彼岸花
(2000/9/24)
今年の秋のお彼岸はめずらしく朝から雨でした。本降りにならないうちに墓参りをすませようと出かけたのに、あいにく途中でシャワーのような雨に見舞われてしまいました。お寺の石段のところにいつも彼岸花が咲いているのですが、見あたらず、帰りがけにお寺の土手でやっと数株見つけました。今年は咲くのがちょっと遅いようです。
それにしても、彼岸花の形はいつ見ても感心してしまいます。長くのびた真っ赤な花びらがすうっと外側に反り返っていて、さらに、めしべやおしべまでが、その花びらの外に長く弧を描くようにつき出している姿は造形的にも傑作だと思うのです。キツネノカミソリやナツズイセンとは同属だそうで、たしかに花が終わってから葉が生えてくるところなどは同じです。花の形はかなり違いますが。
花の外側の3枚はがくで、内側の3枚だけが本当の花びらだそうで、それにおしべ6本とめしべ1本で一つの花を形づくっています。ですから、あの花火のような独特の形は、そうした花の集まりということになります。
私が物心ついた頃、初めて口ずさんだ歌謡曲の一つに「赤い花なら曼珠沙華 オランダ屋敷に雨が降る・・・・」という歌がありました。当時は意味も分からずに歌っていましたが、「マンジュシャゲ」やその後に続く「ジャガタラオハル」といった言葉の印象から、何だかとても華やかな世界を連想していました。赤い花はきっとボタンやシャクヤクのような豪華な花に違いないとずっと思い込んでいたのです。ですから、大人になってそれが彼岸花のことだと知ったときはとても意外でした。それまで、私にとっての曼珠沙華は想像上の花だったのです。
マンジュシャゲという名前は梵語からきていて、「赤い花」を意味するそうです。そう言われてみると姿形から「梵語」がよく似合っているような気がします。方言による呼び名は国内に50以上もあるそうで、シビトバナやヂゴクバナ、キツネバナ、ステゴノハナ、シビレバナなど、どれもあまり良い名前は付いていません。
なぜだろうと調べてみると、むかし中国で葉と花を同時につけないものをきらう習慣があり、これが日本に伝わってきたためとか、花の色が血のような赤いからとか、あるいは鱗茎が有毒だからとかいろいろな説があるようです。毒があるので墓地に植え、土葬された遺体を荒らす動物を遠ざけたとの説もあるようで、墓地でよく見かけるのはそのためかも知れません。
先日、愛知大学の有欄教授が「ルーツ探索ヒガンバナ」という文章を新聞に書いていました。それを読むと、ヒガンバナのルーツは中国の長江下流域あたりということです。
渡来の時期は、一般には稲作以前と言われていますが、有欄教授は「稲作以前ではなく、縄文晩期に水田稲作農耕技術とともに伝わった」と考えているようです。集落におけるヒガンバナの自生状況とその集落の遺構の関係をつぶさに調べた結果、そういう結論に達したとのことです。
また、ヒガンバナはある時期まで田んぼの畦で半ば栽培され、食物が足りない時に食べる救荒植物の役割を担っていたとも述べています。ヒガンバナの鱗茎には毒があると言いましたが、その毒はアルカロイドですから、水でよく晒せば食べられるわけで、当時はごく普通にもちいられていた技術です。
この辺では彼岸花の自生はもうほとんど見られなくなりましたが、この時期に地方を旅していると、田んぼの畦に彼岸花が群生している光景を時々見かけます。もしかしてそれは、かつて古代人が救荒植物として植えた名残りなのかも知れません。