女流義太夫三味線勉強会

(ひこばえ)=大樹の根元から萌え出る若芽のこと
勉強会の名前を決める時に私が主張したのは、「〜の会」というネーミングを避けること。
あまたある候補の中から、寛也さんが歳時記から選んでくれた夏の季語「蘖」に決定しました。
会の開催時期と「大木のおかげをもって、いづれは大木になりたい」という
自分達の気持ちとにぴったりだったのではないかと思っています。
 
 
 

メンバー


鶴澤寛也(つるざわかんや)  鶴澤駒治(つるざわこまじ)
 本名 灰藤あかね(はいとうあかね)  本名 今川清美(いまがわきよみ)
 出身 東京都  出身 千葉県
 11月3日生  2月11日生
義太夫教室34期。 義太夫教室34期。
昭和59年、単身大阪へうつり、鶴澤寛八に入門、寛也と名乗る。 昭和57年、鶴澤駒登久に入門、駒治と名乗る。
昭和60年6月、大阪国立文楽劇場小ホールにて初舞台。  昭和60年10月、本牧亭にて初舞台。
平成5年、寛八没後、豊澤雛代の預かり弟子となる。 平成2年度芸団協助成新人奨励賞
平成6年度芸団協助成新人奨励賞 平成2年〜5年、自主公演なでしこの会主催。
因協会奨励賞多数受賞
筍会(たかんなかい)メンバーとして、
咲くやこの花賞
大阪舞台芸術奨励賞
社団法人義太夫協会理事。
と私です。
 

 
 

助演者 


駒之助師匠と、
竹本綾一(たけもとあやかず) 竹本駒輝(たけもとこまてる)
 本名 矢島照代(やじまてるよ)  本名 沖本香織(おきもとかおり)
 出身 東京都  出身 埼玉県
 10月5日生  1月15日生
昭和36年、市川少女歌舞伎入団。 義太夫教室41期。
昭和37年、3代目竹本綾之助に入門、綾一と名乗る。 平成元年 竹本駒之助に入門。
昭和40年、NHK邦楽技能者育成会第10期卒業。 平成2年12月、国立演芸場にて初舞台。
昭和62年度第2回豊澤仙廣賞 平成8年度芸団協助成新人奨励賞
社団法人義太夫協会理事。
                                                               
公演記録


 
日時
演目
演者
場所
第1回 ひこばえ '95.5.28(日) 仮名手本忠臣蔵 大序 駒之助 津賀寿 お江戸日本橋亭
絵本太功記   夕顔棚 駒輝 駒治
恋娘昔八丈   鈴ヶ森 綾一 寛也
腕がため組曲 寛也 駒治 津賀寿
第2回 ひこばえ2 '96.6.2(日),3(月) 菅原伝授手習鑑 茶筅酒 駒之助 津賀寿
々       喧嘩 駒輝 駒治
々       杖折檻 綾一 寛也
組曲ー動物篇 寛也 駒治 津賀寿
第3回 ひこばえ3 '97.6.7(土),8(日) 一谷嫩軍記   熊谷桜 駒輝 寛也
々       組討 綾一 駒治
三曲組曲 駒之助 寛也 駒治 三曲津賀寿
第4回 ひこばえ4 '98.6.5(金),6(土) 明烏六花曙   解説 津賀寿
々       山名屋の段(前) 綾一 駒治
々            (奥) 駒之助 寛也 ホソ・胡弓津賀寿
第5回 ひこばえ5 '99.6.5(土),6(日) 新版歌祭文   解説 寛也
々       野崎村の段(前) 綾一 津賀寿 ホソ寛也
々            (奥) 駒之助 駒治 ツレ寛也 津賀寿
第6回 ひこばえ6 '00.6.4(日),5(月) 伊賀越道中双六 解説 駒治
々       沼津の段(前) 綾一 寛也 ツレ駒治
々           (奥) 駒之助 津賀寿 胡弓駒治

 1〜3回は、「基礎を見直そう」という主旨、4〜6回は、「3人で1つの世話物に取り組んでみよう」シリーズです。

 この他、特別公演として
初春太棹の調べ '97.1.12(日) 花競四季寿より 萬歳 鷺娘 綾一 佳之助 駒輝 尚香
駒治 津賀榮 寿々香 紋榮
紀尾井小ホール
碁太平記白石噺 雷門 駒輝 寛也
々       揚屋 駒之助 津賀寿

 

去る'00.6/4,5日の公演をもちまして、勉強会としてのひこばえを終了しました。
今後は、この活動を基礎にして、ユニットとしての「ひこばえ」を残しながら、各自活動していきたいと思っています。
勉強会終了にあたっての3人のご挨拶と、助演の綾一師のおことばを次に掲載します。

女流義太夫三味線勉強会「ひこばえ」終了にあたって



竹本綾一師より

ひこばえ三人娘様

 御盛会心よりおよろこびを申し上げます。又、長い事お世話になり有がとうございました。
 色々と思い出がありますが、毎回難曲に取り組ませていただいた事、本当に勉強になりました。これは本当にひこばえさんに感謝の気持で一杯です。でもあっという間でした。この5年間、このぼんくらな私を加えていただき、皆様の足をひっぱっているのではないかしらといつも反省でしたが、あたたかくしていただいた事、有がたくいつ迄も忘れません。これからは一人一人の御活躍ですね。がんばって下さい。おつかれさまでした。そして、ありがとう!



鶴澤寛也より

 「基本を見なおす」のもと、自分がいかに無神経に弾いているか、あらためて思い知らされました。これは、一生の目標となりました。会を提起してくれた津賀寿に、感謝します。
 
 会を始める前から、3人は親しかった。会の運営で、小さなトラブルもあったが、これはなまじ親しい為に、言葉を尽くさなくても「なんとなく」わかったような気になってしまったからだと思う。突っ込んで話し合う事が、少し足りなかったかもしれない。ということに気づいてから、単なる仲良し三人組から、一歩進んだ関係になれたと思う。
 
 ユニットひこばえ寛也の夢。勧進帳、いつかやりたいなあ・・・ 
                 


鶴澤駒治より 
 
 勉強会という形の「ひこばえ」が今年で最後となりました。この6年間を振り返ってみますと、私はいつもメンバーの足をひっぱってしまっていたという意識しかありませんでしたが、それでも、三人で切磋琢磨してお互いを高めることが出来たのではないかと思っております。
   一番勉強させていただいたのは、やはり駒之助師匠に語っていただいたことです。あまりの芸の大きさに、あたふたしてばかりでしたが、貴重な体験をさせていただきました。綾一師匠には、いつも髪を結っていただくやら、何かとお世話ばかりかけてしまいました。本当に有り難うございました。
  そして、お客様には、あたたかい励ましから厳しいご批評まで、忌憚のない生の声をいただき、心から有り難いと思っております。打たれ弱いので、その時はかなりへこんでしまいますが、真実を受け止め、またがんばっていこうという気持ちになれました。
 これからも、厳しくご指導下さいますようお願い申し上げます。                  



鶴澤津賀寿より

 妹弟子たちが稽古していた忠臣蔵の大序を、私はきちんと勉強する機会がなかったな、というのがはじまりでした。重輝師が亡くなり、師匠駒之助を弾くようになり、本公演で大きな役がつくようになって、私は果たして、このまま無理な役をこなすだけでいいのか、と思いました。キャリアと年令の近い2人に話すと、2つ返事で一緒にやってくれることになりました。そして、あっという間の6回公演でした。自分達ですべて運営することは、勉強にもなりましたが、大変なことでした。でも、この5年の間に、いろいろな慶事があり、女流義太夫に日が当たるような方向へ、確実に時代は変化してきていると思います。これからの私たちは、女流義太夫全体に目を向けながら、地に足をつけて活動していかなければならないでしょう。勉強会ひこばえの成果を無駄にしないためにも!            



 
 

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