天沼春樹氏と初めて御会いしたのは、あれは1995年、唐人原教久ひきいる原宿HBギャラリーが 企画してくれたはじめての個展「物理学談義」の会場である。ふらりと立ち寄ったといった感じで、 その時はそう、ほんの15分も話しただけで氏はお帰りになったと記憶している。
ところがその後折に触れて御自分の幻想小説やら飛行船関係の著書を送ってくださるのである。 その度、いつかは小生と仕事がしたい旨の一文がそえられて。妻は「社交辞令だろうけど、 忘れないでいてくれるだけでもありがたいじゃない」なんていつも言っていた。
それから5年間は、そんな状態が続いた。その間なんと一度もお会いしていない。いわゆるペンフレンド。
そして二十世紀最後の年、氏から電話が来る。「そろそろ絵本出しましょう!」と。機は熟したり といったところか。しかも既存の作品を 編集して氏が後から文をつけるという願ったり叶ったりの話し。勿論二つ返事でお受けした。(この頃、全く 偶然に、小生は青木画廊に絵をもちこんでお仲間に入れてもらっている。この絵本がシリーズもので、そこに 取り上げられている絵描きが殆ど、建石修志さんや大竹茂夫さんなど青木画廊で発表している先輩達と知ったのは、 後の事だ)
企画が決まってからが凄かった。三日とあけず、ひどい時は毎日、彼のイメージの断片が送られて来るのだ。 傍目には恋人どうしのごとく写ったかも知れない。 便箋一杯に煌めくような短文、単語、引用文などがなぐり書きされている。 そしてそれらは回を重ねるごとに徐々に小説の体をなしていく。それは見事なものだった。 そしてこちらもそれに答えるべく、足りない部分の絵を描く。それに触発された彼がまた文に 直しを入れたり新たに書き直して来る。その繰り返しで生まれたのが「カンパネルラ〜 機械仕掛けの少年の魔法の角笛」というわけ。おそらく何処かでストップをかけなければあの作業は永遠に 続いていたのではないかとさえ思える。
小生はもう40をとうに越していたが、この時はじめてプロフェッショナルの仕事 というものに本気で向き合った気がした。アル中気味でローテンションのアマちゃん中年画家が目をひらかされた瞬間である。 それだけ手をかけたので、出版は2001年4月の青木での個展「"t"を持たない少年」には間に合わなかったが、 まあ無理をしなくてよかった。 小生のあまりにも幸運でエキサイティングな、記念すべき絵本第一作である。

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