【エピローグ―天狗信仰の原点】 1
 日本の秀麗な山峰は、往古から神々が住むとされ信仰の対象であった。狩猟や採集で生きた山人は、獲物を与えてくれる山の神を恐れつつ崇拝した。農耕で生きた里人は、水や火となる薪を与えてくれる山の神を崇め奉り祭祀した。

そうした山岳信仰の根源には、人間の死後、遺体は山麓に埋葬され、その霊魂は山を登り次第に天へと近づき、やがて天の世界へと逝くと信じられていた霊魂観がベースにあった。死後間もない霊魂は、山中に留まり、現世に未練を残す祟り多き《荒魂》であった。


しかし子孫が毎年決まって祀ってくれる度、《荒魂》は清く浄化され、天の世界に住む神、いわゆる祖先《和魂》となって、子孫を守ってくれるという神観念があった。


 それ故、山は死霊の篭もるという[山中他界観]が生じた。山は死者の霊魂が赴く他界であり、山中は浄化されてない荒魂が草葉の陰に隠遁する場所であった。姿なき山の神とは、恐ろしい山を統括・支配し、穢れ多き人間に様々な畏怖心を与える存在であった。


山の神は荒魂を司る故に、人命も簡単に奪う最も恐ろしい神であり、神出鬼没で飛行自在の神であった。原始的な山の神は姿形が特定されず、あまりにも漠然と伝承され、女神なのか男神なのかも定かでなく、忘れ去られる運命を辿ってしまった。

前へ 次へ