御巣鷹山慰霊登山

私が日航機墜落事故の御巣鷹にこだわるのは理由がある。この事故に、人として生きる道というものがあれば、その縮図が見えるからだ。
どう生きたか? どう死を迎えたか?企業倫理とは? 人間としてどう対処したのか?
多くの関係された人々の職務の厳しさ・・・・などなど。今日も今年刊行された関係書籍を図書館に予約した。自分への戒めとしてもう一度御巣鷹を考えようと思ったからである。
 
今回 慰霊の登山を終えて新たに感じた事は、未曾有の大事故が起きた上野村についてである。
山深い交通の不便な場所でありながら、多くの関係諸機関のとりまとめをして慰霊の園を作り、また御巣鷹の尾根を聖地として末永く慰霊する村の姿勢にうたれた。
多分に当時の村長である黒澤丈夫氏によるものが多いと感じた。
 
今回初めて知ったが「行路病人及び行路死亡人取り扱い法」では520人が亡くなった日航機の事故のうち、全遺体が確認された192人を除く方々の遺体部分は、上野村で永代供養をする義務があるという事らしい。
これは 一人か二人の行路の死亡者を想定しているものだ。(明治32年に出来た法律)
しかし法律は法律である。改定されていない。
黒澤村長は日航他関係機関との調整をし、基金を集め、慰霊の園という法人を作った。
村の予算ではまかなえ切れないし後々まで丁重な慰霊は出来ないと考えたからだ。
また 今後参拝するであろう遺族や関係者の為、国有林であり保有林である御巣鷹への道を作る努力をされた。
事故当時は山の尾根までたどり着く事は大変難儀だったようである。
まだまだ知らない多くの方がこの事故を二度と起こさないと言う誓いの為に努力されている。
 
近年またケアレスミスが続く航空界、
御巣鷹はその存在自体が終わらない。いつまでも警鐘を鳴らし続けている。

墓標はカメラに収めなかった。とてもそんな気になれなかった
  
 
 
慰霊の園は村の中心部に近いところにある。
広くて明るい場所だ
想像していたより碑も大きく 遺族のための休憩所もある。
上野村が これから長い期間にわたって航空史上稀にみる
この事故の慰霊の役目を担っていくのである
今日の空はあくまで青く 山は美しく 
美しい日本の秋を
誰よりも御霊が感じていることだろう
ここかしこ心配りのある慰霊の園は 
村人の善意を感じる
ゴミ一つ落ちていない。
車はここまで・・・
トイレ、遺族の更衣室、その他登山に必要な杖
途中には水呑場があり、コップも置いてある。
雪が降っても迷わぬよう、リボンの目印も各所にある
登り初めてすぐに見返り峠がある
名前の由来は 帰路、御巣鷹の尾根を最後に振り返る場所ということだ
登山道は沢に沿って続いている。
最後は急な山道だ
ここは神流川源流にあたる
整列な水が沢に流れている。
すばらしい滝があった。やすらぎの滝と言う
本当に安らいでください。520名の皆様
亡くなられた520名の氏名が刻まれている
今生きていたら 何を言いたいのだろうか
何をしているのだろうか
名前だけは残ったけれど その生は失われてしまった
 
昇魂の碑から見た山々です
山しか見えません。
でも四季折々その姿を変えることでしょう。
美しい山並みが続いています
事故によってなぎ倒されて燃えてしまった木の残骸です。
尾根はその姿を変えました。
その尾根に無数の墓標があります。
持ち主のわからない多くの遺品をここに埋設しているようです
小さな骨を早くしまってあげたいですね
秋 紅葉の秋
美しい村の自然
ようやく行く事が出来た御巣鷹の尾根
また 新たな悲しみと怒りがこみ上げてくる
 


日々雑感 「御巣鷹山慰霊登山」11/13
上野村HP
上野村村長 黒澤丈夫さんに聞く