おとうさん、わたしもすぐおとうさんのそばにいきます。わたしがおとうさんをころすなんてゆめにもおもわなかった。あのよでふたりでやりなおそうね。まっててね。
佐々木つとむの殺害現場に遺されていたメモ
芸人、佐々木つとむの愛人 中野美沙 1987/09/06
ボードビリアン・佐々木つとむは売れない芸人だった。昭和62年9月4日夜、佐々木の所属するプロダクションの社長が仕事先に現れない佐々木を探し、愛人中野美沙のアパートを訪れた。その時、佐々木の遺体は腐敗しており、ドアのすきまから死臭がつたわってきていた。社長はドアを蹴破り部屋に入ると、中は血だらけだった。佐々木の遺体はシーツや毛布が被せられ、枕を北にして仰向けに寝かされていた。そして上記のメモが机の上にのこされていた。
中野美沙は中学卒業後、1年ほど工員として働いたのちに水商売の世界に入った。結婚するが数年で破綻、離婚後は愛人稼業で生活していた。背中には愛人のヤクザから彫られた観音様の入れ墨があったという。佐々木の他に3名の男性と同時に関係していた。
佐々木は結婚し2児をもうけていたが夫婦仲が悪く、中野のアパートで同棲生活を送っていた。不仲の原因は佐々木の博打好きが原因だった。中野との出会いも新宿のポーカー喫茶だった。
当時の佐々木は莫大な借金を抱えており、中野は佐々木に1000万円近い金を貢いでいた。末期はほとんどヒモ状態だった。中野は別れようとしたが佐々木は暴力をふるい彼女のアパートに居座った。
事件後、中野は全国に緊急指名手配された。TVのワイドショーは盛んに中野の顔写真を放映した。青森へ逃走した中野は深夜タクシーを拾うと下北半島をただひたすら走るよう運転手に命じた。そしてむつ市大湊駅で下車した。
翌朝、海岸に中野の溺死体が浮かんでいた。
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