2月3日の日本選手権決勝、サントリー対神戸製鋼の試合をもって、今季のラグビーシーズンはひとまず終了しました。大学の対抗戦やリーグ戦(関東地区)にはじまり、高校の全国大会、全国大学選手権、全国社会人選手権、日本選手権と、半年近くの間ずいぶん楽しませてもらいました。
サントリー対神鋼戦は因縁の対決でしたが、社会人決勝に続いて、サントリーが勝利を納めました。因縁というのは、両チームの対戦は不思議と引き分けが多く、昨年も同時優勝だったからです。神鋼を下して単独優勝をというのがサントリーの長年の目標でしたから、勝利の瞬間みんな顔をくしゃくしゃにして抱き合っていました。スクラムハーフ(SH)の永友選手などは、この日のために引退を一年延ばしたのです。いつもは冷静で紳士然としている土田監督すらも、さすがに感極まったのか勝利インタビューでは声が出ませんでした。
翌日の新聞を読んで、その監督の涙は勝利のためだけでなかったということを知りました。勝ちを決定づけるトライをあげたスタンドオフ(SO)の伊藤選手、激しいタックルで神鋼を止め続けたセンター(CTB)の山口選手は昨季ほとんど出番がなかったのに、それでもチーム練習後に黙々とタックル練習などを重ね、今季はポジションを勝ち取ったと言います。リザーブにも入っていなかった彼らが、ひたむきに練習していたその姿を勝利の瞬間に思い出し、ついつい涙がこみ上げてきてしまったというのが真相だったようです。インタビューでは「37人全員の勝利です」とも言っていました。
試合というハレの舞台しか知らない私たちファンは、とかく勝敗だけにこだわって試合を観がちですが、選手のふだんの練習ぶりを知っている監督やコーチの気持ちの中には、勝っても負けても複雑な思いが去来するのだろうと思います。どんなに努力をしてもリザーブにも入れない選手が大勢いるのですから・・・・。そう考えると、「37人全員の勝利です」と言った監督の気持はとてもよく理解できます。
今年の大学選手権は関東学院が優勝しました。ここ5年で4回の優勝を果たしたわけで、関東学院をここまで強くした立て役者は何と言っても春口監督だろうと思います。今年は監督の息子さんもSHで出場しており、まさに親子鷹の勝利でした。しかも親子とも、160センチに満たない小さな身体なのですから驚きです。
春口監督は後日、「ラグビーだ円球、一緒に追いかけよう」という一文を新聞に寄せていますが、その中で、日体大時代の恩師、故綿井監督について次のように書いています。
4年前、初めて大学日本一になったとき、綿井先生の入院先へ報告に行った。するといきなり「お前は部員を辞めさせたいのか」と怒られた。勝利至上主義に走り、「闘志なきものは去れ」と選手を怒鳴りつけているうわさを聞いて、「ラグビーは仲間づくりだろう」と、病をおして3時間も説教してくれた。そんな先生がいなければ、関東学院はバラバラになっていただろう。そして、綿井先生のように「あなたがいるからラグビーを続けた」と選手に言われるような指導者を僕は目指している。
綿井さんは日体大ラグビー部の黄金期を築いた方ですが、それ以上にすばらしいと思うのは高校ラグビー界などに優秀な指導者をたくさん送り出していることです。彼らは、勝つことやそのためのスキルだけでなく、ラグビーの心、ひいては人生そのものを綿井さんから学んだと言います。例えば、一昨年だったと思うのですが、愛知県の千種高校(俳優舘ひろしさんの母校)が花園に初出場しました。その時の監督、桑田先生(38才)も綿井さんの教え子で、次のようなエピソードをテレビで語っていました。
私の現役時代は、とても早・慶・明などの試合に出られるような選手ではなかった。でも、たった一度だけ4年生になって公式戦に出してもらうことができた。試合が終わって、グランドわきの土手を見るとそこに両親が立っている。「どうして?」と聞くと、「息子さんが公式戦に出られるのはこれが最初で最後かも知れない。都合がついたらぜひ見にきてやって欲しい。」綿井監督からそう電話があったのだという。それを知ったとき、どっと涙がこぼれてしまった。
病床で綿井さんが、春口監督に綿々と説いたのもそういう心だったのではないでしょうか。そしてそれを素直に聞き入れて、関東学院をこれだけのチームに仕立て上げた春口監督もすごいと思います。今年の早稲田との決勝戦は国立競技場で見ていましたが、「勝利至上主義」だけではなし得ない、選手同士の信頼関係からくる強さのようなものを感じました。
綿井さんのラグビーを通じの教えは、こんなふうにいま様々な場所で花開きつつあります。そんな話を聞くとますますラグビーが好きになってしまいます。