津賀寿つれづれ


つれづれによく出てくる略語 単語

TDR =東京ディズニーリゾート    キャスト =TDRの職員さん。   USJ =ユニバーサルスタジオジャパン
TDL =東京ディズニーランド     ゲスト  =TDRのお客さん。
TDS =東京ディズニーシー      クルー  =USJの職員さん。

時期のこと         
(--)(__)11月15日
  
 「トマトのこと」に書いたように、時期、というのは非常に大切なことだと思うのだが、自らの時期を、自分で知る、ということも大切なことだと思う。自分がどういう立場にあるのか、なにをしなければならない時期にあるのか、よく知って、それに添った行動をする。
 父が亡くなってから、人間て、なんで生きているのかなぁ、とよく考えるのだが、ある方が、お役目があるから生きている、とおっしゃって、そうだとすれば、時期時期の行動は、人間が生きている意味なんだろうなぁ、と思う。
 

トマトのこと         
(^^)11月15日
  
 トマトの小粒なのを湯剥きして、ドレッシングに漬けるだけで、けっこうおいしいサラダになるので、この頃よくやるのだが、この、トマトの湯剥き、というのは、芸人が育つのによく似ている。
 
 小粒のトマトは、似ているようでそれぞれくせがあり、たちも大きさも太り方も、微妙に違う。これに、ちょっとした切り目を入れてお湯につけ、時間をおいてお水につけて皮を剥く。
 
 お湯につかっている時から皮がめくれはじめるトマトもあるし、お水につけたら一気にめくれはじめるトマトもあり、てこでもめくれないトマトもある。めくれないのは、切り目がうまく入っていないため、というトマトもあるし、切り目に関わらず、めくれないのもある。
 さて、と剥きはじめると、つるん、と素直に剥けるトマトもあるし、剥けかけているのに、どこかでつっかえてしまうトマトもある。

 あせってすぐお水につけるとうまく皮が剥けない。しかるべき時期、お湯につけておき、一気にお水につけることが肝腎だ。また、切り目も大切。お湯は辛抱の時期、お水は出ていく時期、切り目は教えていただくこと、にあたる。
 
 剥けにくかった皮は、残ってしまうこともあるし、無理やり剥くこともあるが、いびつになってしまったり、見た目が悪かったりする。たちが良くて見た目もつるんとした、よくドレッシングのしみたトマトが一番おいしいには決まっている、が、しかし、どんなトマトも、おいしい。
 


虚しさのこと         
(__)8月31日
  
 無事に?父の一周忌をすませた。早いような、いろんなことがあって大変だったような...そんな1年だった。
 一周忌を機に、父のものを片付けたりして、亡くなった当初より、辛いことが多くなってきた。昔は、これから、のことしか考えてなかった、というのか、未来に向ってどうしようかな、というビジョンだったけど、ここのところ、人は間違えなく死に向っているわけで、どう終えて行くのかなぁ、というビジョンになってきた。
 いろいろな人に勧められて、今までやってきたことをある程度書き出してみたのだけど、ずいぶんいろいろなことをやってきたなぁ、いろいろな方のお世話になってきたなぁ、と泣きそうな思いがあって、充分やらせていただいたなぁ、という達成感や感謝の気持ちでいっぱいになる。そりゃぁもちろん、芸なんかまだまだで、いろんな可能性はもっともっとあるだろうけれど、私ごときが駒之助師匠と出会って、師匠を弾かせていただけるようになって、その師匠が出世して、CD全集なんか出るようになって、それを弾かせていただいて、それが賞なんかも取った、というのは、私にしてみるとあり得ないようなすごいことで、なんだか、もう充分だなぁ、と思うのだ。
 人が急にいなくなる。こないだまでなんでもなくお元気だったのに....という虚しさ......家がどんどん古くなる、パソコンが少しずつこわれてくる......これから自分はどうなっていくのだろう......自分がいなくなる時、家は、荷物は....いろんな不安でいっぱいになる......................................ヒマだったせいかなぁ....喪もあけたことだから、また神社でも、めぐるかなぁ...............
 

老舗のこと         
(--)(__)7月14日
  
 先日、M越劇場の切符をいただいて、久々客席から、母と鑑賞した。帰りに食事をして、買い物をしたのだが、そういえば昔はよく来たね、ここになにがあったね、かにがあったね、というような会話になり、楽しんで帰った。
 今日は歌舞伎座明日はM越、とか、正式な贈り物やお返しの品はM越がいい、とか、M越デパートは、信用のおける百貨店として確固たるものがあるわけだが、こうしてのんびりM越で1日をすごしてみると、昔は感じなかったことをいろいろ感じた。
 まず、店員さんの接客態度が良いこと、品揃えが良いこと、たまたまかもしれないが、お釣が新券だったこと、お馴染みのお客さまが多いこと......
 昔は他のデパートもさほど差がなかったからさほどに感じなかったのか、そんなことが気になる年になったせいなのか、はたまた、閉店になった支店もあるくらいだから、経営が決して芳しくなくて、その巻き返しに、見直しをはかったのか....よくわからないけど、とにかく他とは一線を画すなにかを感じた。
 伝統、というものは、長年の信頼とともにあるわけで、そこで培われた技術やノウハウによってていねいに商売をすれば、なにものもかなわないんだろうな、というようなことを、ちょっと考えた。
 

芸のことその31         
ヽ(´・`)ノ3月5日
  
 モンゴル出身横綱A青龍が引退した。まったくもったいないことだと思う。とかくの噂のあった人だが、やはり外国人だから、日本の国技である相撲の、「道」としての貫き方の理解に無理があったのかもしれない。
 が、これは、親方に全責任があると、私は思う。よく稽古もし、はじめのうちは言うことも聞いていたが、途中から親方もなにも言わなくなった、とTV で言っていたけど、きっと、強けりゃいいんだろう、という態度に出はじめた弟子に、金のなる木だから、なにも言えなくなった親方が悪い。そのために、「道」を汚してしまった。
 マスコミも、大騒ぎしては、あまりに印象が悪くなったら今度はちょっといい話を報道してみたり、なにを考えているのだか....しかし、そんなマスコミを無視することもできず、結局、あんなに強くて、華があって、すばらしい相撲を見せてくれたカッコイイ横綱が、引退するハメになった。バカバカしい話だ。
 しかし、その元は、親方が教えこめなかったところにあると思う。外国人ならよけいのこと、理解しにくい精神については、意識的に教えなければいけなかったはずだ。
 
 バンクーバーオリンピックで、K母選手が、服装を云々されてまた大騒ぎになった。つっついてつっついて、揚句に、先輩が病気になった時、こんなやさしいことをしてくれた、的ないいヤツだエピソードを流したりして.....
 私は個人的に彼の服装を、なってないとは全く思わなかった。上着もネクタイもちゃんとしているし、「近ごろの若い子」のファッションは全くわからないから、それはそれだと思うし、彼はまさにその、「近ごろの若い子」のファッションそのままだと思ったから。自由の範囲だろうし、失礼な感じもしなかった。最後に「自分のスタイルを貫けて良かったと思う」とコメントしていたK母選手は、精一杯の抵抗をそのコメントにこめていたと思う。
 騒ぎになってすぐの会見で、となりのコーチと少し話して、しばし間があって「反省してまーす。」と言ったK母選手は、きっとコーチに、とにかく公式の場ではあやまれ、と言われたんだろう。そしてきっとコーチは、競技に出られるよう運動もしただろうし、K母選手に対して、つつかれるようなことをしたんだからあやまれ、あやまったらやることはちゃんとやれ、と言っただろう。K母選手は、コーチはオレを理解してくれてる、という信頼でがんばれたのではないかと思う。
 こちらはA青龍と違い、ちゃんと競技に参加でき、ある程度の結果を残せた。

 先日TVでスポーツ選手が練習のことを話していて、テニスの女性プレーヤーだったかが(S山だったかな)、外国に遠征に行くとそれだけに集中するのがかなり精神的にも厳しいので、試合以外で、その外国を思いきり楽しむようにしていた、と言ったら、野球のF田が、スポーツ選手の練習というのは過酷だけど、あまりに練習ばかりになるのも良し悪しで、練習すればいい、というものでもなく、楽しみや息抜きの方法をうまくさがせることが大事だ、と言った。
 すると、メークのIコーさんが「我々の世界でも全く同じです。ある段階まで、理論とかがわかるまでは練習を集中してすることが必要だけど、それができた後は、すべて自分の感性なんです。」と言った。
 それをある美容師さんに話したら、「まったくそうだよねぇ。なにも関係ないと思っても、芝居見たりなんか聞いたりして、なにか感じることが大事だよねぇ。」と言った。
 
 スポーツのように、記録や勝敗がものを言う世界でも、やはり、我々同様、心の問題が大きく反映する、ということなんだよな。少なくとも日本人は、そこを大切に考えているし、そこがものを言うんだ、という発想のもとに生きている。見ている人もそこを見ようとする。
 だからね、惜しいんだよなぁ、A青龍........................
 


靴のこと         
(`。´)3月5日
  
 mixiの日記に書いてはやまったかなぁ、と思ったこと。
 2〜3年前に、革靴を買って、気に入ってはいていたら靴底が減って来たので、修理に持って行ったら「この靴底は特殊なので、ブランドに持って行った方がいいです。うちではできません。」と言われ、買ったデパートに持って行った。すると「この靴底は特殊なので、修理ができない。」と言う。絶句。ほんとに絶句した後「びっくりしたぁ。」と言ってしまった。
 なんだと!?3万円近く出した革靴だよ!修理できない!?と心の中で.....その靴は、KHというアメリカのブランドなのだが、基本的に1シーズン履き捨て、だそうで、アメリカ人にもともと修理の発想がない、ということもあり....と店員さんは申し訳ながってはいる。
 やっぱ、発想の違う外国のブランドのものなんか、やたらに買うもんじゃないわ。
 ケ、テヤンディ、べらぼうめ、こちとら気持ちは江戸っ子だい!と心の中。「じゃ、そちらで捨てて下さい。」と言うと、捨てるのにも名前を書け、と.....ま、お金取られるわけじゃないので書いたけどね、バカにしてる。
 一生大切に修理しながら履こうと思うから、私にしてみれば大金出して買った靴なのに...........なんだい、履き捨て、てのは!物は大切にしなきゃぁ、バチが当たりますよ!だいたい、電化製品だって、部品がすぐなくなって、新しいものを買い替えるようにできてる。間違えてるよね!間違えてるっ!そしてゴミばっかふえるんだからね。物の大切さを子どもにも教えていかなきゃぁ、ダメですよ、ったく!!
 で、はやまったかな、と思ったのは、mixiに書いたら、マイミクさんたちが、こういうとこに持ってったら、同じ底じゃなくてもできたかもしれないよ、と言ってくれたのだ。その靴底は、エアー、てのが入ってたので、できない、というんだけど、底自体を変えることはできたんじゃないか、て.....でも、江戸っ子は、捨てて来ちゃったんだぁな。
 短気は損気、ですな。

バスのことその8         
(^^@;)3月5日
  
 この前と同じ運転手さんかしら?と思った、とても感じのいい運転手さんが、よく乗るバス路線にいらっしゃるのを何度か書いたが、先日、たまたま荷物も多くなくて、入口に近くて、入口を向いた席にすわっていた時に、杖をついた男性が入って来るのが見えたので、ほんとにたまたま、タイミングも恥ずかしくなく立てたのでさりげなく、譲った、というありありとした感じじゃなく席を立ったら、少し間をおいて運転手さんが「お席をお譲りいただいてありがとうございます。」と言ってくれた。恥ずかしいから気づかないようなフリをしていたが、なんとなくいいことしたような、心があたたまるような気持ちになった。
 同じ運転手さんなのか、数人いらっしゃるのか..........やるなぁ、TKバス!
 

塩のこと         
(^^)3月5日
  
 いつか書いたことがあるが、塩は、料理中、入れる途端に、たとえば炒めている玉ねぎとか、素材の香りがパ、とたっておいしそうになる。素材を引き立てるすごいものだな、と思ったのだが、先日、ある長唄の方が、私と同室の楽屋にいた方に「塩持ってなぁい?」と訪ねて来た。どうしてかなぁ、と会話を聞いていたら、唄う前に塩をなめると具合がいいのだそうだ。舞台上で口の中がかわいたりしてこなくなるそうだ。その方がおっしゃるには、口の中の浸透圧が変わるんですかね、と。へぇぇ...義太夫の人でそれは聞いたことがなかったが、たしかに、塩、というのは、なんか特別な効果を持ったものなんだなぁ。お浄めにも使うし。浄化作用がある、ということだからな。
 ちなみに私は今、和三盆のお菓子にこってるけど........関係ないか。

EXILEのこと         
(@^ ^@)2月1日
  
 そんなことで、急に年末年始をたった一人ですごしたわけですが、久々に年末、レコード大賞を、大掃除しながら見ました。一昨年に続いて、EXILEが大賞を受賞。EXILEについてはほとんど知識がなかったのですが、14人にふえた、ということは知っていて、前年は7人での受賞、今回は14人での受賞だそうです。
 なにげなく聞いていたのですが、ボーカルの強面の方(後で知るところのATSUSHI)が、途中、感激の涙でつまってしまい、でも、ボーカルの若い方(後で知るところのTAKAHIRO)はしっかり歌い続けて、バックでは他のメンバーが力一杯踊っている。なんとさわやか!それらを見ながらまた歌おうとする強面の人のまなざしが、サングラスの影で見えないのにも関わらず、とても愛にあふれたあたたかいものに見えたのです。慈愛?
 
 それで早速、ライブのDVDを買って、ポータブルの機械も買って、病室で母と見ました。カッコイイ....うちは、母の方がくわしくて、メンバーの名前もけっこう知っているし、天皇陛下のお祝いで歌った時、ATSUSHIが、サングラスも取って、髪に入れている筋も取ってのぞんだ、というエピソードも教えてくれ、この子たちのそういうキチンとした礼儀正しいところが好きなんだ、とも教えてくれました。
 「愛すべき未来へ」というアルバムも買ってみました。(こっちにもDVDがついていた!)このアルバムのジャケットが子供の写真を使っていて、ライブでもたくさんの子供が出演していて、アンコールの時にもことさら子供の未来のことを言っていたり、愛と夢と幸せ、未来、平和、といったテーマを推しているらしいこともわかってきて.........こりゃぁ、TDRと似てたりするんだな、やっぱり。
 マイケルジャクソンのDVDも買ったんだけど、彼は最期になってしまったけど、子供を映像に使って、子供たちの未来のため、地球を守ろう、と主張しているんですね。そして彼も有名なディズニーランド好き!!!

 EXILEに戻りますが、メンバー内の感じがまたいいんですよね。14人にふえた時点で、ジェネレーションとか?次代を育てつつ一緒に愛をもって、お互いが思いあって活動していこう、という姿勢が見えてね。上の世代が大きい力で引っ張って、少しずつ若い世代に見せ場を作りながら、若い世代はそれに応えつつありったけがんばって、上の世代を尊敬し、たてている。そういうお互いの思いが、人に伝わるんでしょうね。

 私は明石家さんまが好きですが、彼と島田紳助とオール巨人が同期だそうで、彼らはお互いを尊重し思いあいながら活動していて、それぞれがどんどんビッグになっている。島田紳助がTVで「同期に誰を持てるかが運だ」と言っていたけど、上下でも同じことが言えるんでしょう。まわりの人に対して善かれと思って接しられるかどうか、それが通じて思いあえるかどうか、それが本当のライバルとも言えるのかもしれないし、運を作るのかもしれないし、大きくなれるのかもしれない、と思います。

 EXILE万歳!
 


母のこと         
(-;)2月1日
  
 まったく、世の中なにがあるかわからない。父の死から3ヶ月、きっと疲れが出たのでしょう、生活が変わって順応しきれなかったこともあるかもしれません、今度は母が倒れてしまいました。

 私が仕事で数日地方に行って、東京へ帰って2つほど会があって、やっと一段落したから、久しぶりに母とTDRへ遊びに行ったところ、歩きづらい、というので帰って、かかりつけの大病院に電話し、結局は外来の初診でまず、脳神経内科へ行き異常なし。翌日と翌々日、整形外科で、腰と首の診察を受けるも、加齢によるものは認められるが異常なし。でも症状はどんどん悪くなり、その日、帰りに病院でころんで腰椎を圧迫骨折する、というおまけまでついてしまいました。
 しばらくして、下痢などしはじめてどうしてもおかしいので、救急車を呼ぶ前に、と思って、かかりつけの大病院にまた電話しましたが、たまたま祝日で、その対応の悪いこと........こちらは病気に関して素人だから、精一杯症状を説明しているのだけど、あちらにしてみると、急を要しない患者、としか思わないらしく、「ナースが重篤な患者の対応をしているから、数時間後にまた電話しろ」という内容のことを、2度目に電話した時も同じように言われて、私はキレました。モメごとはたくさんだと思うんですけどねぇ.........

 が、いくらキレたところで、こちらは弱い立場。渋々変わったナースに「来ても下痢止め渡すくらいしかできません」とか「救急車呼ばれても、帰りに送ることはできない」とか....そんなこと誰も言ってないだろう.....まぁ、そんなことを言われながら、その時点でもう母はほとんど自力で動けなかったので、どうしたらいいのか、と聞いたら、介護タクシーというので来い、という。けっこうな値段を出して、介護タクシーで救急外来へ行きました。
 
 行った先はとても親切で、問診後すぐ点滴しながら診察、血液検査もしてくれました。その結果、はっきりした病名はわからないけど、ソク入院。白血球と炎症反応の数値が異常に高く、なんらかのウィルスに感染している可能性が高い、とのことでした。翌日CTを撮りなおしてわかったのですが、肺炎でした。もっともポピュラーな肺炎球菌というウィルスだそうですが、種々の条件で免疫力が下がっていたのでしょう。

 こんな「重篤な」患者だったのに、あんな対応して、手遅れにでもなってたらどうした、というんだろう。人の命を預かるナースの言葉か........実際、電話でキレている私の会話を聞いて母は「どうせよっぽどの人じゃないと相手にしてくれないんだから、もういい」と言っていたのですから。
 母がこう言う理由の一つは、整形外科の診察に行った時、母の87歳、という年齢で、日頃から二つ折れになって歩いているのだろう、杖は当然ついているのだろう、といった決めつけで相手にするので、どこも悪くないのになにしつこく来るんだ、的なオーラが診察室に満々だったのですよね。しかも、耳も遠いだろう、という決めつけもあり、レントゲンを見ながら、母が聞こえていない前提で、平気で「骨がずれちゃってるからねぇ、もうなおりませんよ」などと言う。加齢による異常はそりゃぁなおらないのでしょうが、言い方、てのものがあるでしょう。それでいくら母に向ってやさしそうに話しかけたって、ダメなのよ。母はしっかりしてるんだからね、全部聞こえてんのよ。...んとに腹が立つ。心がない、てのは、人を殺しかねないよ。
 昔のお医者さんは、患者の顔色を見て、生活など含めて判断してくれたものだけど、今は顔もろくに見ずにコンピューターに打ち込むばかりだからね。良し悪しですな。

 でも、10年以上通っている病院だから、データもあるし、他の病院に行くよりは、と思ったし、病棟はとても気持ちよくすごさせていただきました。いい看護師さんにもめぐり会ったし。

 病棟でいくつか部屋を変わったので、同室の患者さんを見ていろいろ考えさせられました。
 寝たきりの人でも、程度はいろいろあるけど、わかっているんだろうな、ということ。家族が一番だけど、誰かがなるべく話をしてあげた方がいいんじゃないのかな、ということ。一人の患者さんのことは私はいまだに気になっているのだけど、もっと話しかけたりしたら、良くなるんじゃないかなぁ、と思ったりして..... 
 
 入院慣れしていて友達をそのたびたくさん作っている方もいらして、その方のおかげでずいぶん助かった。
 一見クレーマーの方は、実は淋しいんだなぁ、と..........話をした翌日、かなり元気そうになっていらした。

 長くなりましたが、この度の母の病院騒ぎでの結論は、人はコミュニケーションが大切なんだ、ということ。
 ちゃんと話ができるかどうかは病院の基本だし、病は気から、という通り、人間は健康さえ、ある程度は気持ちが、心が、決めてしまうのですよね。
 母の病気も、特に仲のいい夫婦とは思わなかったし、むしろ一人娘の私の方に関心が高いように思っていたけど、60年以上連れ添って、専業主婦で、常に父をたてることを考えて生きて来た母にとって、父の死というものが、どれだけ心にショックを与えたか、ということだったと思うのです。

 そういう意味でも、母にはストレスなく健康で長生きしてほしいし、人とは心のあるコミュニケーションがとりたいと思うから、モメごとはたくさん.......なのに現実、腹の立つことが多いのですよねぇ。
 


「自分」のこと         
(--)11月15日
  
 いつの間にか、季節が秋になり、冬に近づいてきました。
 父の四十九日も過ぎ、無事納骨し、お骨のかわりに、ご仏壇に手をあわす毎日になりました。お寺の納骨堂には、母と私の分も確保しました。これでなんとなく行き先が決まって安心です。

 父が亡くなった後、仕事で京都に行きました。京都は定期的に仕事で行っている土地なので、京都は父が亡くなっても同じように存在しているなぁ、と思いました。当たり前なんですが....。日常的に行っていたTDRにも、四十九日をすませた後、再デビューしました。やはり、TDRは同じように存在していました。
 
 先日、名古屋からの新幹線の帰り、まぁよくあることですが、熟睡しました。目がさめて、ちょっと「ここはどこ?」状態で「自分」というものの内側に入り込んでいたところから、「あぁ、名古屋へ行って、会があって、打ち上げがあって、地下鉄に乗って駅へ行って、新幹線に乗ったんだ」と思い出した時、現実、というのは、なんなのかなぁ、という気がしました。極端に言えば、ほんとに名古屋行ったのかなぁ、とか、はっきり夢を見ていたわけではなかったと思うけど、夢の中の方が現実かもしれないような...........夢との境目はどうなっているのか、不思議です。
 名古屋の仕事先の方が、人間は死んでしまったらそこで終わりなんだと思う、とおっしゃいました。霊魂とか死後の世界とか、そういうものはなくて、寝た時、意識がなくなっているような状態じゃないか、と.....そうかもしれない。はじめは死んだことに気づかないけど、だんだん導かれていく、という話もよく聞きます。人間は不思議です。

 父が亡くなっても、仕事をしなければいけなかったり、外に出て行かなければならず、そのたび、自分にはいろいろな時のモードがあるのだな、と思いました。仕事をする時はそういう自分になる、とか...人と接する時の自分、友達と接する時の自分....そのモードごとにはそのモードごとの自分がいて、父の死を悲しんでいる自分と、少し切り替わっているな、と...そう考えると、自分、というものも、不思議です。...........抱いているオレはいったい誰だろう、みたいな話だけど........
 


父のこと         
(;;)9月23日
  
 突然、父が肺炎で逝ってしまいました。
 
 少し食欲がない、と2〜3日寝たり起きたりしましたが、自転車に乗って薬を取りにかかりつけのクリニックに行ったりしていました。翌日胸が少し苦しい、と言い、翌早朝、救急車で救命救急センターに運ばれ、11日目でした。89才、老衰の気味もあったと思います。年齢は充分かもしれませんが、あと10年くらいなんということなくいてくれるように思っていたので、びっくりするやらうろたえるやら.....友人の友人は、98才で親御さんを亡くし、大往生、とまわりから言われたけど、やはりあきらめられるものではない、と言っていたそうです。そういうものだと思います。
 
 子孝行な亡くなり方だと思いますし、そう言われます。病院にいる間に少し覚悟をする時間ができました。救命センターなので、病院には日に2度の面会時間に面会するだけ。世話をすることはありませんでした。考え方はいろいろあるかもしれませんが、私はそういう面倒を充分みられるタイプではないし、父もそういう姿は見せたくなかっただろう、と思います。

 病院はとても親切で、主治医の先生も家族の希望をよくきいて下さり、無理なく、本人が苦しくないよう、処置してくれました。24時間完全看護で、交代で看護師さんたちが世話してくれました。看護師さんたちは、母や私のケアまでしてくれました。けっこう会話の多かったある看護師さんに私は、「親切によくして下さった上、家族のケアまでして下さって、病院のイメージが変わりました。」とお礼を言いました。父はほとんど薬で眠っていましたが、薬を切って起きていた時に、「皆さん、ほんとに親切にして下さるね。」と言うと、大きくうなづいて、処置して出て行く看護師さんと若いお医者さんに不自由ながらお辞儀をしていました。

 病院で亡くなり、きれいにしてもらい、葬儀屋さんも紹介してもらい、葬儀屋さんにも、とってもよくしてもらいました。今日は葬儀屋さんの紹介で、仏壇を見に行って来ました。核家族の我が家では、はじめての仏さんです。祖父母と叔父叔母たちの入るお墓は、父の誇りとしていたお寺にあり、当然ご本家が継いでいるので、分家にあたる我が家は入れないのですが、そのお寺で永代供養をしていただけそうです。ひとりっ子の私に子孫がいないので、お墓をたてても継ぐ人がいませんし、ご本家と同じお寺の中に、家族3人ひっそり入れてもらいたいと思っています。

 亡くなってから父の部屋に、「緊急の時見て下さい 父」という封筒をみつけました。中には年金の書類や預金の印鑑などが入っていましたが、「〜〜〜儀、平成  年 月 日、8 歳の天壽を全うし、安らかに永眠致しました。〜〜〜」という挨拶文の原稿が書いてありました。潔く、立派な人生だったと思います。最後も、病院、葬儀屋さん、お寺....運のいい人だったと思います。
 
 亡くなってみて、生前は親バカな父が恥ずかしくてあまりやさしい態度をとれなかった自分に後悔がありますが、私はこの両親の子であるために生まれて来たんだなぁ、と思います。
 安らかに眠って、母と私を待っていてほしいと思います。
 


足るを知ること         
(・・)7月 3日
  
 先輩で、お母さまのちょっとした不注意で、ハンディを持って産まれた方がいらっしゃる。長いおつきあいだが、そのことを最近うかがった。その先輩は、そのことでお母さまをなじったことは一度もないのだそうだ。もしお母さまが、そうして産まれて来た赤ちゃんの首をしめたりしていたら、自分はこの世に存在していなかった。健康にいられてありがたい、と思う、とおっしゃる。そしてその先輩は、ある方が好きな言葉でこういうのがあるそうだ、ともおっしゃった。「もし手が1本なくなったら、あぁ、2本でなくて良かった、足が1本なくなったら、あぁ、2本でなくて良かった、と思う。」
 これは極端な例だけれど、日常細かいことで、私はどれだけのことを不足に思っているだろうか、と思う。自分の状態、健康、環境.......なんて幸せなんだろうか、と.......先輩のおかげで、改めてありがたく思った。
 

命のこと         
(;;)5月 4日
  
 神社めぐりにこっていて、3〜4月、仕事で、神社の宝庫、京都に滞在した時は、ずいぶんまわった。
 4年後、お伊勢さんは遷宮が行われるせいか、ブームのようで、友人も京都のついでにお伊勢さんも、という人が多かった。私は今回は行き損なったけれども、近々行こうと思って、ある本を読んでいたら、遷宮のためにもう行事がはじまっていて、ご用材伐採の行事の写真が出ていた。なぜかこれに涙してしまった。木は生きていて、私は神社めぐりしていても、一番感動するのは、何百年何千年と生き続ける木に対してだ。そういった木が、伐り倒される。神事には生け贄も欠かされないものだし、自然というのは、そういう仕組みなのだ。我々も、皮をいただいて楽器にして弾いている。ざんこくぅぅ、と言う女の子は多いけど、以前にも書いたけど、皆、肉をいただいて、植物をいただいて、生かしてもらっている。
 心して、その命をいただかなければ、命とともに演奏しなければ、と、強く思うことだった。
 

芸のことその30         
(゚-゚)4月 1日
  
 私の師匠はもともと涙もろい情の厚い人ではあるが、この頃とみに「泣き虫だからすぐ泣いちゃう」と自分で言っている。きっと人間は、人生を重ねて、どんどん思い出がふえて、いろんな思い出があるから、懐かしかったり、虚しかったり、いとおしかったり、感動したり..........それで、涙も出るのだろうな。義太夫は、情を語る芸。伝統芸能だから、きまりをまず身につけたら、あとはいろいろこねくりまわすのではなく、自ずとその人の人生からにじみ出てくるものが、芸に反映される。そういうことなんだろうな。
 

芸のことその29           
(^^)(_)4月 1日
 
 先日TVのワイドショーでコメンテーターが言っていたのが耳に入って来たのだが、日本の車は、見えない所にお金をかけ、ていねいにみがいたり、きれいにしたりするのだそうで、アメリカ人などは、「なんでそんな見えないところにお金をかけるのだ、コストの無駄だ!」と言うのだそうだが、世界的に、日本の車は信用が高く、アメリカの車は信用がない。なぜかといえば、見えない所をきちんとしているからだ、という。
 だいぶ前に、会は、見えない所にお金をかけていないといい会にならない、とあるお師匠様から聞いた話を書いたけど、まさに、我が意を得たり。
 

芸のことその28            
(^^)2月 5日
 
 舞台予定のページにも書きましたが、昨年の12/24発売になった、私の師匠竹本駒之助のCD全集の宣伝に、インターネットラジオに出していただきました。年末の録音でしたが、初対面のパーソナリティ、パーカッショニストOさんですが、この方が、はじめて義太夫というものをお聞きになって、こんな場違いなのに、と思う私の気持ちとは裏腹に、すごく感激して下さいました。まず、「黒い!!」と感嘆。ブラックミュージックっぽい、というんですね。はぁぁ、そぉかなぁぁぁ。
 ここに出してくれたのが、師匠にも習っている、Hクンというディレクターさんですが、彼はずっとそう思っていた、という。邦楽の中では義太夫は特殊で、聞きやすいのでは、と.....それに、普段聞く話が、Oさんの言ってることと、とても共通している、というんですね。
 やることは決まっていて、その日の体調やなにかで長さは自由に変わったりするし、それくらいのアドリブしかないけど、と、太夫と三味線弾きの関係みたいなものを話したら、全くそれはどの音楽でも同じだ、と、そういうところに共感して下さいました。
 是非、一緒に演奏したいですね、というありがたいお言葉をいただいたのですが、そういう話をいただくと、必ず「即興」ということになるので、私は二の足を踏んでしまいます。そういう才能がほしい!!!!!!
 

便利のこと           
(--)2月 5日
 
 もうだいぶ前になりますが、携帯の機種変更をしました。変えたくはなかったのですが、写真が撮れない、撮ってある写真が前後分割されたり色が変わったりする、写真を受信できない、メールもせっかく書いたのに送信しようとするとトラブルです、とどこかへいってしまうことがある......しょうがないから変更したわけです。メールくらいしか使わないから、とにかく薄くてピンクでカッコいいの、かっこだけだから、と言ったのに、もう今時は、ワンセグもついちゃってるんですよ、という.........そぉか、この3年の間にそんなに進歩していたのか........かと言って、大きい文字で、最小機能の、なんて、イヤ。ということで、そこそこカッコのいいのを使いはじめました。
 1番びっくりしたのが、メールを書こうとすると、勝手に予想して、下に次の言葉の候補が出る。これは気になる。つい候補の中から選ばなければいけないかな、という気になる。1文字2文字打ったところで、なんだか候補を見るようになって、ひどい時は、書こうとしていた文章と違うものを選んだりする。これはバカになるなぁぁ、と思う。自分で考えなくなる、打たなくなる.........考えてみれば、パソコンが勝手に変換してくれるから、漢字もどんどん書けなくなっている。便利、て、なんだろう。どこかで、昔は道具が少なく、その使い方がみんなわかっていたから、今より進歩していたんだ、と書いてあったのを読んだけど、その通りだと思うなぁ。気をつけねば........
 

お正月のこと           
(・・)'09.1月 1日
 
 また、新年あけました。ありがたいことです。
 亡き越路師匠は、「もう一生ほしい」とおっしゃったそうです。これは、義太夫という芸が、一生では追求しきれないほど奥深いことを意味していますが、私もこの年末、「1日が48時間ほしい」と思いました。が、いかんせん私の場合、事務的な仕事の処理、人との連絡、忘年会....稽古や研究の時間が足りなすぎる!クタクタで、つい夜ふかしして、アトピーも当然ひどくなり....という悪循環。それで、1日が倍ほしい、と思った次第。全然意味が違います......
 お正月、というのがあると、そこで新たな気持ちで仕切りなおす、というか、いったん家でだいぶ落ち着く時間が与えられますし、そういう意味でもありがたいことと思います。
 本年もよろしくお願い致します。
 

宗教のことその2           
(^_^)11月 2日
 
 新興宗教の話をしたら、いろんな友達が心配して声をかけてくれます。
 
 難しい教義を簡単に説いているのが新興宗教だから、だから人がたくさん集まるんだ、とくわしい友人が言っていて、なるほど、義太夫も簡単にすれば、わかりやすくすれば、人が集まるのかなぁ、などと思いつつ.......ムム、人が集まりゃいい、てものでもないかも.......ちゃんとしたことをすることと、人が集まることのかねあい、というのか........難しいところだよな、などと思います。文楽は、難しくても長くても、人、集まってるしなぁ......
 
 神様のことをちゃんとやりはじめたら大変だから、自分の気づきのために経験を生かせばいいのでは?S藤G気の本を読んだらわかりやすいよ、とすすめられて、読んでみました。格闘家であった彼も、E原さんとかと共通したことを言っています.....Iでものを考えるのではなく、Weでものを考えなければいけない、とか、世の中は、自分の内にあるものの投影でしかない、とか、感謝を持って生きていくのだ、とか。もとは全部、仏教ですね。

 M輪A宏さんの本は読んでいませんが、ある友達によれば、人には魔界族と天界族とがあるから、魔界族だと見分ければつきあい方が楽だ、と、ちょっと過激らしい。

 T橋K子さんの講演会に行ってみました。ジャンルとしては新興宗教の部類らしいですが、宗教、という感じではなくて、やはり自分の内にあるものが、他との関係を作りあげる、ということ、そのために自分の内をよく見つめて、気づくこと、それを実践しましょう、というものでした。ただし、そのマニュアルにのるには、入会しなければいけないシステムがあるようでした。

 結局、今私が感じることは、友達はありがたいなぁ、ということです。私にはたくさんの友人がいる、話す相手がいて、解決がどこにあるかはわからないけど、私のためになにか考えてくれる、これが財産だなぁ、と。
 これも友達が言ってくれたことなのだけど、悩んで自分をみつめて成長しよう、と思う時、金銭的にも組織的にも労力的にも、いろんな方法があると思うし、どれを選ぶかは自由だと思うし、なにを否定する気持ちもないけれど、今の私の自分磨きは、そういう財産に囲まれながら、いろいろなものを見聞きしていくことなのかなぁ、という気がしてます。
 


バスのことその7        
(-o-)11月 1日
 
 先日につづき、バスでのこと、朝のバスで運転手さんが、「行ってらっしゃい!ありがとうございました!」
 ひょっとして、この前と同じ運転手さんかしら?!ちょっとしたことで、気持ちがほわ、として場が和らぐ。穏やかにいきたいものです。
  

宗教のことその1        
(^0^)10月 1日
 
 mixiの日記には書いたのですが、友人に連れられて、ある新興宗教をのぞいてみています。
 新興宗教!?とお思いの方が多いと思います。もちろん私にもそういう偏見はあります。強制的に変な壷を買わせるとか、集団見合いして結婚するとか.....そんなこわいイメージがないとは言えません。でも、強制的に変なことのあるところではなく、お金も取られないというので、ちょっと落ち込んでいる私を心配してくれる友人の気持ちのありがたさに引かれて行ってみたのです。

 そこで思ったのは、あまりにもたくさんの人がいること、家族連れが多く、小さいお子さんも多く、大きくてきれいなチリ1つ落ちてない場所で皆が、いい「気」の中でおだやかにしている、みたいな.........そう、TDRみたいかも、という印象でした。教えも、普通の仏教なので、普通のお寺さんと変わらないかも、という感じ。普通のお寺さんでも、法外なお金を取られた、という話は聞きますしね...............
 唯一、生身の人間である教祖を拝む、というのには抵抗がありましたが。

 ところで、先日、ある舞踊の方の稽古場にお邪魔した時、先々代、とか、そんな方なのでしょうか、胸像があって、舞台のところにはその方の肖像画もかけてありました。なんかに似てるな、と思ったら、そう、例の新興宗教でも、教祖一家の絵と、胸像、というか、仏像があって拝むようになっているのですね。
 心のよりどころなんですね。

 今、キリストと仏陀が立川に下宿している、という漫画を借りて読んでいて、キリストも仏陀も普通の人間、というか、もちろん修業を積んでいて、すごい能力は発揮しちゃうんだけど、ものすごく身近な人間として描かれているもので、んーー、宗教、ていうのも、もとは皆新興宗教で、生身の人間を拝むところからはじまったのかもなぁ、などと、変にリアルな感じを持ってしまったのでした。
  


武士道のこと           
(・・)(__)9月21日
 
 北京オリンピックの、柔道で金メダルを取った女性が、すべて一本勝ちで金メダルを取ったことで、日本の柔道のあり方を示せたので嬉しい、とコメントしていた。全く柔道のことを知らないのでよくわからないが、どうも最近の柔道というのは、外人が当然やっているので、日本人の武士道精神みたいなものがなくて、勝てばいい、勝つためには多少卑怯?!なこともする、というやり方になっているらしい。そんな内容は知らなかったけれど、私は彼女のコメントを聞いて、非常にすがすがしい思いがした。

 すもうで大麻の問題が出て、大騒ぎになっている。外人力士に陰性が出たのだが、すもうもすっかり外人ばっかりになって、やはり感覚が違うのかもしれないな、と思う。もちろん日本人だって八百長をやっている人はいるかもしれないし、そんなこと、日本、外国、関係ないのかもしれないが、大麻などは、カリフォルニアのインタビューが出ていたが、そこらへんの飲食店で吸うのが当たり前の文化で珍しいことではない、というのだ。いくら日本で禁止されているものでも、外国でもし普通のことであれば、日本に来たからさぁいけません、と言っても、感覚が切り替わらないこともあろうかと思う。

 なんかこう、日本の武士道!!的なものが、スポーツにはあってほしいし、ことに日本のものにはあってほしいと思う。私は芸もそうありたいと思っている。

 もう1つすもうで、しごきで殺人をおこした事件もあったが、あれは今度は日本の悪しき伝統のなせるわざだったのかと思う。親方の命令だからやってしまう、師匠の言うことは黒を白と言ったら白なんだ、という伝統。これはある意味、それがなければ伝統あるものは伝えていけないのだけど、殺人をおかしてもいいのか、ということは大きな問題だと思う。
 上に立つ人は、よほどの公正な目とバランス感覚を持ち合わせていなければならないと思うし、下の者は、素直にものを聞くと同時に、正しい判断のできる状態でいなければならない。
 それでなければ、その世界は育たないと、強く思う。
  


進化のこと        
(@@)9月 1日
 
 もう、昨日、になるが、TDR内にできたシルクドソレイユの常打ちの劇場で、トライアウト公演がはじまっているので、見て来た。
 「ZED」。まぁ、ドえらいものだ。極限まで鍛練を重ねて、肉体の限界に挑んでいる。演出も大がかり。演奏も歌も生、しかも外人。これだけのことをされたら、誰も文句は言えない、て感じ。
 シルクドソレイユは2度目なんだが、以前見た時より、演劇的な要素が増えたショーに見えた。サーカスとかアクロバットの伝統をふみながら、見せ方、あるいは、魅せ方、を考え、ストーリー性を付加した結果、必然的に演技力も加わる。マッスルミュージカルもやっぱり、肉体を使った演技を見せるために、意味や演出を付加していっているけど、シルクドソレイユは、ピエロ、綱渡り、空中ブランコ、ジャグラーなどといった基本的な芸や、布や棒を使ったりのさまざまなアクロバットがもとになっているのはたしかで、それらを見せるために、きっと、どんどん進化させているんだろう。
 もう1つは、コンビネーションの演技が多いし、1つ間違えれば命に関わるものだから、お互いの信頼関係や思いやりが1番大切なんだろうと思った。
 なんでも同じなんだよなぁ。

 もちろん気の遠くなるような大規模なプロジェクトの話なんだけど、我々だって「進化」を考えないと、いけないのも、同じなのだ。
  


バスのことその6           
(o--o)8月28日
 
 ひっさびさ登場、バスのこと。
 先日乗ったバスで、終点に着く時、運転手さんが「ご一緒させていただき、ありがとうございました。」と言った。こんなアナウンスははじめて聞いたが、いいフレーズだなぁ、と思った。ひょっとしてこの運転手さんは、TDR好きなんじゃないか!?心があるよなぁ。
 
 で、自慢みたいでイヤラシイことなんですが.....
http://www3.ocn.ne.jp/%7Ekocchi/
 先日お友達になった20代の女性のブログ(ブログの'08.8.26のところです)に、こんなこと書いていただいて.....すごく嬉しかったんですね。そう、この「素敵な大人」、私のことなんですよ。
 若い人に、そういう心を汲んでもらえた、というか、感じてもらえた、というか.....伝えられたことが嬉しかったんですね。そういうことを伝えていくことは、上の世代の役目だ、とも思うわけですね。そうすれば、こんなに異常に殺伐とした事件が多い世の中でなくてすむんじゃないんだろうか、と.....

 あのバスに乗った人が降りる時、どれだけの人が意識して聞いていたかはわからないけれど、意識下に、やさしさを受け取ったはずだと思うのです。そういうやさしさがいっぱいの、そんな世の中であってほしいと思います。
 


努力のこと          
(・・?)8月21日
 
 北京オリンピックで、ジャマイカのウサイン ボルト選手が世界新で二冠、という偉業を達成した。200mこそ、本人的にも記録達成がたやすくなかったらしく、必死に走ったが、それも記録板を見ながらの疾走だった。100mなど、必死に走る横の人を尻目に、遊んだような走り方をした。ウォーミングアップもさほどしないし、普段から練習をさほどする人でもないらしい。栄養のバランス等に気を配る人でもないらしい。なにか宇宙人的に、人並みはずれた能力をもともと持っていて、No.1になるためだけに走ったようだ。
 オリンピック、といえば、4年かけて(あるいはもっと言えばそれまでの人生をかけて、だけど)自分の能力の限界を伸ばして伸ばして努力して努力して、似たような実力の人の中でギリギリに勝つか負けるか.....そこに涙と感動が!みたいな世界だと思うけど、こういうことも起こる。実力があれば文句言えないし.....およそ日本人の美徳とか価値観とかとはかけ離れている。

 ボルトみたいに天才的なものを持っている人は、それだけで大きくスタート地点を先に設定できるから得だ。スポーツは記録ではっきり優劣がつくから、それだけでもすむんだろうな。

 我々、日本的なところで生きているから、努力は美徳、ストイックに道を追求する、と考えているけど、その努力がいろんな意味で仇になる、というか、間違えた方向に固まる例もあるし、慢心の原因になる例もあるし、また努力よりもそれ以外の要素や魅力が優先する例もあるし.......いろいろな例を見ていると、なんなんだか、よくわからなくなることが多い。
 
 我々は、お客さまの好き嫌いとか価値観によって、全然評価が違ってくるから、スタート地点に立てたところから先が長い長い道のりになる。スタートまで行くのも大変なのに......人前に出てなにかをする人にとっては、才能にしても魅力にしても、その人が持っているものが大きな要素になるから、もともと持っているものや後天的に身につけたものがその後から重なって重なって出てくるのだと思う。

 だから私は、(私は努力家ではないけど)自分の価値観を信じて、いろいろなものを見聞きし、感じながら、正々堂々としていたい、と思う。
 


死のことその3           
(__)8月 1日
 
 死のことその2に書いた、鎌田實先生の「あきらめない」を引き続き読んだ。先生の目ざす医療のつづき。

 病気をみて人を診ない診療がふえてしまったのではないか、と考えて、その人をなるべく人としてみて、診療したい、と。あるホテルの経営者が、まるごとの自分をみてもらいたい、と言ったそうだ。その人には、ホスピタリティ、おもてなしの心も教えてもらったそうだ。ホスピタルはホスピタリティと語源が同じで、本来はそうあるべきなのだろう、と。

 さらに、「おもてなしの裏側に、隠し味として、五感を刺激して、内なる治癒力を増強させる戦略をもちたいと思ってきた」と。
 
 私は、TDRでこんなに気分が良くなるのは、始終心地よい音楽が流れているせいもあろうし、もしかして音楽になにか計算があったりして、とさえ思うのだけれど、鎌田先生のお考えの基本は、やっぱり、TDRの精神に共通するものがあるんだよなぁ。
 


人生のこと         
(--)(__)7月 8日
 
 仕事で最近お知り合いになった方で、76才の方のお言葉。
 ○人というのは、自分がそんなに年取っているとは思えないもので、それはいくつになっても、そういう連続だ。
 ○今、忙しいけど、ひまになったらこれをやろう、と思っても、できるものではない、忙しい時しか、ものはできるものではない。
 ○文化というのは、無駄の中からしか生まれないもので、縁側と一緒、こういう無駄がなければ、なにごとも味気ないものになる。
 深い。
 

死のことその2          
( ・・)7月 7日
 
 以前TVで、瀬戸内寂聴さんと対談をしていらした、鎌田實先生というお医者さんの本を読んだ。「がんばらない」これは、知的ハンディを持つ患者さんの書いた言葉だそうだ。「生きている」「ありがとう」「ぼくのたましい」......そんな書や、絵などの作品が、この病院にはかかげてあるそうだ。
 人は、つながりの中で生きている、人と人のつながりの中で生活をいとなみ、人と自然のつながりの中で命は生かされ、体と心のつながりの中で生命を育んでいる。そのつながりが断ち切られている時代に思われる、そして、医療は、技術をもって体をなおすことだけでなく、心のケアをすること、インフォームドコンセントをこえて、インフォームドチョイス、自分で本当のことを知り、死に方、生き方、を、選べることが大事、そのための役に立つことを目ざす、という。
 人はいつか死ぬ。それを認め、どう生きるか、考える。不治の病を持った人にはこのことが切実な問題になるが、人は基本的に誰でもそうなんだと思う。

 この本を読んでいてたびたび胸にせまってくる感動を覚えたが、なにかに似ている、と思ったら、TDRに関するエピソードを読んだ時の感動だった。TDRは命に関わることではないけれど、精神面においては、どれだけの人を救っているか、と思う。本当に人のためを考えることの大切さ、感謝することの美しさ、人が思いあうことのすばらしさ、あたたかさ...........
 たぶん、TVを通して、鎌田先生がとてもすてきな方だなぁ、と思えたのは、こういう日頃の気持ちが自然に身に備わって、伝わって来るからだろう。

 私のようなとるに足らない人間でも、生まれて育って衰えて死んでいくまでの間、どんな役割が果たせるだろうか。人間にとって大切なこと、すばらしいこと、あたたかいことを、自分自身が精一杯感じて、義太夫というすごい芸能を通じて、少しでも伝えられるようにすること、なのかもしれない.........
 


死のことその1         
(; :)6月 3日
 
 大好きだった、文楽の伊達師匠が亡くなってしまった。ちょうど1年前にごちそうになったばかりだったのに......全然やせてもいらっしゃらなかったし、人としては、お幸せな亡くなり方なのかもしれないが、芸を持った人というのは、悔やんでも悔やみきれないところがある。
 そしてお通夜の翌日、教えている子の結婚式で、おなかにはもう赤ちゃんが。
 その翌々日、○十年ぶりに、大学の同窓生でシャンソン歌手になっている人のコンサートへ。お世話になったシャンソンの作詞家の方が亡くなった話をはじめ、テロのこと、お母さまを亡くした話、など、人の死の話がずいぶん出て、最後に、このところのニュースには、親が子を、子が親を殺す、同じ建物の人が隣人を殺す、など、イヤなことが多いけれど、自分は自分なりに、人のやさしさとか、なにか大切なことを伝えていきたい、というようなことでしめくくった。彼女の歩んで来た道をも思って、つくづく来て良かった、と思った。同行の同窓生もそれぞれの人生を歩んでいる。伊達師匠が亡くなった日も、高校の同級生と数年ぶりに会っていた。そのうちの1人はそれこそ○十年ぶりの再会だった。皆、会えば当時に戻って違和感なく話しているが、それぞれの世界で、それぞれの人生を歩んでいる。
 当たり前のことなのだが、人はいつか死ぬわけで、死に向って歩んでいく。死に方も死ぬ時期も自分で選ぶことはできないが、確実にそこへ向って進んでいくしかない。私の年になれば、確実に、過去の方が長いわけだ。それぞれの人生を思い、一瞬一瞬が大切、と実感する5月末でした。
 

愛と夢のことその28        
(: :)4月 1日
 
 TDLはこの4/15にめでたく25周年を迎え、昼のレギュラーのパレードが新しくなる。
 ついこの前のお正月、TDLとしたことが、昼のパレードに事故を起こして、安全点検のため数日パレードを休み、その後、安全確認できたフロートのみで短いながらパレードを再開していた。そして、見るたびに、安全確認のとれたらしいフロートがふえたりしていたのだが、ついこの前、3月になって久々に見たら、またフロートが加わっていた。もう1ヶ月もしないで、4/7まででパレードは終了して、15日から新しいパレードになるというのに.......普通だったら、もう現状でいくか、ということになるだろうに.....
 ここが、TDRのすごいところだなぁ......と、しみじみ思いつつ、5年親しんできたパレードがまた終わってしまうのか....とちょっと感傷的になる私でした。
 

愛と夢のことその27   
_(__)_3月 1日
 
 TDSでレジに並んだ時のこと。
 お父さんが先に並んでいて、小さいお嬢ちゃんが品物を選んでいたらしく、お父さんの順番になってもまだ選びきれていなくて、早くしなさい、とうながされつつ1つ品物を持って来た。私はそのお父さんの後ろに並んでいたのだが、よそ見して他の品物やディスプレイを入念にチェックしていた。するとレジのお姉さんが、「ずっと待っていらっしゃるお客様がいらっしゃるので、もう1度並びなおしていただけますか?」と感じ良く言った。それで私の番になったもので、ん?!今のセリフは?と考えつつお嬢ちゃんを見ると、さっきからアクセサリーのところにいたので、たぶんほしいものがもう1つみつかったものとみえる。それできっと、1つの品物の精算をすませてしまったのに、追加で買おうとしたのだろう。お姉さんは、お嬢ちゃんに向って、今精算をすませた品物を、やさしく声をかけながら渡していた。
 もっとちゃんと見ていたら、私はきっと、いいですよ、どうぞお先に、かなんか、親切に言うところだったんだけど.....でも、すごく筋の通った対応だと思う。「今どきの若者」であろうこのお姉さんのキャストさんを、ちゃんと教育しているTDR!頭が下がります。
 

料理のこと           
(--”1月24日
 
 めったに料理をしない私だが、年末年始は家にいるので、少し料理をする。それで思うのは、例えばなにかをいためていて、塩を入れたとたんに、いためている食材の香がぱ、と立つ、とか、そういうことが、いろんな局面で現われる。食材の持ち味を生かす、ということ、これが私たち三味線弾きの役目なのではないか、と。いい塩でも、食材を生かせなければ意味がない、食材が良くても、塩で食材を殺してしまうこともある。
 
 ..........ていうか、今書いてるのが、半年近くぶりなんだな、と下の日付けを見てびっくりしてしまった.........
 

思いやりのこと   
(--”9月30日
 
 この頃、ゴロゴロのついたかばんを、旅行ではない時でも持つのがはやっている。先輩で、だいぶ昔から、三味線などが重いから、キャスターにくくって持ち歩くことはあって、そのうちにできた、ゴロゴロがついたかばんは便利なので我々の中でも持つ人は多い。私はまだ持ったことがないが....そうこうしているうちに、はやりで、さほど必要のなさそうな若者までもっぱらゴロゴロを持って歩くようになった。わきまえている人はいいのだが、このかばん、後ろに引いていたりすると自分の視界から消えているから、思いがけなく迷惑をかけていることが多い。人々の歩行をさえぎる、というか.....
 そういうのを見てもつくづく思うのは、自分のことばかり考えていてはいけないな、ということだ。自分でも荷物が多いことが多いので、そういう時には逆に、人によけてほしいな、と勝手に思ったりするものだ。事情はどうあれ、迷惑かけてるんだよな...反省反省。まず、人を思いやること。
 

芸のことその27         
(--)8月21日
 
 今月11日、文楽のK緑さんのおかげで、歌手のUさんと共演させていただいた。無謀にも(K緑さんのアイディア?)三味線のみでUさんが歌う。そこに人形がほぼ即興でからむ、というもので、しかも、前日はじめて会ってあわせて、当日はリハなし。MDのやりとりだけが手がかり、というものだった。私たちは普段、舞台1回だけのために、何度も稽古をしてやっと出ているから、それだけで私は不安だらけ。
 でも、舞台の上でK緑さんとの対談でUさんが「とっても楽しいですぅ!」と言ってくれた時に、私は、自分の発想と全く違うことにびっくりしたと同時に、私もそういう姿勢を爪の垢ほどでも見習わねばならない、と思った。不安、とかガチガチな頭があまりに前面に出た人を、お客様は見たくないだろう。ある程度、自分の表現を楽しんでいる人、そうでなければ......

 そのコーナーはアンコールの三番叟で〆になったが、Uさんが私の弾くメリヤスにあわせて時々、からみの歌を入れる。人形は三番叟を踊っている。その会では三番叟が恒例になっているのでお客さんが待ち望んでいて、終わり方などもなぁんとなく、ノリで決めていく感じ。その時、私はいすにすわって弾いていたのだが、いつも弾いているメリヤスなのに、なぜかリズムを取りたくなり、ニコニコして弾いていたらしく、スタッフさんが「すごくステキな表情で弾いていた」と言ってくれ、普段、我々の三味線は、あまり表情を動かさず、一点を見つめて弾いていて「それも素敵だけど、また、こういうのもいいな、と思いました」と言ってくれた。

 この頃、フと気がつくと、年下の人々が中心になって動いている現場にお手伝いにうかがうような状況がふえているのだが、そういうところに声をかけてもらえるためには、ある意味、頭の柔らかさを日頃から身につけておかねばならないな、と思う。そして、自分の追求している核のものがあって、それが自然に出た時、はじめてこういう状況を楽しめるのだろうし、ケレンでも、人の気をひこう、というのでもなんでもなく、本当のコラボができるのだろう、と思う。
 


女性のこと          
(^^)8月21日
 
 うちと渋谷を結ぶバスに、この頃女性ドライバーが時々いる。男性ドライバーでも、一方的にではあるが、顔を覚えてる人がいるものだが、なぜかこの女性(正確に言うとこの頃2人いるのだが)に会うと、乗って料金を払ってから「こんにちわ」と言いたくなる。男性だとそんなことないのに.....不思議ね。
 

ゲームのこと    
(`-´)8月8日
 
 最近、ゲーム機のポータブル版がはやって、電車の中でもやっている人がふえている。私も家ではやっているし、たまたま携帯していた時に、電車でやったこともある。
 が、最近は、TDRにそれを持ち込んでやっている人がいて、待ち時間にちょっと、というのはまだしも、子供など、本来TDRを満喫して遊ぶべき状況の中でもやっていたりする。なにごとだっ!そんなもんやってんなら、家にいろ!!!
 

傲慢のことその2  
(´.`)7月1日
 
 下のその1に書いたように、「芸能界」とは肌があわない私、続きを書くと、だいたい、スターとか主役の人を、まわりが、まるではれものにさわるように扱いすぎている場合が多いのではないかと思う。本人はもしかして、やりたいのかもしれないのに、そこまでさせては大変だから、とさせないように、本人不在で決めてしまう、とか....ある舞台でも、舞台監督が気の毒なくらい気を使って迎合するような態度だったり........本当にいいものを作ろうとしている人たち同志だったら、なにを機嫌をとる必要があるだろうか。とことんまで話し合って作っていけばいいんじゃないんだろうか。いつか書いたことがあるが、些末なことまできちんと作られているものは、面白くなる。些末なところまでとことん、作りこまなければ、いいもの、て、できないんじゃないのかなぁ。
 そうでなくても売れる世の中だから、仕方ないんだろうか。
 

傲慢のことその1         
(´.`)5月12日
 
 我々の世界は、芸の世界の中でもごくごくマイナーで地味なもので、芸の世界の一流の方を見ても、おぉ、と思うのに、ましてや、「芸能界」、みたいなものをかいまみると、驚くことが多い。
 
 だいたい、皆忙しい、というのを理由にスケジュールがギリギリまで決まらない、ということが多すぎる。そういうの、て、どうなのかな、と思う。優先順位をはっきりさせていない、わけか....??
 私のような外部の人間が、たとえばTVドラマの制作に関わる場合、個人個人にはそういうことは全くないのに、世界自体が、「やらせてやってる」というムード。「協力していただいている」では、ないのだ。個人個人は「協力していただいている」的な人が多いのに、どうしてそういうムードになるのかなぁ.........
 どこかで読んだ話に、普通の街かどでロケをする時に、普通に歩いている人たちを通行止めしたりさえぎって大きな機材を置いたりして撮影しているのにも関わらず、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、は一言もなく、立ち止まるな、どけ、的な態度で整理している、というのがあった。まさに「いい気」なもんだ。
 だから、外部の、私のような「有名じゃない人」は、そこらへんのスケジュールを皆あけて待っているのが当たり前、的な.....「有名な人」のスケジュール待ち、みたいな......芸能界の仕組みでおかしいのは、「有名な人」不在でそういうことが進んでいる、ということだ。

 なんかそういうの、て、気持ちが通じ難いのではないのかな、と思う。それでいいものができるのだろうか、と。

 先日TVで、今流行のスピリチュアル、なものを批判する番組があって、いわゆるスピリチュアルな仕事をしている人が複数スタジオにいて、批判的な芸能人も複数いて、議論をしていた。とかく、人の話にかぶせてどなりあって、不愉快なムードになるのだが、それが頂点かと思われる時に、歌手のM良さんが、「ちょっと、まず人の話を聞きましょう。」と発言。自分はスピリチュアルなことを信じていて、それは、信じることによって、自分が謙虚に生きる、ということができるからだ、と言った。今まで喧嘩のように怒鳴りあっていた人々が、いっぺんに黙りこんでしまった。おそらく、怒鳴りあっていた人々は恥ずかしかったろう。謙虚、て、日本人のとても美しい価値観だと思うけどなぁ.........
   


愛と夢のことその26          
ヽ(´・`)ノ2月2日
 
 最近、ほんのちょっとだけ、TDRで感じる不満。
1、ショップで、「スペシャルプライス」とうたって、いわゆるバーゲンセールをしていること。小さい棚ひとつくらいではあるけど、堂々とそういう棚があると、夢と魔法の王国には、どうも似合わない。
2、ショップのレジで「右側に列をお作り下さい」というところと「左側に列をお作り下さい」というところとマチマチであること。気を利かせたつもりで並んでいると逆だったりして、こちらへ、と言われたり、他の人が先に買っていってしまったり.........なにか厳密な基準があるなら、それを示すべきだし、統一できるならするとか......してほしいものだ。
3、TDS5周年のショーで、いわゆる「人間」の出演者に、個性をもたせているショーがあって、これもどうもしっくり来ない。TDRでは、ミッキーたちキャラクターがスターであり、どんな有名人がゲストに来ても、ミッキーたちにはかなわないのである。例えば、歌舞伎で「黒衣は、見えない」という約束、と言ったら、たとえ丸見えで、どの役者さんかも楽しんでいたとしても、我々は、見えないことにするのがきまりなのである。それと同じく、キャラクターの中にはもちろん人が入っているし、だからこそ、あんな大きなねずみがいるわけなくても、ねずみよりあひるが小さかったり、あひるよりりすが大きかったり、堂々としていても、いいのである。今までTDRのショーでは、キャラクターを浮き立たせるため、人間のダンサーさんは、なるべく無個性に、みんな同じように見える統一されたかつらやメイクで出ているではないか。
 どうもしっくりこない......
  

2007年年頭の決心         
<(_ _)>1月1日
 
 全くおはずかしいかぎり。2006年年頭の決心、とかいって、早寝とかパソコンの時間を減らす、とか、シャワーだけにしない、とか、片付けること、とか.........誓ったのに.......4月に京都のホテル暮らしをしていた頃を境に、もろくもくずれさった。大晦日まであわてて部屋の片付け。あちらのものをこちらへ、どこかへ押し込んで、みたいな......あぁぁぁ、こんなことではいけない!今年は、がんばろう......
  

芸のことその26    
(--)v12月10日
 
 見えないところにこる、シリーズ。今朝TVで、藤沢周平の下級武士のシリーズの映画を撮っている山田洋次監督が出ていて、衣装とか小道具とか、スタッフが凝って凝って作ってくれて、だからそれを映そうか、という時もあるけれど、だからといって、全くそれが映らないことも多いのだという。それでも、そういうところに凝っていないと、いいものは作れない、と。
 でしょうでしょう。
  

30年間の人生のこと        
(;-)12月 10日
 
 ここのところ、今流行りのmixiに日記を書きはじめてしまって、あっちこっちになってしまうのだが、総括して書いておこうかと思う。
 ここのところ、高校の同窓会に30年ぶりに出てそれぞれの人生に思いをはせたところだったが、その周辺の頃に好きだったバンドのメンバーのライブに行った。彼らが30年、同じ道を貫いて、変わらず、そして、成長し続けてきた姿を見て、自分もがんばろう、と思った。
 そうしたら、偶然だが、つま恋でかぐや姫や吉田拓郎がライブをやったのをTVでやっていて、これも31年ぶりだった。それぞれの人生がカッコイイ、と思ったことだった。
 そしてまた、その頃住んでいたところへ行ってみたら、団地全体が取り壊されていた。時代だぁ......

 その他、今書いていることは、好きなもの。連続TVドラマ「芋たこなんきん」、今市子先生の「百鬼夜行抄」、川浦良枝さんの「しばわんこ和のこころ」他。
  


自己満足のこと     
(--)(__)11月 1日
 
 10/31はハロウィンで、TDLではここ数年、大々的にイベントを繰り広げている。
 はじめは、1日だけ行われるパレードに、仮装して参加できる、というので、申し込み制だったが、ここのところは、ハロウィン当日と、1ヶ月以上のイベント期間中、他に1日くらい、誰でも、大人が仮装して入場できる、という日を設けている。去年一昨年あたりから、かなり多くの人が仮装していて、トイレなどで着替えるのはたしか禁止だから、この人たちはどこでこんなかっこうをしてくるのだ?!?!というほど、なんというのか、よそでは通用しないすごさだったり、奇抜、過激、な仮装の人がふえている。
 例えば、昨日見た中ですごかったのは、普通は、キャラクターそのものや、どこかのショーの衣装を作って着ていて、それはそれは見事な人もたくさんいて、見ていて楽しいのだが、その人たちは、2人の男の人で、「カーズ」という、最近のディズニーの、車の映画の、車のキャラクターを、はりぼてでこしらえて、首のところにしょっている。なんていうのか、頭から車に、なっているのだ。2台。
 だが、わからないのが、私は、仮装、という感覚が全く欠如しているので、そういう心理がわからないから不思議に思うのか、それだけの仮装をしていながら、他の人がジロジロ見ていたりすると、それこそお笑いネタのように「ナニ見てんのよ!」みたいな顔をする人がいることだ。もちろん、仮装している人同志で話したり写真を撮ったり、楽しんでいる人も多いわけで、そういうことが目的ならば、たとえ仮装していないゲストが、あら、すごいわねぇ、かわいいわねぇ、と言って見ていたら、嬉しいんじゃないのかなぁ、と思うのだが、かなりな人が無愛想、迷惑そう、だったりする。この、カーズも、迷惑そう。楽しいのになぁ...イヤならそんなかっこうしなきゃいいのに、と思うのは、やはりわかっていないのだろうか....
 よく、下着か?!と見間違えるような露出度の高い洋服を着ていて、痴漢にあって怒る、という女性がいて、そんな洋服着てたら、襲って下さい、て言ってるようなもんだ、と男性が言うけれど、そういうのと似ているのかも。
  もう1つ、TDR内で、ぬいぐるみに、その時のイベントやショーの衣装を作って着せて抱いて歩いている人がいて、こういう人たちの中にも、「ナニ見てんのよ!」タイプは存在する。
 要するに、「ナニ見てんのよ!」タイプの人は、自己満足なんだな。人が喜んではいけない、というか、関係ないんだろうな、他人は。
 そういうタイプは、ちょっと芸人には向かないかもね。
  

時代のこと        
ヽ(´・`)ノ10月29日
 
 うちの近所のバス停の前がどんどん新しくなっている。私が唯一入院したことのあるA病院が、長い工事の末、有料老人ホームになって完成。はじめて外国へ行った時パスポート写真を撮った写真館と、感じの良くなかった本屋さん、ついに利用したことはなかった洋品屋さんが、まとめてこわされた。またマンションになるのかなぁ。営業は停止してしまった銭湯は、まだ健在。しかし交渉が成立すれば、いずれ建て替えなんだろうなぁ......病院もなるべく行かない主義だし、パスポート写真も2度までスピード写真ですませてしまうし、本はどこかの駅のそばの大きい本屋さんに行くし、全然利用はしないクセに、あったら安心だったのに、と思う。人間、勝手なものだ。そして、こうしてどんどんどんどんどんどん、時代は、変わって行くのだ。
  

芸のことその25     
(^.^)8月1日
 
 以前「見えないところにお金をかけてない会は成功しないんだよ」と、あるお師匠様からうかがった話を書いたが、先日、稽古中、人に説明している時に、同じだなぁ、と思ったことを。
 義太夫は演劇を語るものなので、三味線も、音楽的要素だけでなく、多分に演劇的要素を含んでいて、気象や状況、感情、人物等々を表現するために苦心するところがある。その日も、これを説明するのに、こじつけでもいいから意味をつける、そのつもりになって弾こうとしていると、あるいは、昔はやったサブリミナルー映像の中に人間の視角では認識できないほどの一瞬の映像をはさみこむことによって、人間の潜在意識になにかを埋め込むことができる、というー効果と似たものがあるのかもね、と言いながら、これはまさに、見えないところに凝る、ということだなぁ、と思った。
 TDRでも、隠れミッキー=ミッキーマークやミッキーの横顔の絵が随所に隠されていたり、建物の謂れなどにも物語が作ってあったり、本物のなにかが踏襲されていたり......もしかしたらずっと誰も気づかないかもしれない、見ないかもしれない、そういうところに凝ること、これが深みになって、なにかしらないけど、ゲストに満足を与える。もとは、愛情からくるシャレだったり、遊びではじまったことが、結果、ここがTDRの深みになっていると思う。
 我々にも、これが大切なのではないか。サブリミナルなマジシャンをめざさねば、ね。
  

芸のことその24   
<(_ _)>6月19日


 昨日、A氏の1人芝居を見た。彼はすごい技術を持った役者さんで、外国の本をネタに1時間半以上にわたってまるまる読んで演技する、という1人芝居だった。細かいことは省くが、とにかく感動した。
 そして、昨日のネタが、奇形のサーカス一家の生活、事件、行く末、といったものだったので、最近よく考えている、義太夫とは、ということを連想した。
 つまり、「ありえね〜だろ〜」というシチュエーション、例えば義太夫では、 
「ご主人様のために自分の子供の首を切って差し出す」とか 
「これでもかこれでもかと恋人とすれちがって落ちぶれはてるお姫様」とか 
「夫に見向きもされぬままよその女性と心中され子供を押し付けられて書き置きに来世は夫婦と書かれただけで最高の喜びとする新妻」とか.....
そういう中から生まれる感情の頂点を表現して、聞いている人になにかを与える、ということ。これは、ただただストーリーを追っていると、ついにはバカバカしくなるようなものかもしれない。それなのに、芸として聞いたら、なぜか納得できる.....いつか、我々は、マジシャンでもあらねばならない、ということを書いたことがあるが、まさにこれは、義太夫というもの自体のマジックで、日常あり得ないようなものを提示されて、しかしその感情の吐露というのは、自分たちにも覚えのあるものである、というところにある一種のカタルシスがある、というのか......そしてこれは、お茶の間でTVを見ているような状況だと生まれ難いものである、ということも感じた。自らの想像力も必要、集中力も必要、感性も必要。
 舞台芸のすばらしさ、というのは、こういうところにあるのかなぁ、と思った一夜だった。
  


愛と夢のことその25       
\(^○^)/6月19日


 今、女子高生に人気No,1のディズニーのキャラクターは、スティッチだろう。多くの女子高生がかばんにスティッチのストラップや人形をつけている。そのスティッチのイベントが今、TDLで行われている。それまでは、とくに好き、というほどでもなかったが、なんだかかわいくて、アニメのDVDを見たらまたかわいくて、ちょっと今こっている。
 このイベントがはじまった頃、TDL入口の花壇が、通常ミッキー型なのが、スティッチ型になる、という、かわいいしかけがみんなを喜ばせていて、私もこうして喜んで写真を撮ったわけだが、これが1ヶ月ほどたった頃、

こんな風に変わった。  これは、植えてあった花が咲いたのか、植えかえたのか、わからないが、おわかりだろうか、青いペンキ缶が手前にずっと置いてあって、これは、スティッチの肌色で、右側には口や舌のあたりの黄色や赤のペンキ缶が置いてある。
 私たちリピーターが、「パーク中を落書きだらけにして姿をくらましているスティッチをさがそう」というイベントからいって、スティッチがまた色を塗ったな!!??と、嬉しくなる瞬間なのだ。花壇の手前にはちゃんと青い足跡がついていたりして........
 愛にあふれた魔法なのです! 
  


オークションのことその2       
(--)(__)5月 2日


 しつこくリズムオブワールドのこと。オークションで手に入れたかなりの数のDVDを見ていて面白いなぁ、と思うのは、カメラの目というのは、人間の目と違うんだなぁ、ということだ。リズムオブワールドは、ステージの前に十字型に花道があって、それらを全部使ってやるショーだったので、ライブで見ている時も見落とす部分がたくさんできるショーだったのだが、映像はこの感触が強くなる。それはなぜかといえば、きっと人間には五感があるから、それが働いていて、見えていないけど感じ取っている部分があるのだろうと思う。自分がさんざんライブで見て感じ取って感動したショーなので、映像を見てもそれを思い出すことができるし、カメラを動かさないようにして撮影してくれた人たちの苦労のおかげで楽しめることを本当に感謝するばかりだが、ライブを見ていない人にこれだけ見せて、どこまでわかってもらえるのかなぁ、と感じる。
 同じことが、なににでも言えるのだろう。我々が新しい曲を習う時、現代ではもう間に合わないこともあって、まずテープを見本として覚えていくが、よく「テープはなにも教えてくれへんよ。」と言われるように、お師匠様と対面して『なにか』を伝えてもらないことには、芸の修得というのはできない。この『なにか』が1番大切なのだと思う。『なにか』がなんなのか、きっと口では言い表せないものだから、すごい『なにか』なんだろうなぁ、と思う。
 


オークションのことその1      
(’’;)4月19日


 再びリズムオブワールドのこと。この4/4にファイナルが終わってしまい、ガックリしている私は、インターネットの書き込みを読んで、ヤフーオークションにさまざまに素人が撮ったDVDが商品として出ていることを知り、はじめてオークションをやってみた。友人が恒常的にオークションをやっているのは聞いていたが、なるほど、これはけっこうはまる。はじめは慣れなくて訳がわからないまま終了していたが、おかげさまで、かなりの商品を落札。
 ところが、他の書き込みで知ったところでは、DVDは、あくまでゲストが個人で楽しむために撮ったもので、TDR側としてはそれだけしか許していないわけなので、それを販売、ということは違法なのだそうだ。
 たしかにそうかもしれない。中には、商売のようになっている人もいるだろうし、悪質な人もいるのかもしれない。が、自分でやってみた中で、ディズニーが大好きでたまらなくて、自分で撮ったきれいな映像を分けてあげたい、という考えの人に当たって、とても心あたたまる経験をしたので、こういうのは難しいところだなぁ、と思う。
 たとえば、撮ったものを友達どおしで交換したりすることはあるだろう。私は自分でビデオ機器を持ったことがなくて、そういう友人もいないので、今回ばかりは切実に、探したくなって、友人ではないけれど、映像を分けてくれる人にめぐりあった、という感じなのだ。たとえ友人でも、分けてもらったら実費なりお礼なり、なにがしかのものをするだろうから、オークションで払っているお金も、その程度の手数料という感じ。1人の方は、値段も安いばかりでなく、入金前に品物を送って下さった。
 要はそういう人か悪質な人かどうかをかぎわける?ことが大事なのだろうと思う。違法は違法かもしれないけど、中には、愛情あふれる体験もある、ということ..........なんだか新しい世界をかいまみてしまった。
 


愛と夢のことその24       
\(^○^)/2月 8日


 今月の表紙にも書いたが、今、TDSでは、私がここ7〜8年通った中で、おそらく1番好きなイベント、リズムオブワールドをやっている。しかも、今年が3年目で、ファイナル。いつもながら、TDRの潔さをひしひしと感じる。ファイナルのこともあり、グッズは買いまくる、足しげく通う、という日々を送る私。
 先日、稽古と観劇の間の時間に、このショーだけを見るためにTDSへ。
 このショー、3年間、同じではなくて、改良を重ねて今年にいたっているが、今年は、はじめと終わりの曲が変わってしまい、去年までのここの部分の曲が大好きだった私はちょっとがっかり、でも、今年の曲もいいな、という気持ち。
 話戻ってこの日のこと、すいていたので、はじめに入場が終わった時点でもまだ空席があり、私はけっこう遅めに行ってすわろうとしたら、キャストさんが「お1人ですか?お1人だったらまだ前の方にあいているお席ありますよ」と案内してくれる。はじめに席を取る時点でも、あちらの方にまだ空席が多い、とか、全体を見るにはこちら、近くを見るならあちら、などというアナウンスをキャストさんがていねいにしてくれていて、どうすればいいかわかりやすいところへ持って来て、これはとても気分いい。そしてたまたま案内された席にすわろうとしたら、となりの人が、ここは人がいるんです、というのでちょっと私が困ったところで、このキャストさんは、ちゃんと私がすわるところまでを遠くから見ていてくれて、すぐ近寄ってきてくれ、そのすぐそばの席に案内してくれた。行き届いている!
 そしてショーが興奮のうちに終わり、お客さんが退場する時、私が大好きだった、去年までの曲が流れる。うわぁ、懐かしい!!その曲をバックにキャストさんが「お寒い中、最後までご鑑賞、ありがとうございました!」とお見送りしている。これはいつかも書いたけど、こんなすばらしいものを、ただで見せてくれて体験させてくれて、こちらがありがとうなのに!心から頭が下がる。ありがとう!
 


2006年年頭の決心      
(゚-゚)b2月 2日


 ここ1年あまり、アトピーがひどかったせいもあるのだが、今年からちょっと生活を改めよう、と決心。
1 なるべく早寝をする。
2 パソコンの時間をなるべく減らす。
3 お風呂に、お湯を入れて入る。
4 マメに片付ける。

1 通っている鍼の先生にもずっと言われていたし、わかってはいたのだが、私は夜型で、2時3時まで起きていることが多かった。人間は12時1分でも前に寝ないと、疲れが取れないそうで、こっている江原啓之さんの本を読んでいたら、スピリチュアル的見地でも、2時頃に熟睡している状態を作っていないと、魂のリフレッシュができないのだという。なので、12時前になるべく寝るように心がけている。
2 夜遅くなる理由の1つに、パソコンの前にいすぎる、ということがあったので、時間を減らして潔くシステム終了してみると、他のことをする時間ができて、心にも余裕ができるようだ。
3 今まで、自宅でお風呂に入る時は、ほとんどシャワーだけだったが、これも江原さんによると、できれば「洗って入って」を何度か繰り返すなどして、充分に全身の毛穴を開くと、体の汚れも心の汚れも出ていくのだという。長湯のできないタチなので、せいぜい2度しか入りなおせないが、今年はシャワーだけ、という日はまだない!
4 毎年年末には、自分の部屋の汚さにうんざりしていて、なんとか片付けてお正月にのぞむのだが、昨年はかなり早くから片付けなければ、という態勢に入っていて、結果、もう長年住んでいる家なので、すっきりした家にはなりようがないのだが、あるものを把握して、自分なりにすっきりした空間を作った。自分の部屋以外も、一人っ子の私は、自分の荷物だらけにしているので、なるべくこれを片付ける。ま、限界はあるんだけど......結果、自宅の部屋でも稽古ができるようになり、三味線を一挺、自宅に連れ帰った。

 年頭の決心、どこまで実行できるか....まだ2月、がんばるぞ!
 


やさしいオーラのこと     
(^-^)12月 1日


 先日、中学のクラブの同窓会があった。同期と先生は、幹事がしっかりしているので、わりに会っているのだが、学年を越えた集まりだったので、○十年ぶりにお目にかかる先輩がいらした。
 私は中学時代、運動オンチのくせにバスケットボールクラブなどに入っていて、ほとんど幽霊部員であったので、はじめの頃はわりに部活にも出ていて先輩と接触はしているものの、とにかく先輩のことも、あった事柄のことも、全く記憶がない。そこへもってきて○十年ぶりだから、誰が誰やら。我々の中学時代は、あまりイヤな思い出というのもなく、楽しかったしあたたかかったし意地悪もなかったので、皆さんに対して悪い印象はないのだが、不思議にやさしいオーラを出していて下さった先輩は、対面すると、あ!と思い出す、具体的になにも思い出さないのだがやさいいオーラを思い出す、ということに、びっくりした。
 私、今少し、江原啓之さんがステキだなぁ、と思っているのだが、自分がやさしくある人は、きっと他人にもやさしいオーラを出しているのだろうし、そのオーラは、他人をとても癒しているのだろうと思う。だから○十年ぶりになにも記憶がないところから、よみがえるものがあるのだろう。
 やさしく、ありたい。
 


愛と夢のことその23 後日談      
ъ( ゜ー^)12月 1日


 またもや仕事のついでに行ったUSJ。下記のところはまだ工事中だったし、他のところも工事をしていたが、クレーンに現実的な名前はなくなっていた!下記のクレーンにはなにか被ってあるような青いものが見えたので、隠してあるのかも。やっぱりそういう意見、多かったんでしょう。かこいにも、まぁ、 ディズニーのようなわけにはいかないが、近日どんなものができる!みたいな絵が描いてあった。
 んーー、やるじゃんUSJ!!!!!!!!!
 


愛と夢のことその23 
p(>_<)q11月 1日


 先日またUSJへ行った時のこと。
 その前、夏に行った時もたしかそこは工事中だったのだが、気づかなくて、今回ギョエ、と思ったのは、柵の中からそびえたっているクレーンに、○○工業、という文字。一気にさめるんだよなぁぁ。
 TDRでも、やむをえず、工事中にはクレーンが見えていることもあるが、決して、現実的な会社名は、見えないようになっている。それどころか、柵にはいろいろに工夫されたはり紙が貼ってあるようなディスプレイになっていたり、ミッキーがペンキを塗っている絵にコメントが添えてあったり、ミッキーが作業中でスパナかなんかを持ちながらこちらを振り向いて汗をふいている絵で囲ってあったり、植栽の人々は緑色のコスチュームを着ているとか.....奥が深いのだけれど.......
 なにか工夫を加えるのはもちろんのこと、きっと、そういった現実的な文字を消すだけにでも、莫大なお金がかかるのだろう、と、同行のIちゃんも言っていたけれど、なんか簡単な布で巻いておくとか.......なんとか......と思うのは、無理な注文なのかなぁ......
 今年も、2回分で年間パスポート、というのが出るので、更新しようとは思っているのだけど....がんばれ、USJ!!!!!!!!!!!
 


読者のねたその22
(゚○゚;)11月 1日
 T田さんからのメール。
 携帯は深い。スケジュール、というものがあるんだそうだ!いつ何時に予定を入れていると、電源を切っていても、無理矢理起きて、アラームを鳴らす!なんていう、すごい機能があるらしい。
 なぁるほどぉぉぉぉぉ。
 

携帯のことその2 
(?O?)10月21日


 Tバスのアナウンスでは「携帯電話は、マナーモードに設定の上、通話はご遠慮下さい」と言っているようだけど。「優先席の近くでは、電源をお切り下さい」だと思うけど.....
 


携帯のことその1
(?O?)10月18日


 前に書いたっけな、と思うほどのボケぶりの今日この頃だが、K能楽堂で思ったこと。他の劇場でもそういうアナウンスあるような気がするのだが「携帯電話は、マナーモードに設定の上、電源をお切り下さい。」と言うんだけど.....私、携帯とか機械に弱いし、使いこなせないから、わからないんだけど、これは、あってるの?電源切るなら、マナーモードには、してもしなくても、自由なんじゃないの?!
 


愛と夢のことその22     
(☆。☆)!!9月19日


 イタリアに文化交流で行ってしまった、講談の神田山陽先生。数年前に初めて聞いた彼の新作「鼠小僧とサンタクロース」がCDになった。山陽先生自体大好きなのだが、この作品はことに好きで、NHKで出した「にほんごであそぼ」のCDにおまけで入っていた時も買ったくらいだ。
 で、今回のCDには「はじめに」という、先生自身の、この話を作るきっかけのエピソードが入っていて、それによると、ある女の子が、サンタクロースは本当にいるのか、という質問を新聞社に送った。その答えは、その新聞の社説の形で出された。そこには「大切な質問を我が社にしていただいてありがとう」というお礼の後に「世の中には、例えば、愛とか夢とか希望とか勇気とか、そういった目に見えないものがある、だから、サンタクロースはいるんですよ」というものだった。

 これで思い出すのは、やはり私の場合、ミッキーマウスだ!!
 ミッキーさんは、本当にいるのか、はたまた、何人いるのか、などという質問を受けると、TDRではこう答えるそうだ。「ミッキーマウスは、皆さんの心に1人ずつ、いるんですよ!」
 TDRにおけるミッキーは、目には見えているけれど、そういった目に見えないすばらしいものの、象徴なのだ!
 


TDR 負け、のこと     
(´。`)9月 6日
 
 ここ数年TDRではテロ対策として、入場の際手荷物検査をしている。(USJは形だけやっていたのにいつの間にかやらなくなってしまったが...)
 私がわりにTDRに持って行く率の高いリュックがあって、ヒモについている留め金をジュル〜〜、と引っ張って口をあけたりしめたりするので、けっこう面倒なのだが、これをあけて見せた後、口をしめるのに、検査の机の上でその作業をすると後に並んでいる人の迷惑になるし、横に机がある時にはそこに置いてその作業をすることもあるが、これもけっこう面倒。その後パスポートも見せなくちゃいけないし、いつもわずらわしいなぁ、と思っていた。

 話変わって、2年ぶりに開かれたというSMAPのライブ。今年は国立競技場、ということで、この2年の間にSMAP好きな友達がふえた私、他力本願でチケットゲット。いさんで見に行った。そこでやはり同じように手荷物検査があったのだが、とても感じのいい女の方が見ていて「おそれいります、ありがとうございます」と言いながら、中を見てからナント、その口をしめてくれた。これはありがたかった。そのままリュックをス、とかついで入場できたから!!

 SMAPのファンには、我々やそれ以上の年配の女性も多く、彼らお互いのホノボノした雰囲気もあり、なんとなくあたたかさの満ちたライブなのだけど、そういうのが、こんなところにも表れるのかな、と思うできごとだった。
 まぁ、TDR側としては、ゲストの荷物だから、なるべく触れないようにして検査をする、ということなのだと思うが、どうせ検査なんだから、SMAPくらい親切にしてくれると、助かるんだがなぁ。
  


愛と夢のことその21          
<(_ _)>8月31日
  
 もう1週間ほど前になるが、台風前夜、雷の鳴った日があった。都内はさほどでもなかったらしいが、ちょうどTDLに行っていた私は、3時のパレードの途中で急に降って来た雨にあい、5時のイベントの抽選に奇跡的に当たったのに雨で直前の中止にあい、その後強く降って来た雨に、もう帰ろうか、と入口近くまで来たところで、激しい雷雨にあった。
 なるべく屋根を伝いながら、ちょうど、ミクロアドベンチャー、という劇場型アトラクションのところまで来た時、キャストが「ただいま、TDRの上空に雷雲が発生したため、落雷の恐れがあります。恐れ入りますが、安全が確認できますまで、屋根の下から出ないように、お願い致します。」とアナウンス。結局1時間半ほどそこで足留めをくうことになったのだが、その間のキャストの対応には、感動を覚えた。
 我々は、一応並んでアトラクションにも乗ったのだが、その後アトラクションは休止して、入口のプレショーを行うスペースを解放し、足留めの人々を入れた。外の屋根の下では、たえずキャストがアナウンスをしていて、屋根と外との境の部分には、カッパを着た数人のキャストが並んで、半ば濡れながら立っている。建物の中でもキャストが数人対応。時々アナウンスもしながら、子供にシールをあげたり、質問に答えてずっと話をしたり、気を配っている。
 雨が少し小降りになると、必ず言うことをきかずに外へ飛び出す人がいるが、向いの建物に走った人がいると、向いにいるキャストは、体を外へ出しながら誘導。もっと長い距離を飛び出している人のために、完全に外で誘導するキャストもいる。自分にも危険が及ぼうというのに、ゲストのために誘導している。
 そして注意報が解除になった時、我々は建物の中にいたが、連絡が入ったのを聞いてアナウンスする役のキャストは、本当に「良かった!」という表情でアナウンスしに行く。外では、キャストたちがアナウンス。そして「申し訳ありませんでした。ご協力ありがとうございました!」と何度も言っている。いえいえ、我々ゲストのために、あなた方は体をはって守ってくれたんじゃないですか。
 もちろん、事故があったらTDRの責任になってしまうから当然だ、という考え方もあるだろうが、指令塔との連絡を密にしてキビキビと動いているキャストの態度は、そういうことを越えたものを与えてくれた。
 ありがとう!!
  

愛と夢のことその20     
( ̄^ ̄)7月 3日
  
 これは、下のお店と同じところで起きたことなのだが、かねでできたプリン型のような商品を、ゲストがガチャガチャ、と落としてしまった。するとキャストがすぐかけつけて、まず「大丈夫ですか?お怪我ありませんか!?」と聞いた。さすがだ。
 いつかも書いたような気がするが「厩火事」という落語があって、年上のおかみさんがしょっちゅう夫婦喧嘩をしていて、今日もまた喧嘩をして出て来たんだけど、旦那の気持ちが心配でしょうがない、どうしたらいいだろう、と近所のお世話になっている人に相談すると、旦那の大事にしているお皿をわざと割ってその時、皿の心配をしたら、脈がない、おかみさんの体、怪我を心配したら、脈がある、と知恵をつけられる噺なのだが、まさにこの「脈のある」方だ。
 この噺は、人の気持ちを象徴させた噺だけど、TDRのサービスのあり方も象徴するできごとだったと思う。そういう、気持ちからのサービスを教育されているから、TDR全体に愛があふれるわけだ。麹町のさる(脈のない方の例に使われる)じゃぁ、ダメなのよねぇぇぇ。
  

続:TDRで心洗われたお子さんその19
(^.^)7月 3日
  
 その17で書いたことと似たことをまた見た。
 TDSのあるお店に、ディズニーベア(愛と夢のことその18参照)の最大の大きさの(10万円!)ものが、いすにすわっている。このベアが最近、首を少し右下に落としてすわっているもので、私は見るたびベアをよっこらしょ、と抱いてまっすぐすわらせて1人喜んでいる。
 このベアのところにはじめ、女の子がいて、遊んでいた。お母さんが写真を撮る、というのに遊んでいて、首は落ちたまま、わりに乱暴に遊んでいるもので、お母さんにも「もっとやさしくしなさい!」などと怒られている。
 さて、我々がお店をひとまわりして戻ってくると、今度は小学校高学年くらいの男の子がベアをなでている。彼は一所懸命ベアの首をなおそうとして、何度も何度も抱き上げるのだが、ちょっと力不足かして、ベアは元通りに首を落としてしかすわってくれない。そして、何度かの後、少〜〜しマシにすわったベアを、今度は彼、おなかあたりの毛並みを一所懸命なでている。どうも、乱れている毛並みをなおしてあげているらしい。するとそのうち、またベアの首が落ちてくる。私もいつもなおしていたりして気になるものだからずっとそばにいたので「なかなかなおらないねぇ。」と言うと、うん、ととってもはにかんでうなづく。
やっぱり男の子の方が、やさしいのかなぁ。
  

続:TDRで心洗われたお子さんその18     
(^-^)6月 2日
  
 TDLの夜のパレードにて。
 後輩のT花ちゃんと並んですわっていたところ、後ろに、少年たちが大好きなバズライトイヤーに出て来るリトルグリーンメンの光るバッチをつけた男の子がお母さんに連れられて立った。同じ年頃の男の子を持つT花ちゃんが気づいて振り向いてニコニコしていたので、その日はガラガラだったし「前あいてるから行ったら?」と言うとお母さんが「あらぁ、良かったね、ほら、いってらっしゃい。」と。ボクは素直に前に靴のまま正座。よく、お母さんと一緒でないと、というお子さんもいるので「お母さんもどうぞ。」と言ったのだけど、お母さんは後ろで立っている。(お婆ちゃんたちもいらしたみたい。)正座しているボクに敷くものを持って来たりして、ボクはそれも素直に敷いてキチ、とすわっている。
 さて、キャラクターにまんべんなく手を振って喜んで見ていたボク、いよいよバズライトイヤーのフロートが来ると、大興奮。振り向いて「お母さん!お母さん!!!!!これ!これぇっっ!!!!!!」と、胸のバッチをさしている。バズではなくて、グリーンメンが嬉しかったらしい。実はこのフロートのグリーンメンは、「本当の」作り物で、絶対ボクが手を振っても反応はしてくれないのだけど、自分の胸でいとおしく光っているグリーンメンと同じものが通ったことは、少年の気持ちにはとてつもない喜びを与えたんだろう。通過した後も、バッチをちょっとなでてみる。
 ディズニーは、絵本のさしえやグッズなどの検閲がきびしい、という話だが、子供の夢をこわさないよう、ていねいに同じものを提供する、すごく大事なことだと思う。
  

続:TDRで心洗われたお子さんその17
(^-^)5月 3日
  
 ショーの待ち時間にて。
 お兄ちゃんがクマのプーさんのラビットのぬいぐるみを買ってもらったらしく、袋の中に入っているのをしきりに気にしている。ついに出してみて、大事そうに抱いてみる。そして、小さいピグレットのぬいぐるみを抱いている小さい妹さんに、ピグレットと遊ばせるかのようにラビットを動かしてみせたら、なんと、女の子は強い、というのかなんというのか....あんまりぬいぐるみの好きな妹さんじゃないらしく、ピグレットでしこたまラビットをたたいてしまった。相当ぬいぐるみ好きとみえるお兄ちゃんは、あまりの妹さんのリアクションにびっくり、しばし呆然とした後、あわててラビットを抱いていると、お父さんが「しまっとくか?」と。お兄ちゃんうなづくと、お父さんは、乱暴に耳の方から袋の合間にねじこもうとする。(んーー、妹さんはこのお父さんの血であろうか!!)お兄ちゃん、あわててラビットを奪うと、ちゃんと足の方から袋にていねいに入れ、袋の中で寝せると、袋の上からラビットをトントン、となでる。これで安心。
 これからきっと、家においてラビットを守るお兄ちゃんの戦いが続くんだろうな!かぁいーな。

 うちの母は、外の人が見るとすでに、かなりな老人なのだが、TDRでも電車でも、だいたい男の子の方がやさしく道をあけてくれたり席を譲ってくれたりするという。男の子はお母さん、というものにやさしいのかもしれないけど、ありがたいような、意外なような、だなぁ。ぬいぐるみにもそうだけど、やっぱり、人にはやさしくしたいもんだよなぁ。
  


愛と夢のことその19             
(´。`)4月19日
  
 恒例のように、今年も京都の都をどりに呼んでいただけたので、これも恒例のように、友達とUSJへ行った。セサミストリートのアトラクションは、子供向けのようでいて、いすが動いたりバーチャルに体感できるようになっているので、びっくりすることも多い。
 この日、前の席に、赤ちゃんではないけどだいぶちいさい男のお子さんがいた。お母さんが抱いてすわっていたのだが、そこへクルーが来て「お席のこと、聞いてますか?」と言っている。私もシステムは知らないが、子供も1つのいすにすわれ、ということらしい。そして、我々やそのお子さんたちの席は奥の方だったのだが、すっかりつまっている手前の席の人に向って「お子様のお席がありませんので、1つずつずれて下さい。」と全員の席を動かさせた。たぶん、端の人は列を変わったと思う。一応ありがとうございます、とは言ったと思うのだが、きわめて事務的。そして、いすが動いたりするから気をつけるように、というようなことも言って去った。
 アトラクションがはじまると、やはりお子さんがちょっとこわがっているのか、お母さんが肩を抱いていたが、結局はお母さんの席にお子さんを移して見ていた。すると、エルモが自転車で来るきわめてかわいらしいシーンになって、自転車がぶつかるところで、いすがゴクン、と揺れた。お子さんはこれをきっかけに泣きはじめてしまい、よって来たクルーにお母さんは「出ます」と声をかけて、結局すぐに退出してしまった。かわいそうに........
 
 わからないけれど、こういう時TDRなら、規則がどうあれ、お母さんがお子さんの状態によって抱いているのであろうし、もうすわってしまったもの、わざわざ移動しろ、とは言わないと思う。そのかわり、キャストはアトラクション上演中ずっと、そのお子さんたちに気を配っていると思う。あるいは、お子さんが理解できる年齢かは別としても「エルモくんが出て来るからねぇ」とか、「おいすが動くからねぇ、気をつけてねぇ」とか、お母さんだけでなく、お子さんにも声をかけるのではないかと思う。そうして無言の圧力とか恐怖とか、そんなものをなくすのだと思う。リラックスしたやさしい雰囲気の中で体験させたら、あるいはこのお子さんだって、泣くことはなかったかもしれないじゃないか........理解できない年齢のお子さんにこそ、そういう雰囲気は必要なのかもしれないし......

 USJは、改めて感じるのだが、アトラクションの質が高い。映像も質が良くきれいで、工夫にもあふれているし、スケールも大きい。映画の続編としてきちんと作られていて、映画と同じ人がちゃんと出て来たり、ものすごいアクションが行われていたり.. それを無にするようなことになったら、もったいない。心のケアをこそ、TDRに見習ってほしい。

 蛇足だが、TDRと違ってUSJのグッズは、それなりに面白いものをたくさん出しているのだが、イベントの衣装を着せたぬいぐるみ、だとか、イベントのシンボル柄のなにか、とか、そういうものがなく、グッズ独自の開発ものが多い。これは、よほど面白ければ買うのだが、なかなかイベントものにはかなわないのではないかな、と思う。つい買ってしまう、という強さがない。

とにかく、がんばれUSJ!!!
 


愛と夢のことその18             
p(^^)q3月24日
  
 クマのプーさんといえば、A.A.ミルン原作の本で、挿し絵がふんだんに描かれた本を子供の頃読んだものだが、これは今クラシックプーと呼ばれ、ディズニーがアニメ化している「クマのプーさん」は、少しアメリカナイズされ、新しいキャラクターも登場するものに変わっている。TDLではアトラクションも人気で、夜のパレードにも、プー、ティガー、ピグレット、イーヨーが登場している。ところがこのプーさんが、原作者の子供か誰か権利を持っている人との間でなにかこじれている、という噂で、新しいショーやパレードには、プーさんが出て来なくなった。かなりの人気を博しているプーさんだけに、これはかなりな痛手である。
 
 これと関係があるかどうかは、わからない。が、私はきっと関係があるな、と思っているのだが、TDS限定の新しいキャラクターができた。その名をディズニーベア、という。去年の12/1にはじめて、クリスマス版として、サンタ帽にマフラー姿のクマさんが登場した。彼には物語があって、ミッキーがかわいがっていたテディベアなのだが、ミッキーがどうしてもこのベアと一緒に歩きたいな、と思っていると、ティンカーベルが魔法をかけて彼が生きて、ミッキーがあまりの嬉しさに抱き締めると、彼の顔がミッキー型になった、と......ちゃんと読んでいないけど、ざっとそんな話だったと思う。そして、彼のお尻と肉球のところには、ミッキーマークがついている。
 このぬいぐるみが、大、中、小、ストラップ、とあって、それ以来、大人気である。はじめに作った数が少なかったのかもしれないが、はじめは、あ、という間になくなったようで、年末、私が行かなかった間に、ノーマル版を発売したようで、お正月行ったら、そこここに、ぬいぐるみを抱いた人、ストラップをつけている人、ぬいぐるみバッチをつけている人がいた。そして、バレンタイン版も出て、発売間もない、ある混んでいる日、ディズニーベアを売っている売り場のレジは数カ所、列ができ、その並んでいる人、すべて、といっていいと思うが、大小さまざまなディズニーベアを抱いている。人によっては、10個ほどのベアをレジにどさ、と置いている。ベアの置いてある棚には人がたかり、みんな顔を見合わせて選んでいる。そして棚はあ、という間にガラガラになり、キャストさんが補充。すごい!!ベアの癒しの効果で、人気があることは知っていたけど、ここまでとは.........年季の入ったクマ好きの私は、どうだい、というような気持ち......
 そして今は、売り切れてはいないけれど、いまだに大人も子供も、抱いて歩いている人、ぶらさげて歩いている人、ショーを見せている人、食事に同席させている人.....さまざま。
 
 きっと、プーさんの人気と、挫折をあじわったTDRは、ゲストが欲していることはなにか、癒しの大切さは、と、考えたのではないだろうか。ゲスト第一に考えているから、TDRはへこたれないのではないだろうか。
 

現人神のこと
(^人^)3月11日


  この年末年始、巷ではマツケンサンバ2が大流行りに流行った。私もなんとなく気に入って、振付けの解説までついているDVDを買った。そこで振付けの先生が、以前大変お世話になった東宝の方々のお仲間の方だったのにもびっくりしたのだが、なんとか、マツケンサンバ2以外、今まで松平健氏がずっとやってきた、という、マツケン小唄(音頭だったかな?)とか、マツケンde GOとか、マツケンサンバ1とか、マツケンマンボとか.....も聞いてみたいな、と思うに至った。そして、このDVDに宣伝の入っていた、中野サンプラザ公演、というのに行きたいけど舞台があって行かれない、と友達に残念がって言ったら、東京ドームでも公演があるらしいよ、と教えてくれたので、ドームは大きすぎて気が進まないな、と思いつつ、友達を引っ張って行ってみた。
 
 結果は、もんんのすごく楽しかった!!気持ちとしては、大衆演劇を楽しみに行く時のような気分だが、松平健氏というのは、泰然としていて、大きくて、動じない。まさに時代劇の王者たる風格、風貌をそなえながら、これ以上あるか、というような派手な、金ピカの衣装をまとい、ものすごく軽やかなステップを、やすやすとふむ。なんの恥じらいもなく、ウー!などというかけ声も腹からかける。とってもステキである。歌もうまいし、顔も美しいし、色気もある。登場から、意表をついて、本当の馬に乗って、暴れん坊将軍の形でドームを1周。思わず、通称「サンバ棒」(サンプラザ公演に行った友達にもらった.....もらっておいて、本当に、良かった!)をピカピカ光らせて、振りたくなるではないか!たぶん、マツケン小唄、らしきものはやらなかったが、他の希望はすべてかなえられたし、満足だな、と思って、第2部を迎え、サプライズゲストとして南原清隆氏が出て振付けを皆で教わり、会場中が踊る、という寸法。これは、イヤでもエセでも踊りたくなるし、また、楽しい。TDRでも、ゲストの踊る部分を作る、というのがほとんど当たり前の世の中だ。そして、帰りかけた時にはじまったアンコールで、カツケンが登場した時には、これ以上興奮することは少ないぞ、というほどサプライズだった。なにしろ私は、いつか書いたけれど、誰かが取ってくれたチケットとヒマがあれば、SMAPのコンサートはいつでも行きたい、というほどSMAP好きであるし、マツケンサンバのパロディのカツケンサンバは大好き、そして、振付けの先生のパロディをやられた時にはひっくりかえって笑ったもので、彼の登場は本当に嬉しかった。
 
 友達と帰り道にあるレストランで食事して帰ったのだが、そのガラス張りの窓の向こうを帰って行く人々は皆、楽しそうで足取りも軽やか。こんな功徳をもたらしてくれる松平健氏はやっぱりすごい!

 こうして楽しんだ私、ナマを見る前からウスウス考えていたことは、彼は、現人神たる市川宗家、市川團十郎に通ずるものを持っているのではないのかなぁ、ということ。本来の歌舞伎芝居というものは、こういうものだったのではないか。思いきり日常を離れた派手な衣装に包まれたスーパーマン。それは泰然とした現人神、元気をくれるご本尊なのでは?そこに、思いもかけない「ごちそう」も出て来たわけだから、満足度120%くらい、かな!!
  


サービスのこと
(--)(__)3月 9日


 TDSでは、私が今まで通って1番楽しいと思った、と言っても過言でない「リズムオブワールド」をリバイバルでやっている。が、やっぱりTDRのすごいところは、惰性でやらないところだ。気づくところだけでも、細かい演出とか、音楽とかを数カ所変えている。1つところに安心しないのだろうな。だから、人が何度も行きたくなるし、どんどん流行る。1人勝ちする原因なのだろう。中にはもちろん、前の方が良かったな、という部分もあるけれど、それは個人の好みもあるし、試行錯誤は何ごとにも必要だ。
 時々TDRはアンケート調査をしていることもあって、私も答えたことがないわけではないけれども、なにごとによらず、いろいろな面で、こうすればいいのになぁ、などと、勝手に思っていると、少しするとちゃんと改善されている、ということが多い。なんでわかんのかな、と思うくらいだが、それだけ、キャストが肌で感じるゲストの様子を反映して、いつでもより良いTDR作りを考えているのだと思う。
すばらしすぎる!
 我々も、お客様あっての職業だから、見習わなければいけない。
    


続:TDRで心洗われたお子さんその16
(∩.∩;)2月12日


  Yクンの話をもう1つ。
 5歳、というのは幼稚園にも行って、家庭以外のことにも触れ、ちょっと大人になる時期らしい。Yクンは、TDLでグリーティングしているピノキオやらゼペットさんたちが、「中に人が入ってるだけなんだよ。」ということを、知っている。男の子だから、大きい船、マークトゥエイン号や、ジャングルクルーズの船から見える動物達に興味があるらしい。目を皿のようにして見ていたYクン、「あの鹿さん、ほんとに生きてるかな?」と聞くので、「どうだと思う?」と聞くと、「う〜〜〜ん、生きてると思う。でもね、耳だけピクピク動いてたよ!」と言う。ジャングルクルーズに乗る前には、「ワニさん、ほんとに生きてるかなぁ。」と聞くから、また「どうだと思う?」と聞くと、「う〜〜〜〜〜ん、生きてると思うけど.....こわいから....生きてないと思う!」だって................とぉっても「大人」なYクンなんだけどね!
    


続:TDRで心洗われたお子さんその15
('_;)1月13日
 
 お正月、妹弟子の5歳の息子、Yクンと一緒に、TDLへ行った。
 彼は、バリバリの男の子で、バズライトイヤーのアストロブラスターというシューティングのアトラクションに乗りたい、というのだが、やはり入りたい、というホーンテッドマンションも特別版で混雑していて、両方ファストパスを取ることになった。ファストパスは、あらかじめ時間の予約券を取っておいて、その時間に行くと並ばずに入れる、という券だが、1つ取ったら、次のファストパスを取れるまでには時間の制約がある。結局バズ〜のファストパスが取れた時間が、20:50〜のものだった。いつも22時には寝ているというYクン、家に帰るまでに2時間みても、20時には出ないと....などとお母さんと私はYクン抜きにしゃべっている。
 そんな時「バズライトイヤー、いつ乗るの!?」とYクンに聞かれた私は、やはりYクンが楽しみにしている20時半の花火(これも疲れて早く帰ることになったら見られないね、と言っていたのだけど...)が終わって、元気だったらね、とうっかり言ってしまった。それは午後早めの時間の話。
 夕方、また「何時に乗るの?」と聞かれた私は、また「花火終わってから、20時50分だよ。」と言うと「じゃぁ....おうちに........11時か...」と、おそるおそる言っている。頭いいなぁ、なんでも聞いてるんだなぁ、と思う私。
 さて、夜19時半のパレードを他のゲストから少し離れたところからすわって見ていた我々。Yクン、ずっと元気で、子供の体力というのはすごいね、とみんなで話してはいたものの、パレード中、さらにさらに元気になってくるYクン。バズの光線銃を打ちながら曲にあわせて、ビミョーに似ているが違う曲をあわせて大声で歌っている。お母さんも「興奮しないの..」とそっと注意している。でもはりきっててかわいい。単純な私は、パレード気に入ったのかな、と思っていたのだが.....
 パレードが終わってトイレへ行くと「Yクン、元気だから、花火終わって、バズライトイヤー、乗れるよっ!」ときた。ウーーー、私の心ない一言で、バズに乗りたい一心で、元気をアピールしていたのかっっっっ!!!!!なんと健気な.....やられた....心が洗われすぎて、とろけてしまうぅ!!
 かなり遅くなったものの、私たちは最後にバズ〜を楽しんで、TDLを後にしたのでした。
 
 知らない子供さんがTDRではしゃいでいる姿を見るのも楽しみだが、一緒に行くのもまた格別だ。
 同時に、子供の吸収力のすごさを知ってしまった。親の教育というのも、子供には大きな影響があると思うし、この時代から芸を覚えはじめたら.......そりゃぁ、上手になっちゃうよなぁ......
    

2005年はじめに
(^^)(_)1月13日


  うかうかしているうちに、お正月も半ば。友人が災害のあったピピ島プーケット島へ、ちょうど年末年始行って連絡が取れない、と皆で心配していたが、無事帰って来て、まずは安心な年明け。それにしても、不穏なニュースが多い今日この頃だ。

 昨年は偶然ではあるが、お正月から曲弾きをやらせていただいたり、ずっと念願であった浮世節の「たぬき」を義太夫版にして演奏したり、福原徹さんの作曲でピアノや謡曲の方々と共演させていただいたり、伝の会メンバーと共演して三味線バトル的な曲を演奏させていただいたり....ディズニーメロディーも何度か弾いちゃったし....徹さんの陰謀(?)で、即興演奏なんかもやらされた......まぁとにかく、そういう演奏を通じて、楽しい、ということを考えた年だった。
 我々、日本人の特色かもしれないが、とかく、苦しめば苦しむほどいい結果が得られるような気がするものだが、イチローあたりから、楽しんで練習する、ということの大切さも見直されているように思う。
 楽しい、ということを、前向きに考えてやっていきたい、と思う年頭でした。
    



 
 

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