湘南エコメトリクスの主宰者である室田泰弘さんの話を聞く機会がありました。「デジタル・エコノミーと企業の将来像」というタイトルで、パソコンがどんなふうに進化してきたか、そしてそれによって私たちの生活、とりわけ企業の経済活動がどんなふうに変わっていくかといった話でした。
ビジコンの先駆けとなったCPUの誕生が1971年、パソコンの概念が登場したのが1975年、アップルの誕生が1977年といいますから、まだその進化の流れができてから30年そこそこしか経っていないわけです。そんな中で、パソコンがこのところで急激に、世界的規模で普及することになったきっかけは、なんと言ってもインターネットにあるということです。
通信のための約束事であるプロトコル、TCP/IPができたのは1973年ですが、インターネットを大衆化させた立て役者は、何いってもWWW(検索システム)の発明(1989年)とモザイク(ホームページを閲覧するためのソフトウエア)の開発(1993年)に尽きるということでした。
ちなみに現在のインターネット人口は、世界で約3億人で、アメリカ・カナダが1.4億人、ヨーロッパが0.8億人、アジア・太平洋が0.8億人、そのうち日本が2,000万人ぐらいと推定されています。
このインターネットの普及が、私たちの生活を変えつつあり、特に企業の経済活動を劇的に変えようとしているということです。
たとえば、これまでの経済学は「収穫逓減」を仮定していたというのです。私は初めて聞く言葉ですが、一定の土地に一定の労働力を加えて生産を行う場合に、あるところまでは労働力に比例して生産性が向上しますが、それを越えると伸びは止まり、それ以降はだんだん減っていくという現象を言うのだそうです。それがこれまでの経済学の常識でした。
それに対して、デジタル・エコノミーの時代は「収穫逓増」法則が支配するというのです。例えば自動車とパソコンやゲームの「ソフト」を比較してみると、なるほどとうなずけます。どちらも製品開発には膨大なR&D(rescarch
and development)投資が必要となりますが、車の方は常に生産コストや設備投資が付きまといますから、単純に右肩上がりというわけにはいきません。それに対し「ソフト」は売れれば売れただけ、即それが儲けになります。これがデジタル・エコノミー時代の経済なのだそうです。
ただし、だからといって「ソフト」開発も安穏としてはいられません。「ネットワーク効果」と「消費者の囲い込み」現象が支配するためなのです。
私は家ではずっとマックを愛用しています。OSが使いやすく、なによりも遊び心があるのが気に入っています。特にGUI環境に優れていて、絵を描いていてもあまりOSを意識することがありません。でも、残念ながら職場ではウインドウズを使わざるを得ません。ビジネスユースに秀れているという理由もあるのですが、なんと言っても互換性が問題で、やむを得ない選択なのです。
「一太郎」も「ワード」に苦戦していると聞きます。エクセルやアクセスとの互換性のためらしいのですが、私は一太郎の方が好きです。ワードは改行マークの後ろに文字を書けないのがとても不便ですし、文章の頭の数字や記号が、改行マークを入れると勝手に入ってしまうのもあまり好きではありません。「なんでおまえがそこまでやるんだヨ。数字を入れるぐらいは俺の勝手だろう」と怒鳴りたくなります。
いずれにしても、このように、ある「ソフト」が市場を一定程度以上占めるようになると、ソフトの善し悪しは問題ではなく、それが世界標準になってしまうというのが「ネットワーク効果」と「消費者の囲い込み」現象です。市場万能論がくずれ、独占が当たり前の世界となり、自分のフィーリングにぴったりだからという使い方は認められなくなりつつあります。
ただしその独占もいつまでも続くというわけではなく、何年かすると状況は一変し、別のソフトが新たな標準になるというのがデジタルエコノミーの特徴なのだそうです。技術革新が「ソフト」を過去のものにしてしまうからです。例えば、Linuxはインターネットを通じ1千万人を越える支持者を獲得し、マイクロソフトを脅かす存在に急浮上しているという話もあります。いつの日かLinuxがOSの標準になる日が来るのかもしれません。
それほど技術革新が急激で、しかも、その技術革新がどこに収束するか全く読みとれない時代になってしまっています。例えば、携帯電話のiモードなどがパソコンに取って代わるのではないかといった予測も専門家の間ではされていますが、確かなことは誰にも分かりません。
一方で、IT革命がよく印刷機の発明と対比して論じられていますが、私自身はそれが、印刷機の発明のように人々の生活を本当に豊かにできるのだろうかと、いささか疑問をもっています。IT革命がもたらそうとしている世の中の変化にもとても不安を覚えます。このままみんながそっちの方向になびいてしまって本当にいいのかなあと考えてしまいます。
と言いつつ、今夜もパソコンの前に座っています。いったいそこに何があるんだろうとその可能性を探ってみたい気持ちもあるからです。