絵本 (2)
(01/11/3)

(絵本1の続きです。)

「はせがわくんきらいや」は作者の長谷川集平さんが森永ヒ素ミルクの被害者で、自分の体験を絵本にしたものです。はせがわくんの友だち「ぼく」は、虫はきらい、野球をやっても三振ばかり、歯はがたがた、どこをむいとんのかわからん、そんな長谷川くんをいつも大嫌いだと言っています。山登りにも連れてってと頼まれ一旦は断るのですが、友だちに「かわいそうや・・・」と言われ連れていきます。結局、へばった長谷川くんをみんなで交代でおぶうはめになり、雨は降ってくるし、せっかくの山登りはめちゃめちゃになってしまいます。だから「長谷川くんなんかきらいや」言っているのに、いつも放っておけず面倒をみてしまう「ぼく」・・・・子どもたちの優しさが伝わってくるすてきな一冊です。墨一色の大胆な絵と文字もとても気に入っています。

「うさぎぐみとこぐまぐみ」は障害児がテーマの絵本です。保育園の年上組に新しく入ってきたセイちゃんは怒り出すと手がつけられず、年少組のイトちゃんはセイちゃんをとても恐いと思っていました。イトちゃんの組に今度はダウン症のショウタが入ってきます。ところが、そのショウタが年長組が苦労して作った砂山にじょうろで水をまいてしまったから大変、みんなから「あやまれ」と責めたてられます。そのとき黙って壊れた砂山を直していたセイちゃんが突然「わかんえのか、このこは病気なんだよ。」と怒鳴って、「おれのあんちゃんも、ショウタとおなじ病気なんだ・・・・」と言いながら砂山をメチャメチャにして、おいおいと泣きだすのです。大人でも、ちょっとジーンとさせられる絵本です。


「せんたくかあちゃん」は、洗濯大好きかあちゃんの話です。かあちゃんが洗濯を始めだすと、犬も猫も、にわとりやネズミまでも、大変だと逃げ出します。しかし結局捕まって洗濯されてしまいまうのです。最後には落ちてきた雷まで洗われてしまうというちょっと荒唐無稽な話ですが、洗濯の大好きなところが娘たちの叔母に似ていて、「これはおばさんの話だよ」と言って読んであげていました。

「ことば」は、話しコトバを抽象的な形と色で表現した絵本で、その手法にはヤラレタという感じでした。本物のセリフはちっちゃな文字で欄外に書いてあり、それを読んであげるのですが、その抽象的なイメージに合わせて読むのが楽しいのです。同じく五味太郎さんの「いっぽんばしわたる」はついつい笑ってしまう絵本です。いろんな動物が一本橋を渡るというそれだけの話なのですが、その絵についているコトバが傑作で娘たちにも大うけでした。例えばキリンなら「しらずにわたる」、ペリカンは「わざわざわたる」、ヘビは「からんでわたる」といった具合です。最高の傑作は、魚の「むりしてわたる」で、今でも時々話題になります。

「これは のみの ぴこ」は、谷川俊太郎さんのコトバ遊び絵本です。本を見ずに最後まで言えるかどうかをみんなで競い合ったものです。


そういえば、外国もので忘れられない不思議な絵本がありました。「ぼくはくまのままでいたかったのに・・・」(ホルプ出版)という、冬眠中に穴の上に工場を建てられてしまったクマの話です。何も知らずに春になって穴から出てきたクマは、職長に「とっとと仕事につけ」と叱られてしまいます。「ぼくはクマなんです」と必死で説得するのですが、職長も社長も信じてくれません。最後には動物園にまで行って証明してもらおうとするのですが、「檻の中にいないなんてクマじゃない」と言われとうとう生産ラインで働かされてしまいます。娘たちにはちょっと難しかったかもしれませんが、でも「くまさんがかわいそう」と読むたびに言っていましたから、不本意に働かされていたことだけは分かっていたのでしょう。

ところで、小さな時に本を読ませないと、大人になってから本好きにはならないとよく言います。たぶんそうなんでしょうが、この説はどうやら我が子に限っては当たっていなかったようです。と言うよりも、親が気合いを入れて読んであげ過ぎたのが良くなかったのかも知れません。本よりも映像大好き人間になってしまったからです。


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