「走りながら考える」 2006.3.11

 最近のわたしのモットーがこれ。
 実は先日岩手県庁に伺った時、とある職員の方の口から出たのです。
 「走りながら考える」、良い言葉だと思いませんか。
 わたしなどは、叩いても橋を渡らない人種だと思っていた方がこんな発想をするのかと、ちょっぴり参ってしまった。
 …まぁ、それはさておき。
 
 やっぱりスピードなんでしょうか。
 ものごとを成し遂げようとする時、立ち止まって考えている時間はない、と。
 どうして良いかわからなくても、とにかく走り出すこと。
 誰かに会いに行くでも良いし、どこかに出掛けて自分の目で確かめるでも良い。
 まずは体を前に運び、外に向かって動き出す。
 全てはそこから始まる…。
 そんな風に考えると、スピードではなくエネルギーかな。
 その場でじっと考えているだけでは、ものが生まれにくい、そうことかも知れません。
 
 以前のわたしは、地図も設計図も持たずに走り出したものでした。
 それでよく失敗もしたし傷つきもした。
 昔と違うのは、遅まきながら「ビジョン」を描く術を覚えたことでしょうか。
 それさえしっかりしていれば、あとはそこへ向かって「走りながら」です。
 走りながら地図をめくり、走りながら設計図を作り、走りながら学び、走りながらトライする。
 もし間違いに気付いたらひょいと軌道修正し、危険を感じたならダッシュで逃げる。
 完成度…それも走りながら上げていきますか。 
 動いていれば、それだけ打つ手もある、というもの。
 走りながら考える、とは、つまりそういうことなのだと思います。
 
 ビジョンと共に、もうひとつ肝心なこと。
 それはやっぱり体力でしょうね、肉体はもちろん精神の。
 そうでなくては、いちいち息切れして、立ち止まってしまいます。
 走ることだけで精一杯なら、考える余裕などありません。
 さらに走りながら決断するには、反射神経も不可欠です。
 へろへろ状態では、当然それも鈍くなりますし。
 
 立ち止まりじっくり考える時間も大切です。
 でも、ある意味でそれは居心地の良い誘惑かも知れません。
 ただでさえ変化を恐れる気持ちが、どっしりと体に重しをかけていますから。
 ならばウダウダするよりは、とりあえず走り出すことです。
 走れば仲間もできます。
 仲間が増えれば、より一層ノッてくるでしょう。
 チャンスにぶつかる確率も上がるかな。
 走った先に何があるのか、そんなことはわたしにもわかりません。
 わからないから走るのです。
 とにかく今は、走りながら考えます。