自慢のサイン
(99/04/15)
仕事の関係でNというお医者さんとつきあいがあました。若い頃はずっと船医をしていた方です。そんなせいかまぁ医者としては変わった方でした。容姿だって船員といった方がピッタリするし、なにしろ酒と競馬が大好きなんですから・・・・。
ある日仕事が終わったあと、いつものように雑談をしているうに、話がN先生の息子さんの話になりました。あまりはっきりとは言わないのですが、どうも関西の美大に進学し、そこで演劇の虜になって、いまでは自分の小劇団を率いているらしいのです。関西では結構名の通った劇団らしい・・・・ということも分かりました。「先生それはズゴイ!医者よりもよっぽどスゴイヤ。」と私が言うと、先生も理解者が現れ意を強くしたらしく、息子さんのことについていろいろと話をしてくれました。唐十郎にけっこう可愛がられていること、水戸芸術館のこけら落しでも公演をしたこと、劇団の名前が「南河内一座」と言い、東京でも年2回ぐらいは公演をするこ等々・・・。
その日は新宿に来たら一緒に観に行こうと約束をして帰りました。間もなくして先生から誘いの電話があり、会場前で待ち合わせることになりました。会場といっても大きなホールというわけではく、新宿の紀伊国屋の裏通りに面するビルの.4階にある、150人も入れば満杯といった劇場です。
その日の演目は忘れましたが、小林多喜二の蟹工船のアイロニー・・・・・・・・といった設定です。とは言っても筋は蟹工船とは関係なく船の中のシーンが出てくるだけで、いかにも小劇団らしく、押入に入るとタイムトリップするような演出もあり、なかなかおもしろい芝居でした。
先生と私は、芝居がはねたあと近くの居酒屋で飲みはじめました。ところがそこに何と唐十郎と渡辺えり子ともう一人若い男性が入ってきて何と同じテーブルで飲み始めたではありませんか。さりげなく耳を傾けると、どうもいま終わったばかりの芝居を肴にして飲んでいるようで、「あそこはこうしたほうがいい・・・・・」などというコトバが聞こえてきます。ただし話をしているのはもっぱら渡辺えり子だけでで、男性2人はひたすら聞き役といった感じでした。
私たちは先に切り上げましたが、外に出てすぐに私が「唐十郎たちと同じテーブルで飲むなんて・・・・夢のようだな。それにしてももう一人の若い男性は誰なんだろうさっきの劇団の人かなァ」と言うと、先生は他人ごとみたいに「アレ?アレは俺の息子だよ」と言うんです。
「なーんだ、どうしてそう言ってくれなかったんですか。紹介ぐらいしてくださいよ。さっき息子さんの脚本を買ったんだからサインぐらい欲しかったなぁ」というと。「そうか、じゃぁもらってきてやるよ」といって一人で戻っていきました。やがて持ってかえった本の背表紙には息子さんだけでなく、唐十郎と渡辺えり子のサインも一緒にありました。それから数年して先生は、酒の飲み過ぎもあって体調をこわし、診療所を他の方に譲って医者を止めてしまいました。それ以来先生とは交流がなく、南河内一座のその後の活動についても不明です。
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