自殺データベース (6) 昭和30年代の自殺 (1955−1964)
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1955年 2月4日 埼玉県川口市議会副議長、唐沢二三次郎が川口市青木町3-393の自宅にて首つり自殺
1955年 3月3日 2月27日に投票が行われた第27回衆議院議員選挙において福岡二区から立候補し当選した民主党淵上房太郎議員の党大川支部幹事長、会田勇次が選挙違反容疑で留置されていた大川署留置場にて畳の縁の糸をもちいて首つり自殺
1955年 3月13日 東京都内初のテレビ塔、港区赤坂一ツ木町ラジオ東京(現TBS)テレビ塔東側にて高さ約50mから身元不明の男が飛び降り自殺
1955年 3月16日 2月27日に投票が行われた第27回衆議院議員選挙において神奈川二区から立候補し当選した民主党野田武夫議員の関係者、蒲谷ハナが神奈川県田浦警察署にて事情聴取の帰り投身自殺
1955年 4月8日 青梅市の工員が東京大学本郷キャンパス三四郎池にてダイナマイト自殺
1955年 4月19日 国立横須賀病院外科医長、医学博士、塩田時夫が東京都杉並区荻窪1-29の自宅にて妻子3人を殺害後、服毒自殺しているのを発見される。
1955年 5月3日 横浜市立桜ヶ丘高校教師、神田三治が東京都五日市町盆堀付近の山林にて自殺、白骨遺体が発見される。1950年夏に失踪していた。
1955年 5月3日 三重県議選に立候補し落選した井ノ口博章の関係者、別所正夫が三重県津警察署留置場にて首つり自殺 買収容疑で逮捕留置中
1955年 5月6日 東京都庁住宅内部総務局勤労部福利課長代理、渡辺武綱が渋谷区外輪町1738山手線外回り電車に飛び込み自殺 翌日、都結核療養所生浜荘の不正入札事件で上司が逮捕された
1955年 6月22日 日本起重機製作所常務取締役、三谷貞三郎が大田区森ヶ崎5843の自宅にて服毒自殺
1955年 6月27日 漫画家、谷内六郎が東京都世田谷区上馬1-598自宅にて左腕をカミソリで切り自殺(未遂)
1955年 6月30日 東洋大学文学部中国哲学文学科1年、下平几子が東京都港区赤坂青山北町6−38の自宅にて焼身自殺、7月5日死亡。 都立三田高校在学時、同校教師小寺和夫と関係。教師は他に女生徒8人と関係しており、過去にも女生徒2人が自殺。同校校長、百田治朗は7月17日に自宅にてガス自殺をはかったが未遂におわった
1955年 7月5日 東京大学理学部数学講師、理学博士、森明が東京大学理学部1号館3階教官室にて睡眠薬自殺 アドルム300錠を乳鉢で粉末にし5日午後7時に服用と記載された遺書の写真が新聞誌上にて公開された
1955年 7月10日 東京都立大工学部講師、関口三郎が大田区南六郷2-32先の多摩川堤にて服毒自殺
1955年 7月14日 文部省技官、上野文化財研究所所員、大串純夫が東京都北多摩郡大和町狭山公園裏入口にて自殺
1955年 7月14日 練馬区議会議員、中村旧一が西武池袋線、練馬区南町の踏切にて飛び込み自殺衆議院議員、中村梅吉の弟
1955年 7月27日 北海道大学理学部助教授、糠沢健次が北大構内原始林にて首つり自殺
1955年 9月1日 林野庁長官柴田榮の長男、名古屋工業大学建築科4年、柴田千秋が岡崎駅西ガード付近にて鉄道自殺
1955年 9月23日 赤坂の料亭、中川の若女将、石川千代が千代田区麹町平河町2-6の自宅にて睡眠薬自殺
1955年 9月28日 ジャズピアニストの守安祥太郎が目黒駅にて山手線内回り電車に飛び込み自殺 所持品は現金6千円と新宿の歌声酒場どん底のマッチのみだった
1955年 10月24日 外務省翻訳課嘱託、高橋清三郎が大田区馬込東2-928自宅台所にて焼身自殺
1955年 11月21日 外務省アジア局第4課、外務事務官、飯田四郎が東京都港区芝田村町、外務省5階から飛び降り自殺
1955年 12月5日 三鷹市の主婦、高田京子と子4人が杉並区立下高中学校(現・向陽中学校)前の橋から玉川上水へ入水。母と1歳の次男のみ助かる。桜上水での5人心中と話題に。
1955年 12月20日 5日に発生した桜上水5人心中事件の父、高田一郎こと申鐘達が国鉄北浦和駅から青森行き急行列車に飛び込み自殺。所持品に棺桶の領収書。
1956年 1月8日 文芸評論家、服部達が山梨県大泉村川俣渓谷上流の八ヶ岳山麓にて睡眠薬を飲み凍死。7月24日、下流にて白骨遺体が発見される。
1956年 1月15日 洋画家、吉岡憲が国鉄中野駅近く高根踏切(高根歩道橋の西側)にて下り三鷹行き最終電車に飛び込み自殺。
1956年 2月2日 元新宿和田組、石川力夫が服役中の府中刑務所屋上から飛び降り自殺。作家藤田五郎原作の映画「仁義の墓場」のモデル。
1956年 2月3日 東京大学医学部助教授、東大付属病院小石川分院小児科医長、沢田昌三が文京区雑司ヶ谷町120同病院医長室にて服毒自殺
1956年 2月7日 松竹大船撮影所助監督、田中淳剛が浅間山麓峯の茶屋付近にて服毒自殺、5月22日に遺体発見
1956年 3月8日 浅草フランス座ストリッパー、キティー福田こと永山美代子が東京都台東区千束町2-41の自宅にて睡眠薬自殺
1956年 3月14日 衆議院議員、自民党原捨思の秘書、四元幸子が東京都品川区北品川1、八ツ山橋から国電線路わきに飛び降り自殺(未遂)
1956年 6月9日 農林省大臣官房経理厚生課補助係、吉川六郎が東京北区の荒川放水路にて入水
1956年 6月25日 作曲家、琴演奏家、宮城道雄が東海道線愛知県刈谷市付近にて列車から転落し死亡(自殺?)
1956年 7月2日 私立松蔭高校教師、岡本吉之助が東京都世田谷区北沢4-456同校講堂控室にて首つり自殺 同校ではアルバイト学生の収入の1割を徴収しており、この日、都の調査がはいり学校追求の生徒会が開かれていた。
1956年 7月4日 映画美術プロデューサー、吉崎豊次が世田谷区野沢町2-231にて服毒自殺
1956年 7月25日 米軍立川基地勤務、小池美一と妻光子、長女和枝が立川市羽衣町笠井病院裏の国鉄中央線にて下り電車に飛び込み自殺
1956年 8月8日 長崎原爆青年乙女の会会員、鈴田まさえが長崎市大黒町菅崎旅館にて農薬自殺 被爆者同士の結婚を親に反対されたことを苦に
1956年 9月21日 警視庁予備隊、井戸浩巡査が鎌倉市の旅館、小田屋にて服毒自殺。井戸巡査は8日前に米軍立川基地拡張測量調査の警備にあたっていた。翌年、基地拡張問題から砂川事件が発生した。
1956年 10月28日 日本原子力研究所署員、岡部美夫が東武東上線高坂駅東400mにて上り電車に飛び込み自殺
1956年 11月14日 画家丸木位里の母、スマを撲殺した画家 香川睦久が横須賀市長者ヶ崎海岸にて飛び降り自殺
1956年 11月18日 7年前に行方不明になった前長崎市長、岡田寿吉の白骨遺体が長崎市八郎岳にて発見される。自殺。
1956年 12月14日 歌手、楠木繁夫が東京都新宿区西大久保3-95の自宅物置小屋にて首つり自殺 代表曲「緑の地平線」「女の階級」
1956年 12月20日 放送作家、寺島信夫が川崎市新丸子東2-924の自宅にて睡眠薬自殺、翌21日死亡
1957年 4月10日 全購連汚職事件:全購連肥糧部燐酸加里課調査役山川一三が千代田区有楽町1-11産協会館2階小会議室にて農薬自殺
1957年 4月16日 都立駒場高校教師、久保田勝太郎が修学旅行引率中、京都丸太町橋より鴨川河原へ飛び降り自殺
1957年 4月29日 皇居馬場先門の交番裏松林にて身元不明男が服薬自殺
1957年 5月1日 群馬大学医学部精神科主任教授、稲見好寿が前橋市の自宅にて首つり自殺
1957年 5月4日 日本相撲協会理事長出羽海秀光(元横綱常ノ花)が国技館大日本相撲協会取締応接室にて短刀を用いて切腹(未遂)
1957年 5月24日 仏文学者、中村真一郎の妻で元文学座俳優、新田瑛子が世田谷区世田谷2-1080の自宅にて睡眠薬自殺、26日死亡
1957年 6月27日 江商肥糧部長、長尾正が東京都品川区大井海鹿島3015先にて京浜東北線電車に飛び込み自殺
1957年 6月30日 東京大学文学部西洋史学科講師、藤原浩の白骨遺体が沼津市西浦江梨の寺山山中にて発見される。3月27日に失踪後、同地にて服毒自殺。
1957年 7月6日 谷中五重塔心中放火事件:洋裁店店主、長部達夫が店員の女性と谷中五重塔に放火し心中 谷中五重塔は全焼し倒壊。現在は礎石を遺すのみ。
1957年 7月24日 明治薬科大学講師、井手五祐が埼玉県所沢市上安松上長淵の雑木林内にて青酸カリ自殺。15日失踪24日遺体発見。自民党衆議院議員、井出一太郎の弟。
1957年 9月7日 日本共産党職員、片倉仁が党批判の遺書を遺し国鉄浜松町駅にて東海道線下り電車に飛び込み自殺
1957年 9月28日 科学技術庁企画調整局企画課企画第4課長、広幡哲夫が東京都品川区南品川6-1438新東京ホテルにて青酸カリ自殺
1957年 10月19日 新日本汽船会社取締役、勝野正恭が東京駅前国鉄本社(現・丸の内オアゾ)ロビー吹き抜けの螺旋階段8階から飛び降り自殺
1957年 10月19日 元東京学生柔道連盟委員長、水谷硝の腐乱死体が千葉市の千葉二高構内で発見される。睡眠薬自殺。
1957年 10月23日 日本鉱業保安部長、矢野達雄が中央線浅川信号所(高尾駅)付近にて走行中の列車から飛び降り自殺
1957年 11月3日 バイオリニスト渡辺季彦の長男、渡辺茂夫(16)がニューヨークにて睡眠薬を用いて自殺(未遂) バイオリニストとして7歳でデビュー、ニューヨークジュリアード音楽院に無試験で入学、留学中だった。意識が戻らぬまま1999年に死亡。
1957年 11月5日 喜劇俳優、清水金一一座の大井哲夫が東京都中野区大和町274の自宅にて睡眠薬自殺
1957年 12月4日 天城山心中事件:満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の姪、学習院大学文学部国文科2年愛新覚羅慧生と級友、大久保武道が天城山八丁池南の森林にて拳銃心中
1958年 1月14日 俳優、青山恭二が麻布六本木にて車の中で睡眠薬を用いて自殺(未遂)
1958年 3月15日 劇作家、久保栄が順天堂大学病院神経科18号病室にて首つり自殺 代表作「火山灰地」「のぼり窯」
1958年 4月9日 熊本大学助教授、カント研究家、水原徳恒が生と死の価値についての数学的人生観を研究したが、死は生より優位であるという点に到達したと、高崎市柳川町、実兄の写真家、水原徳尚宅で睡眠薬自殺
1958年 4月15日 銀座文壇バーのチーママ、坂本睦子が新大久保の自宅アパートにて睡眠薬を用いて自殺 大岡昇平の小説「武蔵野夫人」のモデル
1958年 6月17日 日本航空運航部調査役鶴峰元が品川区東中延の旅館おつるにて睡眠薬自殺、6/19死亡
1958年 7月5日 日教組勤務評定闘争において四日市市教育長、染川清一郎が同市役所学校教育課内にて首つり自殺
1958年 9月13日 原爆映画「千羽鶴」主人公彦一のモデル、地後尚彦が広島市柳町の自宅にて首つり自殺
1958年 9月18日 元宮内庁式部職楽長、多重雄が比叡山延暦寺西塔にて首つり自殺
1958年 10月10日 日東石油常務、佐藤泰正が渋谷区代々木初台607の自宅土蔵にて首つり自殺
1958年 11月7日 建設中の東京タワー展望台より中野区沼袋の会社員、高橋博が飛び降り自殺 東京タワー初の自殺者
1958年 11月17日 東京大学教養部数学教室助教授、谷山豊が東京都豊島区池袋1-539静山荘アパート2階20号室にてガス自殺
1959年 1月2日 菓子卸売商、恵本確が全日空大分発伊丹行きの飛行機にてダイナマイト自殺に失敗後、昇降口をこじ開け飛び降り自殺
1959年 4月2日 作曲家、後藤資公が2ヶ月前愛人黒木曜子と娘が轢死した町田市の小田急線多摩川学園駅東の踏切にて睡眠薬自殺。
1959年 4月21日 熊本県立玉名農業高校教師、宇野木政弘が修学旅行引率中、大船駅付近にて鉄道自殺
1959年 4月28日 東京都調布市議会議員、共産党、阿部徳寧が入院先の世田谷区祖師谷1至誠会病院にてカミソリで首を切り自殺
1959年 6月22日 小説家、村雨退二郎が服毒自殺
1959年 9月19日 都交通局汚職:東京都交通局工務部管理課長、牧野小一郎が東京都葛飾区、国鉄金町駅にて鉄道自殺
1959年 9月28日 東京都荒川区教育委員会事務局係長、石田栄が国鉄田端駅ホームにて鉄道自殺
1959年 10月9日 都立久留米養護学校長、塚田貞雄が同校宿直室にて服毒自殺
1959年 10月13日 埼玉県比企郡川島村立三保谷小学校長、日教組川島支部長、沢田鞠徳が同村平沼の自宅物置にて首つり自殺
1959年 10月15日 日立製作所常務取締役、東京営業所長、石塚晴美が東京都世田谷区上北沢4-369の自宅にて自殺
1959年 10月21日 秋田県庁汚職事件:秋田県企画室参事、斉藤桂二郎が秋田市川尻東表町の自宅にて服毒自殺
1959年 10月21日 昭和電工会長、佐竹次郎が東京都目黒区駒場町861の自宅にて首つり自殺
1959年 10月30日 インドネシア、スカルノ大統領に見初められた赤坂のナイトクラブ「花馬車」のナンバー1金勢さき子がジャカルタ市内にて睡眠薬を飲み両手首を自傷し風呂場の中で自殺
1959年 10月31日 会社員、田中謙璋が日東航空所有の水上機デ・ハビランド・アッタ号にて大阪府堺から和歌山県白浜へ向かう途中、非常ドアをこじあけ飛び降り自殺
1959年 11月9日 アナウンサー、竹脇昌作が東京都渋谷区千駄ヶ谷3-18の自宅物置にて首つり自殺 ラジオの人気番組「東京ダイヤル」のナレーターをつとめていた。俳優、竹脇無我の父。
1959年 11月22日 東京都中央区立京橋昭和小学校長、山口勲郎が東急東横線、学芸大学−都立大学駅間の無人踏切にて鉄道自殺
1960年 1月24日 小説家、火野葦平が福岡県若松市の自宅にて睡眠薬アドルムを用いて自殺 代表作「麦と兵隊」
1960年 2月7日 国鉄加古川線中村町駅長、南畝悦が兵庫県明石市右手塚町の山陽電鉄右手塚無人踏切にて鉄道自殺
1960年 3月30日 浮世絵師、名取春仙が北青山の高徳寺にて服毒自殺
1960年 4月18日 日本オリオンレコード所属歌手、真船洋子が品川区豊町6−194桜井アパート2階自室にてガス自殺
1960年 5月25日 汚職事件で保釈中の前東京都建設局住宅建設部工事第二課長、佐藤七五郎が東京都豊島区池袋5-199の自宅にて肉切り包丁で首を切り自殺
1960年 6月13日 建設省河川局全水政課長、森文一と実弟の未亡人、森吉江の白骨遺体が福島県土湯峠付近にて発見される。1959年9月頃自殺した模様。実弟の東京大学理学部数学講師、理学博士森明は1955年7月5日に自殺している。
1960年 6月20日 通産省工業技術院標準部電気規格課員、原子力研究所外来研究員、児玉正男が茨城県東海村村松の同研真砂山独身寮にてタイムスイッチと睡眠薬を用いて感電自殺
1960年 8月28日 音羽会社重役夫人強盗殺人事件:主犯、湯本昭八郎が東京拘置所内にて首つり自殺 なお、共犯の泉水博は無期懲役で千葉刑務所服役中に獄中者組合を結成、後にダッカ事件で超法規処置にて釈放されたが1986年フィリピンにて逮捕された。
1960年 9月3日 三井三池争議:三池炭鉱第一組合員、渡辺富吉が福岡県大牟田市櫟野三池炭鉱東谷社宅の自室にて包丁で喉を突き自殺
1960年 10月15日 漫才師、浮世亭夢若が和歌山県白浜町の旅館にて酒と睡眠薬にて自殺
1960年 11月2日 浅沼委員長暗殺事件:元日本愛国党党員、大東文化大学聴講生、山口二矢が東京都練馬区仲町、東京少年鑑別所東寮単独室1号にて首つり自殺
1960年 11月25日 前衆議院議員、民社党、神田大作の長女で秘書、神田庸子が茨城県笠間市片庭、仏頂山麓雑木林にて睡眠薬自殺
1960年 12月5日 学生歌人、國學院大学文学部3年岸上大作が杉並区久我山にて睡眠薬ブロバリン150錠を服用後首吊り自殺。後に歌集「意思表示」が出版された。
1960年 12月7日 元衆議院議員、土建業、加藤静雄が静岡県焼津市焼津787-2自宅物置にて首つり自殺
1960年 12月12日 ソ連に拿捕された北海道根室のタコ漁船はじめ丸船長、佐藤実が色丹島アナマ収容所にて自殺
1961年 2月24日 慶応大学仏文科講師、沢井定雄が東京都台東区浅草柳橋2-11の自宅4階にてガス自殺
1961年 3月12日 通産省福岡鉱山保安監督部管理課長補佐、谷利光が福岡市大橋本町470の自宅にて猟銃自殺 3月9日に火災事故で死者71名を出した福岡県田川郡香春(かわら)町の上田鉱業上清炭鉱の保安監査を担当していた。
1961年 5月11日 宮崎県都城市議会議員、都城商工会議所副会頭、入佐畩吉と妻マサ子が同市西町の藪中にて服毒自殺。強要罪で起訴されたが病気のため仮釈放中だった。
1961年 6月7日 朝日不動産常務、枝川明雄が東京都千代田区有楽町1-2朝日生命館8階屋上南より日比谷交差点へ飛び降り自殺
1961年 7月23日 前熊本県人吉市衛生課長、西重義が同市七地町の自宅マキ小屋にて首つり自殺 全国的な小児麻痺流行の中、対策でノイローゼとなり自宅療養していた。
1961年 10月15日 長野県本城村(現・筑北村)村長、松林忠氏と妻吟子が服毒自殺、吟子が死亡。
1961年 10月28日 俳優、梅若正二が上目黒の自宅にて睡眠薬を用いて自殺(未遂) 代表作、映画「赤胴鈴之助」シリーズ主役
1961年 11月25日 川崎市立苅宿小学校教頭、梅田剛が同市井田山中にて首つり自殺しているのを発見される。死後約半月。
1961年 11月27日 岩井産業東京支社金属二部部長、長笠徳二が東京都世田谷区野沢町2-228自宅にて首つり自殺
1962年 1月20日 女優、小宮光江が東京都新宿区下落合1-501の自宅にてガス自殺
1962年 1月26日 俳優、高橋貞二の未亡人みどりが豊島区池袋東1−81新富士荘2階にてガス自殺
1962年 1月28日 歌舞伎役者四代目中村時蔵が自殺
1962年 2月6日 デヴィ夫人の弟、根本八曾男がガス自殺
1962年 2月21日 作家、小泉八雲の三男、画家、小泉清が中野区鷺宮3-1197の自宅にてガス自殺
1962年 4月13日 作家、小山清の妻、房子が練馬区立野町2099の雑木林にて睡眠薬自殺しているのを発見される。
1962年 6月27日 元西鉄ライオンズ捕手、野球解説者、永利勇吉が国鉄鹿児島本線博多−竹下駅間にて鉄道自殺
1962年 7月3日 誠文堂新光社会長、小川菊松が東京都心中市谷薬王寺町71の自宅にて散弾銃自殺
1962年 12月14日 旭川道路汚職:北海道旭川市土木部土木課中央土木事務所主任、福岡佐吉が同市宮下通り17の国鉄宗谷本線踏切にて鉄道自殺
1963年 4月18日 農林省経済局肥料課価格班長、山口知が東京都府中市是政、多摩川是政橋下の水たまりにて睡眠薬自殺しているのを発見される。
1963年 5月2日 元長野県松代町議会議員、野沢市太郎が公選法違反容疑で長野拘置所に拘置中、同所内で首つり自殺
1963年 5月6日 狭山事件:殺害された中田善枝さんの家の元作男の奥富玄二が服毒し井戸へ身を投げ自殺
1963年 5月11日 狭山事件:近所の農家、田中登が心臓にナイフを突き刺して自殺
1963年 8月5日 陸上自衛隊陸将補、前自衛隊体育学校長、佐野常光が東京都港区三田台町1-5防衛庁官舎の自宅にて首つり自殺
1963年 10月9日 青山学院大学経済学部教授、フロリダ大学研究員、関口重之が米旅客機内にて自殺
1963年 10月23日 早稲田大学文学部2年、大石喜哉が、太宰が死んだ玉川上水でオレも死ぬと玉川上水に入水、久我山水衛所水門付近にて遺体発見される
1963年 11月16日 東京教育大学文学部西洋史学科3年、田中宣春が東京都文京区大塚窪町の同大文学部東校舎4階屋上より飛び降り自殺
1963年 12月9日 国際農友会のアメリカ留学実習生、伊達碵允が果実栽培実習先のカルフォルニア州サクラメント近郊コルサ農場にてライフル銃自殺
1963年 12月27日 准看護婦、福本まり子が奈良県五條市の栄山寺裏山にて自殺。翌々年1月16日に白骨遺体が発見される。背景に部落差別問題。後に遺稿集「悲濤」が出版された。
1964年 1月7日 清元流リュウ師匠、金井しず が東京都世田谷区上北沢1-429の自宅にてガス自殺
1964年 1月30日 岩手県花巻市立前田中学校長、阿部潔見が岩手県日教組の学力テスト反対闘争裁判で検察側証人として出廷後、盛岡市肴町、照亦旅館にて首つり自殺
1964年 2月26日 開業前新幹線で初の自殺:神奈川県平塚市の金目川鉄橋付近にて試験走行中の新幹線に男が飛び込み自殺
1964年 3月14日 毎日新聞社英文毎日編集部嘱託、岩堂太郎が東京都千代田区有楽町1-11毎日新聞本社ビル8階から飛び降り自殺
1964年 4月9日 東京交響楽団専務理事、楽団長、橋本ル三郎が楽団解散の3月27日に失踪、荒川放水路に入水。4月9日、水死体が東京都江戸川区小松川4-70先にて発見される。
1964年 6月4日 外務省外交官補、法眼俊作がベルリン自由大学に留学中、西ベルリンの4階建てビルから飛び降り自殺
1964年 6月29日 千葉市誘致工業用地あっせん詐欺容疑で逮捕された千葉市開発課長補佐、桜井辰夫が千葉南署留置場保護室内にて首つり自殺
1964年 7月7日 箱根富士見ホテル、駒ヶ岳ホテル社長、阿部宗一が神奈川県厚木市愛甲984-1小田急線踏切にて鉄道自殺
1964年 7月14日 狭山事件:殺害された中田善枝さんの姉、登美恵が自宅にて農薬自殺
1964年 7月20日 株式会社寶組品川勝島倉庫守衛長、元海軍大佐、大橋富士郎が川崎市の自宅にて自殺。この日未明、寶組103号倉庫付近に野積みされた硝化綿が発火し大規模な爆発火災が発生、大橋は現場で消火活動にあたっていた。
1964年 9月17日 山口県宇部市立厚南中学校長、山本章一が同市厚南区東割の自宅にて首つり自殺
1964年 9月20日 阪神タイガース投手、村山実の妻、富子が杉並区大宮町1638の姉宅にて首つり自殺
1964年 11月9日 新幹線開業後初の自殺者:愛知県桜井町の主婦、水越アヤが東海道新幹線安城市古井町の上り線路にて自殺

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