奈良の町家
(01/03/02)
本屋をぶらっとしていたら、おもしろい本に出合いました。「木の家に住むことを勉強する本」(泰文館発行)というタイトルの雑誌風の本です。家を建てる予定はないので勉強するつもりはありませんが、イラストや写真が豊富で、眺めているだけでも楽しそうなのでつい買ってしまいました。
中身は盛りだくさんで例えば、「家づくり・森づくり体験記」「森ができるまで」「木材を科学する」「棟梁という生き方」「近くの山の木で家をつくる運動」「生き続けるまち、住み続ける家」といったぐあいです。
その中に、建築家の藤岡龍介さんが設計した奈良の町家が10ページにわたって紹介されいますが、その町家がとても気に入りました。「民家には、地域特性やその地方の風土を反映した工夫があります。そういうものが、その土地の町並みをつくってきた。それはこれから建てる現代の家にもすごく大切なことだと思っています。」と藤岡さんは言っています。
町家ですから、道に接しているわけで、道路面は格子で目隠しされてています。その後ろに大きな窓があり、窓のすぐ内側は玄関からの板の間になっていて、さらに畳の居間に続き、その奥に中庭があります。ですから窓を開けておくと、外を通る人は格子越しに中庭まで見通すことができます。逆に居間にいると外を歩いている人の姿がはっきりと見えます。
ずいぶんおもしろい造りだなあ。家のプライバシーはあまり保てそうもないけど、街を歩いている人にとっては楽しいだろうなあ・・・・・なんて思っていたら、偶然別の雑誌で、奈良市奈良町の「まちづくり」に関する文章を目にして、その意味が分かりました。
それは月刊「晨(あした)」(ぎょうせい発行)に載っていた、「住みたくなるまちづくり」という望月照彦教授(多摩大学)の文章です。その部分をちょっと紹介してみます。
奈良町は今では“ならまち”とひらがな書きにされている。そこには柔らかな暮らしやコミュニティの存在が暗示されているのであろう。やわらかなコミュニティとは、外にも内にも閉ざされていないということではないかと私は考える。前庭があっても、そこは道行く人々に視覚的に開放されていて、私たちはこんな暮らしを楽しんでいるのですよ、というメッセージが伝わってくる。日常の生活を誇りにしているように感じられるのである。
今、この“ならまち”は、日本中のまちづくりのモデルとして注目されているそうで、まちづくり組織の立ち上げの時期からかかわっている望月教授は「私自身ずいぶんこの町のまちづくりから学ばせてもらった」と書いています。
台東区谷中でまちづくりにかかわっている西河哲也さんのお宅に伺ったことがありますが、東京の下町でよく見かける木造の3軒長屋でした。見た瞬間すっかり気に入って、よその区からわざわざ移り住んだということです。西河さんは「この辺はまだまだ引き戸の玄関が多いですが、引き戸は良いですよ。家の中の人の気配がよく分かるんです。ですから、通りがかりにちょっと声をかけたり、とても訪ねやすいんです。」と話していましたが、それと同じコトだなと思いました。
最近の玄関はほとんどが開き戸で、おしゃれにはなりましたが、反面、訪問者を絶対に寄せ付けないゾ・・・・といった感じがしないでもありません。治安の問題もあって、やむを得ないことなのでしょうが、コミュニティの面から見れば、マイナスのような気がします。
すべての玄関を引き戸に変えることはできなくても、せめて奈良の町家に息づいている“やわらかなコミュニティ”の精神だけは「まちづくり」に活かしていきたいものです。