着てがんばっている。一応レイソルのサテライトにつながっていて,5年生くらいでセレクションがあるらしい。
そう言えば,日立スタジアムで試合があった日に,結構離れたスーパーが特別の駐車場シフトを敷いていた(お買い物の人は無料,レイソル応援の人は有料に切り替わっていた)。それくらいサポーターは大挙来襲応援しているんだけど。

振り返れば1999年にナビスコカップで初優勝。何せJ1(当時はJリーグ)昇格のときもJFLで優勝したわけじゃないから。そう言えば昇格当時ちょうど選挙があり,ある候補者が駅前で盛り上がるサポーターを前にして,レイソルズのファンの皆さんと言ってしまい,一気にさむーく支持を失いかけたこともあったそうだ(レイソルのファンは割と選挙権持ってる人が多い。どの選挙のどの候補なのかどういう投票結果になったのかは不明)。

2000年,前半は西野監督日本代表へ転出かなんて言っている間に負けが込む。オリンピックの中断を挟んで,第2ステージは結局第2位(2の字揃いだ)。お互いステージ優勝を掛けた国立競技場の最終節で,勝ては優勝ながらアントラーズと無念の引き分け。ナビスコカップでは下した相手だが経験の差が出た。年間終盤の連勝は壮絶だったけど,90分勝ちがもう1つ2つあったら2〜3点差を付けていればとタラレバが。前期4位,後期2位,年間3位(で最多勝)と確実に来ている。20世紀最後の天皇杯はベスト16までと残念だったけど(いつもPKで勝てる訳ではない),21世紀も行って欲しいものである。

ところが,2001年第1ステージは白星黒星拮抗の6位で西野監督退任。うーん,いざというところで決まって勝負弱かったからなぁ(やっぱり西北の出身者はサッカーチームと内閣の長に付けてはいかんのかもしれない)。後期も白星黒星拮抗でもう1つパっとせず。得失点差はそれなりだから,ドカンと勝って僅差で負け。もうひと化けですなぁ(にゃにおえらそうに)。

2002年ワールドカップの年,日本のナショナルチームに呼ばれそうな人数と韓国のナショナルチームに呼ばれそうな人数どちらが多いのと思っていたら,日本チームは明神1人,韓国チームにユとファンと(元だけど)ホンの3人。どちらも予選通過の上,明神の所属地ということでアミュゼでのパブリックビューイングもできたのは良かったのだけれど。問題はその後,ワールドカップを挟んで延々半年近く勝ち星がなく監督更迭,J2降格争い(!)に絡みまくり。結局,最終節に勝って終わってみれば無事残留だったのですが。

2003年はシッカリして欲しいなぁと思っていたら,いつのまにやら北嶋が移籍。特に個人的に応援している訳じゃないけど,最近すっかり不振ながらも若きエースのはずだったんですが。レンタルらしいので是非見返して威張って復帰して下され。そう思ってみると,何時の間にかブラジル選手とその後ろに小柄な若手選手,みたいなチーム構成になっちゃいましたね。大丈夫かなぁ。

2004年もオフシーズンにえらくメンバーが入れ替わった,かつ若くてちっちゃい選手が更に増えた印象が強かった。プレシーズンから開幕当初こそ連勝したものの,その後連敗街道まっしぐら。引き分けは挟むものの,なかなか勝たない勝てない。吉事と言えば,若手が代表に呼ばれて初ゴール決めたこと位。その後も全く勝てず,ついに5月には初のJ1最下位に。結局1stステージは同期の桜セレッソを最終戦で交わして脱出。しかし,監督が交替した後半も五輪の裏で負けが込み,特にホームでほとんど勝てない弱さ。折角勝ち点でリードしながら最終戦で年間最下位陥落,福岡との入れ替え戦連勝でかろうじてJ2降格は踏み留まる(しかし同時進行の天皇杯では,JFLホリコシに金星ともいえない勝利を献上)。かってJ2に落ちて戻ってきた浦和が年間チャンピオンを目指した例があるとは言え,いったん落ちたら何だか戻って来られそうになかっただけに正直安堵。でもまだ暫く雌伏の時が続くのかなと不安であります。

2005年も早野監督続投。オフには地味で丈夫で男くさかった往年の選手達が退団,まるで重電のような家電メーカーのようだったチームカラーも変わってしまうのか。ドイツに向けたワールドカップ最終予選の合間を縫って(?)Jリーグ日程が進む中,代表に呼ばれる選手が少ないレイソルは有利な筈なんだけど(って言うのも情けない),お得意の引き分け連発どころか負けが込み,ファンの不満爆発でニュースのネタになる始末。矢張入れ替え戦連続出場。しかも甲府にアウェイでやられて無念のJ2降格。前2年ほどを考えると,終に来てしまったなぁという感じでした。

2006年は石崎監督に代わって新規蒔き直し。と思ったら掌中の玉ちゃんから,日立台のお社はどうするのさキャプテン明神様までゴッソリいなくなってしまった。主力すなわち,この2〜3年のグダグダ迷走の主犯格でもある訳。残ってJ1に戻ろうとする選手はありがたいが,滓澱みは一旦払うのも良いかもしれないと思うしかない。スタートこそ元J1の貫禄か1位だったが,アウェイの鳥栖だの仙台でなかなか勝てずにズルズル3位へ。最終節までもつれこんだものの,最後のお願いで何とか2位確保。3年連続の入れ替え戦に出場することなくJ1復帰できたのでありました。優勝は横浜FCに攫われたけれど,何と言っても天皇杯優勝でチーム消滅JFLからやり直しで背負っている業の深さが違ったし,レイソルは最初の昇格時も2位だったし,1年で戻れたからもういいやいいや(入れ替わるように降格したのが,またしても同期の桜セレッソだったのは何とも)。

2007年は石崎監督続投。開幕戦のあっと驚く勝利(失礼)に始まり,一時は首位に立つ春の椿事を経て,勝ち点45の目標達成地球滅亡。トップ3の新目標を掲げた後はかなりお疲れで逆にもたつき,それでも終わってみれば8位(ちなみに,最終戦で開幕戦の相手にちょうど裏表ひっくり返った点差で敗北を喫したのは内緒)。ただ,シーズン終了頃から発表された移籍引退のお知らせに,降格挟んで随分頑張ってくれていた名前がかなり見受けられるのは残念。勤続疲労か故障者も確かに多く期間も長かったのだけれど。

その2 グリーンでゴルフ,ターフで競馬

サッカーに比べると縁のない種目だが(プレーしないのでなく,TV中継でも見ないというレベル),若柴にあった柏ゴルフ倶楽部は非常に名門(clubが漢字なのが既に来てます)。国道沿いの門構えを見ても大層落ち着いたたたずまいで,ここ10年くらいに県奥にできたポッと出のCCとは格の違いを感じさせた。TVで中継されるような大会が行われないのもかえって奥床しかったのである。
あまりに名門過ぎ,線路敷設箇所が引っかかっているのに動かせず常磐新線を遅らせているとの説もありましたが,ついに倶楽部が解散閉鎖されて工事開始。元の敷地内に線路の架脚がズラっと並び,掃除剪定が行き届いていたエントランスに枯れ葉が積もり植え込みが放ってあるのが,通り掛かりに見ても痛々しい。手前のクラブハウスの辺りまで公園にして残してくれないかしらん,柏の葉より駅方向から余程近くて良い感じ。

見る専門のスポーツとして,昔は柏に競馬場があった。今の豊四季団地の辺りに,当時の土地持ちの人が作った施設で,昭和3年から途中休止を挟んで昭和25年まで地方競馬が行われていたそうな。開設当初の開設日には,せいぜい人口6000〜7000人の柏村に1万人単位の観客が押し掛けて,都会人士のもたらす余香は以降柏の開ける端緒とも言われていたらしい。
そのまま残っていたら,中山まで行かなくても競馬が見られて,馬券買うのもずっと便利だったのに。大きな声では言えないが,公営ギャンブルがあると住民税も安くなるしね。船橋ほどではないが,柏を挟んで松戸と取手には競輪があるのでちょっとは違うらしい(そう言えば松戸にも競馬場がかってあったらしい,要は土地が余っていたのだな)。でも,競馬場の雰囲気が明るくなったのはここしばらくのことだし,まして地方競馬だったら今でもちょっとシャビーだし。やはりなくなって正解だったかもしれない。
ちなみに,柏の最初のゴルフ場はこの競馬場の中に併設されていた(岸信介とかもプレーしたそうです)。それは芝も土砂もあるけれど,結構大胆な設計ではないか。

柏のまつり

柏で祭りと言えば,まずは柏まつり。昔は,不思議と雨が降るという印象があった(そのせいもあって,各町内会の夏祭りは柏まつりとのバッティングを避けるとすら言われていた)。昼間晴れていてもねぶたの途中で夕立が来た年もあったし,朝から降っていた年もあった。何だか2000年頃から降雨のないことが続いているようです。
柏まつりと言えば柏おどりハヨー,運動会の種目になっていたりするので柏で小学校に通ったヒトなら大体踊れる。昔は西口の高島屋の前辺りでは,まさしく地域運動会か盆踊り大会みたいなノリで老若男女がノンビリ踊っていたりした。が,この所の柏まつりの柏おどりコンテストは何だか別物のよう。コンテストだからプロと言うか図抜けて上手なのは順当なのだが,どうもアップテンポでバンバン派手な動きの所が多くて,YOSAKOIソーランあたりに影響されているんじゃないかなぁという感じ。
そう言えば,売店なんかも昔は歩行者天国の道路沿いのお店がテーブルを持ち出してきていたのが,だんだん専門の屋台が増えている気がする。まつり自体が大規模ですごく混雑するようになったから,かえってごく近場の人間は祭期間の駅前,それも大通りは敬遠するような傾向でもあります。

柏の学校

その1 市立校名の謎

柏の市立小学校には,校名が番号の学校(第1から第8まで8校)と,所在地名の学校(25校)と2種類ある。地名の中でも,酒井根や富勢などはご丁寧に地名だけと東西の3校ある。また松葉はローカルに第1,第2とある。ナンバースクール群の方が古く,番号が大きくなり過ぎるのを避けて途中から地名に切り替えた,さらに生徒数の増加に合わせ一部の学校が東西/南北に分割された,と考えがちである。確かに,市立第26小学校なんてちょっと通いたくない。
しかし,実際はそうでもないようなところもあるんですね。確かに第1小学校は明治中期創立で一番古いのだが,地名の付いた小学校の方が新しいとは言いきれない。例えば,第6小学校は1964年開校,田中北小学校は1955年開校らしい。となると,田中小学校は多分もっと古いだろうから,第3第4あたりとおっつかっつかもしれない。誰がどういう方法で校名を決めているか知らないが,ちょっと不思議。あるいは,時間軸ではインタレースしているが,位置的に市の内側は番号で外側は地名なのかもしれない(つまり,旧柏町地域が番号で東葛市柏市になるとき統合した周辺地域が地名というわけ)。

ちなみに市立中学校も同様に,番号の学校(第5まで5校,ただし1番にあたるのは数字なしの柏中学)と地名の学校(11校)がある。校名に使われている地名が小学校と一致するので,位置によって番号系と地名系に分かれているという仮説には合っていますが。

その2 どこの学校?

余談ついでの余談,小学校の一覧を眺めていたら光が丘小学校は柏市立だが所在地は流山市。光が丘中学校はちゃんと柏市光が丘にあるから,かわいそうに小学校だけはみ出したらしい。光が丘団地開設時に場所を取り切れなかったのかなと思って地図で見ると,この辺り市境がものすごくデコボコに入り組んでいて,小学校はちょうど流山市が柏市に食い込んでいるところに建っている。
あと,なぜか中央区立柏学園というのが柏の小学校という項目で調べると出て来る。どうも東京都の中央区文京区辺りの小学生が課外授業にやってくる施設らしいです。うーん,林間学校の目的地から通勤通学してるのか(学校ではないけれど文京区のグラウンドというのも柏市内にある,やっぱり田舎なのかも)。

その3 各種学校

柏には,学校法で定める学校以外に各種学校も最近多い。なるほど,常磐線以東の若い衆の集結地点になるはず。最近では,柏駅のそごう側にベルリッツができたらしい(ベルリッツとなると,若い衆が通うより海外赴任前か会社の研修で行く印象が強いけれど)。ちなみに,大手2強が両方出ている場合,駅の東西国道の南北などお互い抵触しないポジショニングを選ぶことが多い。代ゼミと駿台,大原とTAC,日能研と四谷大塚などなど。
そんな中見事に被っているのが,日能研とSAPIX。後からできたSAPIXは,複数のガードマンさんが駅前と教室前に常駐し,集団での下校時には引率に付く。先発の日能研も対抗するべく,入り口に監視カメラとビデオを備えた上,警備専任者を中心に男性職員が交代で登下校の見張りと引率を実施。教室同士はライバルですが,JR柏駅の階段下ほんの何メートルか離れて通学生を見守る立ち番同士では,お疲れ様の挨拶が交わされている模様。何だか,国境を挟んで対峙する警備兵同士の友情みたいな話だなぁ。

他に全国の漁業協同組合で働く人材を養成する学校である漁業組合学校こと正式名称を財団法人漁村教育会 全国漁業協同組合学校も柏市にある。昭和16年開校依頼60余年,柏移転以後も30年の歴史を誇る。何でまた沼はあるけれど海から遠い柏市に? と思うが柏の前は都内中野区にあったらしい。ちなみに今まで所在地柏市とはあまり接点も交流もなかったが,2007年に定員制限ながら一般対象の第1回魚食文化祭を開催し,一気に知名度を上げた模様。

柏の図書館

柏市立図書館の本館は市役所の向かいにある。でもこの図書館ふと思い立って出かけると休んでいるという印象が強い。どうも月末の日曜閉館なのがたたっているらしい。月曜だったのか文化の日に閉まっていたときは,非文化的だなぁとボヤいてしまいました。開館時間も短目だし。その後祝日は月曜でも開館,また週中は曜日によってやっとこ午後7時までになりました。
市域が広いため分館が多かったりミニバスで循環と所管をやっていたり,閉館即完全休館ではないから蔵書整理や勤務要員をしていたり,それ相応の理由もあるのだろうけれど。これでは都内まで通勤している在住の大人は,なかなか図書館の恩恵に浴せない。関係の人には悪いが,引っ越してきた当初柏の嫌いな理由の1つに図書館の使いにくさがあったくらい(前住所は都内だったので,その当時で夜9時まで開いていたのである)。東大が来るのを機会にでも奮発してほしい(と言っていたら,東大の新キャンパスはなかなか予算が付かないうえ,教員が柏に来たがらないそうです。やっぱり本屋と飲み屋を磨いて呼ばなきゃー)。


図書館の上階には,小さなプラネタリウムも併設されている(なんでも日本国内で2番目に小さなプラネタリウムらしい,1番目はどこなんでしょう)。市民有志の方が,隔週土曜の午後に投影と説明を行っている。数人おられてそれぞれ芸風が異なるところも,また面白いのだそうだ。

2007年に至り2年後の新中央図書館開館目指して,東口の長崎屋前に移転することになった由。専用の建物ではなくビルの2フロアを占める形になるらしい。船橋辺りには下がスーパー上がマンションで間に図書館というパターンも既にあるのですが,プラネタリウムはどうなるのでしょうね。

柏のサイト

柏市のサイトは2001年4月2日にリニューアルされました。これは正直うれしいかも,と言うのも実は前のバージョンのサイトデザインは苦手だった。自宅のマシンが低速なため,まずトップページを開けた途端Javaの起動で画面が停まってしまう。やっとこ進めるようになると,どこに何があるのかあんまり良く分からない。デザインは凝っているのだけれど,直感的にタイトルと内容が結びつき難かった。しかも更新が遅かった。
新バージョンは,遥かに快速。トップページも目次と検索が付いて,以前よりはずっと狙いの項目にアクセスしやすい(ページ幅目一杯テーブルになっているのは,ノートの人にはちょっとツラいかも)。内容はまだ前バージョンからの使い回しが多いけれど,イベント日程など実情報が入ったのはうれしい。最も実用的に重宝しそうなのは,広報がオンラインで見られること。1日と15日のすぐ後に資源回収日が入ると,広報誌を見たい時には新聞と一緒に資源ゴミに出されていたことが結構あったので。

ちなみに周りの市町村のサイトの中では,松戸市が見たところ好印象。何がどこにあるというのが分かりやすい。さらにトップ右に一番使いそうな項目(引越しのときとか救急医療とか)や関連のある団体(教育委員会とか私立病院とか)へのリンクもトップにまとめてあって分かりやすい。情報量の多さと引きやすさをバランスが取れている気がします。柏などは以前千葉県知事選のときに市選挙委員会を探したら見つからなくって,県知事選のエリア別結果は結局見つからずじまい。松戸と船橋は3月中に出てたのに(これで1つネタをこしらえようとしていたのでした,ぶいい)。

柏の電話番号

既にあちこちで報じられているように,2002年2月11日から柏を含む0471地域の市外局番が上2ケタの04になりました。要は市内局番の枠が足りなくなるためなんですけど,通常通りに市外局番の下1ケタを市内局番に移すと(横浜みたいに3ケタの047地域にすると),アタマが1から始まる局番ができてしまう。1xxというのは警察消防なんかに予約してある番号でマズいので,一気に市外局番2ケタにならざるを得なかったらしい。
見たところ格好良いような気もするが(神奈川の04xx区域の人あたりはムっとしているのではあるまいか),市内通話が8ケタになるのは正直面倒。今のところは,機械的に先頭に71付けるだけだからまだ良いけれど,この後いよいよ番号が足りなくなった場合に登場する新局番がややこしそう。多分,アタマが72とか73とかの市内局番は,隣接の松戸辺りの市外局番と抵触して使えないはず。都内にちょびっとだけいる5xxx番台みたいに,変な飛び番号になるんだろうなぁ(覚えるの面倒くさそうだなぁ)。新たに増えた回線の多くは通話よりも通信がメインだろうから,用途で切り分けできないかなぁと思ったりもするのであります。


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