多摩市連光寺に「農業者大学校」があります。昭和43年に農林省がつくった大学で、今は独立行政法人になっています。入学するためには1年間の実務経験を積む必要があり、入学してからも3年間の在学中に先進農家での実習を半年、3週間の海外研修、さらに3か月の在宅学習もあるという実に実践的な学校なのです。先月末にその農業者大学校の現地公開講座に参加してきました。
「有機農業と自然エネルギーによるまちづくり」というテーマで、埼玉県小川町の霧里農場へバスで行って、現場を見ながら講義を聴くというものでした。講師は霧里農場のオーナーであり、農業者大学校の第一期生でもある金子美登さん、それにバイオマスエネルギーの話をしてくれた仲間の桑原衛さんでした。
私が小学4年まで育った家のすぐ隣りが大家さんの堆肥場だったので、一年中その臭いを嗅いで育ちました。子どもの背丈よりも高く積み上げられた堆肥を時々おじさんがホークでかき混ぜるのですが、すると寒い日などゆらゆらと白い煙が立ちのぼり、いっそう強烈な臭いを辺り一面に発散させていました。今考えてみると、あれがまさに有機肥料だったわけで、そんなことをやっているのかなと思いつつ参加したのですが、予想以上に刺激的な研修でした。
例えば、金子さんの家ではバイオでつくったメタンガスで完全に燃料をまかなっていたのです。自宅の裏にあるそのプラントは、1平米程度の水槽が2つ見えているだけで、説明を聞くまではとてもプラントとは思えませんでした。でも水槽と水槽の間の地面からビニールホースがニューッと出ていてそれが家まで延びており、メタンガスが供給されているというのです。プラントの仕組みは、片方の水槽に牛の糞尿をトロトロにして入れておくと、それが地中に埋まっている真ん中の水槽に落ちていき、そこに生ごみを加えることでバイオの力でメタンガスが発生するのです。溜まった液体はもう一方の水槽に押し上げられてきますが、実はこれはこれで液肥になるのです。
夏はガスがたくさん出るけれども、冬場になると出が悪くなるんです。ですからいざと言うときに使えないことがあるんですが、そんなときはガスが溜まるまで待つんですヨ・・・・そんな金子さんの説明に、「ガスが溜まるのを待つ」生活もあったのかと、頭をガツンと殴られたような感じでした。
ちなみに金子家5人家族のガス(一日当たり2立方メートル)をまかなうには、牛なら2頭、豚なら8頭、鶏なら280羽、人間なら40人分の糞尿があれば可能だそうです。
金子さんの有機農業の取り組みは他にも感心することばかりでした。例えばドラム缶を使って炭を焼き、天ぷら油の廃油で耕耘機を動かし、太陽電池の電気を使ってハウスに水をまき、ナナホシテントウやカマキリをハウスに放って害虫を駆除する、同じくクモを繁殖させて害虫を駆除する等々・・・・。そして最も大事なことは「種を自給する」ということでした。
そんな挑戦の中で、最後まで苦労したのは田の草取りだったそうです。例えば田おこしを2回やることで雑草の生え方を少なくする。さらに水を深く張ることで小さな雑草を一掃させる。ところがそうすると水草のような長い草が生えてくるので、そこで登場したのがアイガモだったのです。新聞記事などで知ってはいましたが、アイガモ導入までにそんな道筋があったとは考えてもいませんでした。アイガモは目も良くて、田んぼの反対側の虫も見つけだして食べくれるうえ、稲のようにトゲトゲした植物は苦手なので、田んぼの草取りには打ってつけだということでした。
今はオフシーズンで、アイガモは自宅のそばの池でのんびりとくつろいでいました。
もう一人の講師桑原さんは、いまの農業は食物をつくることのみに特化しているが、農業の生産の中にエネルギーも加えるべきだと言っていました。バイオエネルギーのことです。昔は薪や炭なども売っていたわけだから、それはごく自然なことだと言うのです。
いま金子さんたちの仲間は、「小川町における温暖化対策システム」という壮大な計画に挑戦しようとしています。この計画には環境省も注目していて、小川町も乗り気だということでした。有機農業を根底に据えながら、バイオガスや木質バイオマスなどのクリーンエネルギーを地域に供給するシステムを作ろうというのです。
桑原さんの話によると、小川町の農地面積に占める有機農業の割合は約1%、これを10%にまで高めれば、町全体にバイオガスを供給することが可能なのだそうです。1%は心もとない数値に思えますが、全国平均は約0.1%だそうですから大変な数値なのです。0.1%では難しいが、1%を10%にするのは不可能ではないと意欲満々でした。
金子さんたちの実践は、そんなふうに地域の中に確実に仲間を増やし、地域生活と強く結びつき、農業を通じて地域全体を元気にしていこうという取り組みだったのです。