かけがえのない生命
(01/05/27)

Oさんから、「障害をもつ人たちが主役の喫茶コーナーがひらく『ひと まち くらし』」という本が送られてきました。Oさんも、自分がオープン以来ずっと係わってきた稲城市の喫茶「陽だまり」についての文章を載せています。文化センターロビーの一角に「陽だまり」がオープンしたのが、1992年11月ですから、もう9年目に入りました。この間いろいろとご苦労もあったでしょうに、よく頑張ってこれたとうれしく思います。沢山の方の協力も支えになったことでしょう。

障害をもつ人たちが働く喫茶コーナーは、国立市の「わいがや」が公民館の青年活動として始めたのが最初で、それから約20年がたちますが、いまや全国で200を超ということです。運営主体や形態はまちまちでも、確実に市民権を獲得していることがこの本をみると分かります。


「わいがや」についてはとても印象に残っていることがあります。あるシンポジウムの分科会に、そこに係わっている青年が参加していて、こんな発言をしたのです。

「障害者っていうけど、別に能力が劣っているわけじゃないんですよ。理解の時間や行動が少し遅いだけなんです。だからそれに合わせてやれば、私たちとちっとも変わらないんです。その代わり私も彼らに言いたいことは、遠慮なしにどんどん言います。」

当時は、障害者のことについて殆ど考えたこともなかったので、その発言はとても新鮮で、「そういうことなんだ」といっぺんに納得させられてしまいました。その後ノーマライゼーションという言葉が当たり前のように使われるようになりましたが、そのコトバを耳にしたときに、「あぁ、あの青年の言っていたことだ」とすぐに彼の発言を思い浮かべました。そして今も私の中のノーマライゼーションの理解は、あの青年の発言が下敷きになっています。


その後、たまたま福祉の仕事に携わることになりました。その時、やるからには福祉のことを少しは知らなければと最初に読んだ本が「福祉の思想」(糸賀一雄著:NHKブックス)でした。糸賀さんは、東京の島田療育園と並んで、日本で初めて重症心身障害児のための施設、びわこ学園(近江学園)を創設した方です。偶然ではありますが、島田療育園は私の住んでいる多摩市にあり、その後仕事の関係で何度も訪れています。

私もこの本を読んで初めて知ったのですが、「重症」とは、障害の度合いが「重度」であるだけでなく、心身の病気の症状が同時にあらわれているということを示しています。そうした二重、三重の心身の障害をもつ子どもたちの入る施設は、1965年頃まで日本にはなかったのです。


この本には「福祉のこころ」をずいぶん教えられました。

脳性小児マヒで寝たままの15歳の男の子が、日に何度もおしめをとりかえてもらう。おしめの交換のときに、その子が全力をふりしぼって、腰を少しでも浮かそうとしている努力が、保母の手に伝わってくる。保母はハッとして、瞬間、改めて自分の仕事の重大さに気づかされたという。

この話を保母さんから聞かされた糸賀さんは次のように書いています。

ちょっと見れば生ける屍のようだと思える重症心身障害のこの子が、だだ無為に生きているのではなく、生き抜こうとする必死の意欲をもち、自分なりに精一ぱいの努力をしていると知るにおよんで、私たちは、いままでその子の生活の奥底を見ることのできなかった自分たちを恥ずかしく思うのであった。

そして学んだことは、重度や重症の子どもたちも、ひとりひとりがかけがえのない生命をもっている存在であって、この子の生命はほんとうに大切なものであるということだった。「重いものには保護」といっても、私たちは保護という名の飼い殺しをねがっているのではない。


この文章を読んで、障害者福祉の何たるかを知るとともに、重症心身障害の子たちから生命の大切さ学んだという、保母さんや糸賀さんたちの真摯な取り組みの姿勢に心を打たれました。

その後約10年間福祉の仕事に関わりましたが、その文章は、いつも私の上に重くのしかかっていました。そして最近は、ノーマライゼーションの社会の実現は、決して障害者のためだけではなく、障害をもたない人にとってこそ重要なのだと強く感じるようになっています。ひとりひとりが「かけがえのない生命の存在」を知るために・・・・。


ようこそ
\珈琲\季節\\Favorite\リンク\Home