自殺データベース (4) 昭和元年〜19年の自殺 (1926−1944)
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1926年 12月31日 元岡山藩家老天城池田家12代当主、池田政佑男爵が東京府下中野町1054の自宅にて猟銃自殺 大正天皇に殉死
1927年 1月4日 婦人運動家、兵庫県立神戸高等女学校教師、塚本ふじ が首つり自殺
1927年 1月6日 作家、芥川龍之介の義兄、弁護士、西川豊が国鉄外房線、土気−大網駅間にて鉄道自殺
1927年 2月23日 大蔵省営繕管財局神戸出張所技師、戸田道直が神戸市茸合籠池通3-64大蔵省官舎にて妻子を殺害したのちに放火、焼身自殺
1927年 3月15日 私立神戸村野興業学校機械実習工場主任、佐藤米太郎が神戸市蓮宮通1の自宅にて妻子を日本刀で殺害したのちに拳銃自殺
1927年 5月9日 銀座松屋デパートにて初めての飛び降り自殺
1927年 5月14日 鶴岡市長代理、元助役の地主湧造が自宅土蔵にて首つり自殺
1927年 5月19日 久喜銀行幸手支店長、小林由蔵が埼玉県江面村大字下早見の自宅にて首つり自殺
1927年 6月13日 副島商業銀行頭取、草野半が阿武隈川にて入水
1927年 6月28日 衆議院議員、星島二郎の弟、星島三郎が駒込駅にて鉄道自殺
1927年 7月24日 小説家、芥川龍之介が東京市外滝野川町田端435の自宅寝室にて睡眠薬ベロナールとヂエアールをもちいて自殺
1927年 7月26日 熊本市春竹町、中川主喜が自宅にて芥川龍之介の写真を前にしてカミソリで喉を切り自殺
1927年 7月27日 洋服店店員、富井篤治が芥川龍之介自殺の新聞記事を懐中にして東京府下大井町にて鉄道自殺
1927年 7月31日 静岡県議会議員、山本正治の妹、山本ちよが清水市辻町の自宅にてカルモチンをもちいて自殺、遺書に芥川龍之介の記述
1927年 8月1日 元、第百十銀行小郡支店長、長澤旗一が資産を預けていた十五銀行経営破綻により精神に異常をきたし、山口県長府町の自宅井戸に投身自殺
1927年 9月4日 兵庫県の淡河銀行常務取締役、清原勤が兵庫県有馬郡三田町の親戚宅にてモルヒネ大量摂取で自殺
1927年 10月20日 長野県富士見高原病院副院長、寺嶋長門博士が愛人森美佐子と共に列車内にて睡眠薬自殺、残された鞄に遺書十数通と芥川龍之介の「地獄変」があった。
1927年 12月26日 美保関事件:海軍の演習中、沈没事故をおこした駆逐艦蕨艦長水城圭次大佐が東京府下和田堀町字和泉17の自宅にてカミソリで喉を切り自殺
1928年 1月15日 台湾総督府事務官、菱村彦十郎の妻、もと子が銀座松坂屋八階屋上庭園南側より飛び降り自殺
1928年 2月20日 陸軍大将福田雅太郎狙撃事件の犯人で秋田刑務所にて服役中の無政府主義者、労働運動家、和田久太郎が同刑務所内にて首つり自殺
1928年 2月27日 労農党大山郁夫の選挙運動員、労農党幹部、西山近次が香川県瀧宮駅付近にて鉄道自殺
1928年 3月1日 高松小作争議の顧問弁護士、農民運動を支援していた若林三郎が、牛込南町12の自宅にて裁縫用のはさみで喉を切り自殺
1928年 3月11日 精進湖心中事件:東京高等学校教授北川三郎と麻布六本木カフェー誠志堂女給小林よね子が青木ヶ原樹海にて凍死心中
1928年 5月12日 島村抱月の次男、第一高等学校理科甲類三年、島村秋人が山中湖畔の第一高等学校嘯雲寮にて毒薬自殺
1928年 5月17日 元大関伊勢ノ濱慶太郎が静岡県沼津市の旅館にて服毒自殺
1928年 8月2日 前福岡県議会議長、千田精一が大牟田市の自宅にてカミソリで自傷し自殺
1928年 9月11日 慶応大学経済学部理財科2年、佐々木四郎が那須岳火口付近にて睡眠薬自殺。衆議院議員、佐々木長治の弟。
1928年 9月12日 元鉄道省勅任技師で明治天皇行幸時の運輸監督、日本橋女学館高等女学校教授、佐藤信夫が東京府下長崎町並木町1945先武蔵野鉄道踏切にて鉄道自殺
1928年 10月6日 日本共産党委員長、渡辺政之輔が台湾基隆にて警官隊に囲まれ自殺
1928年 12月11日 兵庫県の大鹽銀行木場支店長、高田泰次が自宅にて首つり自殺
1929年 2月11日 現・深谷市の唐沢堀問題で天皇に直訴した埼玉の農民、茂木政吉の母、茂木とらが埼玉県大里郡大寄村字内ヶ島の自宅にて首つり自殺
1929年 3月7日 モスクワ大使館付き駐在武官、小柳喜三郎大佐がモスクワの日本大使館内の居室にて短刀をもちいて切腹
1929年 3月28日 埼玉県秩父郡高篠村栃谷の豪農の娘、新井さと が芥川龍之介全集を抱えて同村高篠橋より飛び降り自殺
1929年 3月30日 洋画家、東郷青児が愛人、西崎盈子と東京府下大井町鹿島谷3138の自宅寝室にてガス自殺(未遂)
1929年 5月19日 大日本自転車専務取締役、山口鐵彦の遺体を日光瀧尾神社付近の山林にて発見、服毒自殺死後約二ヶ月が経過
1929年 8月17日 元総理大臣、寺内正毅の子、寺内毅雄陸軍少佐の妻あや子が夫病死約5時間後、通夜の最中に代々木町初台606の自宅二階にて拳銃自殺
1929年 8月30日 性科学者、医学博士、羽太鋭治が大井町立会川の自宅にてカルモチン300余錠を飲み自殺
1929年 9月19日 富山市の薬局経営、岡良之助が鹿児島県の西市来海岸にて投身自殺。衆議院議員、高見之通の弟。
1929年 9月21日 作家、労働運動家、荒畑寒村が新宿2、東京ホテル3階客室にて睡眠薬自殺(未遂)
1929年 11月2日 九州帝国大学工学部造船科助教授、淺羽隆太が福岡県下ノ橋の自宅にてカミソリで喉を切り自殺
1929年 11月29日 中国大使、佐分利貞男が箱根宮下の富士屋 ホテル197号室にて拳銃自殺
1929年 12月10日 弘前高校3年、津島修次のちの太宰治がカルモチンをもちいて睡眠薬自殺(未遂)
1930年 1月28日 上野松坂屋にて女学校生徒が飛び降り自殺、遺書に「芥川龍之介先生の許へ参ります」
1930年 2月5日 日本共産党中央委員、田中清玄の母、田中あいが服薬自殺
1930年 2月20日 大正三美人の一人、江木欣々が大阪市住吉区北田邊町847、異父弟でシャープ創業者早川徳次宅2階縁側にて首つり自殺
1930年 3月10日 詩人、金子みすゞが睡眠薬自殺
1930年 3月28日 三・一五事件:治安維持法で逮捕された共産党員、日下部千代一が市ヶ谷刑務所から保釈後、西宮市の自宅にてガス自殺
1930年 4月26日 水上機母艦能登呂主計大尉、秋山経治が艦内自室にて首つり自殺
1930年 5月7日 長唄の杵屋六也寿が自分の芸に自信を失い福島市上町にて睡眠薬(カルモチン)自殺
1930年 5月19日 詩人、生田春月が大阪発別府行の大阪商船すみれ丸より入水
1930年 5月20日 海軍少佐、草刈英治が神戸発東京行き寝台列車内にて切腹
1930年 6月19日 京浜電鉄運輸課長、清水金造が中央線阿佐ヶ谷−荻窪間にて鉄道自殺
1930年 7月14日 弁護士、高根義人が東京市外、新井町新井宿2345の自宅にて首つり自殺
1930年 7月25日 新宿ほてい屋百貨店(後に伊勢丹に吸収)店主、西條清兵衛が大磯にて首つり自殺しているのが発見される。死後約10日目。
1930年 7月31日 埼玉県北埼玉郡不動岡町小学校長、松本徳之助が与野町二度栗山にて首つり自殺
1930年 8月13日 俳人、近藤焦雨が木曽川にて入水
1930年 9月18日 前関西大学教授、樋口純が鳥取県西伯郡春日村の水車小屋内にて自殺
1930年 9月18日 前東京府議会議員、マレーゴム会社社長、脇田勇が自宅地下室にて首つり自殺
1930年 10月13日 上海副領事、清水亭が国鉄鎌倉扇ヶ谷トンネル内にて鉄道自殺
1930年 11月2日 霧社事件:霧社蛮童公学校元教師、巡査、花岡一郎ことダッキス・ノービンが切腹
1930年 11月28日 東京帝国大学生、津島修次のちの太宰治が銀座のカフェ「ホリウッド」女給、田辺あつみ と鎌倉市腰越小動崎にてカルモチン心中、女性は死亡
1930年 12月5日 山形電気社長、塚田正一が山形市新宿西通りの自宅庭にて自殺
1930年 12月13日 茨城県結城郡水海道町の私立水海道裁縫女学校長、飯塚平五郎が水海道町諏訪町の自宅にて妻子を殺害後、家に放火、喉を切り自殺
1931年 1月27日 元力士、横綱二代目西ノ海嘉治郎が本所区亀沢町1-10自宅にて首つり自殺
1931年 3月1日 伊藤博文の次男、清水博春男爵が名古屋市熱田神宮境内ひょうたん池畔にて首つり自殺
1931年 3月6日 京橋樋町の鞄店店員須山禎郎が立川発大阪行きの旅客機から飛び降り自殺、日本初の航空機からの飛び降り自殺
1931年 4月2日 浅草、吉原郵便局長、伊東鶴二が東京市外練馬町3538付近にて武蔵野線(西武池袋線)電車に飛び込み自殺
1931年 5月22日 井上準之助蔵相邸爆破テロ事件に関与した後備陸軍歩兵中尉荒川精一が駒沢町弦巻28の自宅にて剃刀自殺、25日に死亡
1931年 5月26日 島津製作所株券偽造事件において、元島津製作所総務部長、福本久之助が京都市寺町今出川の自宅にて首つり自殺
1931年 8月15日 和歌山県の伊那合同銀行頭取、尾崎直市が和歌山県伊那郡隅田村垂井の共同墓地にて首つり自殺
1931年 9月6日 元衆議院議員、民政党、高木利平が埼玉県北葛飾郡彦成村大字上口の自宅にて首つり自殺
1931年 12月12日 井上清一中尉の妻、千代子が夫が満州へ出征する前夜、白木綿長襦袢姿で天皇の御真影を前に頸動脈を切り自殺。
1931年 12月20日 南画研究家、平田伊平が大阪市南区鰻谷中野町の自宅にて首つり自殺
1932年 3月5日 首なし娘事件:菓子職人、増淵倉吉が愛知県丹羽郡犬山町犬山橋下、犬山橋掛茶屋見晴亭物置小屋にて首つり自殺。愛人、岩田ます江19歳を殺害後、首、乳房、性器などを切り取り、頭皮を剥ぎ頭にかぶった状態で首つり、腐乱した状態で発見される。
1932年 3月6日 民政党代議士中村継男の選挙違反事件において、市ヶ谷刑務所に収容中の同代議士運動員、小林幸三郎が同刑務所13舎独房内にて首つり自殺
1932年 3月28日 上海事変にて中国国民党軍の捕虜となった空閑昇少佐が上海にて切腹後拳銃自殺
1932年 4月17日 東京人造絹糸取締役、繊維実業家、町田徳蔵が千葉の富津沖にて溺死体にて発見される。
1932年 5月8日 坂田山心中事件:慶応大学理財科3年調所五郎と湯山八重子が神奈川県大磯町東小磯852大磯駅北の坂田山にて昇汞水を飲み心中。映画「天国に結ぶ恋」のモデル、主題歌「天国に結ぶ恋」もヒット。坂田山ブームが巻き起こり、事件後1年間に30組以上の心中者をだす。
1932年 6月20日 四・一六事件:共産党員、遠藤ヌ胤と愛人土田ふみ子が千葉県銚子、犬吠埼にて飛び降り自殺
1932年 6月24日 東京帝国大学工学部教授、工学博士、井上範が東京帝国大学病院4階屋上より飛び降り自殺
1932年 7月10日 徳川慶喜の10男で勝海舟の養嗣子、勝精伯爵が渋谷町元広尾町1の愛人水野まさ宅にてカルモチン心中
1932年 7月13日 ピアニスト近藤柏次郎と新橋大和屋の芸者千代梅こと森本まさ子が代々幡町代々木山谷136にてガス心中
1932年 7月31日 8年前、大阪中央郵便局にて5万円を横領し逃走していた、元同局為替貯金課通信書記、前川勘三が東京府下八王子高尾山薬王院側、坊ヶ谷戸山中にて首つり自殺しているのを発見される。
1932年 8月19日 新潟県飯塚村(現・長岡市)の18〜22歳の男女4人が群馬県前橋市の国鉄両毛線にて鉄道自殺。乱交が公になり4人で家出中だった。
1932年 9月15日 作曲家、本居長世の父、元宮内省諸陵寮考証課長、増田干信が東京市外目黒町839の自宅離れにて首つり自殺
1932年 11月6日 独立青年社事件:独立青年社の児玉誉士夫が千葉県市川市の中山鬼子母神境内にてピストルで胸を撃ち自殺(未遂)
1932年 12月10日 上海事変にて中国国民党軍の捕虜となった西尾甚六少尉が、滋賀県東浅井郡大郷村大字川道1790の自宅にて首を切り自殺
1932年 12月12日 小説家、中村進治郎とムーランルージュ新宿座の高輪芳子が四谷区番衆町127新宿園アパート2階14号にてガス心中(中村は助かる)
1932年 12月18日 本郷江戸屋洋服店の小僧、小沢三郎が新宿駅にて鉄道自殺。「お弁当のない学校の貧しい子へ、この金でジャム付のパンを食べさせてください」と文部省に150円を郵送後に自殺。
1932年 12月27日 1930年、富士紡川崎工場の煙突上に籠城しストライキを支援した労働運動家、通称、煙突男こと田辺潔が横浜市万国橋付近にて失踪、翌年2月14日、横浜中華街近く、堀川谷戸橋付近にて水死体発見。自殺説が濃厚。
1933年 1月8日 実践女学校専門部国文科、真許三枝子が伊豆大島三原山火口に飛び降り自殺
1933年 1月21日 歌人、大熊長次郎がカルモチンをもちいて睡眠薬自殺
1933年 2月12日 実践女学校専門部国文科、松本貴代子が伊豆大島三原山火口へ投身自殺、案内役をつとめた富田昌子が死を誘う女として話題になる。
1933年 2月16日 衆議院議員、櫻内辰郎の長女、櫻内本子が芝高輪車町44の自宅にて青酸カリを飲み自殺
1933年 2月18日 三原山で2人の自殺者が出る。三原山で自殺が大ブームになる。前年、自殺者8名、未遂者30名だった三原山はこの年、944名の自殺者・未遂者を数えた。
1933年 3月9日 日本航空輸送研究所1等飛行士、久保田亀之助が大阪大正区木津川飛行場宿直室にて服毒自殺。
1933年 3月31日 元日活女優、妹尾まつが滋賀県彦根町4番町の酒場玉ノ家内にて首つり自殺しているのを発見される。
1933年 4月21日 洋画家、木村磐男が大阪のカフェ女給、中川三八子と奈良公園近くの旅館にて首つり自殺
1933年 4月22日 元衆議院議員、斉藤元が仙台市北四番町152の自宅裏庭にて首つり自殺
1933年 4月29日 三原山自殺事件の富田昌子が変死(自殺?)
1933年 5月6日 青梅町議会議員、内田勝蔵が青梅市の自宅物置にて首つり自殺
1933年 5月30日 常総電鉄社長、山中彦兵衛が熱海錦ヶ浦の南、蘇我の崖上より飛び降り自殺
1933年 6月17日 足尾銅山争議委員、川出保蔵の妻で、婦人部の総指揮をしていた川出まつが東京中野区向台18の自宅にて猫いらずを飲み自殺
1933年 7月10日 映画弁士:須田貞明(映画監督黒澤明の実兄)と愛人が伊豆湯が島温泉落合楼にてカルモチン、猫いらずを用いて心中
1933年 7月13日 ヤマト糊の創業者、木内弥吉が東京神田区小川町66佐野病院3階16号室から飛び降り自殺
1933年 7月25日 東鉄運転課の鉄道技師、高橋休蔵が欧州留学から郵船香取丸にて帰国途中、地中海にて入水
1933年 9月26日 九州大学法文学部助教授、淺野正一が鹿児島線水城-雑飼隈駅間にて鉄道自殺
1933年 10月7日 京都市役所理財課長、工藤尚雄が大阪商船室戸丸より入水
1933年 10月24日 文部省宗教局国宝保存係製図技手、神谷吉五郎が淀橋区東大久保2-1の自宅にてカミソリで腹と喉を切り自殺
1933年 11月2日 衆議院議員、政友会前総務、熊谷巌が妻の実家、東京府芝区車町35、伊庭秀栄宅土蔵にて首つり自殺
1933年 11月4日 銀座松屋百貨店営繕部長、名執保平が大森−蒲田間にて鉄道自殺
1933年 12月2日 帝都教育疑獄:市立小石川高等小学校校長郡司宗雄が警視庁留置所にて首つり自殺
1933年 12月14日 大阪三品取引所常務理事、関東軍内地顧問、貴志喜四郎が関釜連絡船景福丸より入水
1933年 12月21日 岩倉具視の孫、岩倉靖子が渋谷区鉢山町10、兄の岩倉具栄公爵宅にてカミソリで首を切り自殺
1934年 2月8日 東京市淀橋第五尋常小学校長、森梅三郎が神奈川県都築郡柿生村にて首つり自殺
1934年 3月9日 前鐘紡社長、武藤山治を鎌倉の私邸近くで銃撃した犯人、福島新吉が現場にて拳銃自殺
1934年 4月3日 日本基督教会信濃町教会牧師、高倉徳太郎が自殺
1934年 4月5日 世界ランキング3位テニス選手、佐藤次郎がマラッカ海峡にて入水自殺
1934年 4月16日 ローマ駐在日本大使館付海軍駐在武官、大谷雄介がイタリア、ナポリのホテルロワイヤルにて首つり自殺
1934年 4月28日 浅草松屋商品課長、山崎嘉吉が品川駅第3ホームにて鉄道自殺
1934年 4月28日 洋画家、片多徳郎が名古屋市中区門前町西本願寺名古屋別院本堂裏墓地にて首つり自殺
1934年 4月30日 船員、森算次が横浜港繋留中の船室にて木炭を炊き一酸化炭素自殺。本邦練炭自殺の原型といえる。
1934年 6月27日 帝都教育疑獄:東京市臨川尋常高等小学校校長、小林幟が渋谷区永住町18の自宅にて首つり自殺
1934年 7月1日 夫、近藤徳之助自殺を知った、妻、近藤茂枝が南千住駅にて電車から飛び降り轢死
1934年 7月1日 千葉市長選挙買収事件の容疑者、日本大学付属中学校会計係、近藤徳之助が両国駅高架ホームから飛び降り自殺
1934年 7月2日 帝都教育疑獄:荒川第三瑞光尋常小学校校長、福田徳太郎が足立区千住町5-88名倉病院裏の林にてカミソリで頸動脈を切り自殺
1934年 7月24日 天理教布教師、稲垣茂が神戸市の天理教脇浜宣教所にて7人を手斧で斬り付けた後に逃走、神戸横手海岸にて入水
1934年 8月9日 破産した徳山銀行の元監査役、武弘達也が渋谷区宇田川町46の自宅台所にて首つり自殺
1934年 8月14日 日本橋白木屋エレベーターガール土戸志津枝が7階東非常梯子より飛び降り自殺
1934年 8月17日 横浜国際療院院長、畠山きくい がモルヒネを大量服用して自殺、翌18日死亡 横浜中華街にて貧困者へ医療支援活動をしていた
1934年 10月22日 内紛により天皇行幸が中止となった群馬県前橋市外産業組合製糸群馬社長、大久保佐一が同社重役室にてカミソリで首を切り自殺
1934年 11月9日 元東京府社会課職員、山田忠雄が中野区大和町74の自宅にてカルモチンをもちいて自殺
1934年 11月15日 小説家、中村進治郎が中野区宮園通りアパート26号館階下2号室にてジアールを用いて睡眠服薬自殺
1934年 11月18日 天皇が群馬県桐生市内を視察中、道を間違えた先導係、群馬県警察部衛生課警部、本多重平が前橋市内の自宅にて短刀で喉を突き自殺(未遂)
1934年 11月25日 横浜市疑獄:島根県土木課長、北原某が横浜刑務所第三未決独房1号室にて兵児帯で首を絞め自殺
1935年 1月12日 千葉県全農連合会書記、齋藤國光が千葉県八街町駅前公園内にて服毒自殺、翌13日死亡
1935年 1月12日 鳥取県教育会主事、河崎松一が鳥取県松保村の自宅にて日本刀をもちいて切腹後、頸動脈を切り自殺
1935年 1月14日 新交響楽団オーボエ奏者、平野政と許嫁、伊藤よし江が埼玉県入間郡鶴ヶ島村脚折の自宅にてカルモチンをもちいて心中
1935年 1月19日 文部省在外研究生としてアメリカ中学中の台南高等工業学校教授、志賀孝平がアメリカ大陸横断鉄道列車内にてナイフで喉を刺し自殺
1935年 1月31日 百万円小切手詐取で逃走中の王子製紙検査課長代理、渡辺亮作が東京大森区雪ケ谷409の元王子製紙テニスコートの廃屋にてカミソリで首を切り自殺(未遂)
1935年 2月11日 花柳流舞踊美誠会主宰、舞踏家 花柳徳之輔が日本橋区人形町3-4自宅にて首つり自殺
1935年 3月17日 津島修次のちの小説家、太宰治が鎌倉八幡宮裏にて首吊り自殺(未遂)
1935年 3月21日 松本商工会議所副会頭、石井祐介が松本駅にて鉄道自殺
1935年 3月21日 神奈川県大磯町長、二宮長松が自宅物置にて首つり自殺
1935年 3月24日 元衆議院議員、民政党の大野敬吉が収容先の市ヶ谷刑務所にて首つり自殺 恐喝事件で起訴
1935年 3月28日 陸軍少将、山内六郎が日光町願満ヶ淵山中にて首つり自殺しているのを発見される。死後約1週間。
1935年 5月1日 アメリカ庭球視察団接待役、神戸大丸店員、大森やす子がホノルル沖を航行中の郵船秩父丸船から入水
1935年 5月16日 横浜市疑獄:前神奈川県水道局長、橋坂武運三が横浜市神奈川区子安町大口594の自宅裏山にて兵児帯をもちいて首つり自殺
1935年 5月23日 横浜市疑獄:横浜ドッグ元取締役、生野鼎が大森山王1-2674の自宅庭にて榎に兵児帯をかけて首つり自殺
1935年 5月26日 神戸市経理課長、大久保禎一が自宅にて首つり自殺
1935年 6月10日 長野県立諏訪中学校長、山崎織治が自宅にて首つり自殺
1935年 7月7日 神奈川県鎌倉郡豊田村長、吉田庄蔵が戸塚警察署留置場内にて首つり自殺
1935年 7月11日 鰹節問屋にんべん高津商店監査役、清水米次郎が青山南町6-147の自宅地下物置にて出刃包丁で首を刺して自殺
1935年 8月20日 日本初の女性アナウンサー、翠川秋子と蒲田区役所職員藤県羊次が千葉県館山の館山湾上のボートより入水、遺体は館山湾内西岬村坂田海岸に漂着
1935年 8月29日 女優、水久保澄子がカルモチンを用いて自殺(未遂)
1935年 9月19日 築地小劇場劇団員、南建眞が中野区野方、東京市療養所にて睡眠薬自殺
1935年 10月3日 東京市千歳村議会議員、高橋瀧蔵一家6人を殺傷し逃亡していた、芹澤童治が下砧村大蔵山野1705(現・世田谷区立山野小学校)砧ゴルフリンク物置にて首つり自殺
1935年 10月5日 横領事件をおこして失踪した神奈川県瀬谷銀行専務取締役、小島政八の白骨遺体が福島県湯本温泉近くの山中で発見される。死後約4ヶ月、首つり自殺。この日、瀬谷銀行は鎌倉銀行に吸収合併された。
1935年 10月5日 永田鉄山軍務局長暗殺事件において事件現場にいた山田長三郎大佐が世田谷区代田2の自宅2階にて軍刀で頸動脈を切り自殺
1935年 10月24日 千島列島開拓事業団、報效義会会員で占守島を開拓した別所佐吉が占守島別飛河畔にて猟銃自殺
1936年 1月23日 大阪脱税疑獄:元大阪府議会議長 辻阪信次郎が大阪北区刑務支所独房にて首つり自殺
1936年 2月28日 226事件:近衛輜重兵大隊勤務 青島健吉中尉が目黒の自宅にて切腹、夫人も日本刀で自殺 遺書「皇軍の万歳を祈る」三島由紀夫の小説「憂国」のモデル
1936年 2月29日 226事件:陸軍大尉 野中四郎が陸相官邸で拳銃自殺
1936年 2月29日 226事件:歩兵第三連隊付 天野武輔少佐が第三連隊南広場にて拳銃自殺
1936年 3月5日 226事件:湯河原伊藤屋旅館に滞在中の牧野伸顕前内大臣を襲撃し捕らえられた航空兵大尉 河野寿が入院先の病院にて自殺、翌6日死亡
1936年 3月9日 大本教弾圧事件:大本教幹部、栗原七蔵が京都中立売署独房にてハンカチを用いて首つり自殺
1936年 3月14日 山梨県、見延山幼稚園園長代理、高見愛子が文通相手の長野県松本市の中込清と伊豆天城山八丁池付近にて心中。高見は絞殺、中込は首つり自殺。二人は心中2日前に初めて会った。
1936年 3月22日 福岡放送局の女子アナウンサー大坪静枝が大森区雪ヶ谷726の知人宅にて服毒自殺、翌23日未明死亡
1936年 3月24日 小説家、牧野信一が小田原町新玉町2-400自宅寝室にて首つり自殺 代表作「父を売る子」「鬼涙村」
1936年 3月30日 板橋区役所会計課出納主任、中山和男が中野区新山通3-21の自宅にて切腹
1936年 4月3日 大久保光野男爵と妻房子が横浜市中区扇町1-22日米ホテルにてカルモチンをもちいて自殺
1936年 4月8日 六九銀行東京支店長、浅木兵市が芝区白銀台町1-33(現・白銀坂上の北側)の自宅にて妻子4人を殺害し自殺、13日に死亡
1936年 4月11日 岡山第六高等学校教授、三宅虎雄が岡山市西田町の自宅縁側にて短刀をもちいて喉をつき自殺
1936年 4月18日 西郷隆盛の孫、西郷隆徳が鹿児島市武町の実家裏庭の鉄棒にて首つり自殺
1936年 4月19日 作詞家、鹿山映二郎が愛人の芸者和千代と長野県塩尻峠にてカルモチンをもちいて心中
1936年 4月23日 洋画家、佐分眞が東京府下滝野川町西ヶ原1081の自宅兼アトリエにて首つり自殺
1936年 4月27日 陸軍工兵大佐、後藤和儀が大連にて自殺
1936年 5月6日 安田信託監査役、内閣調査局専門委員、中西次郎が渋谷区八幡通1-33の自宅にて首つり自殺
1936年 5月7日 松竹楽劇部声楽教師、安井義三が豊島区目白2-1-673の自宅にて睡眠薬自殺
1936年 6月17日 海軍大学甲種学生、海軍少佐、堤正之男爵が目黒区柿ノ木坂693の自宅にて拳銃自殺
1936年 7月24日 光明外科医院院長、医学博士、小木釜太郎が荏原区中延町1-268の自宅兼病院にて狂乱、手術室にて妻の心臓を手術用ナイフで突き殺害後、自らも心臓にナイフを突き刺し自殺
1936年 10月18日 226事件にて起訴中の参謀本部付歩兵大尉 田中彌が代々木初台540の自宅にて拳銃自殺
1936年 10月20日 元韓国統監、曾彌荒助子爵の娘曾彌敏子が世田谷区世田谷1-61、実兄曾禰又男宅にて首つり自殺 なお敏子の長兄は曾禰安輔子爵、次兄は千葉心中事件で有名な芳川寛治伯爵
1936年 10月24日 社会大衆党麹町支部書記長、中西良次と、同党青年部長、渡辺五郎が山梨県都留郡丹波村の山林にて服毒自殺しているのを発見される
1936年 11月2日 後宮淳大将の次男で陸軍少尉、後宮二郎が軍人勅諭の朗読中1文字間違えた翌々日未明、和歌山歩兵第六十一連隊第三中隊宿舎にて拳銃自殺
1936年 11月20日 中国山海関守備隊長、陸軍少佐古田龍三が冀察政府保安部隊との交戦の責任をとり冀東区玉田県東揚庄子にて切腹
1936年 12月25日 タクシー運転手助手、竹谷竹治が品川区北品川3-95タクシー長坂方の車庫に駐車した36年式シボレー車内にて練炭火鉢を用いて自殺。
1937年 3月20日 太宰治が妻初代と谷川温泉にてカルモチンを用いて心中(未遂)
1937年 7月15日 茨城県水戸市の常陽銀行監査役、坂入興兵彌が茨城県筑波郡菅間村の自宅にて猟銃自殺
1937年 10月3日 佐藤主計大尉の妻、梅子が新婚旅行で訪れた伊豆熱川、玉翠館ちかくの海へ入水。翌日、稲取海岸で遺体発見。佐藤大尉は中国保定の空戦にて戦死。
1937年 10月14日 米の品種改良をし水稲農林1号を開発した新潟農林水産試験場技師 並河成資が自殺 農林1号は耐寒性に優れ飢饉に強く、戦後食糧難を救った稲といわれる。なおコシヒカリは同種と農林22号を交配し作られた。
1937年 11月7日 元共産党東京委員長、前納善四郎が神奈川県足柄下郡酒匂村綱一色八幡神社境内にて首つり自殺
1937年 11月26日 阪和電鉄社長、木村清が堺市東郊上野芝住宅地の自宅にて剃刀で首を切り自殺
1937年 12月25日 日本ピストンリング会社社長の息子で同社鋳造課長、鈴木和保と女が静岡県浜名湖畔新居町新居弁天小波旅館にて服毒心中
1938年 2月7日 元本郷区議会議員、本郷庄太郎が本郷区駒込明神町283待合三笠の自宅を放火後、田端駅にて鉄道自殺
1938年 3月19日 死なう団日蓮会青年部員、今井千世子が蒲田区糀谷2-2750死のう団本部にて服毒自殺
1938年 3月20日 死なう団日蓮会青年部員で19日に自殺した今井千世子の妹、今井みよ と同部員、三輪妙子が蒲田区糀谷2-2750死のう団本部にて服毒自殺、三輪が絶命。
1938年 3月20日 死なう団日蓮会青年部員で団長江川櫻堂の弟、青木桜花こと万寿吉が蒲田区糀谷町2-2980江川家実家にて短刀で腹を刺し服毒自殺 この日の朝、江川櫻堂は死去
1938年 3月23日 津村理化学研究所営業部長、室岡金蔵が池袋駅南約50mにて山手線内回り電車に飛び込み自殺
1938年 5月22日 津山30人殺し:都井睦雄が荒坂峠にて猟銃自殺
1938年 5月28日 山一証券前社長、太田収が渋谷区豊分町1の自宅にて服毒自殺
1938年 6月6日 元三菱商事ニューヨーク支店生糸部社員、ニューヨーク在留邦人で演劇研究家、伊藤謁雄がブロードウェイのアパートにてガス自殺
1938年 6月10日 死なう団日蓮会青年部員、渡辺櫻誠こと忠儀が浦賀発千葉行き連絡船湘南丸から浦賀水道に入水
1938年 9月6日 東京高等歯科医学校助教授、小杉宿三久が淀橋区百人町2-90の自宅にて首つり自殺
1938年 10月3日 体操選手、ベルリンオリンピック代表選手、角田不二夫が大阪天保山発徳島行き阿波共同汽船うらら丸から瀬戸内海へ投身自殺
1938年 12月2日 歌人、江口きちが兄と共に青酸カリ自殺
1939年 1月10日 作家、井上正義が淀橋区百人町3-352の自宅にてガス自殺 代表作「患者輸送班」
1939年 6月11日 帝国コークス常務取締役、奥田四郎が熱海の別荘にて睡眠薬自殺
1940年 5月11日 靈氣療法師範、林忠次郎が自殺
1940年 5月28日 航空精機製作所社長、佐野雄が詐欺容疑で取調中、警視庁一階便所にてカミソリをもちいて自殺、翌29日死亡
1940年 7月18日 ろう教育者で口話法の推進者、西川吉之助が自殺
1941年 3月13日 靖国神社参拝を拒否し憲兵隊に検挙、連行されたホーリネス派日本聖教会函館聖教会牧師補、小山宗祐が獄中内で首つり自殺
1941年 3月14日 大阪医師会長、合田病院長、合田民蔵が大阪市北区刑務支所内独房にて首つり自殺
1941年 4月7日 日本郵船ボンベイ支店長、上村廣治がボンベイの自宅にて首つり自殺
1941年 7月21日 神戸瓦斯監査役、松葉恭助が神戸市灘区の阪急兵庫駅にて鉄道自殺
1941年 10月12日 台湾の台北高等学校教授、川南宏が台北市昭和町の自宅にて首つり自殺
1941年 11月23日 歌手、関屋敏子が品川区下大崎1-86の自宅にて首つり自殺
1942年 3月11日 岐阜高等農林学校長、山桝忠好が同校農場にて首つり自殺
1942年 5月20日 長崎港外で機雷に接触し沈没した東亜海運の長崎丸船長、菅源三郎が東亜海運汽船長崎支店にて切腹
1942年 6月5日 海軍少将、柳本柳作、ミッドウェー海戦において空母蒼龍と運命を共にする
1942年 6月6日 海軍中将、山口多聞、ミッドウェー海戦において空母飛龍と運命を共にする
1942年 8月21日 陸軍少将、 一木清直がガダルカナル島戦の責任をとって自殺
1942年 11月11日 浜松事件:中村誠策の父中村文貞が浜名郡中ノ町村の天竜川にて入水 中村誠策は聾唖で9人を殺傷していた。
1942年 11月19日 陸軍中将、堀井富太郎がポートモレスビー戦の責任をとって自殺
1943年 2月18日 大森ホテル専務取締役、藤原政行が川崎市登戸657地先山林にて首つり自殺
1943年 8月29日 呉海軍工廟造機部、海軍技術中尉、伊藤高が呉水行社にて切腹
1943年 9月25日 浦賀ドック寄宿舎舎監、小林今朝市が同寄宿舎近くの畑にて切腹
1943年 10月26日 政治家、中野正剛が東条内閣を批判、造言蜚語容疑で逮捕・保釈後、代々木本町808の自宅にて切腹
1944年 7月6日 陸軍中将、斉藤義次と南雲忠一、サイパン島にて玉砕
1944年 7月7日 サイパン島バンザイ岬において集団投身自殺 犠牲者千人以上。
1944年 8月3日 陸軍中将、水上源蔵が北ビルマ、ミイトキーナの戦いにおいて転進を命じた後に拳銃自殺
1944年 8月11日 陸軍大将、グアム島守備隊司令官、小畑英良が自殺
1944年 10月15日 海軍中将、有馬正文、台湾沖にて飛行機による体当たり攻撃を敢行
1944年 10月25日 フィリピン、マバラカット基地から最初の神風特別攻撃隊、敷島隊が出撃する。終戦までに約3700人が特攻隊で死亡。
1944年 11月19日 西太平洋西カロリン諸島ウルシー環礁にて、最初の人間魚雷「回天」菊水隊が出撃する。
1944年 11月23日 南太平洋ペリリュー島守備隊隊長、陸軍大佐、中川州男がペリリュー島にて「サクラサクラ」の電文を発信後、村井権治郎少将、飯田義栄中佐とともに切腹、部隊は玉砕

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