剣岳
(01/12/6)

若いときはよく山登りもしましたが、40歳頃、一人で白馬岳に登ったのを最後に一切登らなくなってしまいました。大きな荷物を背負って雪渓を登るのに随分苦労しましたが、それ以上に大変だったのは下り坂で膝がガクガクしてしまったことです。それですっかり自信を無くしてしまいました。それまでは、子どものころ野山を駆けめぐっていたときの鍛えた貯金でかろうじて対応できていたのだと思いますが、その貯金も40歳になってすっかり使い果たしてしまったようです。

白馬岳は高山植物の宝庫で、その写真を撮るのが目的でした。ただその代表格であるコマクサは時期が合わなくて見られませんでした。代わりに雪渓にかかる手前のところにヤマトリカブトが咲いていて感激した覚えがあります。そのとき初めて本物を見たのですが、名前のとおり烏帽子のような形をした濃い青むらさきの花が雪渓を背景に見事で、夢中でシャッターを切った覚えがあります。翌朝暗いうちに山頂に登り、雲海越しに見たご来光も感激でした。


登山を止めてしまってからも、一度でいいから見たいとあきらめきれない山が剣岳です。文字通り剣の刃を突き立てたような急峻な峰の連なりは、いっさい人を寄せつけないといった雰囲気があり、その迫力は日本の山の中でも抜きん出ているのではないかと思っています。登らなくてもいいから、ぜひ間近で見たいというのがずっと望みでした。

NHKテレビで先日(22日)「仙人池のかちゃん」という番組を見ました。仙人池山小屋の古希を迎えた女主人を3か月にわたって追い続けたドキュメンタリー番組です。それを見て、剣岳を見るには仙人池が絶好の場所であることを知りました。


番組の収録中に、山ならではの様々な出来事がおこります。例えば、剣岳で転落事故があり、救助のためにヘリコプターを出したいが天候はどうかといった緊迫した無線が入ってきたりします。一番緊張したのは、悪天候の中、老年の男性が切羽詰まった顔で山小屋に飛び込んできた時です。一瞬撮影クルーに緊迫した空気の走るのが画面を見ていても分かりました。

退職後の仲間4人で仙人池に向かう途中、そのうちの1人がくさり場で20メートル下の谷底に滑落してしまったというのです。谷に下りて抱き起こしてみたがほとんど返事がない、仲間2人は付き添っているが、彼は救助を求て駆け上がってきたということでした。

さっそく女主人はふもとの救助隊に無線で連絡し、下から救助に向かってもらうことにしました。そのやり取りを聞いた男性はすぐに引き返すと言い出すのでが、「いま戻ったら、今度はあなたが遭難する!」と女主人に押し止められます。やがて救助隊が現場に到着したらしく、無線の交信が再開されます。がすぐに亡くなったという連絡が入ってきます。それを聞いた男性は「エッ」と言ったきり絶句してしまいます。肩を丸めたその後ろ姿がとても悲しげでした。


撮影がそろそろ終盤に差しかかる頃、剣岳の初雪をねらって常連のカメラマンたちが登ってきます。手前の峰の紅葉越しに雪の剣岳を撮ろうというのです。仲間を事故で亡くした男性2人も、やっと立ち直ることができたと、供養のために登ってきました。勤めている工場が半分に縮小されてしまうという常連の男性も、休日を利用して写真を撮りに来ていました。ここに来ている時だけはイヤなことも忘れることができる・・・・と言うのです。その男性の帰っていく後ろ姿に向かって、女主人が「がんばるのよ!」と何度も声を掛けていたのがとても印象的でした。

山の事故に少しも動揺することなく淡々と対処していた女主人ですが、ふだん登山者に接するときは包容力のあるすてきなおばあさんでした。そんな違う2つの面を見せていた女主人に、自然の厳しさを通じて達観したであろう「悟り」と「強靱さ」のようなものを強く感じた番組でした。


番組が終わるとすぐに、むかし買った剣岳の写真集を取り出して見ようとすると、その間から新聞の切り抜きが出てきました。すっかり忘れていたのですが、それは田淵行男さんの撮った裏剱岳の写真だったのです。撮影データを見ると仙人池でとありました。一度でいいから仙人池からの裏剣を見てみたい・・・・そんな思いがまたフツフツと湧き上がってきました。


ようこそ
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