自殺データベース (8) 昭和50年代の自殺 (1975−1984)
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1975年 1月21日 19日に失踪した電源開発理事、高橋光雄が静岡県磐田郡佐久間町佐久間ダムに入水、21日湖底にて遺体発見
1975年 2月1日 東京理科大4年、下元文夫が4ヶ月前に開業した当時日本一の高層ビル、新宿三井ビル屋上東より飛び降り自殺
1975年 2月9日 日本航空国際線の機内食食中毒事件を起こした日航子会社インターナショナル・インフライト・ケータリング・カンパニー、アンカレジ支社長、桑原研治がアンカレジの宿舎にて拳銃自殺
1975年 2月14日 シナリオライター、浅井昭三郎が京都市右京区西院、阪急西院駅にて鉄道自殺
1975年 3月6日 東京都住宅局長、岩松宇佐雄の妻、展子が東京都大田区南馬込4の自宅にて焼身自殺、巻き添えで岩松宇佐雄も焼死
1975年 3月18日 岩波書店創業者、岩波茂雄の次女小百合が神奈川県鎌倉市扇ガ谷1−14国鉄横須賀線今小路踏切にて鉄道自殺
1975年 3月20日 女優、篠ひろ子が港区西麻布4-29鈴木マンション203号室にて睡眠薬を飲み手首を自傷、自殺(未遂)
1975年 3月23日 作家、杉田瑞子が秋田市土崎港北3の自宅裏にて焼身自殺
1975年 3月24日 常陸太田市北部農協をめぐる贈賄事件で起訴、公判中の前茨城県常陸太田市議会議員、菊池正男が首つり自殺
1975年 3月29日 評論家、村上一郎が東京都武蔵野市吉祥寺北町3の自宅にて日本刀で右頸動脈を切り自殺
1975年 3月30日 元女優、中村英子が神戸市灘区篠原本町4、義父山口組田岡一雄組長宅にてガス自殺
1975年 4月1日 茨城県東茨城郡常澄村役場職員で選挙担当係長、大場和之が同村大場の自宅裏庭にて首つり自殺
1975年 4月7日 元建設省住宅局住宅建設課長、全国市街地再開発協会専務理事、滝沢慧が営団地下鉄丸の内線赤坂見附駅にて鉄道自殺
1975年 5月2日 映画女優、声優、富永美沙子と会社員、母袋博が北海道苫小牧市高丘の国有林内に停めた乗用車内にて排ガス心中しているのを発見される。死後2、3日
1975年 5月6日 ベトナム戦争終結:サイゴン陥落後、会社が事実上業務停止し全員解雇されたベトナム航空大阪支店長、山本芳孝が京阪京津線四宮−京阪山科駅間にて鉄道自殺
1975年 5月7日 気象庁天気相談所予報官、坂口啓一が神奈川県高座郡寒川町一の宮の自宅裏物置にて首つり自殺
1975年 5月19日 連続企業爆破事件:東アジア反日武装戦線大地の牙リーダー斉藤和が青酸カリをもちいて自殺
1975年 5月28日 連続企業爆破事件:東アジア反日武装戦線の関係者、荒井まり子の姉なほ子が常磐線勝田−佐和駅間にて走行中の列車から飛び降り自殺
1975年 6月6日 図書新聞社長、田所太郎が東京都中野区東中野2の自宅にてガス自殺
1975年 6月13日 連続企業爆破事件:元東アジア反日武装戦線、農業手伝い。藤沢義美が長野県下水内郡栄村の林道にとめた乗用車にて排ガス自殺
1975年 6月25日 釜ヶ崎共闘会議幹部、船本洲治が沖縄嘉手納基地第二ゲート前にて焼身自殺、翌26日未明死亡。10年後に「黙って野たれ死ぬな 船本洲治遺稿集」が出版された。
1975年 7月8日 女優、週刊朝日カバーガール、保倉幸恵が蒲田−大森間の跨線橋から横須賀線線路に飛び降り自殺
1975年 7月17日 作家、高史明の子、小平市立第1中学校1年岡真史が公団萩山団地1号棟にて飛び降り自殺。後に遺稿集「ぼくは12歳」が出版された。
1975年 8月15日 東食相談役、好地武雄が東京都中央区日本橋室町、新室町ビル10階より飛び降り自殺
1975年 8月30日 特許申請事務手続き会社JIC経営、自動車用エアバックの考案者、小堀保三郎が港区三田4玉鳳寺境内のアパートにて妻とガス心中
1975年 9月5日 大田原市で女性セールスマン殺害事件で死刑が確定していた前田孝が東京都葛飾区小菅、東京拘置所内独房にて首つり自殺
1975年 9月12日 児童文学作家、松井英子が三鷹市下連雀2-23-4の自宅にて首つり自殺
1975年 9月17日 奥村組関西支店建築部次長、林文夫が大阪市南区鰻谷西之町、大野旅館にて首つり自殺 13日に発生した大阪駅前陥没事故の現場担当者
1975年 9月18日 相場師、曽田経済研究所代表取締役、曽田綱二郎が東京都千代田区一番町4の愛人宅にて首つり自殺
1975年 10月3日 プロスキーヤーで元オリンピック選手、福原吉春が新潟県妙高高原町赤倉、福原プロスキー学校2階にてガス自殺
1975年 10月3日 福岡拘置所内の死刑囚、津留静生が死刑執行を予告された翌朝カミソリ自殺 当時、死刑執行の告知は前日に行われていた。この事件以降、死刑執行は当日朝告知されるようになった。
1975年 10月4日 大蔵省関税局輸入課職員、鈴木信保が東京都港区高輪3京急第二ビル屋上から飛び降り自殺
1975年 11月26日 東京都立大理学部助手、小野寺斉が小田急秦野駅東約1キロ、県道秦野二宮線高架橋西にて鉄道自殺
1975年 12月25日 小田急電鉄監査部次長、永松俊吾が京浜東北線赤羽−東十条駅間にて鉄道自殺
1975年 12月26日 元宮城県副知事、東日本放送社長、重村誠夫が仙台市長町字越路の自宅にて首つり自殺
1975年 12月29日 東レ監査役、掛下和男が鎌倉市西鎌倉4-7-9の自宅にてガス自殺
1976年 1月14日 日本航空副操縦士、寺岡準二がタイ、バンコクのマンハッタンホテルにて拳銃自殺しているのを発見される
1976年 1月27日 元三井銀行本店企画室次長、針ヶ谷博が神奈川県小田原市堀ノ内、小田急富永第5踏切にて鉄道自殺。報道被害の実例として、上前淳一郎著「支店長はなぜ死んだか」のモデルとなった。
1976年 3月5日 羽田発仙台行き全日空817便をハイジャックした岡野正夫が飛行機内トイレにて青酸カリをもちいて自殺
1976年 3月15日 音楽家、沖不可止が首つり自殺
1976年 3月23日 中国文学翻訳家、村上知行が千葉県東葛飾郡沼南町高柳1145-30自宅にてナイフで胸と首を刺し自殺 代表作、『羅貫中「三国志」』の翻訳
1976年 3月23日 ポルノ男優、前野光保がセスナ機で東京都世田谷区等々力6、児玉誉士夫宅へ特攻し自殺 代表作映画「東京エマニエル夫人の個人教授」主演男優
1976年 3月30日 神戸市長田区の主婦、上田明美が新宿京王プラザホテル40階北西側非常階段バルコニーから飛び降り自殺
1976年 3月31日 酒田共同火力発電会社社長、浅田秀雄が山形県酒田市千石町1ホテル酒田2階客室浴室内にて首つり自殺
1976年 4月14日 東京都足立区議会議員、石鍋源一郎が同区竹の塚3の自宅物置にて首つり自殺
1976年 4月14日 食糧庁業務部輸入課長、清水洋一が都営浅草線五反田駅にて鉄道自殺
1976年 4月26日 NHK交響楽団第二バイオリン奏者、阿部昭吾が東京都練馬区富士見台3の自宅にて妻、美音子の胸を刺し首つり自殺
1976年 5月20日 群馬大学教育学部音楽科主任教授、磯谷威が東京都杉並区高井戸東2永谷マンション11階西側廊下から環状八号線へ飛び降り自殺
1976年 5月21日 日本銀行国債局副参事補、安部昌平が京王線芝崎駅にて鉄道自殺
1976年 5月28日 宮城県石巻市八幡町、斉藤病院見習い看護婦、阿部美津子ら3名が、みやぎ蔵王スキー場にて凍死自殺。
1976年 5月30日 栃木県立宇都宮女子高2年渡辺かおりが東武宇都宮線安塚−おもちゃのまち間にて鉄道自殺。後に「花の使者−渡辺かおり遺作集」 が両親の手で自費出版された。
1976年 6月9日 4日に失踪した警視庁刑事局国際刑事課課長補佐、森沢学の遺体が隅田川勝鬨橋付近にて発見される。入水自殺。
1976年 6月14日 国民金融公庫横浜支店業務課長、山下諒二が小田急線玉川学園3号踏切にて鉄道自殺
1976年 6月23日 岩手県花巻市教育委員、牛崎長治が同市東宮野目の鉄工所内にて首つり自殺 前夜飲酒委運転で取り調べを受け23日に教育委員会へ辞表提出していた
1976年 6月24日 茨城県下館市のスモン病患者、塩崎きん が茨城県下館市下岡崎の自宅にて焼身自殺
1976年 7月23日 東京都建設局第二建設事務所工事一課設計係長、中武幸太郎が品川区役所総合庁舎8階の同事務所より飛び降り自殺
1976年 8月1日 ロッキード事件で逮捕された前総理、田中角栄私設秘書兼運転手、笠原政則が埼玉県比企郡幾川村大野の林道に停めた乗用車にて排ガス自殺
1976年 8月27日 日本銀行下関支店国庫課長、佐藤忠一が下関市名池町の自宅ふろ場にてガス自殺
1976年 8月27日 大蔵省総務課課長補佐心得、森源二郎が東京都千代田区霞が関3大蔵省本庁社西側4階階段踊り場付近から飛び降り自殺
1976年 8月29日 鹿児島県奄美大島の暴力団小桜一家奄美支部川口派準構成員、生田健一が抗争相手の町議候補宅にて2人を殺傷後、人質をとり逃走、名瀬市港町の名瀬警察署前にて新聞記者に話しをした後猟銃自殺
1976年 9月5日 衆議院議員、社会党、金瀬俊雄の妻、金瀬美枝子が千葉市長洲2−13−3自宅にて睡眠薬自殺(未遂) 金瀬俊雄は千葉県君津市のダム入札で建設会社を恐喝した容疑で逮捕されていた。
1976年 9月15日 元高崎経済大学学長、田中精一と妻きみが江ノ島付近を遊覧飛行中のセスナ機から飛び降り自殺
1976年 10月2日 日本赤軍の日高敏彦がヨルダン警察トイレ内にて首つり自殺
1976年 10月9日 宇都宮大学農学部林学科教授、北村博嗣が宇都宮市鶴田町の自宅台所にて出刃包丁で首を切り自殺
1976年 10月15日 大阪府立三国丘高校3年、伊賀史絵が大阪府高石市の自称「妖精の原」にて自殺 死後、遺稿集「妖精の遺書」が出版された。
1976年 10月24日 文楽三味線、十代目竹沢弥七が入水、30日に京都市伏見区丹下ダムで遺体発見
1976年 11月9日 東京地方裁判所書記官、大原信昭が東京都大田区山王3国鉄京浜東北線蒲田−大森駅間にて鉄道自殺
1976年 12月5日 福岡県芦屋町高浜町のバー経営、瀬尾四男が隣家の夫婦と知人4人を散弾銃で殺傷後、舌を噛み自殺
1976年 12月18日 北海道庁爆破事件で右足切断の重傷をおった道民生課職員、服部祐昌の父、服部金重が札幌市中央区北4西7、札幌厚生病院5階546号室にて首つり自殺
1977年 1月15日 太平洋海運役員、坂井彰が神奈川県逗子市逗子マリーナ駐車場に停めた乗用車にて排ガス自殺
1977年 1月17日 東京大学本郷キャンパスの三四郎池南の藤棚にて法学部4年野々村某が首つり自殺。自殺の数式を示した遺書が話題になる。
1977年 2月17日 大阪市藤井寺市の青酸コーラ事件で、青酸コーラを飲んだ被害者、小山信幸が退院翌日、大阪市東住吉区今川町の自宅にてガス自殺。青酸コーラは狂言の可能性大
1977年 2月19日 宮城県石巻市、石巻赤十字病院整形外科部長、木村元吉が同病院リハビリセンター東物干場にてカミソリで首を切り自殺 4日前ヘルニア手術中に患者が死亡、前日に遺族が警察に告発していた。
1977年 2月28日 建設省技官、堂後達美が東急東横線元住吉駅にて鉄道自殺
1977年 2月28日 東京都豊島区議会議員、自民党、河村孝信が同区東池袋2の自宅風呂場にて切腹
1977年 3月15日 三船プロダクション経理総務部長、道祖土清治が東京都武蔵野市境南1の国鉄中央線新道北踏切にて鉄道自殺
1977年 3月15日 堀江憲一のヨット、マーメイド・号制作者、淡路ヨット製作所社長 伊東洋一が淡路島三熊山中にとめた乗用車にて排ガス自殺
1977年 3月17日 改造モデルガンで全日空機をハイジャックしようとした岡野正夫が機内トイレにて青酸自殺
1977年 3月20日 新潟のシンガーソングライター、富所正一が新潟県三条市国道8号線信濃川三条大橋より入水 車で同橋の欄干にゆっくりとした速度で衝突後、車から降りて川へ飛び込む 5月1日に三条市荻島地内の信濃川左岸にて遺体発見
1977年 3月27日 大阪市東成区の鉄工所経営、桜井橲充が大阪国際見本市港会場の印刷機械展示場にてガソリンをまき焼身自殺
1977年 4月1日 地域振興整備公団都市整備事業部建設課課長代理、岡田勝彦が営団地下鉄日比谷線に飛び込み自殺
1977年 4月2日 名古屋第1赤十字病院長、田代勝洲が名古屋市中村区元中村1の自宅にて首つり自殺
1977年 4月3日 通産省基礎産業局庶務室長、田中和雄が都営地下鉄南北線巣鴨駅にて鉄道自殺
1977年 4月3日 山梨県甲府市、大協石油交付油槽所長、秋山政文が油槽所近くの国鉄身延線南甲府駅にて鉄道自殺
1977年 4月9日 四国電力立地部次長、青木豊英が香川県大川郡寒川町神前、国鉄高徳線石井街道踏切にて鉄道自殺
1977年 5月11日 農林省構造改善局計画課計画係、石井嘉治が横浜市戸塚区笠間町、農水省戸塚第二寮4階非常階段から飛び降り自殺、国家公務員上級試験農業経済学専攻トップで入省し1ヶ月後。遺書にグッドバイ、人間失格と記述。
1977年 5月21日 映画、天国と地獄を真似て身代金目的誘拐殺人事件を引き起こした死刑囚、山川真也が小菅の東京拘置所内にて割った窓ガラス片で右首を刺して自殺
1977年 5月22日 日産サニー新東京販売社員、埜野良規が東京タワービル5階屋上から飛び降り自殺 東京タワー開業後初の自殺者
1977年 5月24日 東亜国内航空鹿児島支店長、橋本久が東京都小金井市、国鉄小金井駅ホームにて鉄道自殺
1977年 6月11日 和歌山県、紀北信用組合常務理事、嶋克弘の一家4人が和歌山県海草郡野上町、生石高原駐車場にとめた乗用車内にて排ガス自殺、副業絡みで暴力団に脅されていた。
1977年 6月22日 東邦亜鉛秘書室長、堀田輝夫が国鉄山手線、渋谷−原宿駅間にて鉄道自殺
1977年 8月14日 7月3日の参院議員選挙で当選した元国鉄常務理事、伊江朝雄の公職選挙法違反事件において、元国鉄姫路車掌区長、神崎国雄が神戸地検へ出頭直前、国鉄東海道線三ノ宮駅3番線ホームにて鉄道自殺
1977年 9月4日 茨城県谷田部町長、横田栄一が同町水堀の自宅風呂場にて自傷、翌5日に死亡
1977年 9月7日 京都市伏見区中島鳥羽離宮町の城南宮本殿に男が放火、焼身自殺。本殿全焼する。
1977年 9月7日 1963年7月15日、野村秋介と共に河野一郎邸襲撃焼き討ちした元右翼団体憂国同志会、タクシー運転手、松野卓夫が横浜市西区久保町のスナック兼自宅にて首つり自殺
1977年 9月18日 堀江正夫参議院議員の選挙違反事件に際して西脇市議、笹倉達雄が兵庫県滝野町にて鉄道自殺
1977年 10月4日 狭山事件:殺害された中田善枝さんの兄、中田喜代治が経営する狭山市入曽のラーメン店内にて首つり自殺、ラーメン店は経営不振で一ヶ月ほど前からノイローゼ気味だったという。
1977年 10月25日 旭川大学女子短期大学部学長、北海道教育大学名誉教授、大居平一郎が旭川市緑町17の自宅にて首つり自殺
1977年 10月29日 埼玉県蕨市錦町に住む79歳の老母、石田ときが「死なせてくれ」と娘の夫に頼む。バイクに二人乗りして埼玉県戸田市戸田ボートまで行き、荒川に入水。現代の楢山節考として朝日新聞が特集記事。後に娘の夫は自殺幇助で逮捕された。
1977年 11月11日 川崎市河川汚職:前夜、部下が収賄容疑で逮捕された川崎市下水道局建設部長、三上吉盛が川崎市役所本庁舎4階トイレにて自傷後、窓から飛び降り自殺 川崎市河川汚職で市役所職員が計3人自殺
1977年 11月15日 川崎市河川汚職:逮捕された川崎市下水道局建設部高津河川事務所長、渡辺茂の内縁の妻、佐野弥生が山梨県山中湖にて入水しているのを発見される。
1977年 11月19日 元安宅産業鉄鋼輸出部第2部長、松本一夫が阪急電鉄神戸線戸口駅上りホームから鉄道自殺 安宅産業は経営破綻し10月1日に伊藤忠商事に吸収合併、松本は希望退職者の一人だった。
1977年 11月19日 福岡県立戸畑高校2年 井亀あおいが福岡県宗像町日の里団地にて飛び降り自殺。後に遺稿集「もと居た場所」が出版された。
1977年 11月27日 大蔵省主計局防衛1係主査、秋田典昭が港区赤坂5ー2−27聖パウロ高校跡地にて首つり自殺
1977年 12月1日 東京大学病院精神科に入院中の無職、高貫明子が病院から失踪、左手首を自傷し東京大学構内の三四郎池に入水、22日に水死体発見
1977年 12月9日 川崎市河川汚職:贈賄容疑で取り調べを受けていた川崎市高津区平の建設会社丸五工務店社長、平尾章が自宅にて首つり自殺。
1977年 12月15日 トーメン保健センター次長、前田勇が横浜市東口駅前横浜スカイビル2階トイレにて首つり自殺
1978年 1月9日 医大2浪人の医師の3女、西山るり子が東京都世田谷区砧1砧スカイハイツ701号室自宅ベランダから飛び降り自殺、同居していた4女も飛び降り重体
1978年 1月9日 ソニー芝浦工場管理部長補佐、鈴木巧が東京都板橋区高島平2高島平団地1号棟13階廊下から飛び降り自殺 仕事に行き詰まったとの遺書
1978年 2月13日 獨協大学文学部教授、山内昭彦が東京都杉並区西荻北2の自宅にて登山ナイフで左胸を刺し自殺 
1978年 2月22日 1億6千万円の不正融資問題で警察から取り調べを受けていた北九州市の門司信用金庫前理事長、三浦実が服毒自殺
1978年 3月10日 日本近代文学研究者、専修大学教授、関良一が自殺
1978年 3月21日 東海大学2年、田畑健一郎が岐阜県高山市下切町の高圧鉄塔より飛び降り自殺 衆議院議員、社会党、田畑政一郎の長男。
1978年 3月31日 関東銀行新宿支店長、岡本勉が東京都足立区日之出町の公団住宅にて果物ナイフで胸を刺し自殺 仕事につかれた、身も心も遠くに行きたい と遺書 1年後、稲川会系暴力団と東亜友愛事業組合幹部らに恐喝されていたことが発覚した。
1978年 4月3日 オイルショック後の造船不況により大幅な人員整理のあった佐世保重工造機部機械課、窪田師久が同市弓張岳の崖から飛び降り自殺
1978年 4月4日 1億6千万円の不正融資問題で警察から取り調べを受けていた北九州市の門司信用金庫理事長、梅本秀三が同市門司区東本町1の同金庫本店屋上より飛び降り自殺
1978年 4月21日 静岡県富士川町長、高岡文夫が同町北松野の自宅納屋にて首つり自殺
1978年 5月11日 神奈川県立新羽高校2年、宮原幸子が横浜市港北区下田町631−8マンション日吉第二ハイムC棟6階通路から飛び降り自殺。後に遺稿集「ちいさなクルメルス」が出版された。
1978年 5月16日 神奈川県立新羽高校2年、豊田光代が同校南棟校舎5階屋上から飛び降り自殺。4日前に自殺した宮原幸子の友人で後追い自殺
1978年 5月20日 元岡山大学医学部教授、日本鋼管福山病院長、児玉俊夫が横浜市保土ヶ谷区岩崎町の自宅にて首つり自殺 うつ病
1978年 6月2日 山形県尾花沢市建設課長、田中一義が自宅物置にて首つり自殺 小中学校建設汚職で市長が逮捕され、連日警察の事情聴取を受けていた
1978年 7月2日 開成高校生絞殺事件:1977年10月30日、息子の家庭内暴力になやんだ父、佐藤忠良が息子、健一を殺害した事件。8ヶ月後に母、成子が事件のあった自宅2階にて首つり自殺 早く子のところへ と遺書
1978年 7月4日 野球部員の暴力事件により夏の高校野球出場を辞退した埼玉県立上尾高校商業科教師、テニス部顧問、中村照男が埼玉県騎西町外川、実家裏の畑にて焼身自殺 同校ではテニス部と野球部の仲が悪く、高野連に告げ口したのはではと嫌疑をかけられ悩んでいたという。
1978年 7月13日 秘密戦隊ゴレンジャーのキレンジャー役俳優、畠山麦が自宅にて首つり自殺。
1978年 7月17日 茨城県立下館第一高校1年、秋山透が新宿京王プラザホテル47階東バルコニーから飛び降り自殺 あなたはきらいといっても、ぼくは好きだ と遺書
1978年 9月4日 日本鋼管京浜製鉄所水江製鋼工場長、水野良親が川崎市多摩区宿河原の多摩川に入水、水死体が発見される 労災隠しを追求されノイローゼ気味だったという
1978年 9月9日 フリー・ジャズのアルトサックス奏者、阿部薫がブロバリン98錠を飲み睡眠薬自殺
1978年 9月13日 東京大学助手、輪竹千三郎が川崎市高津区梶ヶ谷、国家公務員共済組合連合会虎の門病院5階渡り廊下から飛び降り自殺、肝硬変とうつ病で入院中
1978年 9月27日 5ヶ月前に開業した当時日本一の高層ビル、サンシャイン60、28階西側避難バルコニーから男性が飛び降り自殺。サンシャイン60初の自殺者
1978年 10月1日 エーザイ社員、森下勉が東亜国内航空熊本発東京行き機内トイレにてベンジンを撒き焼身自殺(未遂)、機は大阪空港に緊急着陸
1978年 10月9日 オイルショック後の造船不況により大幅な人員整理のあった佐世保重工造船部組立係長、宝蔵寺鉄男が佐賀県神埼郡脊振村鹿路の農道に停めた乗用車内にて排ガス自殺 家族に「仕事やめたい、どうしようもない」
1978年 10月29日 フランス料理本の翻訳、ライター、岡田雪子が東京都世田谷区宮坂2小田急線豪徳寺1号踏切にて鉄道自殺 「私は弱かった」と遺書
1978年 11月18日 栃木県議会議員、自民党、萩原平吉が、経営する会社が経営破綻した翌日、静岡県吉田町大井川中洲にて一族三代9人にて自殺。一家心中と報道されているが、明かな自殺は荻原平吉と長男の弘嗣の2人のみ焼身自殺。他の7人は中洲に停めたマイクロバス内で睡眠薬を飲まされた後に絞殺されていた。殺されたのは妻リツ子、長女で臨月の小林久代と孫の小林有美子。三女令子、四女で獨協医大3年敬子、長男の妻で妊娠2ヶ月の久子と孫の弘美。
1978年 11月23日 虫プロダクション職員、多々良正春が東京都練馬区北大泉の自宅にてガス自殺 「・・・願わくば虫プロを明るい職場としてほしい。一人ひとりが本音を出し合って」と遺書
1978年 12月7日 日本画家、小川武雄が川崎市幸区塚越2の自宅アトリエにて首つり自殺 「母さんを頼む。体力がまだ残っているうちに先に行く。」と遺書
1978年 12月7日 顧客が貸金庫に預けた1千万円が紛失したと告発され新宿署に取り調べを受けていた東京相互銀行幡ヶ谷支店長、浅沼早苗が新宿駅10番ホームにて鉄道自殺 被害者の供述は曖昧で、貸金庫のスペアキーは封印して保管してあった。
1978年 12月10日 筑波大学体育専門学群4年某らが茨城県議会議員選挙において、藤沢順一県議派運動員から学生たちを買収するように持ちかけられ級友にあっせん。事件発覚後、某の父が自宅近くで焼身自殺。筑波大では137人が事件に関与していたが、将来を配慮し全員起訴猶予となった。
1978年 12月28日 俳優、田宮二郎が港区元麻布の自宅寝室にて散弾銃自殺
1979年 1月14日 東京都世田谷区経堂の高校生、朝倉泉が「馬鹿を1人でも殺すため」との遺書を残し祖母を殺害後、小田急経堂ビル14階から飛び降り自殺
1979年 1月31日 社会福祉活動家、元長島愛生園患者理事会長、鈴木重雄が気仙沼のホテル屋上から飛び降り自殺。ハンセン病を克服し社会復帰、気仙沼で社会福祉法人洗心会を組織、精神薄弱者厚生施設高松園を設立した。参考「すばらしき復活―らい全快者奇蹟の社会復帰」田中良一著、すばる書房
1979年 2月1日 ダグラス・グラマン事件:日商岩井常務、島田三敬が東京都港区赤坂、日交山王ビル7階から飛び降り自殺
1979年 2月15日 京都芸術大学教授、彫刻家上田弘明が大阪府枚方市楠葉面取町の雑木林にて首を刺して自殺しているのを発見される。12日妻に「これくらい生きたらよいだろう。もうお前とは会えないかもしれない」と言い残し失踪
1979年 2月19日 日興証券本店事業法人部第4部長、猪野素臣が埼玉県春日部市大字備後の自宅にて首つり自殺。15日に倒産したパシフィック通商の第三者割り当て増資株を78億円分販売していた。
1979年 3月22日 北海道十勝支庁鹿追町議会議員、小林秀明が同町北5線の自宅近く防風林にてカミソリで首を切り自殺、前日の町議選で初当選していた。
1979年 3月23日 山梨県南都留郡勝山村議会議員、倉沢義重が同村一本松の自宅にて農薬自殺、22日の同村議選で当選したばかりだった
1979年 3月29日 東北福祉大学助教授、小田忠良が仙台市中田町栗、建設中の市営アパート5階から飛び降り自殺 「意志薄弱だった。すまない」との遺書
1979年 4月11日 トロッキー研究家、対馬忠行が神戸発別府行き関西汽船むらさき丸から播磨灘へ入水 8月11日に神戸港沖で遺体発見
1979年 4月22日 地の塩の箱の創設者、作家、江口榛一が千葉県船橋市前原西6-1-38公団前原団地38号棟202号にて首つり自殺
1979年 5月20日 743億円の簿外債務が発覚した新潟県長岡市の大光相互銀行常務取締役、前田義雄が長岡市栖吉町の妻の実家にて自殺
1979年 5月23日 農林水産省植物防疫課課長補佐、大塚清治が新宿京王プラザホテル43階バルコニーから飛び降り自殺 「仕事の責任をまっとう出来なくて申し訳ない」との上司あて遺書
1979年 5月23日 元プロ野球選手木下弘が千葉市園生町の自宅マンションにて睡眠薬自殺
1979年 5月25日 不二歌道会主宰、大東塾塾長影山正治が東京都青梅市今井の大東農場内大東神社にて切腹後散弾銃にて自殺 遺書に「一死もって元号法制化の実現を熱祷しまつる」
1979年 5月31日 洋画家、野本正雄が埼玉県浦和市原山3博仁会共済病院4階階段から飛び降り自殺
1979年 5月31日 丸山教信者、杉田陽子が川崎市多摩区登戸の丸山教境内御宝殿裏にて灯油をかぶり焼身自殺
1979年 6月9日 山梨県富士吉田市の整形外科医、工藤弘毅が静岡県富士宮市猪之頭モーテルブリッジにて首つり自殺。保険料水増し請求が発覚し近く保険医取り消し処分。妻にこの薬を飲めば間違いなく死ねると致死量以下の睡眠薬を飲ませ、寝ている間に自殺した。
1979年 6月20日 大光相互銀行事件:大光相互銀行筆頭常務、前田義雄が新潟県長岡市栖吉町にて首吊り自殺
1979年 6月25日 作家、藤本義一の母、光枝が西宮市上甲東園2-6-20の自宅にてビニール袋を頭からかぶり窒息自殺 「義一や嫁はよくしてくれた。疲れたので死にたい」と当日の日記に遺書
1979年 7月2日 前同和海上火災横浜支店長。田中義雄が横浜市神奈川区鶴屋町2三善ビルから飛び降り自殺。保険金詐欺事件に関係したとして引責辞任、参考人として連日事情聴取されていた。
1979年 7月12日 千葉県八日市場市健康センター医師、渡部藤夫が自宅わきの物置にて首つり自殺。娘の元夫、元プロボクシング日本ミドル級チャンピオン、ベンケイ藤倉こと藤倉勉から恐喝を受けていた。ベンケイ藤倉は引退後、暴力団菅谷組系天心会内桜会幹部となっていた。
1979年 7月20日 元カメラ毎日編集長、写真評論家の山岸章二が青山の事務所にて首つり自殺
1979年 10月14日 名古屋高等裁判所金沢支部判事、富川秀秋が千葉県市川市国府台1国立国府台病院整形外科病室にて包帯で首を絞めて自殺
1979年 10月25日 漫才師, Wヤングの中田治雄が静岡県熱海市錦ヶ浦展望台から飛び降り自殺 暴力団一誠会のプロ野球とばくで数千万円の借金があった。
1979年 11月1日 漫才師, Wヤングの中田治雄の母、中田和嘉が奈良県桜井市の巻向駅にて電車にはねられ死亡(自殺?)
1979年 11月8日 高野山住職会監査、高野山熊谷寺住職、権大僧正、寺本快猛が同寺宿坊3階より飛び降り自殺 熊谷寺は源氏の武将、熊谷直実ゆかりの寺
1979年 11月22日 学習院高等学校1年某が東京都港区浜松町2、世界貿易センタービル40階非常階段にて首つり自殺。飛び降り自殺を企図し同ビル屋上へ通じる非常階段へ向かったが施錠されたため首つりしたものと推測される。ノイローゼで神経科に入院経験あり。
1979年 11月24日 日本中央競馬会の系列会社、日本発馬機専務、小山一雄が東京都新宿区原町1牛込ハイマンション1103号室にてガス自殺(未遂)、売上10億で5億円脱税し大半が使途不明金、2億6千万円追徴課税された。
1979年 12月16日 東京都民生局保険部保険指導課医療専門官、松山茂樹が国鉄大森駅下りホームにて鉄道自殺 12月はじめに都が警視庁に告発した江戸川区の歯科医5億円不正請求事件の監査を担当していた。
1979年 12月20日 大阪地方検察庁刑事部検事、岸本晃が大阪市北区西天満2大阪弁護士会館6階大会議室ベランダから飛び降り自殺
1979年 12月26日 米穀商、玉沢惣平が岩手県田老町川向の自宅物置にて首つり自殺。衆議院議員、玉沢徳一郎の父
1980年 1月7日 革労協活動家、元反帝学評書記長、小田切広美が国鉄大井町−大森駅間にて京浜東北線上り最終電車に飛び込み自殺
1980年 1月24日 KDD事件:KDD本社経営調査室経営分析担当課長、山口清邦が練馬区豊玉中4、KDD住宅2号棟2階の自室浴室にて首つり自殺
1980年 2月2日 旭川地方公安調査局第二課長、船山春が旭川市春光町2区1条の公務員住宅にて首つり自殺 根室にてレポ船を調査活動中
1980年 2月6日 KDD事件:KDD前社長付参与、保田重貞が小田急線向ヶ丘遊園駅3番ホームにて鉄道自殺 「板野社長、佐藤室長の犠牲になって死んで行きます。みなさまお世話になりました」と遺書
1980年 3月6日 政府特殊法人年金福祉事業団経理部資金第一係長、永井正孝が国鉄品川駅4番ホームにて鉄道自殺
1980年 3月15日 早稲田大学不正入試事件:早稲田大学商学部教授、本田守が杉並区今川2歓泉寺境内にて首つり自殺 不正入試事件との関連は不明
1980年 3月21日 早稲田大学不正入試事件:早稲田大学総長室調査役、後藤朝一が千葉県船橋市市場4、市立船橋高校南の総武線上り線路にて鉄道自殺
1980年 3月30日 東一証券公社債部次長、柏木弘康が東京都中央区日本橋兜町の同社4階書庫にて首つり自殺 「会社に迷惑をかけました。公社債がいつかは値上がりすると思ってがんばってきたが、公定歩合もあがり自分ひとりでは責任が負えなくなった」との遺書 公社債の売れ行き不振に悩む
1980年 4月6日 東京大学法学部教授、矢沢惇が東京都文京区順天堂医院前の神田川にて入水、水死体が発見される。前日夜、入院先の順天堂医院から失踪していた。
1980年 4月10日 甘栗太郎新橋店店長、増保茂夫が熱海錦ヶ浦展望台から飛び降り自殺
1980年 6月5日 喜劇俳優、岡八郎の妻、富佐枝が兵庫県尼崎市宮内町2の自宅にてビニール袋をかぶり首を絞めて自殺。
1980年 6月16日 中部相互銀行本店経理課長、渡辺啓次郎と中学2年次男が愛知県北設楽郡豊根村村営牧場広場に停めた乗用車内にて排ガス自殺
1980年 6月30日 大阪大学産業科学研究室教授、西宮元が小田急線読売ランド前駅下りホームにて鉄道自殺 NHK総合研究所から阪大へ転職1ヶ月半
1980年 7月13日 元大蔵省名古屋国税局調査査察部長、元名古屋相互銀行常務、高宮亭二がフィリピン・ルソン島ツゲガラオ市にて首つり自殺。戦中、主計将校としてフィリピンで終戦を迎えていた。引退後、家族を名古屋に残し単身フィリピンで暮らしていた。
1980年 7月24日 被爆者で原爆の子に手記を書いた佐藤明之が福井県南条郡河野村山中に停めた乗用車内にて排ガス自殺
1980年 8月27日 前山形大学工学部長、教授、井上和夫が山形県米沢市城南4同大工学部6号館屋上より飛び降り自殺
1980年 8月30日 東京都青梅市立総合病院泌尿器科部長、島野栄一郎が国鉄国分寺駅3番線ホームにて鉄道自殺
1980年 9月16日 同志社大学工学部教授、同大学生診療施設厚生館内科担当医師、佐々木道浩が同大厚生館中庭にて刃物で首を刺して自殺
1980年 9月16日 埼玉県比企郡鳩山村収入役、平田茂が同村石坂の雑木林にて首つり自殺しているのを発見される。女性問題で暴力団から恐喝され12日に失踪していた。
1980年 10月17日 学習院大学研究生、理学博士、沢田修が筑波山男体山南中腹にて首つり自殺しているのを発見される。前日、筑波大学構内にてバイクに幅寄せし転倒死亡事故を起こし逃走。
1980年 10月19日 精神科医、宮田国男が帯広市内の自宅マンションから飛び降り自殺 新橋駅前の内科画廊元オーナー。内科画廊はオノ・ヨーコ、赤瀬川原平ら当時の若手前衛芸術家の展示で有名だった。
1980年 11月22日 大成建設原子力部土木設計課課長代理、小県圭一が同社の入居している新宿センタービル25階非常階段から飛び降り自殺
1980年 11月24日 能楽師、工一菊松が東京都中野区野方1-21-13自宅1階南側の廊下にて首つり自殺
1980年 11月29日 建設省河川局治水課総務係長、鈴木竜雄が埼玉県草加市栄町3マンションパルムハウス松原非常階段9−10階踊り場から飛び降り自殺
1980年 12月1日 外務省専門職、駐英大使館副理事官、宮崎直子が留学先のオックスフォード大学学生寮にて自殺
1980年 12月10日 日本大学理工学部海洋工学科研究所教授、白井増次郎が東京都立川市幸町2日本住宅公団けやき台団地1号滑205号室ベランダにて焼身自殺
1980年 12月17日 東京大学農学部農業経済学科助教授、秋野正勝が横浜市金沢区釜利谷町市民の森ハイキングコース遊歩道脇にて首つり自殺しているのを発見される。15日昼に失踪。
1980年 12月18日 東京農業大学講師、西島英雄が神奈川県平塚市南金目の自宅にて服毒自殺
1981年 1月8日 KDD事件:元郵政相電気通信参事官、日高英実が目黒区五本木1の実家にてタバコを湯に溶かし飲み自殺(未遂)。KDDから欧州旅行接待を受け収賄罪で公判中。
1981年 1月9日 東京都渋谷区神宮前、私立国学院高校化学担当教師が西武池袋線秋津駅上りホームにて鉄道自殺 1980年11月7日に同校2年生徒が教師に暴行事件をおこし自主退学を勧告された。15日、同校教師が自民党参議院議員源田実の事務所に呼ばれ第一秘書山崎工より退学撤回を求められたが同校は拒否していた。
1981年 1月28日 日本原子力発電敦賀発電所保修課員、前田元が敦賀市松島町の日本原電独身寮自室にて首つり自殺 同原発では4月に事故隠しが内部告発で判明していた。
1981年 1月29日 広島県福山市立桜丘小学校長、藤井千丈が同校から約2キロ離れた山道に停めた自家用車内にて包丁で右手首を切り自殺しているのを発見される
1981年 1月31日 広島県豊田郡本郷町立北方小学校長、平野正宏が職員朝礼前に同校内教育相談室にてカッターナイフで手と首を切り自殺
1981年 3月15日 元石原プロダクション専務、映画プロデューサー、中井景が千葉県香取郡山田町新里の自宅東の山道で焼身自殺 石原プロ映画「黒部の太陽」「太平洋ひとりぼっち」制作企画を担当した。
1981年 3月17日 前衛俳句の鬼才、赤尾兜子が神戸市東灘区御影町西平野の阪急神戸線にて鉄道自殺
1981年 3月18日 プロゴルファー佐々木きぬが首つり自殺
1981年 3月26日 北海道大学医学部癌研究室教授、板倉克明が同大板倉研究室にて首つり自殺
1981年 4月4日 早稲田大学商学部成績原簿偽造事件:早稲田大学総長室調査役、堀口定良が東京都新宿区西早稲田の大学本部1号館4階より飛び降り自殺、19日に死亡 商学部では昭和20年代からスポーツ推薦入学した生徒の成績を偽造していた。
1981年 4月5日 中山競馬場A投票所裏のトイレにて身元不明の男が裸の電気コードをガムテープで左胸に貼り付け、換気扇のコンセントに差し込み感電自殺。競馬新聞に赤サインペンで「おれはお馬で人生アウト。もしできたら医学用に使ってください」などと書き置き。お馬で人生アウト の名文句が有名に。
1981年 4月8日 劇作家、金具省三が鎌倉市山ノ内232-71自宅庭にて首つり自殺
1981年 5月21日 競艇汚職:神戸海運局船舶部長、谷田俊継が神戸市中央区国鉄元町駅下りホームにて鉄道自殺。尼崎競艇をめぐる汚職で元部下が逮捕され、県警から事情聴取されていた。
1981年 5月24日 鶯谷通り魔殺人事件:失業中のとび職、鈴木秀丸が鶯谷の寿司屋銀八のカウンターから包丁を強奪し、偶然近くを通りがかった千葉県鎌ヶ谷の写真製版会社社長を刺殺、包丁を捨て逃亡中、近くの寿司屋寛八にて包丁を奪い、店の前で切腹 この年、通り魔事件多発。
1981年 6月21日 放送作家、杉江慧子が1980年10月下旬に北海道層雲峡黒岳5合目付近にて睡眠薬自殺、6月21日に白骨遺体が発見される。
1981年 7月2日 美術商、野田佳邦が都営浅草線高輪台−泉岳寺駅間にて鉄道自殺 故熊谷守一画伯の贋作を多数販売していた。
1981年 7月6日 相模工業大学教授、日野辰郎の水死体が静岡県沼津市千本浜海岸にて発見される。同大では学長選挙で理事長と教授会が対立、学長選挙で当選した教務部長が理事会の承認を得られず退任に追い込まれていた。日野辰郎は6月18日に教務部長に任命されたが22日に失踪。7月3日理事会は教職員による選挙を廃止し、糸山英太郎理事長が学長に選出された。
1981年 7月9日 落語家、春風亭一柳が東京都葛飾区東金町公団東金団地4号棟10階非常階段から飛び降り自殺
1981年 7月15日 洋画家、山本弘が首つり自殺
1981年 9月15日 蓮の実グループ不正経理事件:福岡県の福祉施設蓮の実グループ、社会福祉法人上横山保育会理事長、森田円と妻紹子が福岡県八女郡上陽町納又の自宅物置にて首つり自殺 精薄者施設や助産施設への補助金約4千万円を流用していた。
1981年 9月16日 文部省初等中等教育局小学校教育課研修係長、木村守男が埼玉県和光市、東武東上線和光市駅2番ホームにて鉄道自殺 この日、係長に昇進する辞令を受ける予定だった。
1981年 9月16日 豊島青果信用組合板橋支店次長、小森信弘が関越自動車道にて交通事故を起こした後、渡線橋より飛び降り自殺。同乗の支店長は重体。二人は詐欺師、岩城留美から偽公文書で5億円不正貸し出した事件に関与、事故は警察が出頭を求めた朝に発生した。
1981年 9月28日 福岡大学医学部付属病院臨床検査一部生化学検査室技師、井上弘幸が福岡市西区金山団地の自宅にて首つり自殺 同部では検査技師7人がタリウム中毒を起こしていた。
1981年 10月20日 東北大学教授、金属材料研究所付属材料試験炉利用施設研究グループ代表、矢島聖使が茨城県大洗町大貫町853の同大大洗宿舎にて首つり自殺
1981年 10月26日 東京都都市計画局地域計画部土地利用計画課長、雨宮乾が川崎市多摩区生田7小田急線生田駅上りホームにて鉄道自殺
1981年 10月29日 大阪高等裁判所判事、川端敬治が神戸発日向行、日本カーフェリーみやさきより飛び降り自殺、11月20日に淡路島付近にて水死体発見
1981年 10月30日 ゼコム社長、伊藤富美夫が仙台青葉城址裏、八木山橋から飛び降り自殺 2年前、9億円盗難と狂言
1981年 11月1日 城南信用金庫本店調査部調査役、白木貞治が東京都板橋区板橋2東武東上線下板橋−大山駅間にて鉄道自殺 融資先に広域暴力団国粋会関係企業がありショックで近くの病院に入院していた。
1981年 11月21日 埼玉県比企郡滑川村の会社員、長島義次が埼玉県大里郡川本町畠山の山林に停めた乗用車内にて排ガス自殺しているのを発見された。 11月15日滑川村長選挙の選挙違反事件の参考人として警察から出頭を求められた20日朝、失踪していた。
1981年 11月26日 広島県教育委員会学校管理課長、赤木利彦が自殺にて首つり自殺 多発する広島県内の教員自殺事件の現場指導を担当していた
1981年 12月7日 北炭夕張事故:北炭夕張炭鉱社長、林千明が東京都中央区日本橋室町3三井ビル別館7階にて手首を切り自殺(未遂) 12月15日に北炭は倒産。
1981年 12月11日 鹿児島県薩摩郡下甑村立海星中学校長、長倉鉄男が同校小会議室にて首つり自殺
1982年 1月1日 埼玉県立鷲宮高校野球部監督、宮内義夫が同校グランドに停めたライトバン車内にて焼身自殺。4日前、冬休み合宿中に同部員が喫煙し、即合宿を解散していた。
1982年 2月11日 広島県山県郡筒賀村立筒賀小学校教頭、小野昭三が同郡豊平町の自宅土蔵にて首つり自殺
1982年 3月22日 千葉県立流山中央高校長、福原憲司が千葉県安房郡富浦町大津の自宅にて服毒自殺 翌23日死亡 「一連の事件は校長の適切な処置を欠いたもので、おわびします。もう、すっかり疲れました。静かに眠らせてください。」と遺書 校内暴力で学校が荒れ、来年度募集では志望者激減で定員の半数が合格、県最悪の定員割れ校となっていた。
1982年 3月30日 国鉄大分県佐伯電力支区助役、今永健三が大分県南海部郡蒲江町の海岸にて車ごと海へ転落し自殺
1982年 4月4日 チェンバロ奏者、留学生、舟津保子がオーストリア、ウィーン市12区シャラー通りのアパートにて首つり自殺
1982年 4月4日 日本テレビエンタープライズ常務制作部長、秋本近史が東京都新宿区新宿5の11階建てマンション屋上にて果物ナイフで両手首を自傷後、飛び降り自殺。「不治の病にかかった。許してくれ」と遺書 元シャボン玉ホリデーのディレクター
1982年 4月5日 日本航空操縦士、菅原克己が熱海錦ヶ浦展望台から飛び降り自殺
1982年 4月16日 プロレタリア青年同盟、原勲が東京大学本郷キャンパス工学部5号館屋上エレベーター機械室窓から飛び降り自殺。言動がおかしいと東大病院精神科に入院中だった。成田空港管制塔事件で逮捕された前歴がある。
1982年 5月26日 北海道開発局官房長、小池昭夫が札幌市中央区北3条西4札幌第一合同庁舎5階トイレ窓から飛び降り自殺
1982年 6月4日 電電公社東京電気通信局文書広報課組織係長、流孝志が東京都港区六本木1第25森ビルから飛び降り自殺
1982年 7月15日 元西武信用金庫小平支店融資係長、下田徂功と妻子4人が富士スバルライン1合目付近駐車場に停めた乗用車内にて排ガス自殺 伝票操作で3千万円を詐取、告訴されていた。
1982年 7月17日 作家、江夏美好が愛知県名古屋市千種区池上町1の自宅にて首つり自殺 口腔癌闘病手記を地元新聞に連載中だった
1982年 11月2日 大阪府警賭博機汚職事件:大阪府警布施署防犯課保安係、古市忠光巡査部長が奈良市山稜町平城第二団地の自宅にて首つり自殺しているのを発見される。
1982年 11月12日 大阪府警賭博機汚職事件:警察大学校長、杉原正が川崎市麻生区千代ヶ丘5の自宅近くの物置にて首つり自殺 事件当時、大阪府警本部長だった。
1982年 12月13日 元東京都武蔵野市納税課管理係長、高橋秀夫が同市吉祥寺北町3の自宅にて首つり自殺。自宅の課税台帳を操作し、1133万円課税逃れで市から告訴されていた。
1982年 12月24日 横浜市立岡村中学校3年の少女3人が横浜市磯子区磯子3日本勤労者住宅協会横浜磯子住宅屋上から飛び降り自殺
1982年 12月28日 千葉県流山市助役、榎本清次郎が自宅物置にて首つり自殺。市立中学校建設に関連して収賄容疑で逮捕状が出ていた。
1982年 12月29日 通産省立地公害局総務課長、佐藤素祥が東京都千代田区霞が関1通産省新館屋上西から飛び降り自殺
1983年 1月9日 衆議院議員、自民党、中川一郎が札幌パークホテル10階スイートルーム浴室にて首つり自殺
1983年 1月28日 衆議院議員、社会党、松本幸男が埼玉県所沢市狭山ヶ丘1−697−4自宅車庫にて首つり自殺
1983年 2月5日 鉄工所経営、川辺定雄が東京都町田市小野路町の林道に止めた乗用車内にて練炭自殺
1983年 2月10日 山口県萩市長、菊屋嘉十郎が米子市皆生温泉緒館東光園にて首つり自殺 東萩駅周辺開発に失敗
1983年 2月25日 横須賀市宅地造成にからむ市職員の汚職事件において、土木会社社長、鈴木源司が横須賀市太田和2の自宅にて散弾銃自殺 県警捜査員が自宅をたずね、参考人として任意同行を求めた直後だった。
1983年 2月25日 大阪日日新聞編集局長、市原安夫が大阪府堺市金岡町府営住宅中百舌団地の自宅便所にて首つり自殺
1983年 3月17日 京都芸術大学教授、陶芸家、近藤豊が京都市山科区西野山岩ヶ谷の自宅にて首つり自殺 うつ病
1983年 4月12日 国鉄長崎客貨車区主席助役、松原久信が長崎市畝刈町、新長崎漁港岸壁から乗用車で海へ飛び込み自殺
1983年 5月1日 放送作家、金井敬三が埼玉県浦和市領家5の自宅にて首つり自殺
1983年 5月4日 テレビドラマ脚本家、泊里仁美が神奈川県葉山町の海岸にて入水、TBSの昼ドラ「女、かけこみ寺」のシナリオを担当していたが、途中降板させられていた。
1983年 6月28日 俳優、沖雅也が新宿京王プラザホテル47階非常口バルコニーから飛び降り自殺
1983年 7月9日 神奈川県横須賀市立粟田小学校長、伊藤和男が同市汐入町の自宅庭にて首つり自殺。
1983年 8月24日 元住友銀行副頭取、前日本貿易振興会理事長、西村純平が入院していた大阪市北区中之島5住友病院9階病室から飛び降り自殺
1983年 8月26日 女優、今泉陽子がTBS緑山スタジオ宿舎5階から飛び降り自殺
1983年 9月3日 高部知子の喫煙写真をマスコミにリークした元彼が茨城県東茨城郡桂村錫高野の林道にとめた乗用車内にて排ガス自殺
1983年 10月14日 東京オリンピック陸上選手、依田郁子が茨城県豊里町今鹿島2348の自宅で首つり自殺 80mハードルで5位入賞
1983年 10月24日 埼玉銀行蕨東支店長代理、奥村美樹が静岡県小笠郡大須賀町西大淵、西大谷川河川敷に停めた状況車内にて焼身自殺
1983年 11月18日 臨済宗南禅寺派大本山、南禅寺第10代管長、第338世住職、勝平宗徹が同寺境内僧堂の物置にて首つり自殺
1983年 12月16日 日本銀行青森支店長、佐藤弘光が同市勝田2日本銀行青森支店長住宅にて首つり自殺
1983年 12月26日 青森市議会議員、川口光伸が同市三内稲元の自宅二階で次男を絞殺後、車庫にて妻レイ子と共に首つり自殺。
1983年 12月28日 阪神タイガースにドラフト1位で入団した投手、中西清起、通称球道くんの父で宿毛信用金庫非常勤理事、中西光之進が同信金本店2階廊下から飛び降り自殺
1984年 1月3日 茨城県牛久町立向台小学校教師、坂本泰彦が同校の自分の担任するクラス教室にて首つり自殺
1984年 1月3日 関西大学社会学部教授、小川肇が大阪府吹田市竹見台2付近を走行中のタクシー車内にて出刃包丁で胸を刺して自殺。翌4日死亡。
1984年 1月14日 カーネギーメロン大学研究員、生化学者、目邦雄がアメリカペンシルバニア州ピッツバーグ市内の自宅浴槽にて首つり自殺
1984年 1月16日 社会福祉法人日本ライトハウス会長、世界盲人福祉協議会副会長、岩橋英行が兵庫県西宮市樋之池町18-15自宅納屋にて首つり自殺。
1984年 1月17日 元東京テアトル社長、吉岡定美が東京都港区赤坂8マノー乃木坂703の自宅ベランダから飛び降り自殺
1984年 1月21日 防衛庁海上幕僚監部防衛部教育第一課学校第一班長兼教範第一班長、一等海佐、池田順一が東京都港区赤坂9防衛庁2号館6階踊り場から飛び降り自殺
1984年 2月2日 法政大学工学部教授、笠島正行が東京都文京区本郷7東京大学工学部5号館屋上より飛び降り自殺
1984年 2月5日 明治大学政治経済学部2年、小川喜和が東京都練馬区関町北2桜井荘15号室にてガス自殺。「自殺こそ唯一の哲学。死ぬのは怖いことじゃない」と遺書
1984年 3月8日 ブラックジャーナーリスト、元武富士従業員、東山弘里が東京都千代田区紀尾井町4ホテルニューオータニ本館3階386号室にて手と首を切り自殺(未遂) 立正佼成会会長庭野を名乗り宮沢喜一もと外相を呼びだし灰皿で暴行後、自殺を図った。東山は過去に武富士社長恐喝で逮捕歴がある。
1984年 3月20日 日立製作所水戸工場長、今泉藤麿が茨城県勝田市の同工場エレベーター試験塔13階から飛び降り自殺
1984年 5月8日 東京オリンピック自転車競技選手、競輪A級選手、山藤浩三が茨城県取手市井野3の自宅にて妻子3人と共にガス自殺
1984年 5月16日 山陽電鉄車掌、前田春雄が神戸市須磨区若木町2山陽電鉄天井川東第1踏切東30mにて鉄道自殺。9日に六甲駅で起きた電車衝突事故の車輌にて車掌業務をおこなっており、連日事情聴取を受けていた。
1984年 5月23日 豊田商事に約6000万円を騙し取られた青森県八戸市の男性が首つり自殺
1984年 6月3日 吉本新喜劇の漫才師、中山三吉が首つり自殺
1984年 6月9日 大阪市和泉市立久保惣記念美術館名誉館長、3代目久保惣太郎が同市内田町の自宅にて首つり自殺 同美術館は地元で繊維業を営む久保家3代の美術品と旧邸宅を和泉市へ寄付して出来たもの。
1984年 6月16日 俳優、宇南山宏が国鉄高田馬場駅にて鉄道自殺
1984年 7月20日 大阪大学医学部放射線科教授、重松康が神戸市東灘区岡本3ハイツ中岡7階非常階段から飛び降り自殺
1984年 7月26日 長崎県五島上五島町長、道津明が長崎市赤迫町の雑木林にて首つり自殺
1984年 7月29日 自然保護活動家、青木産婦人科病院長、青木正博が長野県諏訪郡富士見町境葛窪の青木天文台2階にて首つり自殺 新田次郎の小説「霧の子孫たち」のモデル
1984年 8月22日 国鉄川口駅駅長石川尚が北浦和駅1番線ホームにて鉄道自殺
1984年 9月6日 東京都墨田区立曳舟中学校教師、照沼猛が神奈川県足柄下郡箱根町塔之沢の吊り橋より早川へ飛び降り自殺
1984年 9月10日 国鉄鉄道研究所主任研究員、北明夫が横浜市保土ケ谷区岩井町国鉄保土ケ谷寮5階自室にて首つり自殺しているのを発見される。死後約2日経過
1984年 9月13日 漫画家、ちばあきおが練馬区富士見台3、ちばてつやプロ2階仕事場にて首つり自殺
1984年 9月22日 高知県吾川郡春野町議会議員、川崎実が高知市高知署内駐車場に停めた軽乗用車内にて農薬を飲み自殺
1984年 9月30日 マルクス経済学者、岡崎次郎と妻クニが家財を整理し6月6日より死出の旅に出る。9月30日、大阪のホテルに宿泊した後、二人の足取りは途絶えた。
1984年 11月20日 労働省政策調査部統計調査第二課企画調整係長、森隆司が東京都千代田区霞が関1、中央合同庁舎五号館19階よりダスターシュートに身を投げて自殺
1984年 12月3日 長野県松川村立松川中学3年尾山奈々が自宅裏の物置にて首つり自殺。後に遺稿集「花を飾ってくださるのなら 奈々十五歳の遺書」が出版された。
1984年 12月19日 登山ライターで元出版社経営、彦坂五郎が全財産を市川市の聖愛乳児園に寄付する遺言公正証書を作成したのちに千葉県市川市江戸川河川敷にてナイフで胸を刺して自殺 著作「ハロー・夏山―登山入門」
1984年 12月27日 日本工営副社長、吉沢重之が東京都千代田区麹町5、日本工営本社9階役員第1応接室から飛び降り自殺

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