デビューまで

■小さい頃から歌が好きで、SPEEDのコンサートに行き感動した高知県の少女ソニンは、「私も感動を伝える側になりたい!歌手になる!」などと、マジでそこらのブサイクちゃんだったら張っ倒されるような理由で歌手になることを決意。友達の勧めもあり、とあるオーディション(公式発表は無いが、時期や和田マネージャーが審査員席にいたとの情報から「モーニング娘。新メンバー募集オーディション(後藤が受かったアレ)」だったのでは?とする説が有力らしく、当サイトでもその説を推したい。)を受けてみる。

 ←オーディションを受けるソニンさん

■しかし、そのオーディションでソニンは残念ながら優勝を逃し、早くも一度目の挫折を味わうのであった。波乱万丈なソニンの芸能活動は、第一歩から「挫折」という超ネガティブなカタチで始まった。だが、そこで(歌やルックスは勿論だが)「在日コリアン3世」ということを隠さずに本名の成 膳任(ソン・ソニン)で応募したことや、1人だけ妙に「昭和」の空気を放っていたことなどが審査員席にいた和田マネ―ジャー(当時モーニング娘。担当)の目に留まり、数日後「一緒にやってみないか?」と声をかけられる。そのことについて、後日、和田マネ―ジャーは、「芸能界でだれもやったことがないこと(在日コリアンであることを隠さない)をやりたかっただけ。」などと非常にクールに、そしてマジテメェふざけんじゃねぇよ!カワイイからって言えよ!と言いたくなる発言をしているが、その実、かなり自分なりの確信を持ってソニンを抜擢したようである。

■こうして辛くも芸能界入りのキップを手に入れたソニンちゃんは、同年秋にモーニング娘。のコンサートを見に来ていただけでスカウトされたという「乱世の奸雄・ユウキ(後藤真希の弟。当時13歳)」と、今となってはどこの馬の骨なのか全く不明のケンくん(後の調査で、「東京生まれ東京育ち、ダンスが好きでサッカーが得意、ダパンプの一茶が目標だった元気印の12歳」というところまでは判明)という、年齢からなにからバラバラで寄せ集め感の否めないドリカム編成で、2000年1月末、『EE JUMP』を結成(その時点ではユニット名未定)する。所属は、和田マネージャーが代表を務める、ハーモニープロモーションである。

左からユウキ、ソニン、ケン 左から、ユウキ、ソニン、ケン

■それからは来るべきデビューの日に向けて、ダンスやボイトレなどのレッスンの日々が続く。春休み期間に入ると、なんとニューヨークに飛び、10日間、現地のトレーナーにダンスと歌の指導を受けているというのだから、このユニットに対する和田マネージャーの力の入れようが知れる。そのNYレッスンでは、二日目にしていきなりユウキが足を捻挫をしてしまい、ダンスの先生である黒人女性のロビンさんから「プロ意識が圧倒的に足りない。」とこっぴどく叱られるといった事件があったようだが、それを除けば、概ね実りのある内容だったそうだ。ソニンは、その間、オフブロードウェイのミュージカル(ストンプ、ビーシャビーシャなど)を観覧しており、それにかなりのカルチャーショックを受けたという。

■2000年のゴールデンウィーク期には、和田マネージャーの「子供が『辛さ』を知らずに簡単にデビューしてしまうのは、本人の今後にとって良くない。」との考えから、(その考えが何故そこに繋がるのかよく解らないが)ソニンら3人は禅寺での合宿をやらされている。しかし、そんな和田マネージャーの親心とは裏腹に、「起床が朝3時半⇒寺の掃除」、「40分の座禅が一日5回」、「何故か映画鑑賞の時間があり、その度に感想文を書かされる」などの過酷すぎる内容に現代っ子が堪えられるはずもなく、まず最年少メンバーのケンくんが「腹痛」という子供丸出しの理由で戦線離脱、続いてユウキも途中で脱走、さらにソニンも「辛かったし、二人が帰っちゃったから。」という理由で帰ってしまったそうです。なんじゃそりゃ。

(余談だが、その寺合宿の前後のあたり、ソニンは後に楽曲「ほんとはね。」をカバーさせてもらうことになるより子。との初対面を果たしている。その日、ソニン、より子。、元モーニング娘。の福田明日香、和田社長の4人でカラオケに行き、より子。の実力を目の当たりにしたソニンは、「(より子。は)天才だ。」との発言をしたという。)

このように、デビュー前にもかかわらず周りの大人たちが目に見えてEEJUMPの為に尽力し、TV番組「笑う犬」のレギュラー出演が開始したりと「正にこれから!」という時、2000年7月25日、ケンくんが、突然「サッカーがしたいです。普通の人でいたいです。」という謎の言葉を残し、そのままEEJUMPから脱退してしまう。あまりに早すぎる一度目のアクシデントだった。後にソニンはこの件について、「夏休み中のレッスンが嫌だったんじゃないですかねぇ?」などと超ドーでもよさげにコメントしている。

■早くも二人になったEEJUMPは、2000年7月29日(以前、「2000年8月13日」と書いていましたが、誤りでした。申し訳ありません。)に「芸能界で生き抜く強い精神を鍛えるため」と称して、富士登山に挑戦させられている。

ア、イェー 

ソニンと同行した和田マネージャーの二人は、それこそヘロヘロになりながらやっとの思いで頂上まで登りきったというが、ユウキ1人だけは、持ち前の体力と身体能力の高さから終始余裕の笑顔で頂上まで登りきってしまったということである。後のユウキの行動を見ると、ソニンに比べて特に「芸能界で生き抜く強い精神」が鍛えられていなかったように思われるのだが、コレが関係しているのでは?と睨むのは明らかに深読みしすぎであると警告しておこう。その反面、逆にソニンには「強化しすぎ」「効果てきめんすぎ」の感も無きにしも非ずである。というか、左の写真のユウキのポーズがヤバイ!!後に明らかになる部分の『片鱗』みせまくり。(因みに、ソニンは更にもう一度一人で登山している。※参考リンク


思えば、デビュー前から既に暗雲が立ち込めていた。

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