自殺データベース (2) 昭和前期の自殺 (1926-1969)
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1969年 12月22日 京都大学農学部教授、同大付属農場長、福田照が高槻市古曽部町3の自宅にて果物ナイフで胸を刺し自殺
1969年 12月10日 杉山吉良のヌード写真集「青春賛歌」モデル、太田八重子が静岡県清水市三保海岸にて入水、遺体発見
1969年 12月4日 東京芸術大学音楽学部ピアノ科助教授、伊藤裕助が国鉄目黒駅にて鉄道自殺
1969年 12月4日 元警視総監、元防衛事務次官、門叶宗雄が東京都世田谷区池尻1-24自衛隊中央病院4階個室ベランダより飛び降り自殺
1969年 11月14日 熊本県水俣市チッソ新労組執行委員、岡本美義が同社水俣支所内肥料倉庫にて首つり自殺
1969年 10月13日 大阪大学工学部電子工学科教授、寺田正純が茨木市並木町の自宅にて菜切り包丁をもちいて腹を切り自殺
1969年 9月19日 東京医科歯科大学歯学部付属病院長、石原寿郎が東京都渋谷区代々木2-40-12自宅にて首つり自殺
1969年 9月9日 九州大学文学部教授、前同学部長、鬼頭英一が福島市天神1博多東急ホテル5階514号室浴室にて首つり自殺
1969年 8月14日 通産省大臣官房付、前東京鉱山保安監督部長、鶴田哲也が東京都新宿区戸塚待ち1-410甘泉園住宅内築山下にて首つり自殺。
1969年 7月8日 東京工業大学理学部教授、新楽和夫が神奈川県逗子市神武寺境内休憩小屋にて首つり自殺
1969年 6月24日 立命館大学文学部史学科3年の高野悦子が京都市中京区西ノ京平町の国鉄山陰線天神踏切西にて鉄道自殺、後に遺稿集「二十歳の原点」が話題に
1969年 6月19日 前京都大学教養部助教授、テキサスクリスチャン大学教授、玉野久弘が自宅寝室にてナイフで腹や喉を刺し自殺
1969年 6月19日 早稲田大学文学部4年、アナキスト、松野猛が横浜市南区最戸町252自宅にて首つり自殺
1969年 6月16日 9日に異常放水事故を起こした奈良県吉野郡大塔村の建設省猿谷ダム管理所長、河野照義が精神安定剤を飲み自殺
1969年 6月11日 名古屋工業大学電子工学科教授、福田滋夫が飛び降り自殺?
1969年 5月27日 東北大学工学部電子工学科教授、菊地正が仙台市東二番丁19自宅物置にて首つり自殺
1969年 5月24日 大阪市立大学経済学部3年、松居清一郎が泥沼化した大学紛争に絶望したとの遺書を残し、大阪市城東区今福中の自宅裏倉庫2階にて首つり自殺
1969年 5月24日 水産庁調査研究所研究第一課研究企画課長補佐、新井卓也が東京都千代田区霞が関1農林省屋上より飛び降り自殺
1969年 5月9日 防衛施設庁総務部調停係長、田畑敏弘が東京都港区赤坂9-7-45防衛施設庁26号館4階総務部室窓から飛び降り自殺
1969年 4月20日 大阪市教育長、柏原好光が和歌山市奥和歌浦にて投身自殺
1969年 4月20日 作家、中里介山の甥、早稲田大学大学院生、中里廸弥が東京都羽村町羽47の自宅にて猟銃自殺
1969年 4月13日 鳥取大学農学部獣医科3年、学生運動家、三船信夫が鳥取市伏野スクモ山頂上にて首つり自殺
1969年 3月30日 厚生省公衆衛生局保健所課長、鈴木晃保が駒沢オリンピック公園第一陸橋より駒沢通りへ飛び降り自殺
1969年 3月28日 山口県宇部市長、星出寿雄が入院先の宇部市小串通り山口大学医学部付属病院第一内科第二病棟6階病室窓から飛び降り自殺
1969年 3月18日 使い込みで3/1に懲戒解雇された元東京都駐車場公社予算係長、森島茂樹が大阪市北区、大阪ロイヤルホテルにて睡眠薬自殺
1969年 3月10日 東京大学医学部大学院生、橋本郁子が東大医学部3号館2階保健学科母子保健科研究室にてガス自殺
1969年 2月11日 江藤新平の曾孫、江藤小三郎が憲政記念館脇、井伊掃部頭邸跡の碑南にて焼身自殺
1969年 1月4日 京都国立近代美術館、守衛、今井松太郎が自殺。1968年12月27日、同美術館で行われていたロートレック展にて名画「マルセル」盗まれた夜、当直だった。
1968年 12月15日 三億円事件:現場近くに住む18歳少年が青酸カリを用いて自殺
1968年 12月14日 国民金融公庫大森支店長、橋本和年が京王線千歳烏山−仙川駅間にて鉄道自殺
1968年 11月18日 日本開発銀行監事、三井武夫の白骨遺体が川崎市王禅寺2128の雑木林にて発見される。9/5に失踪、同所にて服毒自殺。
1968年 10月17日 東京郵便局贈賄事件において、家宅捜索を受けた小林電気社長、小林留重が国鉄中央線東小金井−武蔵境駅間にて鉄道自殺
1968年 10月4日 日商岩井財務部出納課長、本田親則が大阪市東区北浜4同社北浜館6階東ベランダより飛び降り自殺
1968年 9月12日 日赤福岡病院長、九州大学名誉教授、楠五郎雄が佐賀県唐津市東唐津、シーサイドホテルにて睡眠薬自殺
1968年 8月15日 沖縄出身の盲目大学生、早大第二文学部国文科3年、真喜屋実蔵が目白通りの陸橋千登世橋から明治通りへ飛び降り自殺
1968年 8月13日 1967年4月都知事選において美濃部亮吉選挙事務所運動員を空気銃で撃ち執行猶予2年の判決を受けた野々山隆司が東京都杉並区西田町1-571荻窪団地16-502自宅風呂場にて自殺、9/7に妻子も同場所でガス自殺
1968年 7月12日 元虫プロダクションアニメーター、中国人、彭謊礎が国鉄田端駅1番ホームにて鉄道自殺
1968年 6月28日 女優、若尾文子の父で元活動弁士の尾形金声が豊島区西巣鴨2丁目の自宅にて首つり自殺
1968年 4月29日 岡山大学法文学部教授、戸田尚が岡山市門田、操山頂上付近にて首つり自殺
1968年 4月18日 日通事件:日本通運前社長福島敏行の次男で同社資金課長の福島秀行が東京地方検察庁屋上南側から飛び降り自殺。
1968年 4月2日 尼崎市の理容院店員、白川和男がアメリカ総領事館のある大阪北区サンケイ会館前にてベトナム反戦を訴え焼身自殺
1968年 4月1日 東京都青梅市立青梅第四中学校長、塚田七郎が同市干ヶ瀬町43の自宅物置にて首つり自殺
1968年 3月29日 日大闘争:日本大学理工学部会計課徴収主任渡辺はる子が東京都江戸川区江戸川3-28自宅にて首つり自殺
1968年 3月26日 全日空社員、全国むち打ち症被害者協議会副会長、長谷川正彦が東京都世田谷区三宿2-16-10都住宅公社団地自宅風呂場にて首つり自殺
1968年 3月7日 歌手、一条久子が東京都世田谷区代沢1-31-11駒場荘にてガス自殺、代表作「恋のへそまがり 」日本コロムビア
1968年 3月5日 防衛庁機密漏洩事件:航空自衛隊空将補、山口二三が東京都小平市立小平第四中学校近くの玉川上水脇、新堀用水に睡眠薬を服用後入水
1968年 3月3日 三重県度会郡二見町長、野中由太郎が同町役場望楼階段にて首つり自殺
1968年 2月5日 日本大学歯学部教授、早川領一が国鉄大井町駅1番ホームにて鉄道自殺
1968年 1月9日 マラソン選手、陸上自衛隊3等陸尉、円谷幸吉が東京都練馬区大泉学園町自衛隊体育学校幹部官舎にて右頸動脈を安全カミソリで切り自殺
1967年 1月4日 淡路交通社長、土屋恒治が兵庫県洲本市の海岸より入水
1967年 12月18日 川崎市信用金庫理事長、工藤雄弘が神奈川県箱根町仙石原金時山より飛び降り自殺、途中木にひっかかり宙づりとなり凍死
1967年 11月11日 エスペランチスト、由比忠之進が首相官邸近くの路上にて焼身自殺、翌12日死亡
1967年 10月20日 日本特殊金属工業襲撃事件犯人、ベトナム反戦直接行動委員会の栄健が静岡県富士宮市上井手の天神山にて服毒自殺
1967年 10月17日 東京芸術大学美術学部工芸科彫金研究室副手、岡良治が東京都渋谷区八幡通り3-19代官山東急アパート屋上より飛び降り自殺
1967年 10月7日 防衛庁装備局長、森田三喜男が西武池袋線池袋−椎名町駅間にて鉄道自殺
1967年 9月6日 俳優、丸井太郎が世田谷区桜上水4-16-9桜マンション302号室の自宅にて睡眠薬をのみガス自殺 代表作テレビドラマ「図々しい奴」の主役、戸田切人役
1967年 6月30日 元・文芸会プロダクション事務員、大場静枝が魚住純子中傷事件で裁判中、静岡県函南町畑毛温泉高橋旅館にて睡眠薬自殺未遂
1967年 6月29日 評論家、中野好夫の次男、朝日放送報道部員、土井亨が京都市下京区四条通烏丸西、京都旅行会館から飛び降り自殺
1967年 5月30日 元・文芸会プロダクション社長、米谷禎夫が魚住純子中傷事件で東京巣鴨、東京拘置所に収監中、同所独房内にて首つり自殺。
1967年 4月21日 私立明倫学園高校教師、佐藤尚勝が神奈川県藤沢市鵠沼2509の自宅庭にて焼身自殺
1967年 4月2日 作家、灰原健次郎の兄、灰原吉里が自殺 
1967年 2月24日 国民金融公庫庶務部営繕課調査役、松本他家夫が東京都千代田区大手町1-5公庫ビル9階屋上北側から飛び降り自殺
1967年 1月28日 北海道東北開発公庫筆頭理事、勝原啓が東京都千代田区大手町1-5公庫ビル9階屋上西側から飛び降り自殺
1967年 1月17日 元衆議院議員、安平鹿一が愛知県温泉郡久谷村中野の自宅にて自殺
1967年 1月4日 明治大学政経学部経済学科長、赤倉武が千葉県千葉市幕張町の国鉄総武線にて鉄道自殺
1966年 11月9日 福岡地方裁判所民事部書記官、吉松武敏が11/5福岡地検より同地裁汚職事件について参考人出頭要請後失踪、11/9熊本県阿蘇郡小国町西里の山中にて首つり自殺しているのを発見される
1966年 10月24日 狭山事件:逮捕された石田一義の兄、石田登利造が西武線入曽駅近くにて鉄道自殺
1966年 10月9日 元日本プロレス協会所属プロレスラー、竹村年雄が千葉県市川市須和田1-2-13知人宅前にて知人の長男を刺殺後、胸を刺して自殺
1966年 10月8日 歌手、三橋美智也の妻、北沢喜久子が東京都世田谷区烏山町668の自宅にて子と共にガス自殺未遂、後に離婚
1966年 8月18日 三井建設社員、1964年関西学生柔道選手権優勝、中野忠光が新宿駅にて鉄道自殺
1966年 8月11日 俳優、谷晃が東京都狛江市東野川の自宅にて首つり自殺
1966年 7月23日 松山刑務所副看守長保安係長、門屋茂が同所仮眠室にて首つり自殺
1966年 6月29日 前新潟県知事塚田十一郎の秘書、樋口広三が父の経営する新潟県妙高高原町池ノ平、羽越観光ロッジにて首つり自殺 訃報を聞いた母が心臓麻痺で死亡
1966年 6月28日 松山刑務所副看守長教育担当、大森常市が同市室町松山塵芥焼却場煙突より飛び降り自殺
1966年 6月27日 福岡県立修猷館高校教師、古賀学が福岡市別府団地アパートの自宅にて服毒自殺
1966年 6月22日 歌手、丘千恵子が杉並区大宮前6-319遠藤実歌謡スタジオ2階にてガス自殺 代表曲「港のブルース」
1966年 6月4日 歌舞伎役者、八代目市川団蔵が四国巡礼の帰途、小豆島発大阪行きの船から入水
1966年 5月11日 東京都葛飾区立小菅小学校長、伊藤伝吉が国鉄東北線与野−北浦和駅間にて鉄道自殺
1966年 5月6日 放送作家、斉藤信一が世田谷区上馬1-836の友人宅にてガス自殺
1966年 5月5日 元横綱3代目朝潮太郎夫人、米川路子が東京都渋谷区元代々木51の実家にてガス自殺
1966年 4月24日 落語家、柳家きん平が国鉄田端駅構内にて京浜東北線下り電車に飛び込み自殺
1966年 4月21日 無職、植田等が厚生大臣宛の嘆願書を残し東京都台東区日本堤2-11松村アパート2階6号室にてガス自殺 老人福祉が大きな社会問題となる
1966年 2月1日 俳優、清村耕次が東京都足立区東綾瀬2北三谷団地35-303自宅寝室にて首つり自殺 代表作テレビドラマ「事件記者」荒さん役
1965年 12月5日 新潟県直江津市立桑取小学校・中学校校長、近藤三郎が高田市高土町の自宅物置にて首つり自殺
1965年 11月8日 俳優、島田屯が目黒区上目黒の自宅風呂場にてガス自殺
1965年 11月5日 岡山理科大学助教授、杉林益太郎が大阪市浪速区新川町3大阪予備校3階教務室窓から飛び降り自殺
1965年 9月13日 会計検査院租税検査第一課調査官、田島昭男が東京都国立町谷保8901の自宅四畳半にて焼身自殺
1965年 5月17日 サントリー取締役財務部長、安藤忠雄が兵庫県尼崎市の阪急電鉄神戸本線園田駅下りホームにて鉄道自殺
1965年 5月3日 福島天栄肥料商一家3人殺害事件犯人、死刑囚、菊地倉一が宮城刑務所内独房にて首つり自殺
1965年 4月28日 童謡歌手、テレビタレントの近藤圭子が群馬県草津町の草津有料道路に停めた乗用車内にて腹部を刃物で刺し自殺(未遂) 代表曲「パン売りのロバさん」
1965年 4月15日 柔道家、ロンドン武道会代表、小泉軍治八段がロンドンの自宅にてガス自殺
1965年 3月20日 原爆詩人、峠三吉の未亡人、原田和子が広島市翠町の義姉宅にて首つり自殺
1965年 3月6日 横浜市立大学文理学部2年、中核派の奥浩平が自宅にて睡眠薬ブロバリン300錠を飲んで自殺 遺稿集「青春の墓標 ある学生活動家の愛と死」(文藝春秋新社、1965年)
1965年 2月12日 新潟県北魚沼郡堀之内町助役、星野永一が同町徳田の自宅にて出刃包丁で胸を刺して自殺
1965年 2月12日 元池田勇人首相秘書官、大蔵省証券局企業財務課課長補佐、中林恭夫が東京都目黒区上目黒7(現在は公務員駒沢住宅)の官舎給水塔から飛び降り自殺?
1964年 11月9日 新幹線開業後初の自殺者:愛知県桜井町の主婦、水越アヤが東海道新幹線安城市古井町の上り線路にて自殺
1964年 9月20日 阪神タイガース投手、村山実の妻、富子が杉並区大宮町1638の姉宅にて首つり自殺
1964年 9月17日 山口県宇部市立厚南中学校長、山本章一が同市厚南区東割の自宅にて首つり自殺
1964年 7月20日 株式会社寶組品川勝島倉庫守衛長、元海軍大佐、大橋富士郎が川崎市の自宅にて自殺。この日未明、寶組103号倉庫付近に野積みされた硝化綿が発火し大規模な爆発火災が発生、大橋は現場で消火活動にあたっていた。
1964年 7月14日 狭山事件:殺害された中田善枝さんの姉、登美恵が自宅にて農薬を飲んで自殺
1964年 7月7日 箱根富士見ホテル、駒ヶ岳ホテル社長、阿部宗一が神奈川県厚木市愛甲984-1小田急線踏切にて鉄道自殺
1964年 6月29日 千葉市誘致工業用地あっせん詐欺容疑で逮捕された千葉市開発課長補佐、桜井辰夫が千葉南署留置場保護室内にて首つり自殺
1964年 6月4日 外務省外交官補、法眼俊作がベルリン自由大学に留学中、西ベルリンの4階建てビルから飛び降り自殺
1964年 4月9日 東京交響楽団専務理事、楽団長、橋本ル三郎が楽団解散日3/27に失踪、荒川放水路に入水(日時不明)。4/9水死体が東京都江戸川区小松川4-70先にて発見される。
1964年 3月14日 毎日新聞社英文毎日編集部嘱託、岩堂太郎が東京都千代田区有楽町1-11毎日新聞本社ビル8階から飛び降り自殺
1964年 2月26日 開業前新幹線で初の自殺:神奈川県平塚市の金目川鉄橋付近にて試験走行中の新幹線に男が飛び込み自殺
1964年 1月30日 岩手県花巻市立前田中学校長、阿部潔見が岩手県日教組の学力テスト反対闘争裁判で検察側証人として出廷後、盛岡市肴町、照亦旅館にて首つり自殺
1964年 1月7日 清元師匠、金井しず が東京都世田谷区上北沢1-429の自宅にてガス自殺
1963年 12月9日 国際農友会のアメリカ留学実習生、伊達碵允が果実栽培実習先のカルフォルニア州サクラメント近郊コルサ農場にてライフル銃自殺
1963年 11月16日 東京教育大学文学部西洋史学科3年、田中宣春が東京都文京区大塚窪町の同大文学部東校舎4階屋上より飛び降り自殺
1963年 10月23日 早稲田大学文学部2年、大石喜哉が、太宰が死んだ玉川でオレも死ぬと玉川上水に入水、久我山水衛所水門付近にて遺体発見される
1963年 10月9日 青山学院大学経済学部教授、フロリダ大学研究員、関口重之が米旅客機内にて自殺
1963年 8月5日 陸上自衛隊陸将補、前自衛隊体育学校長、佐野常光が東京都港区三田台町1-5防衛庁官舎の自宅にて首つり自殺
1963年 5月11日 狭山事件:近所の農家、田中登が心臓にナイフを突き刺して自殺
1963年 5月6日 狭山事件:殺害された中田善枝さんの家の元作男の奥富玄二が服毒し井戸へ身を投げ自殺
1963年 5月2日 元長野県松代町議会議員、野沢市太郎が公選法違反容疑で長野拘置所に拘置中、同所内で首つり自殺
1963年 4月18日 農林省経済局肥料課価格班長、山口知が東京都府中市是政、多摩川是政橋下の水たまりにて睡眠薬自殺しているのを発見される。
1962年 12月14日 北海道旭川市土木部土木課中央土木事務所主任、福岡佐吉が同市宮下通り17の国鉄宗谷本線踏切にて鉄道自殺
1962年 7月3日 誠文堂新光社会長、小川菊松が東京都心中市谷薬王寺町71の自宅にて散弾銃自殺
1962年 6月27日 元西鉄ライオンズ捕手、野球解説者、永利勇吉が国鉄鹿児島本線博多−竹下駅間にて鉄道自殺
1962年 4月13日 作家、小山清の妻、房子が練馬区立野町2099の雑木林にて睡眠薬自殺しているのを発見される。
1962年 2月21日 作家、小泉八雲の三男、画家、小泉清が中野区鷺宮3-1197の自宅にてガス自殺
1962年 1月28日 歌舞伎役者中村時蔵(四代目)が自殺
1962年 1月26日 俳優、高橋貞二の未亡人みどりが豊島区池袋東1−81新富士荘2階にてガス自殺
1962年 1月20日 東映女優、小宮光江が東京都新宿区下落合1-501の自宅にてガス自殺
1961年 11月27日 岩井産業東京支社金属二部部長、長笠徳二が東京都世田谷区野沢町2-228自宅にて首つり自殺
1961年 11月25日 川崎市立苅宿小学校教頭、梅田剛が同市井田山中にて首つり自殺しているのを発見される。死後約半月。
1961年 10月28日 俳優、梅若正二が上目黒の自宅にて睡眠薬を用いて自殺(未遂) 代表作、映画「赤胴鈴之助」シリーズ主役
1961年 6月7日 朝日不動産常務、枝川明雄が東京都千代田区有楽町1-2朝日生命館8階屋上南より飛び降り自殺
1961年 5月11日 宮崎県都城市議会議員、都城商工会議所副会頭、入佐畩吉と妻マサ子が同市西町の藪中にて服毒自殺
1961年 3月12日 通産省福岡鉱山保安監督部管理課長補佐、谷利光が福岡市大橋本町470の自宅にて猟銃自殺
1961年 2月24日 慶応大学仏文科講師、沢井定雄が東京都台東区浅草柳橋2-11の自宅4階にてガス自殺
1960年 12月12日 ソ連に拿捕された北海道根室のタコ漁船はじめ丸船長、佐藤実が色丹島アナマ収容所にて自殺
1960年 12月7日 元衆議院議員、土建業、加藤静雄が静岡県焼津市焼津787-2自宅物置にて首つり自殺
1960年 12月5日 学生歌人、國學院大学文学部3年岸上大作が杉並区久我山にて睡眠薬ブロバリン150錠を用いて自殺 死後、歌集「意思表示」が刊行される
1960年 11月2日 浅沼委員長暗殺事件:元日本愛国党党員、大東文化大学聴講生、山口二矢が東京都練馬区仲町、東京少年鑑別所東寮単独室1号にて首つり自殺
1960年 10月15日 漫才師、浮世亭夢若が和歌山県白浜町の旅館にて自殺
1960年 9月3日 三井三池争議:三池炭鉱第一組合員、渡辺富吉が同炭鉱東谷社宅にて包丁で喉を突き自殺
1960年 8月28日 音羽会社重役夫人強盗殺人事件:犯人湯本昭八郎が東京拘置所内にて首つり自殺
1960年 6月20日 通産省工業技術院標準部電気規格課員、原子力研究所外来研究員、児玉正男が茨城県東海村村松の同研真砂山独身寮にてタイムスイッチと睡眠薬を用いて感電自殺
1960年 5月25日 汚職事件で保釈中の前東京都建設局住宅建設部工事第二課長、佐藤七五郎が東京都豊島区池袋5-199の自作にて肉切り包丁で首を切り自殺
1960年 4月18日 日本オリオンレコード所属歌手、真船洋子が品川区豊町6−194桜井アパート2階にてガス自殺
1960年 3月30日 浮世絵師、名取春仙が自殺
1960年 2月7日 国鉄加古川線中村町駅長、南畝悦が兵庫県明石市右手塚町の山陽電鉄右手塚無人踏切にて鉄道自殺
1960年 1月24日 小説家、火野葦平が福岡県若松市の自宅にて睡眠薬アドルムを用いて自殺 代表作「麦と兵隊」
1959年 11月22日 東京都中央区立京橋昭和小学校長、山口勲郎が東急東横線、学芸大学−都立大学駅間の無人踏切にて鉄道自殺
1959年 11月9日 俳優、竹脇無我の父でアナウンサーの竹脇昌作が東京都渋谷区千駄ヶ谷3-18の自宅物置にて首つり自殺 ラジオの人気番組「東京ダイヤル」のナレーターをつとめていた。
1959年 10月30日 インドネシア、スカルノ大統領に見初められた赤坂のナイトクラブ「花馬車」のナンバー1金勢さき子がジャカルタ市内にて睡眠薬を飲み両手首を自傷し風呂場の中で自殺
1959年 10月21日 秋田県庁汚職事件:秋田県企画室参事、斉藤桂二郎が秋田市川尻東表町の自宅にて服毒自殺
1959年 10月21日 昭和電工会長、佐竹次郎が東京都目黒区駒場町861の自宅にて首つり自殺
1959年 10月15日 日立製作所常務取締役、東京営業所長、石塚晴美が東京都世田谷区上北沢4-369の自宅にて自殺
1959年 10月13日 埼玉県比企郡川島村立三保谷小学校長、日教組川島支部長、沢田■徳が同村平沼の自宅物置にて首つり自殺
1959年 10月9日 都立久留米養護学校長、塚田貞雄が同校宿直室にて服毒自殺
1959年 9月28日 東京都荒川区教育委員会事務局係長、石田栄が国鉄田端駅ホームにて鉄道自殺
1959年 9月19日 都交通局汚職:東京都交通局工務部管理課長、牧野小一郎が東京都葛飾区、国鉄金町駅にて鉄道自殺
1959年 6月22日 小説家、村雨退二郎が服毒自殺
1959年 5月30日 栃木県立宇都宮女子高2年渡辺かおりが東武宇都宮線安塚−おもちゃのまち間にて鉄道自殺、死後、両親により「花の使者−渡辺かおり遺作集」 刊行
1959年 4月28日 調布市議会議員、共産党、阿部徳寧が入院先の世田谷区祖師谷1至誠会病院にてカミソリで首を切り自殺
1959年 4月21日 熊本県立玉名農業高校教師、宇野木政弘が修学旅行引率中、大船駅付近にて鉄道自殺
1959年 4月2日 作曲家、後藤資公が2ヶ月前愛人黒木曜子と娘が轢死した町田市の小田急線多摩川学園近くの踏切にて睡眠薬自殺。
1959年 1月2日 菓子卸売商、恵本確が全日空大分発伊丹行きの飛行機にてダイナマイト自殺に失敗後、昇降口をこじ開け飛び降り自殺
1958年 11月17日 東京大学教養部数学教室助教授、谷山豊が東京都豊島区池袋1-539静山荘アパート2階20号室にてガス自殺
1958年 11月7日 建設中の東京タワー展望台より中野区沼袋の会社員、高橋博が飛び降り自殺 東京タワー初の自殺者
1958年 10月10日 日東石油常務、佐藤泰正が渋谷区代々木初台607の自宅土蔵にて首つり自殺
1958年 9月18日 元宮内庁式部職楽長、多重雄が比叡山延暦寺西塔正(教?)坊跡の門にて首つり自殺
1958年 9月13日 原爆映画「千羽鶴」主人公彦一のモデル、地後尚彦が広島市柳町の自宅にて首つり自殺
1958年 7月5日 日教組勤務評定闘争において四日市市教育長、染川清一郎が同市役所学校教育課内にて首つり自殺
1958年 6月17日 日本航空運航部調査役鶴峰元元が品川区東中延の旅館おつるにて睡眠薬自殺、6/19死亡
1958年 4月15日 銀座文壇バーのチーママ、坂本睦子が新大久保の自宅アパートにて睡眠薬を用いて自殺 大岡昇平の小説「武蔵野夫人」のモデル
1958年 4月9日 熊本大学助教授、カント研究家、水原徳恒が生と死の価値についての数学的人生観を研究したが、死は生より優位であるという点に到達したと、高崎市柳川町、実兄の写真家、水原徳尚宅で睡眠薬自殺
1958年 3月15日 劇作家、久保栄が順天堂大学病院神経科病室にて首つり自殺 代表作「火山灰地」「のぼり窯」
1958年 1月14日 俳優、青山恭二が麻布六本木にて車の中で睡眠薬を用いて自殺(未遂)
1957年 12月4日 天城山中心中事件:満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の姪、愛新覚羅慧生と級友の学習院大学文学部国文科2年、大久保武道が天城山中にて拳銃心中
1957年 11月5日 喜劇俳優、清水金一一座の大井哲夫が自宅にて睡眠薬自殺
1957年 11月3日 バイオリニスト渡辺茂夫がニューヨークにて睡眠薬を用いて自殺(未遂)
1957年 10月23日 日本鉱業保安部長、矢野達雄が中央線浅川信号所付近にて走行中の列車から飛び降り自殺
1957年 10月19日 新日本汽船会社取締役、勝野正恭が東京駅前の国鉄本社ロビー吹き抜けの螺旋階段8階より飛び降り自殺
1957年 10月19日 元東京学生柔道連盟委員長、水谷硝の腐乱死体が千葉市の千葉二高構内で発見される。睡眠薬自殺。
1957年 9月28日 科学技術庁企画調整局企画課企画第4課長、広幡哲夫が東京都品川区南品川6-1438新東京ホテルにて青酸カリをもちいて自殺しているのを発見される
1957年 9月7日 日本共産党職員、片倉仁が浜松町駅構内にて自殺
1957年 7月24日 明治薬科大学講師、井手五祐が埼玉県所沢市上安松上長淵の雑木林内にて青酸カリ自殺しているのを発見される。
1957年 7月6日 谷中五重塔心中放火事件:洋裁店店主、長部達夫が店員の女性と谷中五重塔に放火し心中
1957年 6月30日 東京大学文学部西洋史学科講師、藤原浩の白骨遺体が沼津市西浦江梨の寺山山中にて発見される。服毒自殺。
1957年 6月27日 江商肥糧部長、長尾正が京浜東北線大井町−大森駅間にて鉄道自殺
1957年 5月24日 仏文学者、中村真一郎の妻で元文学座俳優、新田瑛子が世田谷区世田谷2-1080の自宅にて睡眠薬自殺、26日死亡
1957年 5月4日 日本相撲協会理事長出羽海秀(元横綱常ノ花)が国技館大取締応接室にて短刀を用いて自刃、ガス自殺(未遂)
1957年 5月1日 群馬大学医学部精神科主任教授、稲見好寿が前橋市の自宅にて首つり自殺
1957年 4月16日 都立駒場高校教師、久保田勝太郎が修学旅行引率中、京都丸太町橋より鴨川河原へ飛び降り自殺
1957年 4月10日 全購連汚職事件:全購連肥糧部燐酸加里課調査役山川一三が千代田区有楽町1-11産協会館2階小会議室にて農薬自殺
1956年 12月20日 放送作家、寺島信夫が川崎市新丸子東2-924の自宅にて睡眠薬自殺、翌21日死亡
1956年 12月14日 歌手、楠木繁夫が東京都新宿区西大久保3-95の自宅物置小屋にて首つり自殺 代表曲「緑の地平線」「女の階級」
1956年 11月18日 7年前に行方不明になった前長崎市長、岡田寿吉の白骨遺体が長崎市八郎岳にて発見される。自殺の模様。
1956年 11月14日 画家丸木位里の母、スマを撲殺した画家香川睦久が横須賀市長者ヶ崎海岸にて飛び降り自殺
1956年 8月8日 長崎原爆青年乙女の会の19歳女性会員が長崎市大黒町菅崎旅館にて農薬を飲み自殺
1956年 7月4日 映画美術プロデューサー、吉崎豊次が世田谷区野沢町2-231にて服毒自殺
1956年 7月2日 私立松蔭高校教師、岡本吉之助が同校講堂控室にて首つり自殺
1956年 6月25日 作曲家、琴演奏家、宮城道雄が東海道線愛知県刈谷市付近にて列車から転落し死亡(自殺?)
1956年 6月9日 農林省大臣官房経理厚生課補助係、吉川六郎が東京北区の荒川放水路にて入水
1956年 5月22日 松竹大船撮影所助監督、田中淳剛が浅間山麓峯の茶屋付近にて服毒自殺しているのを発見される
1956年 3月8日 浅草フランス座ストリッパー、キティー福田こと永山美代子が東京都台東区千束町2-41自室にて睡眠薬自殺
1956年 2月3日 東京大学医学部助教授、東大付属病院小石川分院小児科医長、沢田昌三が同病院医長室にて服毒自殺
1956年 2月2日 府中刑務所服役中のヤクザ石川力夫が同刑務所屋上より飛び降り自殺。作家藤田五郎原作の映画「仁義の墓場」のモデル
1956年 1月15日 洋画家、吉岡憲が国鉄中野駅近く高根踏切にて鉄道自殺
1956年 1月1日 文芸評論家の服部達の白骨遺体が山梨県大泉村川俣渓谷にて発見される。1月1日頃、同渓谷上流の八ヶ岳山麓にて服薬、凍死したものと思われる。
1955年 11月21日 外務省アジア局第4課、外務事務官、飯田四郎が東京都港区芝田村町外務省5階から飛び降り自殺
1955年 9月28日 ジャズピアニストの守安祥太郎が目黒駅にて山手線内回り電車に飛び込み自殺
1955年 9月1日 参議院議員、柴田栄の長男、名古屋工業大学建築科4年、柴田千秋が岡崎駅西ガード付近にて鉄道自殺
1955年 7月13日 文部省技官、上野文化財研究所所員、大串純夫が東京都北多摩郡大和町狭山公園にて自殺
1955年 7月10日 東京都立大工学部講師、関口三郎が大田区六郷の多摩川堤にて入水
1955年 7月5日 東京大学理学部数学担当講師、理学博士、森明が同大理学部1号館3階教官室にて睡眠薬自殺
1955年 6月27日 漫画家、谷内六郎が東京都世田谷区上馬1-598自宅にて左腕をカミソリで切り自殺(未遂)
1955年 6月22日 日本起重機製作所常務取締役、三谷貞三郎が大田区森ヶ崎5943の自宅にて服毒自殺
1955年 5月6日 東京都庁住宅内部総務局勤労部福利課長代理、渡辺武綱が代々木−原宿駅間にて鉄道自殺
1955年 4月19日 国立横須賀病院外科医長、医学博士、塩田時夫が東京都杉並区荻窪1-29の自宅にて妻子3人を殺害後、服毒自殺しているのを発見される。
1955年 4月8日 青梅市の工員が東京大学本郷キャンパス三四郎池にてダイナマイト自殺
1955年 3月13日 東京都内初のテレビ塔、港区赤坂一ツ木町ラジオ東京(現TBS)テレビ塔にて男が飛び降り自殺
1955年 2月4日 埼玉県川口市議会副議長、唐沢二三次郎が同市青木町3-393の自宅にて首つり自殺
1954年 12月18日 甲府地方裁判所判事補、近藤脩が東京都板橋区志村、国鉄下十条駅にて鉄道自殺
1954年 11月27日 洞爺丸事故で夫をなくした白井みさが事件二ヶ月後、東京都杉並区の富国生命社員寮にてガス自殺
1954年 11月7日 茨城県精米業一家9人毒殺放火事件:緑志保が栃木県大田原署にて青酸カリ自殺
1954年 9月28日 横浜市交通局収賄事件:6日前に退職した前横浜市交通局長、秋山繁市が同市中区竹ノ丸96の自宅にて、市警察から任意同行を求められた直後、青酸カリ自殺
1954年 9月27日 横浜市交通局収賄事件:前横浜市交通局長技師、金子信一郎が藤沢市辻堂の墓地にて首つり自殺
1954年 9月6日 近江絹糸争議:近江絹糸第二組合東京支部副支部長、川又きみ が東京都品川区五反田5-60近江絹糸池田山寮にて睡眠薬自殺(未遂)
1954年 9月1日 新東宝映画製作主任、鹿島誠哉が福井県芦原温泉、佐々木病院3階別室より飛び降り自殺
1954年 8月28日 ラストロボフ事件:外務省事務官、日暮信則が事情聴取中に東京地検4階窓から飛び降り自殺
1954年 8月18日 水産庁海洋第一部捕鯨監督官、鈴木明が北海道厚岸町の宿舎にて首つり自殺
1954年 7月3日 近江絹糸争議:近江絹糸第二組合東京支部執行委員の中村五郎が熱海にて鉄道自殺
1954年 6月23日 俳優小沢栄の妻、小沢美和子が大田区田園調布3-44の自宅風呂場にてガス自殺
1954年 6月9日 山梨県都留市議会議員、中島尚之の水死体が神奈川県三浦郡三崎町沖合にて発見される
1954年 6月1日 近江絹糸争議:近江絹糸津工場整紡係、小野鉄矢が後楽園球場正面3階席屋上から場外へ飛び降り自殺
1954年 4月28日 日邦水産株式会社取締役会長、佐藤庄次郎が福岡市東小姓町の自宅にて首つり自殺
1954年 4月13日 造船疑獄:石川島重工重役宮島利雄が東京世田谷区玉川奥沢1-509の自宅裏物置にて首吊り自殺
1954年 3月29日 造船疑獄:運輸省海運調整部総務課課長補佐雛田英夫が国鉄運輸省ビル5階から飛び降り自殺
1954年 2月11日 ターキーこと水の江滝子のマネージャー兼松廉吉が鎌倉稲村ガ崎の防空壕後にて服毒自殺
1953年 12月22日 作家、加藤道夫が世田谷区若林町237の自宅書斎にて首つり自殺
1953年 8月11日 元浦和証券取締役、塚越喜が荒川放水路に入水
1953年 5月31日 浦和市議会議員、川上長蔵が浦和署留置場内にて安全カミソリをもちいて首を切り自殺
1953年 4月14日 東京大学農学部3年、卓球部主将、村越徳治が西武池袋線練馬駅付近にて鉄道自殺
1953年 4月2日 農林省食糧庁食品課長、長沢武が湯河原温泉旅館花長園にて首つり自殺
1952年 12月31日 小説家、久坂葉子が阪急六甲駅にて鉄道自殺
1952年 12月26日 北日本製紙取締役、小田昌が渋谷駅にて鉄道自殺
1952年 12月24日 歌舞伎の小道具の権威といわれる藤浪小道具株式会社社長、藤浪与平が鎌倉市坂の下262の自宅にて首つり自殺
1952年 12月5日 メーデー事件被告、日本共産党員、小林秀博が新宿駅にて鉄道自殺
1952年 11月17日 歌手、安城美智子とNHKプロデューサーが京都市中京区河原町の京都ホテル5階にてアドルムとカルモチンを用いて睡眠薬心中
1952年 10月24日 地唄筝曲奏者、菊仲米秋が自殺
1952年 8月8日 立教大学助教授、佐藤偉がマレー、ペナン港に停泊中の英客船カーセージ号船室にて首つり自殺
1952年 7月19日 収賄容疑で取り調べを受けていた元国鉄資材局用度課課長補佐、新日本医科資材会社社長、佐久間幸之助が警視庁5階より飛び降り自殺
1952年 7月2日 横浜商会専務、川喜多新一が横浜駅にて鉄道自殺
1952年 6月8日 小説家、林房雄の妻、林繁子が鎌倉市浄明寺514の自宅にて首つり自殺
1952年 4月21日 自殺クラブの萩須朝子が京都駅前、宮本旅館にて服毒自殺
1952年 4月19日 漕艇協会副会長宮木昌常と妻もと が京都吉野山の村上義光墓前にて青酸カリ用いて自殺、遺体発見。
1952年 2月25日 日本郵船の氷川丸設計者、石川島重工造船技師、飯沼重視が長野県諏訪市上諏訪町角間川鉄橋にて自殺
1952年 1月25日 札幌南高校3年、画家、加清純子が北海道阿寒にて凍死自殺(詳細な日時は不明) 渡辺淳一の小説「阿寒の果つ」のモデル
1951年 12月1日 電通省建設部管理課会計係事務官、森正雄が刃物で喉を切り、玉川上水へ投身、杉並区和泉町498のゴミ揚げ場付近にて発見される。
1951年 11月27日 小説家、林房雄の妻、林繁子が鎌倉市浄明寺514の自宅にて自殺(未遂)
1951年 5月8日 元硫黄島守備隊で戦後3年半、島に潜伏してた海軍二等兵山蔭光福が取材で訪れた硫黄島擂鉢山にて飛び降り自殺
1951年 3月13日 小説家、原民喜が吉祥寺−西荻窪間にて鉄道自殺 代表作「夏の花」
1951年 3月11日 築地八宝亭一家殺人事件:中華料理店八宝亭従業員山口常夫が築地署留置場にて青酸カリを用いて自殺
1951年 1月29日 長男がハンセン病と診断された山梨県農協理事、与水繁の一家9人が北杜市須玉町小倉中小倉の自宅にて砂糖に青酸カリを混ぜ一家心中
1950年 9月1日 ローマ法研究者、東大教授原田慶吉が杉並区高円寺1丁目の自宅勝手口にて首つり自殺
1950年 7月5日 板橋区立志村第四小学校長、里見親和の自殺体が群馬県嬬恋村の浅間山麓にて発見される
1950年 7月3日 金閣寺放火事件:犯人の学僧、林承賢の母、林志満子が山陰線保津峡−馬堀駅間にて列車から保津川へ飛び降り自殺
1950年 6月22日 世界救世教顧問弁護士、長谷川俊夫が静岡県庁にて飛び降り自殺
1950年 4月15日 評論家、木村荘太が千葉県成田市成田山公園内にて首つり自殺
1950年 4月6日 徳田要請問題:国会喚問に呼ばれた通訳、管季治が三鷹−吉祥寺駅間にて鉄道自殺
1950年 3月5日 風船爆弾の考案者、工学博士大槻俊郎が静岡県東伊豆町片瀬温泉、龍淵院裏の松林で22歳女性と青酸カリにて心中
1950年 1月15日 元関東軍報道部、川島芳子の恋人だった山家亨少尉が山梨の奈良田温泉にて首つり自殺、遺体を発見。
1950年 1月4日 悪魔のキューピーこと広島ヤクザ大西政寛が拳銃自殺 映画「仁義無き戦い」若杉寛のモデル
1949年 後半 フランシスコ・ザビエル渡来400年祭の行われた長崎、浦上天主堂にて自殺者が増加、一時期社会問題に
1949年 12月26日 東京工業株式会社重役、平田半六が港区芝の札の辻陸橋より飛び降り鉄道自殺
1949年 12月16日 埼玉県蕨中学校教頭、菅磐源三が大船駅にて鉄道自殺
1949年 11月24日 ヤミ金融、光クラブ社長、山崎晃祠が銀座2丁目の事務所にて青酸カリを用いて自殺、翌25日に死亡確認
1949年 11月3日 小説家、 田中英光が師太宰治墓前にて睡眠薬アドルム服用後手首を切り自殺 代表作「オリンポスの果実」
1949年 9月2日 参議院議員、東浦庄治が世田谷区世田谷2-1337の自宅2階にて首つり自殺
1949年 8月10日 元衆議院議員、自由民主党金沢支部長、殿田孝次が金沢市里見町の自宅物置にて首つり自殺
1949年 8月8日 下山事件現場にて、小児麻痺の少年が鉄道自殺
1949年 7月6日 下山事件:国鉄総裁下山定則が今の五反野コミュニティ公園近くの常磐線にて鉄道自殺。(なお、遺族は事件は他殺であるとして7月5日を命日としている。)
1949年 6月1日 詩人、長沢延子が服毒自殺 死後に遺稿集「友よ私が死んだからとて」が刊行
1949年 5月10日 吉村隊、暁に祈る事件において、渡辺広太郎元軍曹が栃木県那須野黒磯町の自宅近く山林にて首つり自殺
1949年 5月9日 俳優座の女優、堀阿佐子が自宅にて自殺
1949年 4月18日 丸ノ内証券専務、樋口正雄が新宿区下落合4-2154先西武新宿線に飛び込み自殺
1949年 4月9日 見習い看護婦6人が神戸市葺合日暮通1丁目済生会兵庫県病院看護婦宿舎10号室にて青酸カリを用いて集団自殺、4人が死亡
1949年 3月22日 銀行法違反で業務停止命令を受けた私設銀行、広島利殖銀行社長、沖田忠雄が広島県甲牛町の自宅にて一家6人を絞殺後、首つり自殺
1948年 12月4日 富士証券社長、鈴木年人が西武池袋線東長崎−椎名町間にて鉄道自殺
1948年 11月1日 7月8日に青酸カリを持って失踪した元子爵、昆虫学者の高木正徳の縊死白骨遺体が奥多摩雲取山中にて発見される。当時、没落した元華族は斜陽族と呼ばれていた。
1948年 9月8日 陸軍少佐、折田優が巣鴨の戦犯収容所にて自殺
1948年 6月13日 作家、太宰治が山崎富栄と共に玉川上水に入水自殺。19日に遺体発見。代表作「人間失格」「斜陽」
1948年 4月8日 蒲田一家7人心中事件、中蒲田1-6-2にて家長が家族を鉈で惨殺、古井戸に飛び込み自殺
1948年 3月23日 広島のヤクザ山上光治が広島市の果物店にて五右衛門風呂の風呂釜内に入り拳銃自殺 映画「仁義なき戦い広島死闘編」山中正治のモデル
1948年 2月19日 神田の大手古本屋、巌松堂店主、波多野一が神奈川県二ノ宮町山西979の自宅にて首つり自殺
1948年 1月20日 画家、三橋六郎がレオナルド・ローレンス米軍曹長の妻シルバーと東急東横線高島町駅前にて青酸カリ心中
1947年 12月8日 福島県白河の国立種畜牧場(現・家畜改良センター)牧場長、農林省技官、相馬久三郎が昇汞水を飲み自殺
1947年 10月11日 裁判官、山口良忠が餓死?
1947年 9月25日 元枢密院議長、法学博士清水澄が天皇制護持の遺書を残して熱海錦ヶ浦北の魚見崎より投身自殺
1947年 9月10日 ニューギニア派遣軍司令官、陸軍中将、安達二十三がラバウルにて切腹
1947年 9月9日 海軍特務機関錦隊要員、窪田典人がティモール島クーダン東方山中にて自殺
1947年 8月29日 海軍上等衛生兵曹、小川和一が巣鴨の戦犯収容所にて自殺
1947年 6月12日 鹿児島県教育民生部長、石村光三が鹿児島市公会堂屋上より飛び降り自殺
1947年 4月28日 インパール作戦ビルマ烈兵団参謀、陸軍少佐、野中国男が自殺
1947年 4月25日 収賄で逮捕され制服のまま新潟刑務所に収容された新潟署長、軽部要作が同所独房内にて首つり自殺
1946年 12月10日 陸軍中将、小泉恭治が東京都三鷹市下連雀113の自宅にて切腹
1946年 10月26日 旧制第一高等学校文科3年原口統三が逗子海岸なぎさホテル前海岸にて入水 死後「二十歳のエチュード」が出版、話題になる。
1946年 10月4日 海軍警部、修多羅浩がセレベス島マカッサル戦犯収容所にて自殺
1946年 9月17日 陸軍中将で大陸鉄道司令官の草場辰巳が極東国際軍事裁判にソ連側証人として出廷する直前に自殺
1946年 8月12日 陸軍大尉、池葉東馬がラバウル戦犯収容所内にて自殺
1946年 7月18日 九州大学生体解剖事件:九大第一外科部長の石山福二郎教授が自殺 遠藤周作の小説「海と毒薬」のモデル
1946年 6月21日 長春第8病院、元陸軍従軍看護婦井上鶴美以下22名の看護婦が、同病院3階宿舎にて、ソ連兵の暴行にたいして抗議の青酸カリ自殺
1946年 5月18日 広田弘毅の妻静子が藤沢市の自宅にて服毒自殺
1946年 4月19日 台湾総督、陸軍大将安藤利吉が上海拘留所にて青酸カリ自殺
1946年 4月13日 台湾軍第12師団長、陸軍中将、人見秀三が台湾にて拳銃自殺
1946年 3月23日 和歌山県伊都郡恋野村村長、中谷安太郎の溺死体が同村の滝にて発見される
1946年 3月23日 第4軍司令官、陸軍中将、上村幹男がソ連ハバロフスク収容場にて自殺
1946年 1月30日 天皇機関説糾弾で有名だった元原理日本社長蓑田胸喜が熊本県八代郡吉野村の自宅にて首つり自殺
1945年 12月31日 小説家、生田葵山が瀬戸内海播磨灘にて入水 代表作「都会」「和蘭皿」
1945年 12月16日 政治家、近衛文麿が荻窪の荻外荘にて青酸カリ自殺
1945年 12月13日 先島群島日本軍司令官で宮古島第28師団長、陸軍中将、納見敏郎が宮古島にて自殺
1945年 11月30日 元陸軍大将、本庄繁が陸軍大学校内補導会理事長室内にて切腹
1945年 10月5日 第64警備隊司令、陸軍少将、升田仁助がグアム島にて自殺
1945年 9月17日 陸軍中将、篠塚義男が渋谷区代々木初台517の自宅にて右頸動脈を切り自殺
1945年 9月17日 18方面軍参謀次長、陸軍中将、濱田平がタイ、バンコクにて自殺
1945年 9月16日 第29戦闘隊特攻隊長、陸軍中尉、橘健康が台湾台中飛行場の愛機疾風号コクピット内にて拳銃自殺
1945年 9月15日 ボルネオ島クチン俘虜収容所長、陸軍大佐、菅辰次がアブアン島の収容所にて洋食用ナイフを用いて自殺
1945年 9月14日 杉山元帥夫妻の葬儀責任者、陸軍大将、吉本貞一が葬儀終了後、市ヶ谷第1総軍司令部にて拳銃自殺
1945年 9月14日 元文部大臣、橋田邦彦が杉並区荻窪1-59自宅にて服毒自殺
1945年 9月13日 陸軍中将、中部国民勤労訓練所所長、城倉義衛が同所内にて拳銃自殺
1945年 9月13日 元厚生大臣、陸軍中将、小泉親彦が淀橋区西落合1-165自宅2階茶室にて軍刀を用いて切腹
1945年 9月12日 本土防衛総軍司令官で元帥、陸軍大将杉山元が横浜第8軍司令部にて拳銃自殺、知らせを聞いた妻啓子は青酸カリを飲み短刀を喉に刺して自殺
1945年 9月7日 実業家でインドネシア独立運動の小スンダ建国同志会に日本人で唯一参加した三浦襄が約束を果たせなかったとバリ島にて拳銃自殺
1945年 9月6日 釜山海軍航空基地第352設営隊副長、安平敏隆が釜山にて拳銃自殺
1945年 9月4日 第一総軍法務部長、陸軍法務中将、島田朋三郎が赤坂霊南坂にて拳銃自殺
1945年 9月3日 「いざ来いニミッツ、マッカーサー出てくりゃ地獄に逆落とし」の名コピーを生んだ、大本営報道部部長、陸軍大佐、親泊朝省が東京都小石川区大原町21番の自宅にて妻子とともに拳銃自殺
1945年 9月2日 海軍中将、近畿海軍軍需監督部長、森住松雄が同部にて自殺
1945年 9月1日 台湾で大規模灌漑用水を作った技師八田興一の妻、外代樹が台湾、烏頭山ダムにて入水自殺
1945年 8月31日 伊号第四〇一潜水艦艦長有泉龍之介大佐が米軍接収後、自殺
1945年 8月28日 陸軍憲兵曹長、上遠野勇吉が3日前に自決したインドネシア独立の志士ラデン・アブドル・カリム青年の墓前にて拳銃自殺
1945年 8月27日 愛宕山で集団自殺した尊攘同志会の夫人3人が同所にて拳銃自殺
1945年 8月26日 トーマス・グラバーの息子、倉場富三郎が自殺
1945年 8月24日 東部軍司令官、陸軍大将、田中静壷が東部軍管区司令官室にて拳銃自殺
1945年 8月24日 代々木練兵場集団自決事件:大東塾塾長代行影山庄平と塾生13名が切腹
1945年 8月23日 陸軍立川航空工廟木津分工場長 陸軍航空中尉、肥田武が石川県七塚町木津の海岸にて切腹 後に現場に肥田様塚が建立
1945年 8月23日 徳島海軍航空隊、海軍中尉、中原一雄が徳島県松茂町笹木野にて機銃をもちいて自殺 後に自決現場である徳島海上自衛隊基地内に慰霊碑が建立
1945年 8月23日 皇居前広場自決事件明朗会会員13名が切腹
1945年 8月22日 海軍軍令部参謀、海軍少佐、國定謙男が茨城県土浦市真鍋町善応寺裏の丘にて妻子とともに拳銃自殺
1945年 8月22日 愛宕山集団割腹自殺事件尊攘同志会会員12名が切腹
1945年 8月21日 満州国治安部次長、ハルピン学院長、渋谷三郎がハルピン市内の自宅にて妻子とともに拳銃自殺
1945年 8月21日 海軍佐世保軍需部、海軍大尉、長瀬武が妻外志子と共に佐世保前畑火薬庫裏の丘にて拳銃自殺
1945年 8月20日 満州映画協会理事、元憲兵大尉、甘粕正彦が青酸自殺
1945年 8月20日 九州海軍軍需監理局第二兵器課長、海軍技術中佐、長島秀男と部下の寺尾博之が福岡市油山中腹にて切腹。後に同地に自刃の碑が建立
1945年 8月20日 真岡郵便局電話交換手9人が青酸カリを飲んで自殺
1945年 8月19日 陸軍中野憲兵学校、陸軍憲兵軍曹、近藤巌が靖国神社社殿前にて自殺
1945年 8月19日 陸軍決死団(本土決戦の為の部隊)第203連隊第2隊長、銕尾隆が千葉県印旛郡四街道町宥妙寺にて切腹、妻玉憙もその場で拳銃自殺 後に自決現場に聖観世音菩薩が建立
1945年 8月19日 陸軍大尉、上原重太郎が陸軍士官学校裏航空神社前にて切腹
1945年 8月19日 国文学者、陸軍中尉蓮田善明がインドネシア・ジョホールバルにて上官を射殺後拳銃自殺
1945年 8月18日 人間魚雷回天平生基地所属、回天特別攻撃隊教官、橋口寛が同基地で20日出撃予定だった回天の前にて拳銃自殺
1945年 8月17日 第137師団長、陸軍中将、秋山義兌が北朝鮮咸興で切腹
1945年 8月17日 糸川英夫らと共に赤外線誘導爆弾ケ号の開発に携わった陸軍少佐、大石猪太郎が静岡県浜松市館山寺山上にて拳銃自殺
1945年 8月17日 陸軍大尉、上原重太郎が自殺
1945年 8月16日 海軍中将、神風特攻隊の創設者、大西瀧治郎が切腹
1945年 8月15日 航空本部長、陸軍中将、寺本熊市が切腹後、拳銃自殺
1945年 8月15日 第五師団長、陸軍中将、田中清一がセラム島司令部にて自殺
1945年 8月15日 陸軍中将、寺本熊市が淀橋区戸山ヶ原にて自決
1945年 8月15日 陸軍少佐、古賀秀正が玉音放送終了直前に近衛第1師団司令部2階にて切腹後拳銃自殺
1945年 8月15日 天皇の玉音盤をめぐる事件、宮城事件の首謀者、椎崎二郎陸軍中佐と畑中健二陸軍少佐が拳銃自殺
1945年 8月15日 陸軍航空技術審査部総務部長、陸軍少将、隈部正美が立川飛行場南端にて一家5人で拳銃自殺
1945年 8月15日 海軍中将、宇垣纏が最後の神風特攻隊として出撃
1945年 8月15日 陸軍大臣、阿南惟幾が陸相官邸にて切腹
1945年 8月14日 葛根廟事件:満州国興安総省興安街在住の日本人が葛根廟近くにてソ連軍の攻撃を受けた際、多数が自殺
1945年 8月12日 麻山事件:満州哈達河開拓団が満州国鶏寧県麻生区において、ソビエト軍戦車部隊と満州国反乱軍の襲撃を受け集団自決、421人が死亡
1945年 8月8日 朝鮮公族、李偶(人偏を金偏に)公御付武官、陸軍大佐、吉成弘が原爆で亡くなった李公の遺体を収容した広島市似島にて右頸動脈を軍刀で切り自殺
1945年 7月26日 ヴィシー政権時代に駐フランス全権大使だった千葉蓁一が妻、美代子とともにトルコ、アンカラにて自殺(美代子は北里柴三郎の長女)
1945年 6月22日 陸軍少将、独立混成第44旅団長鈴木繁二が自殺
1945年 6月22日 陸軍中将、藤岡武雄が摩文仁にて自決
1945年 6月30日 陸軍中将、 雨宮巽が自殺
1945年 6月23日 陸軍大将、沖縄防衛軍司令官、牛島満が切腹
1945年 6月13日 海軍中将、大田実が切腹
1945年 5月13日 ドイツから潜水艦U234号にて帰国途中の海軍技術大佐、友永英夫と庄司元三が、北大西洋ニューファンドランド島沖にて睡眠薬を用いて自殺
1945年 4月7日 海軍大佐、戦艦大和の艦長、有賀幸作、大和を運命を共にす
1945年 3月21日 有人ロケット兵器「桜花」初の出撃
1944年 11月23日 南太平洋ペリリュー島守備隊隊長、陸軍大佐、中川州男がペリリュー島にて「サクラサクラ」の電文を発信後、村井権治郎少将、飯田義栄中佐とともに切腹、部隊は玉砕
1944年 10月20日 最初の神風特別攻撃隊が出陣する
1944年 10月15日 海軍中将、有馬正文、体当たり攻撃を敢行
1944年 8月11日 陸軍大将、グアム島守備隊司令官、小畑英良が自殺
1944年 8月3日 陸軍中将、水上源蔵が北ビルマ、ミイトキーナの戦いにおいて転進を命じた後に拳銃自殺
1944年 7月7日 サイパン島バンザイ岬において集団投身自殺
1944年 7月6日 陸軍中将、斉藤義次と南雲忠一、サイパン島玉砕
1943年 10月26日 政治家、中野正剛が東条内閣を批判、造言蜚語容疑で逮捕・保釈後、代々木本町808の自宅にて切腹
1943年 9月25日 浦賀ドック寄宿舎舎監、小林今朝市が同寄宿舎近くの畑にて切腹
1943年 8月29日 呉海軍工廟造機部、海軍技術中尉、伊藤高が呉水行社にて切腹
1943年 2月18日 大森ホテル専務取締役、藤原政行が川崎市登戸657地先山林にて首つり自殺
1942年 11月19日 陸軍中将、堀井富太郎がポートモレスビー戦の責任をとって自殺
1942年 11月11日 浜松事件:浜松の聾唖殺人鬼中村誠策の父中村文貞が浜名郡中ノ町村の天竜川にて入水
1942年 8月21日 陸軍少将、 一木清直がガダルカナル島戦の責任をとって自殺
1942年 6月6日 海軍中将、山口多聞、ミッドウェー海戦において空母飛龍と運命を共にする
1942年 6月5日 海軍少将、柳本柳作、ミッドウェー海戦において空母蒼龍と運命を共にする
1942年 5月20日 長崎港外で機雷に接触し沈没した東亜海運の長崎丸船長、菅源三郎が東亜海運汽船長崎支店にて切腹
1942年 3月11日 岐阜高等農林学校長、山桝忠好が同校農場にて首つり自殺
1941年 11月23日 歌手、関屋敏子が品川区下大崎1-86の自宅にて首つり自殺
1941年 10月12日 台湾の台北高等学校教授、川南宏が台北市昭和町の自宅にて首つり自殺
1941年 7月21日 神戸瓦斯監査役、松葉恭助が神戸市灘区の阪急兵庫駅にて鉄道自殺
1941年 4月7日 日本郵船ボンベイ支店長、上村廣治がボンベイの自宅にて首つり自殺
1941年 3月14日 大阪医師会長、合田病院長、合田民蔵が大阪市北区刑務支所内独房にて首つり自殺
1941年 3月13日 靖国神社参拝を拒否し憲兵隊に検挙、連行されたホーリネス派日本聖教会函館聖教会牧師補、小山宗祐が獄中内で首つり自殺
1940年 7月18日 ろう教育者で口話法の推進者、西川吉之助が自殺
1940年 5月28日 航空精機製作所社長、佐野雄が詐欺容疑で取調中、警視庁一階便所にてカミソリをもちいて自殺、翌29日死亡
1940年 5月11日 靈氣療法師範、林忠次郎が自殺
1939年 6月11日 帝国コークス常務取締役、奥田四郎が熱海の別荘にて睡眠薬自殺
1939年 1月10日 作家、井上正義が淀橋区百人町3-352の自宅にてガス自殺 代表作「患者輸送班」
1938年 12月2日 歌人、江口きちが兄と共に青酸カリ自殺
1938年 10月3日 体操選手、ベルリンオリンピック代表選手、角田不二夫が大阪天保山発徳島行き阿波共同汽船うらら丸から瀬戸内海へ投身自殺
1938年 9月6日 東京高等歯科医学校助教授、小杉宿三久が淀橋区百人町2-90の自宅にて首つり自殺
1938年 6月10日 死なう団日蓮会青年部員、渡辺櫻誠こと忠儀が浦賀発千葉行き連絡船湘南丸から浦賀水道に入水
1938年 6月6日 元三菱商事ニューヨーク支店生糸部社員、ニューヨーク在留邦人で演劇研究家、伊藤謁雄がブロードウェイのアパートにてガス自殺
1938年 5月28日 山一証券前社長、太田収が渋谷区豊分町1の自宅にて服毒自殺
1938年 5月22日 津山30人殺し:都井睦雄が
1938年 3月23日 死なう団日蓮会青年部員で19日に自殺した今井千世子の妹、今井みよ と同部員、三輪妙子が蒲田区糀谷2-2750死のう団本部にて服毒自殺、三輪が絶命。
1938年 3月23日 津村理化学研究所営業部長、室岡金蔵が池袋駅南約50mにて山手線内回り電車に飛び込み自殺
1938年 3月20日 死なう団日蓮会青年部員で団長江川櫻堂の弟、青木桜花こと万寿吉が蒲田区糀谷町2-2980江川家実家にて短刀で腹を刺し服毒自殺 この日の朝、江川櫻堂は死去
1938年 3月19日 死なう団日蓮会青年部員、今井千世子が蒲田区糀谷2-2750死のう団本部にて服毒自殺
1938年 2月7日 元本郷区議会議員、本郷庄太郎が本郷区駒込明神町283待合三笠の自宅を放火後、田端駅にて鉄道自殺
1937年 12月25日 日本ピストンリング会社社長の息子で同社鋳造課長、鈴木和保と女が静岡県浜名湖畔新居町新居弁天小波旅館にて服毒心中
1937年 11月26日 阪和電鉄社長、木村清が堺市東郊上野芝住宅地の自宅にて剃刀で首を切り自殺
1937年 11月7日 元共産党東京委員長、前納善四郎が神奈川県足柄下郡酒匂村綱一色八幡神社境内にて首つり自殺
1937年 10月14日 米の品種改良をし水稲農林1号を開発した新潟農林水産試験場技師並河成資が自殺 農林1号は耐寒性に優れ飢饉に強く、戦後食糧難を救った稲といわれる。なおコシヒカリは同種と農林22号を交配し作られた。
1937年 10月14日 左翼運動家、中西良治と渡辺五郎、山梨県北都留郡丹波山村山中の山小屋にて服毒自殺
1937年 7月15日 茨城県水戸市の常陽銀行監査役、坂入興兵彌が茨城県筑波郡菅間村の自宅にて猟銃自殺
1937年 3月20日 太宰治が妻初代と谷川温泉にてカルモチンを用いて心中(未遂)
1936年 12月25日 タクシー運転手助手、竹谷竹治が品川区北品川3-95タクシー長坂方の車庫に駐車した36年式シボレー車内にて練炭火鉢を用いて自殺。おそらく密閉した車内で日本初の練炭自殺。
1936年 11月20日 中国山海関守備隊長、陸軍少佐古田龍三が冀察政府保安部隊との交戦の責任をとり冀東区玉田県東揚庄子にて切腹
1936年 11月2日 後宮淳大将の次男で陸軍少尉、後宮二郎が軍人勅諭の朗読中1文字間違えた翌々日未明、和歌山歩兵第六十一連隊第三中隊宿舎にて拳銃自殺
1936年 10月24日 社会大衆党麹町支部書記長、中西良次と、同党青年部長、渡辺五郎が山梨県都留郡丹波村の山林にて服毒自殺しているのを発見される
1936年 10月20日 元韓国統監、曾彌荒助子爵の娘曾彌敏子が世田谷区世田谷1-61、実兄曾禰又男宅にて首つり自殺 なお敏子の長兄は曾禰安輔子爵、次兄は千葉心中事件で有名な芳川寛治伯爵
1936年 10月18日 226事件にて起訴中の参謀本部付歩兵大尉田中彌が代々木初台540の自宅にて拳銃自殺
1936年 7月24日 光明外科医院院長、医学博士、小木釜太郎が荏原区中延町1-268の自宅兼病院にて狂乱、手術室にて妻の心臓を手術用ナイフで突き殺害後、同じ手法にて自殺
1936年 6月17日 海軍大学甲種学生、海軍少佐、堤正之男爵が目黒区柿ノ木坂693の自宅にて拳銃自殺
1936年 5月7日 松竹楽劇部声楽教師、安井義三が豊島区目白2-1-673の自宅にて睡眠薬自殺
1936年 5月6日 安田信託監査役、内閣調査局専門委員、中西次郎が渋谷区八幡通1-33の自宅にて首つり自殺
1936年 4月27日 陸軍工兵大佐、後藤和儀が大連にて自殺
1936年 4月23日 洋画家、佐分眞が東京府下滝野川町西ヶ原1081の自宅兼アトリエにて首つり自殺
1936年 4月19日 作詞家鹿山映二郎が愛人の芸者和千代と長野県塩尻峠にてカルモチンをもちいて心中
1936年 4月18日 西郷隆盛の孫、西郷隆徳が鹿児島市武町の実家裏庭の鉄棒にて首つり自殺
1936年 4月11日 岡山第六高等学校教授、三宅虎雄が岡山市西田町の自宅縁側にて短刀をもちいて喉をつき自殺
1936年 4月8日 六九銀行東京支店長、浅木兵市が芝区白銀台町1-33の自宅にて妻子4人を殺害し自殺、13日に死亡
1936年 4月3日 大久保光野男爵と妻房子が横浜市中区扇町1-22日米ホテルにてカルモチンをもちいて自殺
1936年 3月30日 板橋区役所会計課出納主任、中山和男が中野区新山通3-21の自宅にて切腹
1936年 3月24日 小説家、牧野信一が小田原町新玉町2-400自宅寝室にて首つり自殺 代表作「父を売る子」「鬼涙村」
1936年 3月22日 福岡放送局の女子アナウンサー大坪静枝が大森区雪ヶ谷726の知人宅にて服毒自殺、翌23日未明死亡
1936年 3月14日 山梨県、見延山幼稚園園長代理、高見愛子が文通相手の長野県松本市の中込清と伊豆天城山八丁池付近にて心中。高見は絞殺、中込は首つり自殺。二人は心中2日前に初めて会った。
1936年 3月9日 大本教弾圧事件:大本教幹部、栗原七蔵が京都中立売署独房にてハンカチを用いて首つり自殺
1936年 3月5日 226事件:湯河原伊藤屋旅館に滞在中の牧野伸顕前内大臣を襲撃し捕らえられた航空兵大尉河野寿が入院先の病院にて自殺、翌6日死亡
1936年 2月29日 226事件:陸軍大尉野中四郎が陸相官邸で拳銃自殺
1936年 2月29日 226事件:歩兵第三連隊付天野少佐が兵営南広場にて拳銃自殺
1936年 2月28日 226事件:近衛輜重兵大隊勤務青島健吉中尉が目黒の自宅にて切腹、夫人も日本刀で自刃 遺書「皇軍の万歳を祈る」
1936年 1月23日 大阪脱税疑獄:元大阪府議会議長辻阪信次郎が大阪北区刑務支所独房にて首つり自殺
1935年 10月24日 千島列島開拓事業団、報效義会会員で占守島を開拓した別所佐吉が占守島別飛河畔にて猟銃自殺
1935年 10月5日 横領事件をおこして失踪した神奈川県瀬谷銀行専務取締役、小島政八の白骨遺体が福島県湯本温泉近くの山中で発見される。死後約4ヶ月、首つり自殺。この日、瀬谷銀行は鎌倉銀行に吸収合併された。
1935年 10月5日 永田鉄山軍務局長暗殺事件において事件現場にいた山田長三郎大佐が世田谷区代田2丁目自宅2階にて軍刀で頸動脈を切り自殺
1935年 10月3日 東京市千歳村村議会議員、高橋瀧蔵一家6人を殺傷し逃亡していた、芹澤童治が下砧村大蔵山野1705(現・世田谷区立山野小学校)砧ゴルフリンク物置にて首つり自殺
1935年 9月19日 築地小劇場劇団員、南建眞が中野区野方、東京市療養所にて睡眠薬自殺
1935年 8月29日 女優、水久保澄子がカルモチンを用いて自殺(未遂)
1935年 8月20日 日本初の女性アナウンサー、翠川秋子と蒲田区役所職員藤県羊次が千葉県館山の館山湾上のボートより入水、遺体は館山湾内西岬村坂田海岸に漂着
1935年 7月11日 鰹節問屋にんべん高津商店監査役、清水米次郎が青山南町6-147の自宅地下物置にて出刃包丁で首を刺して自殺
1935年 7月7日 神奈川県鎌倉郡豊田村長、吉田庄蔵が戸塚警察署留置場内にて首つり自殺
1935年 6月10日 長野県立諏訪中学校長、山崎織治が自宅にて首つり自殺
1935年 5月26日 神戸市経理課長、大久保禎一が自宅にて首つり自殺
1935年 5月23日 横浜市疑獄:横浜ドッグ元取締役、生野鼎が大森山王1-2674の自宅庭にて榎に兵児帯をかけて首つり自殺
1935年 5月16日 横浜市疑獄:前神奈川県水道局長、橋坂武運三が横浜市神奈川区子安町大口594の自宅裏山にて兵児帯をもちいて首つり自殺
1935年 5月1日 アメリカ庭球視察団接待役、神戸大丸店員、大森やす子が郵船秩父丸船よりホノルル沖へ入水
1935年 3月28日 陸軍少将、山内六郎が日光町願満ヶ淵山中にて首つり自殺しているのを発見される。死後約1週間。
1935年 3月24日 恐喝事件で起訴された元衆議院議員、民政党の大野敬吉が収容先の市ヶ谷刑務所にて首つり自殺
1935年 3月21日 松本商工会議所副会頭、石井祐介が松本駅にて鉄道自殺
1935年 3月21日 大磯町長、二宮長松が自宅物置にて首つり自殺
1935年 3月17日 津島修次のちの太宰治が鎌倉八幡宮裏にて首吊り自殺(未遂)
1935年 2月11日 花柳流舞踊美誠会主宰、舞踏家花柳徳之輔が日本橋区人形町3-4自宅にて首つり自殺
1935年 1月31日 百万円小切手詐取で逃走中の王子製紙検査課長代理、渡辺亮作が東京大森区雪ケ谷409の元王子製紙テニスコートの廃屋にてカミソリで首を切り自殺(未遂)
1935年 1月19日 文部省在外研究生としてアメリカ中学中の台南高等工業学校教授、志賀孝平がアメリカ大陸横断鉄道列車内にてナイフで喉を刺し自殺
1935年 1月14日 新交響楽団オーボエ奏者、平野政が、許嫁の伊藤よし江が埼玉県入間郡鶴ヶ島村脚折の自宅にてカルモチンをもちいて心中
1935年 1月12日 千葉県全農連合会書記、齋藤國光が千葉県八街町駅前公園内にて服毒自殺、翌13日死亡
1935年 1月12日 鳥取県教育会主事、河崎松一が鳥取県松保村の自宅にて日本刀をもちいて切腹後、頸動脈を切り自殺
1934年 11月25日 横浜市疑獄:島根県土木課長、北原■が横浜刑務所第三未決独房1号室にて兵児帯で首を絞め自殺
1934年 11月18日 天皇が群馬県桐生市内を視察中、道を間違えた先導係、群馬県警察部衛生課警部、本多重平が前橋市内の自宅にて短刀で喉を突き自殺(未遂)
1934年 11月15日 小説家中村進治郎が中野区宮園通りアパート26号館階下2号室にてジアールを用いて睡眠服薬自殺
1934年 11月9日 元東京府社会課職員、山田忠雄が中野区大和町74の自宅にてカルモチンをもちいて自殺
1934年 10月22日 内紛により天皇行幸が中止となった群馬県前橋市外産業組合製糸群馬社長、大久保佐一が同社重役室にてカミソリで首を切り自殺
1934年 8月17日 横浜国際療院院長、横浜中華街にて貧困者への医療支援活動をしていた畠山きくい がモルヒネを大量服用して自殺、翌18日死亡
1934年 8月14日 日本橋白木屋エレベーターガール土戸志津枝が7階東非常梯子より飛び降り自殺
1934年 8月9日 破産した徳山銀行の元監査役、武弘達也が渋谷区宇田川町46の自宅台所にて首つり自殺
1934年 7月24日 天理教布教師、稲垣茂が神戸市の天理教脇浜宣教所にて7人を手斧で斬り付けた後に逃走、神戸横手海岸にて入水
1934年 7月2日 帝都教育疑獄:荒川第三瑞光尋常小学校校長、福田徳太郎が足立区千住町5-88名倉病院裏の林にてカミソリで頸動脈を切り自殺
1934年 7月1日 夫、近藤徳之助自殺を知った、妻、近藤茂枝が南千住駅にて電車から飛び降り轢死
1934年 7月1日 千葉市長選挙買収事件の容疑者、日本大学付属中学校会計係、近藤徳之助が両国駅高架ホームから飛び降り自殺
1934年 6月27日 帝都教育疑獄:東京市臨川尋常高等小学校校長、小林幟が渋谷区永住町18の自宅にて首つり自殺
1934年 4月28日 浅草松屋商品課長、山崎嘉吉が省線品川駅第3ホームにて鉄道自殺
1934年 4月28日 洋画家、片多徳郎が名古屋市中区門前町西本願寺名古屋別院本堂裏墓地にて首つり自殺
1934年 4月16日 ローマ駐在日本大使館付海軍駐在武官、大谷雄介がイタリア、ナポリのホテルロワイヤルにて首つり自殺
1934年 4月5日 世界ランキング3位のテニス選手、佐藤次郎がマラッカ海峡にて入水
1934年 4月3日 日本基督教会信濃町教会牧師、高倉徳太郎が自殺
1934年 3月9日 前鐘紡社長、武藤山治を鎌倉の私邸近くで銃撃した犯人、福島新吉が現場にて拳銃自殺
1934年 2月8日 東京市淀橋第5尋常小学校長、森梅三郎が神奈川県都築郡柿生村にて首つり自殺
1933年 12月21日 岩倉具視の孫、岩倉靖子が渋谷区鉢木町10、兄の岩倉具栄公爵宅にてカミソリで首を切り自殺
1933年 12月14日 大阪三品取引所常務理事、関東軍内地顧問、貴志喜四郎が関釜連絡船景福丸より入水
1933年 12月2日 帝都教育疑獄:市立小石川高等小学校校長郡司宗雄が警視庁留置所にて首つり自殺
1933年 11月4日 銀座松屋百貨店営繕部長、名執保平が大森−蒲田間にて鉄道自殺
1933年 11月2日 衆議院議員、政友会前総務、熊谷巌が妻の実家、伊庭秀栄宅土蔵にて首つり自殺
1933年 10月24日 文部省宗教局国宝保存係製図技手、神谷吉五郎が淀橋区東大久保2-1の自宅にてカミソリで腹と喉を切り自殺
1933年 10月7日 京都市役所理財課長、工藤尚雄が大阪商船室戸丸より入水
1933年 9月26日 九州大学法文学部助教授、淺野正一が鹿児島線水城-雑飼隈駅間にて鉄道自殺
1933年 7月25日 東鉄運転課の鉄道技師、高橋休蔵が欧州留学から郵船香取丸にて帰国途中、地中海にて入水
1933年 7月13日 ヤマト糊の創業者、木内弥吉が東京神田区小川町66佐野病院3階16号室から飛び降り自殺
1933年 7月10日 映画弁士:須田貞明(映画監督黒澤明の実兄)と愛人が伊豆湯が島温泉落合楼にてカルモチン、猫いらずを用いて心中
1933年 6月17日 足尾銅山争議委員、川出保蔵の妻で、婦人部の総指揮をしていた川出まつが東京中野区向台18の自宅にて猫いらずを飲み自殺
1933年 5月30日 常総電鉄社長、山中彦兵衛が熱海錦ヶ浦の南、蘇我の崖上より飛び降り自殺
1933年 5月6日 青梅町議会議員、内田勝蔵が青梅市の自宅物置にて首つり自殺
1933年 4月29日 三原山自殺事件の富田昌子が変死(自殺?)
1933年 4月22日 元衆議院議員、斉藤元が仙台市北四番町152の自宅裏庭にて首つり自殺
1933年 4月21日 洋画家、木村磐男が大阪のカフェ女給、中川三八子と奈良公園旅館にて首つり自殺
1933年 3月31日 元日活の女優、妹尾まつが滋賀県彦根町4番町の酒場玉ノ家内にて首つり自殺しているのを発見される。
1933年 3月9日 日本航空輸送研究所1等飛行士、久保田亀之助が大阪大正区木津川飛行場宿直室にて服毒自殺。
1933年 2月16日 衆議院議員、櫻内辰郎の長女、櫻内本子が芝高輪車町44の自宅にて青酸カリを飲んで自殺
1933年 2月12日 実践女学校専門部国文科、松本貴代子が伊豆大島三原山火口に投身自殺、案内役をつとめた富田昌子が死を誘う女として話題になる。三原山ブームが起こる
1933年 1月21日 歌人、大熊長次郎がカルモチンをもちいて睡眠薬自殺
1933年 1月8日 実践女学校専門部国文科、真許三枝子が伊豆大島三原山火口に飛び降り自殺
1932年 12月27日 1930年、富士紡川崎工場の煙突上に籠城しストライキを支援した労働運動家、田辺潔が横浜市万国橋付近にて失踪、翌1933年2月14日、横浜中華街近く、堀川谷戸橋付近にて死体発見。自殺説が濃厚。
1932年 12月18日 「お弁当のない学校の貧しい子へ、この金でジャム付のパンを食べさせてください」と文部省に150円を郵送した本郷江戸屋洋服店の小僧、小沢三郎が新宿駅にて鉄道自殺
1932年 12月12日 小説家中村進治郎とムーランルージュ新宿座の高輪芳子が四谷区番衆町127新宿園アパート2階14号にてガス心中(中村は助かる)
1932年 12月10日 上海事変にて中国国民党軍の捕虜となった西尾甚六少尉が、滋賀県東浅井郡大郷村大字川道1790の自宅にて首を切り自殺
1932年 11月6日 独立青年社事件:独立青年社の児玉誉士夫が千葉県市川市の中山鬼子母神境内にてピストルで胸を撃ち自殺未遂
1932年 9月15日 作曲家、本居長世の父、元宮内省諸陵寮考証課長、増田干信が東京市外目黒町839の自宅離れにて首つり自殺
1932年 7月31日 8年前、大阪中央郵便局にて5万円を横領し逃走していた、元同局為替貯金課通信書記、前川勘三が東京府下八王子高尾山薬王院側、坊ヶ谷戸山中にて首つり自殺しているのを発見される。死後約1日。
1932年 7月13日 ピアニスト近藤柏次郎と新橋大和屋の芸者千代梅こと森本まさ子が代々幡町代々木山谷136にてガス心中
1932年 7月10日 徳川慶喜の10男で勝海舟の養嗣子、勝精伯爵が渋谷町元広尾町1の愛人水野まさ宅にてカルモチン心中
1932年 6月24日 東京帝国大学工学部教授、工学博士、井上範が東京帝国大学病院4階屋上より飛び降り自殺
1932年 6月20日 四・一六事件:共産党員、遠藤ヌ胤と愛人土田ふみ子が千葉県銚子、犬吠埼にて飛び降り自殺
1932年 5月8日 坂田山心中事件:慶応大学理財科3年調所五郎と湯山八重子が神奈川県大磯町東小磯852大磯駅北の坂田山にて昇汞水を飲み心中。映画「天国に結ぶ恋」のモデル、主題歌「天国に結ぶ恋」もヒット。坂田山ブームが巻き起こり、この年坂田山では20組の心中者をだす
1932年 4月17日 東京人造絹糸取締役、繊維業の実業家として知られた町田徳蔵が千葉の富津沖にて溺死体にて発見される。
1932年 3月28日 上海事変にて中国国民党軍の捕虜となった空閑(くが)昇少佐が上海にて切腹後拳銃自殺
1932年 3月6日 民政党代議士中村継男の選挙違反事件において、市ヶ谷刑務所に収容中の同代議士運動員、小林幸三郎が同刑務所13舎独房内にて首つり自殺
1932年 3月5日 名古屋猟奇殺人事件犯人、菓子職人増淵倉吉の首つり自殺遺体が愛知県丹羽郡犬山町犬山橋下、犬山橋掛茶屋見晴亭物置小屋にて発見される
1931年 12月20日 南画研究家、平田伊平が大阪市南区鰻谷中野町の自宅にて首つり自殺
1931年 9月6日 元衆議院議員、民政党、高木利平が埼玉県北葛飾郡彦成村大字上口の自宅にて首つり自殺
1931年 8月15日 和歌山県の伊那合同銀行頭取、尾崎直市が和歌山県伊那郡隅田村垂井の共同墓地にて首つり自殺
1931年 5月26日 島津製作所株券偽造事件において、元島津製作所総務部長、福本久之助が京都市寺町今出川の自宅にて首つり自殺
1931年 5月22日 井上準之助蔵相邸爆破テロ事件に関与した後備陸軍歩兵中尉荒川精一が駒沢町弦巻28の自宅にて剃刀自殺、25日に死亡
1931年 4月2日 浅草、吉原郵便局長、伊東鶴二が東京市外練馬町3538付近にて武蔵野線電車に飛び込み自殺
1931年 3月6日 京橋樋町の鞄店店員須山禎郎が立川発大阪行きの旅客機から飛び降り自殺、日本初の航空機からの飛び降り自殺
1931年 3月1日 伊藤博文の次男、清水博春男爵が名古屋市熱田神宮境内ひょうたん池畔にて首つり自殺
1931年 1月27日 元力士、横綱二代目西ノ海嘉治郎が本所区亀沢町1-10自宅にて首つり自殺
1930年 12月13日 茨城県結城郡水海道町の私立水海道裁縫女学校長、飯塚平五郎が水海道町諏訪町の自宅にて妻子を殺害後、家に放火、喉を切り自殺
1930年 12月5日 山形電気社長、塚田正一が山形市新宿西通りの自宅庭にて自殺
1930年 11月28日 東京帝大学生、津島修次のちの太宰治が銀座のカフェ「ホリウッド」女給で田部シメ子(本名田辺あつみ)と鎌倉市腰越小動崎にてカルモチン心中、女性は死亡
1930年 11月2日 霧社事件:霧社蛮童公学校元教師、巡査、花岡一郎ことダッキス・ノービンが切腹
1930年 10月13日 上海副領事、清水亭が鎌倉扇ヶ谷トンネル内にて鉄道自殺
1930年 9月18日 前関西大学教授、樋口純が鳥取県西伯郡春日村の水車小屋内にて自殺
1930年 9月18日 前東京府議会議員、マレーゴム会社社長、脇田勇が自宅地下室にて首つり自殺
1930年 7月31日 埼玉県北埼玉郡不動岡町小学校長、松本徳之助が与野町二度栗山にて首つり自殺
1930年 7月25日 新宿ほてい屋百貨店(後に伊勢丹に吸収)店主、西條清兵衛が大磯にて首つり自殺しているのが発見される。死後約10日目。
1930年 7月14日 法学博士、弁護士、高根義人が東京市外、新井町新井宿2345の自宅にて首つり自殺
1930年 6月19日 京浜電鉄運輸課長、清水金造が中央線阿佐ヶ谷−荻窪間にて鉄道自殺
1930年 5月20日 海軍少佐、草刈英治が神戸発東京行き寝台列車内にて切腹
1930年 5月19日 詩人、生田春月が大阪発別府行の大阪商船すみれ丸より入水
1930年 5月7日 長唄の杵屋六也寿が自分の芸に自信を失い福島市上町にて睡眠薬(カルモチン)自殺
1930年 4月26日 水上機母艦能登呂主計大尉、秋山経治が艦内自室にて首つり自殺
1930年 3月28日 三・一五事件:治安維持法で逮捕された共産党員、日下部千代一が市ヶ谷刑務所から保釈後、西宮市の自宅にてガス自殺
1930年 3月10日 詩人、金子みすゞが睡眠薬自殺
1930年 2月20日 大正三美人の一人、江木欣々が大阪市住吉区北田邊町847、異父弟でシャープ創業者早川徳次宅2階縁側にて首つり自殺
1930年 2月5日 日本共産党中央委員、田中清玄の母、田中あいが服薬自殺
1929年 12月10日 弘前高校3年、津島修次のちの太宰治がカルモチンをもちいて睡眠薬自殺(未遂)
1929年 11月29日 中国大使、佐分利貞男が箱根宮下の富士屋 ホテル197号室にて拳銃自殺
1929年 11月2日 九州帝国大学工学部造船科助教授、淺羽隆太が福岡県下ノ橋の自宅にてカミソリで喉を切り自殺
1929年 9月21日 作家、労働運動家、荒畑寒村が新宿2丁目の東京ホテル3階客室にて睡眠薬自殺(未遂)
1929年 8月30日 性科学者、医学博士、羽太鋭治が大井町立会川の自宅にてカルモチン300余錠を飲み自殺
1929年 8月17日 元総理大臣、寺内正毅の子、寺内毅雄陸軍少佐の妻あや子が夫病死約5時間後、通夜の最中に代々木町初台606の自宅二階にて拳銃自殺
1929年 5月19日 大日本自転車専務取締役、山口鐵彦の遺体を日光瀧尾神社付近の山林にて発見、服毒自殺死後約二ヶ月が経過
1929年 3月30日 洋画家、東郷青児が愛人、西崎盈子と東京府下大井町鹿島谷3138の自宅寝室にてガス自殺(未遂)
1929年 3月28日 埼玉県秩父郡高篠村栃谷の豪農の娘、新井さと が芥川龍之介全集を抱えて同村高篠橋より飛び降り自殺
1929年 3月7日 モスクワ大使館付き駐在武官、小柳喜三郎大佐がモスクワの日本大使館内の居室にて短刀をもちいて切腹
1929年 2月11日 現・深谷市の唐沢堀問題で天皇に直訴した埼玉の農民、茂木政吉の母、茂木とらが埼玉県大里郡大寄村字内ヶ島の自宅にて首つり自殺
1928年 12月11日 兵庫県の大鹽銀行木場支店長、高田泰次が自宅にて首つり自殺
1928年 10月6日 日本共産党委員長、渡辺政之輔が台湾基隆にて警官隊に囲まれ自殺
1928年 9月12日 元鉄道省勅任技師で明治天皇行幸時の運輸監督、日本橋女学館高等女学校教授、佐藤信夫が東京府下長崎町並木町1945先武蔵野鉄道踏切にて鉄道自殺
1928年 8月2日 前、福岡県議会議長、千田精一が大牟田市の自宅にてカミソリで自傷し自殺
1928年 5月17日 元大関伊勢ノ濱慶太郎が静岡県沼津市の旅館にて服毒自殺
1928年 5月12日 島村抱月の次男、第一高等学校理科甲類三年、島村秋人が山中湖畔の嘯雲寮にて毒薬自殺
1928年 3月11日 精進湖心中事件:東京高等学校教授北川三郎と麻布六本木カフェー誠志堂女給小林よね子が青木ヶ原樹海にて心中
1928年 3月1日 高松小作争議の顧問弁護士、農民運動を支援していた若林三郎が、牛込南町12の自宅にて裁縫用のはさみで喉を切り自殺
1928年 2月27日 労農党大山郁夫の選挙運動員、労農党幹部、西山近次が香川県瀧宮駅付近にて鉄道自殺
1928年 2月20日 陸軍大将福田雅太郎狙撃事件の犯人で秋田刑務所にて服役中の無政府主義者、労働運動家、和田久太郎が同刑務所内にて首つり自殺
1928年 1月15日 台湾総督府事務官、菱村彦十郎の妻、もと子が銀座松坂屋八階屋上庭園南側より飛び降り自殺
1927年 12月26日 美保関事件:海軍の演習中、沈没事故をおこした駆逐艦蕨艦長水城圭次大佐が東京府下和田堀町字和泉17の自宅にてカミソリで喉を切り自殺
1927年 9月4日 兵庫県の淡河銀行常務取締役、清原勤が兵庫県有馬郡三田町の親戚宅にてモルヒネ大量摂取で自殺
1927年 8月1日 元、第百十銀行小郡支店長、長澤旗一が資産を預けていた十五銀行経営破綻により精神に異常をきたし、山口県長府町の自宅井戸に投身自殺
1927年 7月31日 静岡県議会議員、山本正治の妹、山本ち■が清水市辻町の自宅にてカルモチンをもちいて自殺、遺書に芥川龍之介と思想上の親交があった旨の記述
1927年 7月27日 洋服店店員、富井篤治が芥川龍之介自殺の新聞記事を懐中にして東京府下大井町にて鉄道自殺
1927年 7月26日 熊本市春竹町、中川主喜が自宅にて芥川龍之介の写真を前にしてカミソリで喉を切り自殺
1927年 7月24日 小説家、芥川龍之介が東京市外滝野川町田端435の自宅寝室にて睡眠薬ベロナールとヂエアールをもちいて自殺
1927年 6月28日 衆議院議員、星島二郎の弟、星島三郎が駒込駅にて鉄道自殺
1927年 6月13日 副島商業銀行頭取、草野半が阿武隈川にて入水
1927年 5月19日 埼玉県久喜市の久喜銀行幸手支店長、小林由蔵が江面村大字下早見の自宅にて首つり自殺
1927年 5月14日 鶴岡市長代理、元助役の地主湧造が自宅土蔵にて首つり自殺
1927年 3月15日 私立神戸村野興業学校機械実習工場主任、佐藤米太郎が神戸市蓮宮通1丁目の自宅にて妻子を日本刀で殺害したのちに拳銃自殺
1927年 2月23日 大蔵省営繕管財局神戸出張所技師、戸田道直が神戸市茸合籠池通3-64大蔵省官舎にて妻子を殺害したのちに放火、焼身自殺
1927年 1月6日 作家、芥川龍之介の義兄、弁護士、西川豊が外房線土気−大網間にて鉄道自殺
1927年 1月4日 婦人運動家、兵庫県立神戸高等女学校教師、塚本ふじ が首つり自殺
1926年 12月30日 元岡山藩家老天城池田家12代当主、池田政佑男爵が大正天皇崩御に殉死、東京府下中野町1054の自宅にて猟銃自殺
1926年 11月22日 神奈川県の松田銀行支店長、武尾民三郎が足柄上郡清水村の自宅にて猟銃で妻子を射殺後、裏山に逃走し首つり自殺
1926年 10月5日 沼津市女子尋常高等小学校長、遠藤喜三郎が沼津市末廣町の自宅にて首つり自殺
1926年 9月30日 鬼熊事件、出淵熊次郎が先祖の墓前で頸動脈を切り自殺
1926年 9月5日 武者小路実篤の日向新しき村、荒野社同人、石野成雄が園芸用ホルマリンを飲んで自殺、翌6日未明に死亡
1926年 8月3日 ソプラノ歌手、尹心徳が玄界灘を航行中の客船より入水
1926年 7月27日 長野県の箕輪銀行頭取、唐澤舎人が中箕輪村字松島の自宅土蔵にて猟銃自殺
1926年 7月23日 アナーキズム団体不逞社主催朴烈の愛人、大逆事件で栃木刑務所に服役中の金子文子が同刑務所にて首つり自殺
1926年 6月11日 前、高野山大学・臨済宗大学教授、上村硯光が京都市泉湧寺門前の自宅にて首つり自殺
1926年 6月8日 山形銀行専務取締役、佐藤久太郎が山形市の自宅にて拳銃自殺
1926年 4月13日 岐阜高等農林学校助教授、飯島祐太朗が同校グラウンドにてカミソリをもちいて自傷し自殺
1926年 4月6日 神戸鉄道局経理課主計係長、住田徳松が同局のある明石市西新町の踏切にて鉄道自殺
1926年 3月26日 大阪刑務所看守部長、足立六三郎が同日深夜に火事で全焼した第三倉庫東の井戸に飛び込み自殺
1926年 3月21日 内務省復興局土木部長、太田圓三が東京府小石川区白山御殿町109の自宅にてナイフで心臓を刺して自殺 関東大震災後、鉄道院から帝都復興院に、隅田川六大橋(下流から相生橋、永代橋、清洲橋、蔵前橋、駒形橋、言問橋)の建設を担当した。弟は詩人、木下杢太郎
1926年 3月19日 2月28日津軽半島尻矢沖にて英国汽船と衝突後、青森沖に座礁した直江津商船神栄丸の船長、西村久太郎が同船のサルベージ作業失敗を見届けた後、サルベージ船神越丸より津軽海峡に入水
1926年 3月3日 大山講の行者、西大吉が品川駅の南、浅間台付近にて鉄道自殺。
1926年 2月25日 武者小路実篤の新しき村、荒野社同人、久松某が同村内にて自殺
1926年 2月11日 山梨県農民組合幹部評議員、農民運動家、三井喜久馬が長野県上諏訪にて鉄道自殺

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