「なごり雪」
(01/04/06)
3月の最終土曜日、オープンしたばかりの東京スタジアムにサッカーを見に行ってきましたが、朝から思いがけない雪で、ガタガタ震えながらの観戦になってしまいました。
その夜、友人からメールが届いており、会社の同僚の20代の女性に、なごり雪だね、というと、彼女は「なごり雪」という言葉を知らなくてちょっと驚いたということが書かれていました。
イルカの「なごり雪」が流行った頃は、いわゆる四畳半フォーク全盛の時代で、他にも「神田川」や「精霊ながし」など、当時の若者の気分を表現した音楽が街中にあふれていたものです。
動き始めた汽車の窓に顔をつけて 君は何か言おうとしている
君の唇がさようならと動くことが こわくて下をむいてた
「なごり雪」の2番のこの詞は、今聴いてもなんだかせつなく、そんな気分を背負いながら必死に日々をおくっていた頃のことが思い出されます。
ふと今だったらどうだろうと考えましたが、携帯電話がこれだけ普及した時代にそんなシチュエーションはもうありえないかと、それ以上考えるのを止めてしまいました。たった今走り去った電車に向かって、携帯のメールで「ちょっと言い忘れたけどオ・・・・」なんて、いかにもありそうなことで、すでに「なごり雪」の世界は遠いむかしのことになってしまったようです。
先日ラジオで「おじさん達のフォークソング人気ベスト5」というのを発表していました。上位から「神田川」「22歳の別れ」「友よ」「結婚しようよ」「なごり雪」の順でしたが、そうなんだと納得しつつも、個人的にはちょっと違うかななんて思ったりしたものです。
もっともフォークソングブームは私の時代より少し後ですから、同時代的な共感の経験はあまりなく、私の頃はアメリカンポップスが全盛期でした。最近「上を向いて歩こう」とか「明日があるさ」のカバー曲がちっとしたブームになっていますが、ちょうどその頃です。
ただ、当時のベスト曲を挙げてみろと言われても、あまり思い浮かばなくて、むしろフォークソングの方が強く印象に残っています。おそらくそれは、メジャーに逆らって、多少私小説的ではあるものの、本音で自分たちの音楽表現をしたいとするそのやり方に共感できたからだろう思います。
今の時代も、同時時代的な共通項でくくることの出来る「うた」が出現しているのでしょうか。最近の音楽シーンはちょっと読めなくなってきましたが、少なくともあまり商業主義に毒されないで、それぞれに個人としての青春の曲があって欲しいと願っています。
同時に、安室奈美恵やGLAYや宇多田ヒカルが何十年かたった時に、若者の記憶としてどんなふうに残っていくのかと、とても興味のあるところです。