津賀寿つれづれ


つれづれによく出てくる略語

TDR =東京ディズニーリゾート
TDL =東京ディズニーランド
TDS =東京ディズニーシー


2002年の終わりに
<m(__)m>12月31日


  12月は、私にとってけっこう激動の12月だった。いろいろ精神的ダメージを受けることが重なって、仕事がひまだったのもあって、心機一転、数年ぶりに家の大掃除をした。生活の細かいことからキチンとしていこう、と思って.....

 私の部屋は文字通り、足の踏み場もなく、リビングルームもほとんど私の荷物ばかり、という状態だった。昨年夏に稽古場を借りたのも、ほとんどこれが原因。しかし、部屋から義太夫関連の荷物を全部運び出したのにもかかわらず、少しだけできた床の隙き間にまた荷物、というありさまでここまで来た。
 
 本来の私というのは、かなりきれい好きで、週2日のアルバイトをしていた時も、私が行くと机の上が整とんされ、切手を入れた箱の中も整とんされる、と事務所の人々は証明してくれる。
 ところが、この、きれい好きは、ちょっと荷物がたまってくると、あとでまとめて、全部徹底的にきれいにしよう、という発想になる。それが忙しさに取り紛れると、たまる。友人でも同じ、という人がいて、彼女は引っ越しをした後はそれが怖さに、少しずつ小マメに片付けるよう、こころがけているそうだ。私も、これからはそれでいこう、と思う。

 そして、大晦日ギリギリで、やり残したところは多々あるが、自分の部屋はなんとか片付き、リビングルームはTVを液晶TVに買い替え、DVDを買い足し、故障したFAXを買い替えた。そして、Lモードをはじめ(る予定)、ヤフーブロードバンドをはじめ(る予定)、進められるままに、貯金ならぬ投資信託をはじめた。

 2003年は、心新たに、爽やかに、少しずつ気付いたことから、片付けていこう、控えめに人と争わずに穏やかに生きていこう、と決心するのであった。
  


よろしかったでしょうかぁ、のことその3
(--)(__)12月19日


  今日、S師匠の落語を聞いてきたが、枕で「よろしかったでしょうか」について、怒ってくれた。ヤッタ!私は昔からこの師匠の枕のセンスが大好きだったが、やっぱり今でも冴えている。
 そして、マニュアル化した言葉の例に、稽古場に差し入れをしようと思って、ハンバーガー屋さんで「すみません、ハンバーガー30個下さい。」と言ったら「こちらでお召しあがりですか?」と言われた、というネタもやっていた。
 それから、ホテルのチェックインなどで「お名前様を頂戴できますでしょうか。」というのも、なんなんだ、と。ほんとほんと。こっちの例は、言葉をマニュアル化するところからおかしいと思うけど、ハンバーガーの例は、マニュアルだけで、心がない、というか、その場の状況も見ず、判断もしないと、そうなってしまうわけで、そこが、TDRとの違いだろうか..........
 


つきあいのこと
(ーー )12月18日


  今年は早々ともう年賀状を書きはじめている。いつも、どうしようかな、と迷う人、というのがあるもので、もう何年もおつきあいがない人は、どこまで出すか難しいところだ。
 そういう人の中で、たまたま会った時にわかるくらいの人はいいが、わからないくらいになると、あんまり意味がないなぁ、と思う。
 それから、もっとひどいなぁ、と思うのは、同じ場にいて、久々に会って、お互いにその人に会っているのだ、ということはわかっているのに、全然愛想のない人、というのがいる。きっと事務的に出してしまうのだろうけど、なんとかしたいよな、こういうの。
 


はり紙のこと
(_ _)12月 2日


  先日入った飲み屋のトイレに「いつもきれいに使って下さってありがとうございます」というはり紙がしてあった。負けた。
 


続:TDRで心洗われたお子さんその2
(^.;)11月23日


  もうだいぶ前のことだが、TDLの出口でパークを振り返り「さようなら、ディズニーランド!また来るからなぁ!」と、万感をこめて叫んだボク。
 


愛と夢のことその6
(・-・)11月20日


  先日、ある高名な先生ご夫妻をはじめてのTDLにお連れする、という方に(その方もえらい方なのだが)半ばガイドとして、私も連れて行っていただいた。今、TDLはXマスのイベント真っ最中で、ショーが1日4回あり、このショーを、真ん中の鑑賞エリアで見るには、整理券がいる。これは、朝一番に並んで、熾烈な争い(?)をして手に入れなければならない。私はだいたいいつも午後からのんびり行くし、鑑賞エリアで見たことはほとんどないのだけれど、この日は、先生方のために、並んだ。こんなことを書くとイヤらしいのだが、整理券には枚数制限があって、私の分はもらえない。
 そして、結果、先生方には無事に鑑賞エリアで見ていただけて、とても喜んでいただけた。
 ふつうだったら、こういう時に、少しは、私も鑑賞エリアで見たかったな、とか思いそうなものだと思うのだが、不思議にそう思わなかった。私は、ディズニーとはなにも関係のない人間なのに、これだけの素晴らしいものを見ていただきたいな、感動していただきたいな、と自然に思えるのだ。先生方が楽しかった、ということが、私にとっても、すごく楽しい1日になった。
 他人が楽しいと、自分も幸せ、というのは、大切なディズニースピリットだろうし、そういう気持ちが充満している場所だからこそ、こちらの気持ちもそうなるのかもしれない。
 その5に書いたように、洗脳、とか、新興宗教みたい、とか思う人もいるのかもしれない。そう思うなら、洗脳で結構。新興宗教でも結構。みんなが自然にそういう気持ちになれる遊び場所なんてそうそうあるもんじゃないし、幸せに生きられたら、一番いいんじゃない?
 


親友のことその2
(^.^)11月 1日


  親友についてもう1つ思いついた。私にとっての親友は、欠点がよくわかっていても、それがあまり気にならない、とか、許せる、とか、ていう人。
 なんか、恋愛とも似てるのか..........人づきあい、てそんなもんかな。
   


愛と夢のことその5
( ̄. ̄)10月29日


  なぜ、TDRだけが不況知らずで、人やお金が集まるのか、を考察した本を読んだ。冒頭「私は『ディズニー』が嫌いだ。ウォルトディズニーのことではない。『ディズニー』がつくりあげる世界が嫌いなのだ。」と書いて、以下、ディズニーがいかにすばらしい夢を与えているのか、とうとうと書いてある。素直じゃない人だ。

 ディズニーランドのゲストのリピート率が97.5%(2000年度)にも昇るのはなぜか。現実の世界と遮断して、独特の世界を綿密に作り上げ、ショップにまでテーマによる統一感を持たせ、ショーは、驚くべき水準の高さを保っている。ゲストだけでなく、キャストに魔法をかけているから、人がまた来たいと思う。キャスト自体が「ゲストにハピネスを提供する」というキーワードのもと、自分の存在感を認識できるようなシステムになっているから、一所懸命に働く。
 これらがすべて、ディズニーランドの影、戦略、金儲けの手段、ということらしい。

 そりゃ、お金はつきもの、遊ぶのにもお金がいるし、それでどこかがうるおっているのはたしかだろうが、じゃぁ、義務教育から、学校へ行くのにもお金がかかるじゃないか。教育のための人材確保や施設整備にお金がいるからでしょう?TDRだって同じじゃないの。事実、こんな水準の高いものが、と感動するショー、設備の美しさ清潔さ......よほどのお金を投資しなければ維持できない。ゲストはそれを求めて行くのだ。
 また、心理的にも、個を認める、ということが、悪いこと?見習うべきでしょうが。それができないから、世の中ギスギスするんだから。

 というと、こういう私は、すっかり洗脳された人、ということになるらしい。
 人に幸せになってもらう、というのは、究極のエンターテイメントだと思うし、私たちも、いわばそういう仕事だ。
 こんなに誰でもかれでもが来る新興宗教なんてないんだから、やっぱり、TDR、て、見習いたい、すばらしい場所ですよ。
   


芸のことその17
(__;)10月27日


  「日高川」という曲を、新内の、いわゆる人間国宝のお師匠様と私の師匠とがかけあう、という舞台を勤めて来た。(胡弓のえらいお師匠様も競演する、三者競演の舞台)原則として役によって分けて、新内のお師匠様は清姫を弾き語り、師匠が船頭さんを語って、私が弾かせていただいた。新内と義太夫がかけあう舞台というのは、以前からあるのだが、今回改めて、両者の特徴みたいなものを感じた。
 新内は、繊細、微妙、柔らかくて美しい。切々と哀しく、色っぽい。三味線も、上調子とのアンサンブルで音の色あいを楽しむ。義太夫はというと、足を開いてかまえ、力いっぱい一挺でがんばる。これ以上出せないぞ、というくらい音を出し切る。もちろん、いろいろな音を出すし、表現を心がけるが、なにごとも大ゲサ。新内の三味線のことを考えると、大まかな気がする。
 今度も、義太夫の三味線の音が大きすぎて、音響さんにだいぶご苦労をかけてしまった。

 で、今回一番感じたのは、芸は性質が出る、というけれど、どっちが先なのかはビミョーなところだが、新内の三味線を弾くお師匠さん方というのは、とぉぉってもやさしい方ばかりなのだ。若い人でも、私はずいぶんお友達がいるけれど、みんなふだんの声も小さいし、控えめで、やさしい。
 ところが、我々は、太夫は言うまでもないことだが、三味線弾きとて普段から声が大きく、内緒話ができない。大声で笑うし、全部筒抜け。ものすごく男性的.........
 私も、もともとそういう性質だったから、この道に進んでしまったのかもしれないが、ふだんやっている芸のために、どんどんどんどん男性的になっているような気がする。しまったなぁ........私、新内も習ったことあるのになぁ......
   


続:TDRで心洗われたお子さんその1
(^.^)10月22日


  TDSに「アンダーザシー」という、リトルマーメイドのショーがある。海の中、という設定で、かなり大じかけに魚たちが出てきたりするのだが、悪役のアースラという、たこのお化けが出てくる。
 その先ばらいに悪者の魚が出て来たところで、私のまん前の男の子がお母さんに抱かれたまま泣き出す。顔がこっちを向いていたから、私は「大丈夫よ」という顔をしてみせたりして、必死にひきとめた?のだが、お母さんがあきらめて、即退場。
 すると、最前列の、もう少し大きい坊主頭のボクが悲鳴をあげる。ふと見ると、お父さんとお母さんのもとを離れて、最前列のいすの背に隠れている。(2列目の人の前まで逃げてきてる)だけど、見ている。隠れながら、必死にのぞいている。なんてかぁいーんだっ!!!
 アースラが引っ込んで、もとの平和な海に戻り、アンダーザシーの曲とともに手拍子がおこると、いつの間にかお父さんのひざに戻っていて、お父さんがボクの手をもって手拍子している。アリエルがボクに向かって手を振ってくれた。ボクも、お父さんに手をつかまれたまま、手を振った。
 きっと、いい思い出よね。退場した男の子、残念だったなぁぁぁぁ。
   


コンビニのこと
(^o^?)10月13日


  仕事柄、大阪へはよく行くのだが、今週は2泊して帰ってきた。
 4回ほど行ったコンビニで店員さんが皆言ったこと、「またいらして下さいねぇ。」
 はじめ言われた時、そうそう来られないんだけどなぁ、と思ったので印象に残ったのだが、たぶん東京ではそんなこと言われないような気がする。今までは大阪でもそんなこと言われた記憶ないのだが、これ、大阪の習慣かしら?
   


歯のこと
(´・`)10月13日


  虫歯も深くなると、歯の神経を殺してから治療する。私も何本か殺してしまっているのだが、この前、奥歯の神経をまた殺した。1度殺したと思って虫歯をけずり進んだら、まだ神経が死んでいなくて、もう1度薬を入れて殺した。薬を入れるとズキズキと痛んで、神経が苦しんだ挙げ句死んでしまうらしい。
 年のせいなのかな、今回は、1度で死ななかった、ということもあり、なんだか、生きていた体の一部が殺されて、なくなっちゃったんだなぁ、と、淋しい感じがした。あったものがなくなると、人間の体というのは多かれ少なかれ支障が出ることはあると思うしなぁ。
 大学生の時同級生が、親しらずがはえてきた、と言って、20過ぎてそんな新しいものが生まれて成長するなんて思わなかったから感動だ、と言っていたが、人間の体というのは、不思議なものだ。細かいところが連動しあって、全体を動かしているに違いない。
 個々に感謝しつつ、大切にせねばねぇ......
   


写真のこと
 
( ̄^ ̄)10月 5日


  舞台写真家の小川知子さんが、銀座で写真展を開いている。十二代目市川團十郎「歌舞伎十八番」が出版されて、その中の写真など展示してある。
 昨日見に行ったら、偶然某国営放送ディレクターのH川さんが入っていらして、相手をしてくれた小川さんと3人で写真を見ることになった。私は、現役の歌舞伎役者の中では、團十郎が1番好きかな、という感じなので、いい顔だなぁ、とか、立派だなぁ、とか、きれいだなぁ、とか、単純なことを言っていたが、H川氏がフと「音が聞こえてきそうだもんなぁ」とおっしゃった。
これは、舞台写真家にとって1番の褒め言葉らしい。小川さん曰く、歌舞伎はまだ人間だからいいけど、文楽の場合、人形を撮って浄瑠璃の音が聞こえるのは難しく、そんな写真が理想なのだ、と。なるほど......なにごとも深いなぁ。
 そして近々、小川さんの写真で、文楽の吉田玉男師匠の舞台を撮った本が出るそうだ。楽しみ。
   


お医者さんのこと
(・・?)10月 2日


  よく、お医者さんに行くと待たされる。名医だと待たされる、とか、評判がいいから待たされる、というが、もちろん、それもあるにちがいないが、上手なお医者さんだったら、病気がなおるんだから、病院、行かなくていんじゃないの?
   


ドナルドダックのことその5
(^_;)10月 1日


                  雨男 ドナルド
 
 またもやですが。この夏、TDLでは、歴史上2回目か、ドナルドダック主役のイベント「ドナルドのスーパースプラッシュ」が開催されていたが、この9月30日最終日を迎えた。しかし、まぁた、ドナルドは、雨男ぶりを発揮。もう10月だというのに、台風。
 ところが........このイベントは、最終日、3回行われるはずで、2回はどうだったか知らないのだが......3回目、最終回は決行!!30分ほど前に雨が小やみになったので、やった、と思ったが、結局イベント中は、かなりの雨降りだった。もともと水びたしになる、というイベントなので、雨でもかまわないのかもしれないが、とにかく、決行!!楽しかったけど、また、うら淋しかった。最後の最後に、バケツに入った水をいたずらっぽくゲストに向かって撒いてみせたドナルド。
 また、主役のイベント、企画してもらってね。
   


選挙のことその2
(-.-)9月29日


  今目黒区は区長選らしく、選挙カーが盛んにお願いをしている。よく知らないが、あれはたぶん、夕方何時まで、という規則があると思う。たいていの選挙カーが運動をやめているのに、ここぞとばかり規則の時間をたぶんちょっと過ぎた時間に熱心に運動している人がいる。これは、たぶん目立つし、情熱はわかるが、それくらいの規則が守れない人に区長とか議員とかになってほしくないな、と思う。
 また、ポスターも、公示期間は決まっているのだろうに、いつまでもはがさない人、というのもいる。選挙が終わってしまえばもうどうでもいい、という態度。そういう人、て、なにやってもダメなんじゃないのかなぁ。
   


愛と夢のことその4
(^.^)9月29日


  またもやTDRのこと。先日TDSで買ったスーベニアカップ(飲み物を入れてくれるカップで、キャラクターの絵がデザインされていたり、こった造りのものが、期間限定で出る)で、ふたの上が浮き輪になっていて、そこにドナルドが気持ち良さそうに乗って浮かんでいて、カップのまわりの絵が海の中になっていて、ドナルドの甥のヒューイ、デューイ、ルーイがもぐっている。買う時には、そこまでしか見えないのだが、買ってから洗おうと思ってふたを取ったら、ふたの裏には、浮き輪と、そこにはまっているドナルドの特長的でかぁいいお尻がついていた。
 ここよ、TDRの愛にハマルのは!!!
   


読者のねたその19
(ーー;o)9月28日


  「拉致事件のこと」を読んだ、韓国通の、Kちゃんよりご指摘。

 すいません、韓国、じゃなくて、北朝鮮、でした..........ありがと...........。
   


拉致事件のこと
(∋_∈)9月27日


  韓国の拉致事件については、言葉もないけれど、1つ、ほんとに不思議だなぁ、と思うのは、あんなにたくさんの人を拉致する、という犯罪、なぜあれだけの数、成功しているのだろう。誰にも見られないで、人1人を連れ去る、て、そんなに簡単なことなんだろうか。不思議。なんか、韓国の工作員が、1度つかまったことがあるのに公表しないままうやむやになったとかいう話も聞いたけど、世の中の裏側、ていうのは、恐ろしい。
 「OUT」という推理小説で、死体をバラバラにする商売をするところがあって、その死体は、闇から闇へ葬られる死体で、犯罪は成立してしまう。空恐ろしいけど、世の中、て、そういうこと、あるのかもなぁ......
   


ポスターのこと
(`-´)9月23日


   地下鉄にマナーポスターというのがあって、次々あかぬけた絵と標語がポスターになっていて、楽しみに見ているのだが、今出ているのが上のもので「迷惑ふりまく、おいしい笑顔!?」と書いてある。よく見えないかもしれないが、ものすごくかわいくて無邪気な男の子が地下鉄内でお菓子を食べていて、足下にかすが散っている。手を引いているお母さんらしき人は、絵からはみ出ている。右どなりにいる女性がコンビニの袋を下げていて、やはりお菓子を食べている。うしろのいすにすわっている人が、眉をひそめている。
 これは、たしかに行儀の悪い風景だと思うが、この絵は、男の子が悪いような印象を与えるのではないだろうか。そうじゃないだろう。右の女性は、悪い。だけど、男の子は、お母さんのしつけが悪いのであって、この子を責めては酷だ。せっかくの無邪気な笑顔にかげりを与えるようなこと、すんなヨ!
   


名古屋のこと
(^.^)9月22日


  きっと10日間はあっという間だな、と思っていたが、予測どおり、名古屋滞在は、アッという間に終わった。
 
 滞在中、町中でよく見かけて面白かったもの。日傘をさしている人はさほどいないにもかかわらず、自転車に大きなクリップ状のものがセットしてあって、そこに傘をはさんで、さしながらこいでいる人。そのまま傘がつぼまっていると、もっと面白い。
 また、名古屋の人は、広告が好きらしい。名古屋でしか売ってない雑誌2册を買ったところ、2册とも、半分、は大ゲサだが、3分の1は、エステだ、整形だ、豊胸だ.....という広告。そういえば、名古屋をどりのプログラムもそうだったのだが、プログラムは半分以上広告、というのはよくある話。雑誌にこれだけ広告が入っているのは、珍しいかも。安いわけだ.....
 TVは、名古屋は関東に近いのかと思いきや、意外に、関西の番組を、違う時間帯にやっていたりする。一緒に行っていた太夫さんが京都の人なのだが、東京へ行くと言葉が通じないけど、名古屋だとかろうじて通じるような気がする、と言っていた。もっとも、彼女も、私らの東京弁にだいぶ毒されているので、スピードやニュアンスがだいぶ変化しているらしいが........
 名古屋でかかせないのは、大須演芸場。6月に仕事で名古屋に寄せていただいた時も行ったのだが、今回も1度行った。出ている芸人は、素人演芸会に毛のはえたような感じなのだが、それを毎日とにかくやっているから、すごい。少な〜〜〜い客を乗せる術を持っている、というか、いじるのが上手。これも立派な芸だな、と思う。

 ま、名古屋という街、なんとなく賑やかな街だなぁ、という印象。
  


プロのことその9
(*_ _*)9月11日


  今、名古屋をどりに出演させていただいていて、これは、西川流の会なのだが、家元が、出演はもちろん、演出や振付などなさり、新作を作り出しているのが伝統。私は今年の新作2作のうちの1つに出ているが、家元がものすごい人で、地方の我々に、昔の「娘義太夫」のかっこうをさせる、といって、私は、初かつら、初衣装で三味線を弾いている。
 この家元のバイタリティやあふれるアイディアには脱帽。そして、常にまわり中に気配りしている。
 
 ある日、衣装さんに衣装を着せてもらっている時、今日は少し帯が下の方だな、と思った。我々は普段の舞台では、男ものの着物を着て男ものの帯をしめて出ているので、腰で帯をしめ、さらにその下に、腹帯というのをして腹をしめて出る。力を入れるためだ。ところが、娘義太夫のかっこうというのは「水芸」風、というとわかりやすいだろうか、衣紋を抜いて、帯は少し上にしめる。その方がかわいらしいので、数日はそれで着せてもらっていたのだ。が、その日は、まさに、いつもの位置にしめてくれて、上にしてもらっていた時も、いつもと違って、何枚も下にあんこを巻いていただいているので、体がしまってとても具合が良かったのだけれど、いつもの位置でとても落ち着いたのも事実だった。
 衣装さん曰く、ある日太夫の人が、腹帯のかわりにひもを下の方に巻いているのを見て、帯を下にしてみた、このくらいなんでしょ?と。プロではないかっ!!ものすごく感激した。また曰く、我々は普段から全部に気を配って、全部を見てて、いろいろなことに気がつかないといけないんだよ、ことに西川流さんに来た時は先に先に気をつけるようにしないと大変なんだよ、と。

 家元の気配りが、こうしたスタッフの気配りにも通じてくるのだろうし、この芝居の稽古中、つくづく1つの芝居を作っていく、ということは、大変なことだなぁ、と思ったのだけど、こうしたプロが集まってはじめてなにかができるのだな、と思う。
 私も、プロとしてこの芝居の中に呼んでいただいているのだから、なんとか自分の領域でプロらしいところを発揮しなければ、申し訳ないぞ...........
  


機械のこと
(ーー;)9月 2日


  私は、機械に人一倍弱いクセに、機械が大好き。銀色で四角いものに囲まれていると、わけもなく嬉しかったりする。
 が、ただでさえ弱いところへ持ってきて、寄る年波ばかりでなく、最近の機械は、複雑怪奇だ。あまりにも機能が入りすぎて、マニュアルはわかりにくく、不親切。昔は、上位機種があって機能が多いと、これもできる方がいい、と思いつつ、お金がなくて下位の機種を買ったけど、最近は、あれとこれができます、と書いてあっても、どうせわからないから、あれをするのはあれ、これをするのはこれ、と分けて買おう、と思う。
 機械にも、なんか筋を通してもらいたいもんだ。
  


親友のことその1
(’’)8月28日


  親友、というのは、どういう友のことをいうのだろう。本当は、とても仲が良くて、しょっちゅう会ってたりする人、1人のことをいうのだろうが(なにしろ、best friend、だからね)私は、この人は親友かな、と勝手に思う人が何人かいて、その人々とは、へたすると1年以上会わなかったりする。私の「親友」は、数年ぶりに会っても、以前と同じように話せる人だ。その間に、お互い境遇が変わっていたり「へぇ、そぉだったのぉ、ちっとも知らなかったぁ」なんて会話をしているのだが、そこになにも違和感がない。彼や彼女たちが、なにをしていようが、価値観が似ていたり面白いと思うことが似ているのだろう。

 ま、向こうは、どう思ってるかわかんないんだけどね......
  


虫のことその3
(-ε-)8月21日


  また夏が来て、稽古場に虫がふえた。生きている虫よりも、稽古場へ行くと虫の死骸が無数に散っていることの方が大変だったのだが、今年、その散り方から、日の当たる窓に、銀色の日よけをはって太陽を反射させてみたら、ほとんど死骸がなくなった。もっと早く気付けば、という気もするが、友人には、根性だなぁ、と感心される。
 ところが、レジャーシートをぴったりと窓にはったところはいいのだが、ずっとはってしまうわけにはいかないところに、車用の日よけを吸盤ですいつけて帰ると、その日よけが蛇腹状になっているので、そのすきまなどの分、どうしても死骸が出る。まぁ、数は減っているからいいのだけど、あの蛇腹、なんのためなのかなぁ。車だって、ぴったりきっちり日よけした方が良くないか?!
  


かさぶたのこと
(。_゚?)8月21日


  くつずれの激しいのから血がにじんで、痛くて、それがかさぶたになった。そうしたら、痛かったくせに、まわりがかゆくなった。そういえば、かさぶた、て、まわりがかゆいけど、なんでだぁ?!
  


芸人の人生のこと
(``)8月19日


  先日、2日続けて、追善の会に行った。文楽の豊竹呂大夫師匠と、落語の古今亭志ん朝師匠だ。2人とも、破格のスターであったし、芸が良くて男が良くて、男の色気があって、皆に愛されていた。そして2人とも、これから、という時に逝ってしまった。皆が惜しい、惜しい、と思うから、追善の会もできるのだろう。客席は立見の出る盛況だ。
 呂大夫師匠は、今さらながらに、対外的なおつきあいが広く、文楽にとって、そういう意味でも重要な人であったことが偲ばれた。映像でアップになって語っている姿は見事で、皆そこで芸を堪能した。
 志ん朝師匠は、昨年まで志ん朝師匠が出ていた吉例の住吉踊りの公演だ。私はたまたま、同じところで立見になった。ここでは出演者が皆志ん朝師匠のことを偲んで、志ん朝師匠が歌った歌も流れたり、それにあわせた踊りもあった。また、お葬式に配った「ご贔屓様へ、古今亭志ん朝より」という風呂敷を人形の形にして、今年から座長になった金馬が踊らせ、最後に風呂敷を広げて見せたのには、オーッ、という声が上がった。うちわの人々に、志ん朝師匠がいかに愛されていたか、想像できる会だった。

 でも、私が2人について思うのは、こういうタイプの芸人さんは、早くいなくなったことで、色気のある姿や芸がそのまま残るから、カッコ良さを増長するな、ということだ。早く逝ってしまって、仲間が皆で追善の会をやってくれる......ずるいな.....早く逝ったもん勝ち、みたいな.......人の死に対峙するのは辛いもんなぁ......私も、願わくば、人より先に逝きたいなぁぁぁ.......
  


芸のことその16
(・-・)8月 5日


  先日、東宝現代劇の人々が作っている会の公演を見に行った。同じ芝居をダブルキャストで2回見た。これが、それぞれに衣装からかつら、芝居のもっていきかた、立ち位置などなど、全部違っていて、芝居もよくできた本だったのだろうが、別の芝居を見ているほど、面白かった。
 この芝居は、新派で上演されている北條秀司の作品で、プログラムにも「正しい日本語、江戸弁、芝居なまり、失われつつある美しいものたちにもう一度逢いたい。そんな思いでこの作品に取り組みました。」という文がのっている。そういう作品だけに、役者さんたちの日頃の心得というか、身につけてきたものが、あからさまに出る。そういった意味では、満足したというわけでもないのだが、からんでいる相手との息で、同じ役の同じ役者さんが、全く違って見えることや、その役者さんがなにを面白い、と思うか、それがすべてを決めるな、ということを強く感じた。

 毎度、茂山家の話で恐縮だが、先日TOPPAという若手の勉強会があって、東京、京都で5日間、課題曲2曲を5通りの配役で、自由曲1曲は、各々の勉強したいものを選んで演じる、という公演だった。券が取れないこともあって、私は1日しか行かれなかったが、さぞや、彼らの課題曲を、いろいろな配役で見たら、面白かったろうなぁ、と思う。だいたい彼らは、狂言をとても面白いと思っていて、それは、誇りを持ちつつ、等身大の自分の感覚で面白がっている、という、そこが彼らのいいところなのだが、それぞれに、その面白がり方は人それぞれ微妙に違うからなぁ。古典芸能は、だから、話はわかっているにもかかわらず、様々な楽しみがあるわけだ。
 もちろん、面白いと思っていることを体を通して表現する時には、日頃の鍛練や、その他もろもろ、その人が身につけてきたものがものを言う、ということだ。この深みにはまると、抜けられない。

 ......ん、なるほど。我々も、ね。
  


読者のねたその18
(^.^)7月28日


  「エスカレーターのこと」を読んだYちゃんより。

 あの溝はむしろ、内部にごみが入りにくくするためについているらしい。ゴミがあふれているの、そういえば見る。
 しかし、なんとかいい案はないものかと、彼女は、次のような代案まで考えてくれた。

>その1.ステップを少しでこぼこのゴム張りにする。
>で、降り口の引き込まれる部分を刷毛状にする。
>すると、滑らないしゴミも入らない!
>
>その2.普通の階段と同じ素材にして、
>一番角に近いところにすべり止めをつける。
>屋内の階段と一緒。デパートとか。
>で、降り口を窓を拭くゴムのへらみたいなのにする。

 でも、雨の日は水がたまってしまうとか、ごみが溝に入りこむかわりに、どんどん下におくられてたまりやすい、かも.....
 やはり、あの溝が一番なのかなぁ、と......
  


手の平のこと
(’-’*)7月28日


  日ざしの強い日が続き、日焼け止めやら日焼けあとの化粧水、クリーム、と、ふだんより顔に塗るものがふえている。で、フと思うのは、顔に塗るんだけど、まず手の平につけるわけだから、この手の平、というのは、どうなのかな、ということだ。きれいになっちゃったり、日焼けをおさえられちゃったり、してるのかな。
 手の平というのは、我々のような黄色の人々でも、白色の人々でも、黒色の人々でも、みな一様に白い。ということは、色素がないのかな....手の平には、手相があるし、体調によって、色が赤くなったり黄色くなったりするし.....やはり、ふつうの皮膚とは一線を画す、不思議な皮膚なのかも........
  


言葉の暴力のこと 後日談
○o。.(ー。ー;)7月28日


  いつぞや、駅の近くに夜に出る屋台のたこ焼屋に傷つけられた話を書いた。しばらく屋台が見えるとまわり道をしたりしていたのだが、ここのところ、いなくなったみたい。やった.....
  


エスカレーターのこと
(;¨)?7月17日


  今日帰りに、地下鉄のエスカレーターの床に シミがついていて、ん?と思ってよく見たら、どうも、吐瀉物、つまり、ゲロのあとらしい。掃除したんだろうが、とりきれなかったらしい。
 エスカレーターの床、ていうのは、たてジマがついているから、その中に全部入りこんでしまって、始末に悪い。なんであんなシマ柄なのかなぁ.......たくさんのシマのデコボコでかみあわせになっていて、安全にズレないように設計されているのだろうか.......掃除はしにくいよなぁ.....
  


冷房のこと
(´.`)7月10日


   先日行った劇場で、幕間に、案内嬢が、ひざかけというか、毛布というか....を貸し出すように、何枚かずつ持って、客席に立っていた。新幹線でも、グリーン車には、毛布がおいてある。飛行機でも貸し出してくれる。まぁ、足下が冷えるから、ということかもしれないが、そんなことするよりは、冷房を弱めてくれた方がよっぽどいいんじゃないかな、と思う。だいたい、どこでも冷房を入れ過ぎ。だから、人間の体温調節機能が狂ってしまう。あまり文明の利器に頼るのも、いかがなものかと.....
  


唐相撲のこと
″\◯/゛7月 5日


   茂山家の狂言「唐相撲」を見た。40人からの人数が必要な上、アクロバテイックな相撲の組手をするため、ある程度体を動かせる若手が必要、ということで、上演できる時期が難しいといわれている。今の茂山家には、千作さんを頂点として、三代にわたった狂言師が大勢そろっており、当主千五郎さんがプログラムに書いているところでは、今年の公演を終えると「『茂山千五郎家・唐相撲』は、封印されることになりましょう。今の若い者のジュニア達が成人する25年後まで....」ということだ。茂山家の唐相撲には、劇的なエピソードがあって、千作さんと千之丞さんのお母様である寿賀さんの100歳のお祝いに上演を予定していたところ、公演を待たずにお婆ちゃんが亡くなってしまった。しかも、ひ孫の茂くんが「釣狐」を披いた舞台を見たあとに。このお婆ちゃんは、もののない時代に、唐相撲の衣装を少しずつ少しずつ、1人で夜なべして作ったのだそうだ。そして、このお婆ちゃんがいつも「みな仲良うしいや」と言っていたのが、茂山家の仲の良さのもとであるらしい。
 茂山家の唐相撲には、ちょっと、特別な思いがあるわけだ。

 私が見た日は、能楽堂の公演ではなく、2000人から入ろうという、大ホールだった。はじめに若手5人が思いきり私服でトーク。とっても身近。唐相撲の裏話をしたあと、大きいお兄ちゃんとよばれているらしい、千作さんの三男、千三郎さんが「今日はせっかくなのでおみやげに、唐音、という、帝王をたたえる謡を、プログラムに歌詞を書いてあるので、その最後を皆さんもご一緒に。お稽古致しましょう。」と言って「チンナンチンナンステレケパアパア!」と皆一緒に叫ばせ「これには、振りがついております。」と、振りも一緒にやらせる。実際、唐相撲でそこになったら、一緒にやって下さい、という。「ホールならではのことで、今までもホールでは皆さんやって下さってますので、がんばって。」と。
 ふつうは、千作さん演じる帝王は、能楽堂の地謡の位置にすわるところを、ホール上演なので、正面の真ん中にすわっていて、その左右に何列かで唐人役の人々が並んでいる。唐音は、全員で謡うのだが、通辞役の千五郎さんが、「阿んの長崎の〜」と謡いはじめると客席もプログラムをいじる人あり、皆、来た来た、と準備にかかる。帝王の両側には、唐子役の子供がすわっているのだが、長い唐音の間、恐らく覚えやすいところなのだろう、時々大声で子供が楽しそうに謡う。客席でも子供が楽しそうに大笑いする。そしていよいよになって客席のたぶん全員が「チンナンチンナンステレケパアパア!」と万歳をして帝王をたたえた。この自由さ、いいなぁ。正面で、2000の手が自分をたたえて上がるのを見た千作さんは、どんな気分だったかな。
 
 野球では、イチローが、苦しんで練習をする、という姿勢でなく、楽しんで練習をすることから、大きくなったのだそうだが、茂山家の狂言は、こういう自由さ、楽しさが、すばらしい芸を生んでいる例だろうなぁ。聞くところによれば、千三郎さんは、TDLのファンなのだそうで、ひょっとすると、みんなで一緒にやる、というアイディアは、そこからとったのかもしれない。

 おかげさまで、本当に、楽しい晩だった!